六話:やった! 念願の死者蘇生を手に入れたぞ!
まあ、ともかく続きに取り掛かろう。
「じゃあ、可能なことは確認できたし、ちゃっちゃと蘇生させちゃうね」
宣言すると、向こうで我に返ってお兄さんとラブコメじみた痴話喧嘩をしていたお姉さんがドレスの裾を引き摺りながら物凄い勢いで詰め寄ってきた。
「こんな日が本当に来るなんて。ほ、本当に生き返れるのね。私はいつでもいいわ。さあ早く、さあさあさあ!」
お姉さんの目が喜びで爛々と輝き、血走っている。なまじ物凄い美人だから迫力もひとしおだ。
「落ち着いて。夜子ちゃんが集中できないじゃないか」
思わず仰け反った私を見かねたのか、お兄さんがお姉さんを諌めようとしてビンタされた。苦笑して赤くなった頬をさするお兄さんは、微塵も怒っている様子がない。いや、私にそう見えているだけじゃなくて、明らかに怒っていない。アレは手が掛かるけど可愛い娘を見る父親のような目だ。
ちなみに夜子というのは、恥ずかしながら私の名前である。
黄泉夜子というのが私の本名。
名は体を現すとはよく言ったもので、この名前は私の能力と容姿を上手く現している。
私が元々持っている、霊力だとばかり思っていた力は、そのものずばり死後の世界に深い関わりがあるものだし、肌の白さがまさしく夜の帳のような長い黒髪との対比で際立ち、振り乱せばまるでホラー映画などによく出てくる幽霊のように見える。実際たまに見間違えられたりもする。
容姿自体は客観的に見ても美人な方だと思う。眉毛を整えるのは女の子にとって当たり前のことなので除外するとして、目はぱっちり二重だし、睫毛も自前でちょうどいい長さかつ、バランスよく生えている。マスカラや睫毛用のカーラーを使えばより美人になることに間違いはないが、使わなくてもあまり問題ないレベル。
鼻筋も日本人にしてはすっきりしていて鼻自体もちょうど良い大きさと高さで、唇も厚すぎず薄すぎず適度に水分に富みぷるんとしている。にきびなど目立った肌の荒れもない。そのままでも充分奇麗なうえに、化粧をすれば奇麗さ倍率は飛躍的に跳ね上がる。
体つきもお姉さんほどではないが、起伏に飛んでいる。もちろん太っているわけではない。退魔師という職業柄筋肉こそついているものの、体脂肪率は低いのでむしろ痩せている方だ。無駄毛の処理だってサボったことがない。
このように外見だけならかなりの美少女だと思うのだが、モテない。自分でも恐ろしいと思うほどにモテない。異性と付き合った経験は皆無だし、それどころか男友達との関係すら一週間以上続いた試しがなかった。見た目清楚系なのがいけないのだろうか。
去られる前に言われる台詞の決まり文句は、少々の違いはあれど大筋は大抵「君のことは嫌いじゃないけど、一緒にいると命がいくらあっても足りない。この状況で普通に暮らせる君の神経が分からない」みたいな感じである。霊と隣り合って生活している私の日常を受け入れてくれる奇特な人、どこかに転がっていないかな。無理かなぁ、やっぱり。
別れ際に除霊を勧めてくれた人はいたが、自ら成仏してくれるならともかく、悪意の無い霊を無理やり祓うのは私の本意ではない。そもそも私が引き連れるのは、私が過去に憐れみを持ち、共に歩むことを許した霊たちだ。それを除霊するなんてとんでもない。
だから今回の力の覚醒は、私にとって大きな転機だった。
もしかすれば、彼ら彼女らを生き返らせてあげられるかもしれない。戸籍上は死んだままだから普通の生活を送ることは難しいけれど、それなら私の仕事を手伝ってもらえばいい。何せ退魔師という私の仕事は常に人手不足だから。
気を取り直して精神集中を始める。
幽霊に肉体を与えるイメージ。幽体と魂のみの虚ろな存在である幽霊を確かな実体へと受肉させる。アニメやゲームでこの手の表現は溢れているので、案外イメージは掴みやすかった。参照できそうな手順を矛盾が出ないように組み合わせ、なぞってやるだけでいい。例えフィクションに過ぎなくても、私の力はフィクションを現実に変えてしまえる。
そうして蘇生は成った。
古代より多くの人々が夢見、現実という名の壁に押し潰されてきたであろう死者蘇生が、あっさりと成功した瞬間だった。
皆実際に肉体を得たことで重力の頚木に囚われ、久しぶりの感覚に戸惑っているようだ。
奴が狭い部屋の中を走り回り、箪笥に足の小指をぶつけて痛みに悶えた。
