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女神退魔師  作者: きりん
我が家の賑やかな幽霊たち
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五話:死者蘇生の準備

 ここで物語が終わればそこそこのホラーVTRとかに見えるんだろうけど、現実というのは時に滑稽なもので、今回も例に漏れない。


 派手な登場とは裏腹に、両手は何かをやり遂げて満足したかのように親指を立てると、何も壊さず音もなく窓を透過して静かに着地した。


 まるで何かの付属物のように、人肉片や内臓の欠片といったスプラッターなグロいものたちも、飛び散った血液ごと手を追って動き出した。

 二本の手はどこか得意げな様子で私を見つめ、私が全く驚いていないことに気付いて落胆する。


 私はいじけたように人差し指をつつく両手を胡乱な目で見つめた。


 普段から同じ屋根の下で暮らしているというのに、いちいち外に出て騒ぎを起こして窓から入り直すの止めてくれないかな。基本的には良い人なんだけど、こういう脅かし方が無駄に手が込んでいるところはほんと面倒くさい。まあ、それは幽霊全般に言えることだけど。


 それはそうと、さっきから私の視界外で誰かが息を飲んでいる気配がある。あ、これは悲鳴が上がるな。


「わー♪」


「キャー♪」


「ギャー!?」


 彼の演出を凝らした登場にわざとらしく手を大きく振り回して逃げ出したのは、奴と女の子の二人組み。

 恐怖のあまりその場から動けず引きつった顔で割とマジな悲鳴を上げているのが、首吊り幽霊のお姉さんである。


「ちびっ子ども、驚いてる振りしても声が弾んでるのが隠せてないぞ。そしてお姉さん、あなたが本気で驚いてどうするんです。大人で、しかも同じ幽霊でしょうに」


「そんなこと言われたって、怖いものは怖いのよぅ……」


 ベソをかいて泣き言を言うお姉さんの下で、手首から先のみの両手が私ではなくお姉さんを驚かしてしまったことにおろおろしている。シュールな構図だ。

 そろそろお気付きかと思うが、この両手が最後の住人である通称『お兄さん』である。


 まともな身体が両手しかないのは戦争中、乗っていた戦闘機が墜落した挙句、生きたまま鮫などに食い荒らされて、幽霊になった時には死体が手首から先しか残っていなかったから。


 当然のことながら言葉は一言も喋れないが、どういう原理なのか目と耳は無くても機能しているらしく、筆談で会話をすることもできる。


 やたらと気が利き、喉が渇いたなーと思ったら水滴が浮くほどよく冷やされたお茶を注がれたグラスがそっと近くに置かれていたり、お風呂に入りたいからお風呂を沸かそうと思った途端湯沸かし器がお風呂が沸いたことを知らせてきたりしたら、大体彼がしてくれたと思って間違いない。他の同居人たちは経験上、そんな甲斐性を持ち合わせていた試しがないので。


 どことなくしょんぼりした様子のお兄さんに苦笑し、私はこほんと小さく咳払いした。

 幽霊たちの注意が私に集中する。

 私はまずデモンストレーションとして、片手を掲げ力を使って鳩を創り出してみせた。


 何度か力を行使してみて分かったのだが、すでに存在している何かに手を加えるよりも、こうやって完全に一から作り出した方が、実体化しきるまで経過を見ながら自由に捏ね繰り回せるのでやりやすい。それだけでなく、一から全部私の力で創り上げたものは、もともとがすぐに消滅するようなものでない限り、ずっとこの世に残り続ける。


 空中から滲み出るようにして現れた鳩はばさりと羽を広げ、飛び立つとカーテンレールの上に着地してクルックーと鳴く。

 暢気に毛繕いを始める鳩を、幽霊たちが呆然と見つめた。


「周知のこととは思いますが、最近になって私に新しい力が覚醒しました。これは一言で言えば、頭の中にイメージした物や現象を、現実に創造する能力みたいです。この力を使えば、たぶん皆を生前の姿に戻した上で生き返らせることができると思います。百聞は一見にしかずとも言いますし、試してみましょう」


「き、期待していいのよね……?」


 我に返った首吊りお姉さんが固唾を飲んだ。

 彼女に頷きを返しつつ準備に取り掛かる。


 とはいっても、御伽噺にあるような完全な形での死者蘇生は、今の私では荷が重い。もちろんイメージさえ作れればできるだろうが、そのイメージを形作るのが大変なのだ。まず原理からして、どうやって? という難問にぶち当たる。発想と想像力次第で原理はどうにでもなる私でも、この死人が生き返る=不可能という先入観を打破するのは中々に難しい。


 そういった理由で、今回行う死者蘇生の試みは死者を生き返らせるというよりも、幽霊に実体を与えるという表現の方が適しているだろう。これも原理の話をすれば不可能なことには違いないが、私の力において一番重要なのは、あくまで私ができると思い込めるだけの材料があることだ。死者蘇生と違って、これはフィクションの中では不可能なこととして描写されることは少なく、想像が容易い。


 今回力の行使に必要なのは、全身が写った生前の彼女たちの写真だ。

 ただ生き返らせるだけならば目の前に本人たちがいるので何の準備も要らないが、そうすると死亡時の姿のまま蘇生することになり、当然また即死してしまう。


 それを防ぐためにはまず幽霊としての姿を死亡時から力を使って生前の姿に戻してやる必要がある。そのためのイメージの補助として蘇生後の姿の見本となる写真が必要不可欠なのだ。これはすでに手に入れてあるので問題ない。


 話を先に進めよう。

 大事に保管しておいた写真を4枚取り出す。

 カラー写真が3枚と、古い白黒の写真が1枚。白黒のはお兄さんの写真だ。優男風な面構えの美男子が、私に向かって微笑んでいる。


 子ども2人はそれぞれのピンナップ写真だ。奴の方は運動会で一着のフラッグを持ってにかっと笑ってピースしているもので、女の子の方は海水浴場の波打ち際で胴に浮き輪をつけたまましゃがみ込み、こちらを眩しい笑顔で見上げているもの。


 お姉さんの方は……男との結婚式での写真だ。うん、彼との関係について蒸し返すと可哀想なのでこれについて感想は何も言わないでおこう。ただ念のため、ウエディングドレス姿の彼女はそれなりに容姿に自信がある私でも目じゃないくらい、もの凄い美人だったとだけ付け加えておく。


 写真に写るそれら生前の姿を頭の中に時間をかけて叩き込む。大事な作業なので手は抜けない。


「……よし」


 目蓋の裏に焼き付くくらいになったところで暗記を切り上げた。


「それじゃあ、始めます」


 幽霊たちは皆期待に満ちた顔をしている。

 奴は大人しくしつつもそわそわしているのを隠しきれない様子だし、女の子は両手を身体の前で握り込み、祈りを捧げるかのように私を見つめている。


 お姉さんも首吊りロープがいつもより首に食い込むくらい身を乗り出している。

 お兄さんは顔が無いので分かり辛いが、組まれた手が忙しく何度も組み直されていた。

 それらの光景を目を瞑ることでシャットアウトし、深呼吸。


 いっぺんにやるのはいくらなんでも無謀なので、一人ずつやっていくことにする。

 精神を統一し、反復を繰り返してイメージを固め、空想を練り上げていく。

 今度の力の行使は、人形の造形を整える作業に似ている。


 死の瞬間で固まっている幽体の形を削り、つけたし、写真が示す元の形へと復元していくのだ。

 眼前が発光し出すのを気配で感じ取る。すでに存在しているものに手を加えるから変化が早い。急ぎつつ、丁寧に作業をこなしていく。


 それはイメージするだけとはいえ、いや、だからこそ恐ろしく根気のいる作業だった。


 何せこれは帰り道にやったような、自らを対象に想像力によってエネルギーを生み出すだけの簡単な作業とも、先ほど見せたような一から新しく何かを創り出す作業とも違う。元からあるものに手を加えるのだ。それが完成されたものだった場合当然調和は崩されるし、作業途中の光景を見ることもほぼ不可能である。そんなことをすれば、たちまち私が抱くイメージは中途半端なまま現実に固定され、変化は終了してしまう。私の能力はあくまで無からの創造なので、実体があるものに対しての干渉は難しい。改造するより一から創る方が簡単だというのは、おかしな話だ。