「すげー! 走れるし、物に触れるし、いてぇ!」
「だ、大丈夫?」
それを見た女の子が慌てて奴に駆け寄っていく。彼女の足はしっかりと床を踏み締め、身体の傷も完全に消えていた。
「ついに! ついに生き返れた! 待っていたわ我が世の春よ! 今度こそ良い男を捕まえてやるわよー!」
元ホステスのお姉さんが明後日の方向に向けて雄叫びを上げている。今までの状態は彼女にとって相当耐え難かったらしい。確かに凄かったもんね、首吊り死体。目とか舌とか飛び出して、首も過重に耐えかねてすっかり伸びきっちゃって。女としてあんな姿のままでいるのは嫌だよね。
だがまだ男には懲りていないらしい。また失敗しなきゃいいけど。
「本当に生き返れたんだ。はは……こうやって呼吸をするのも、もうずいぶんと久しぶりな気がする。空気が胸に染みるなぁ……」
存在するのを確かめるように、手のひらで失くした身体の部分を撫でていたお兄さんが目を閉じて深呼吸し、頬を緩ませた。細めた目の端に涙が光っている。
よく考えたら、お兄さんってもう何百年もの間、幽霊やってたんだった。しかもあの両手だけの姿で。そりゃ他の人たちとは違うよね。実感が篭もってる。
涙ぐんでる皆に、私は努めて明るくよそったカレーを差し出した。
「それじゃ、ご飯にしよっか。今日は復活記念のカレーパーティだよ!」
これから私の力を巡って色々面倒なことが起きるであろうことは、想像に難くない。
でも今は、喜んでくれている愛すべき同居人たちと楽しい夕餉を取ろう。
「はむっ! はむっ! はむ! うめー! このカレー超うめー! お、この肉美味そう……もーらいっ!」
「はぐはぐはぐ……しあわせー。……うわーんわたしのお肉返してよー!」
「ギャー! すまん俺が悪かった! 返す、返すからスプーンで俺の目をくりぬこうとするな! 今の俺たちは幽霊じゃないんだぞ! そんなことされたらまた死んじまう!」
「も、もう一度こんな風に食事ができるなんて……やばいわ、涙でカレーがしょっぱ辛い味になってきた」
「懐かしいですね。艦内で食べたカレーを思い出します。まるで昔に戻ったかのようだ。……おや皆さん、グラスの水が空になっていますね。ささ、お代わりをどうぞ」
元気に食べ散らかす腕白小僧に、スプーン片手にほっぺを押さえてご満悦なおしゃまで可愛らしい女の子。自分の皿から肉を掻っ攫った奴から肉を取り返そうとして、幼女が泣きながらスプーンを振り上げている。
宝石のような涙を流す妖艶な美貌を取り戻したお姉さんに、気配りができるところだけは両手の頃と変わらない優しいお兄さん。
家庭を崩壊させてしまったことについては後悔しかないけれど、これはこれで悪くない生活だ。今はできる限り、この生活を続けていきたいと思っている。
幽霊たちに幸あれ。
ちなみに朝になったら幽霊たちは実体化も修復も解けて元の姿に戻っていて、私は彼らにこの世の終わりが来たかのような顔で迎えられた。
「あ、やっぱり戻っちゃいましたか」
前に別の物で改造を試してみた時に前例があったので、もしかしたら蘇生もそうなっちゃうのかなーと薄々思っていたのだが、やっぱり案の定だったようだ。
どうやら元からあるものに手を加える方法では、私が意識を失うと効果が解けてしまうということで間違いはないらしい。蘇生については他の方法を考える必要がありそうだ。
あまりにも幽霊たちがしょんぼりして落胆しているので、見かねて昨日と同じ手順を踏み、もう一度蘇生させた。
大変だが、昨日よりは楽だった。この分だとそのうち鼻歌交じりで出来るようになるかもしれない。というか楽にならないままこれを毎日行うとなると、さすがに私が過労で死ねるので、楽になって欲しい。
ホッとした顔で自分の身体を確認する幽霊たちに、どうして元に戻ってしまったのか説明する。
陰気な首吊り死体から生きた人間に再び戻ったお姉さんが、眉根を寄せて私に困った顔を向けてきた。
「ねえ夜子。あなたこれから一切寝なくて済むように自分を改造できない?」
「できなくはないと思いますけど、嫌ですよ。私の数少ない楽しみを奪う気ですか」
私の反応を予想していたらしいお姉さんがため息をつく。
「やっぱりそうよねぇ……。ごめんなさいね、無理なこと言って。仕方ないわね。制限つきでも生き返れるだけマシなんだし、しばらくはこれで我慢するか」
天下泰平全て世は事も無し。
いつもと同じ生活は、これからも続きそうである。