 私は粛々と作業を進め、全工程を終えた。これをあと三回、繰り返す。結構時間がかかり、終わった頃には差し込んでいた夕日はとっくに沈み、窓の外には夜の帳が降りていた。

 蓄積した疲労感から、重いため息がこぼれる。


 ふー、しんどい。

 だが苦労の甲斐あって、目を開けばそこには怪我一つない写真そのものの姿の四人が、まだ幽霊のままではあるものの存在していた。


 時間がかかっただけあって、渾身の出来だ。それにこの一回でかなりコツを掴んだので、次からはもう少し楽にできそうだ。これについてはひたすら回数を重ねることで、私の負担は軽減できそうなのが嬉しい。


 幽霊たちに目を向けると、彼らは体操服に、水着に浮き輪装備、ウエディングドレス、軍服というまさに写真そのものの格好で私を見つめていた。


 おかしいぞと首を捻り、得心する。

 あ、そっか。服装ごとイメージしたもんね。なら当然そうなるか。


「……えっと、あの、戻ったのはいいけどこの格好は一体?」


 困惑する四人を代表して、おずおずと聞いてくる死体の頃の面影がまるで無い美人が一人。

 薔薇のような、という形容詞が似合う艶やかな雰囲気の迫力美女だ。


 元々の濡れた印象はそのままに、具体的な容貌が明らかになったことで勝気な印象が新たにプラスされており、釣り目の鋭い眼差しが、きつめの顔立ちとよく似合っている。


 首吊りロープに締め付けられて損壊していた首も修復され、出るところは出ていて、それでいて引っ込むところは見事に引っ込んでいるという、メリハリのきいた肉体に似合う容貌になり、魅力的な変化を遂げている。


 お姉さんだということは分かっているけれど、それでもお前誰だよと言いたくなるほどの変化である。


「すみません。服も写真の通りに戻るっていうことを言い忘れていました」


 てへへと笑って誤魔化す。いや、別に悪いことなんてしてないけど、気分的に。


「ああ、そうか、結婚式の写真だからこんな格好に……。駄目だわ、この姿でいると嫌な記憶が蘇って……。ロ、ロープはどこ!? 死なせて! お願いだから死なせてぇ!?」


 お姉さんが生前に受けたショックをフラッシュバックさせて錯乱し出した。

 そんな彼女を、がっしりした腕が抱き留める。


「落ち着きなさい。ここにあなたを傷付ける人はどこにもいませんよ」


 艶のあるテノールの声。 

 軍服を押し上げる、鍛え上げられた精悍な肉体が特徴的な凛々しい青年。両手のみの存在から劇的にビフォアアフターを果たしたお兄さんだった。


「あんた、実はイケメンだったのね……」


 まともにお兄さんの顔を見たお姉さんが顔を赤くして目を逸らした。分かる分かる、私も写真を初めて見た時、美男子過ぎて不覚にも少しときめいた。


 だって結構昔の人なのに現代でも俳優で通用するくらい整った容姿をしているし、身体も軍人さんなので鍛えられて引き締まっている。背の高さは現代の基準では飛び抜けて高いわけではないけれど、それでも平均は超えている。というか、現代基準でこれだけあるなら当時は相等のっぽだったんじゃないかな。


 お互い見つめ合う美男美女。ううむ、絵になる。

 感心している間も二人は会話を続けていた。お姉さんの顔が赤くなった。お兄さんってば何を言ってるんだ。あのお姉さんがうろたえてるぞ。


 あ、額にキスした。

 お兄さんは完全にお姉さんを子ども扱いしていた。無理もない。見かけの年齢こそあまり差が無いが、幽霊になってからも含めると、過ごした年数にはそれこそ祖父と孫くらいの差がある。


 驚愕が声にならない様子のお姉さんは、口をパクパクとさせているだけで、明瞭な言葉が聞こえてこない。


「スゴーイ♪」


「う、羨ましくなんかないやい……」


 恥ずかしそうに顔を手で隠しながらも好奇心を押さえきれずに指の隙間からばっちり一部始終を目撃している女の子と、ただの親愛表現のキスを自分と女の子の何に重ねあわせたのか何故か嫉妬しているお子ちゃまが一人。


 水着と体操服姿のままなのが部屋に対して激しく浮いている。いや、浮いているといえばお姉さんのウエディングドレスとお兄さんの軍服もそうなのだけれど。


 たかが額にキスでここまで初々しく反応するとは、やっぱりこの子たちもまだまだ子どものようで、微笑ましい。


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