三十三話:これにて終幕、大団円
思いもよらなかった人物の登場に、私は慌てふためいた。
「何抜け出してんのよ! あんたも怪我治ってないでしょうが!」
「必要な治療は済んだ。あとは何をしていようが変わらんからそのうち治る。これ以上安静にしていても身体が鈍るだけで時間の無駄だ」
そういう問題じゃないと思う。
周防は普段と同じ見慣れたスーツ姿だが、左腕の袖は寂しく垂れ下がったままだ。
「バカ。ここに来る前にまず自分の身体を労わったらどうなの」
「それはこちらの台詞だ。一人で突っ走って霊喰いの討伐などしおって。成功したから良かったのものの、死んだらどうするつもりだったんだ。墨禅様もお前のことを心配しておられて事後処理に奔走してくださったんだぞ。あまり心配かけるな」
普段嫌味を言いたい放題に言ってくる周防に諭されてしまって、すごく居心地が悪い。
「悪いとは思ってるわ……。身体は大丈夫なの?」
「さすがに戦闘はできんがな。普通に生活する分には痛みを我慢すればいいだけだから問題ない」
「それは問題あるって言うのよ!」
やせ我慢か。
まだ痛いなら大人しく寝ていて欲しい。出歩かれる方が不安だ。
私以外ではただ一人、周防と面識のあるお姉さんが周防に反論する。
「ご心配なく。私たち全員でしっかりサポートしたから、そんなに危険でもなかったわよ」
言われて初めて気付いたかのように回りを見て、人の多さに少し戸惑った顔をした周防は、お姉さんを見つけて嫌そうな顔をした。
「貴様は……確か樹理亜といったか」
耳にするたびに何度も思う感想だけど、改めて他人の口から聞くと、お姉さんの名前のインパクトってすごいな。
「よく見れば子どももいるじゃないか。彼らとはいったいどういう関係なんだ?」
しかめっ面で周防が私に尋ねてくる。
隠すのが段々面倒になってきた私は、もう全部ばらしてもいいかなと思い始めていた。
今までは周防のことが信用し切れなくて秘密にしてたけど、いつもの態度の裏に私を案じてくれる気持ちとか、私を助けようとしてくれる気持ちとかが隠れてることが分かったから。
気付くのに随分時間がかかったけど、実は、この人ってすごい捻くれ者で分かりにくいだけで、根は良い人なんだよね。
「同居人だよ。全員幽霊の」
そう言った瞬間の周防の顔といったらなかった。
渋面しかめっ面で黙り込み、何か脳内で葛藤でもあったのか表情が二転三転し、最後にはぎこちなく笑顔を浮かべてみせる。
常時顰められているのが常だった眉の力が抜けて緩んでいるのは少しみっともなかったけれど、その分いつもの険しさや近寄り難さが緩和されてひょうきんさが強調されて歳相応な顔に見えてしまったのは、ある意味ではとても周防らしいと思う。
たっぷり十秒ほど硬直していただろうか。
ハッと再起動を果たしたかのように我に返った周防は、たちまち私に食って掛かった。
「ぜ、全員が幽霊だと!? お前、一人ならまだしも五人も連れ込んでいたのか! 本気か!? いや、正気なのか!? よく考えろ、今からでも考え直せ、不浄霊だぞ!」
予想通り過ぎる反応にお姉さんはあなたとの結婚生活が心配だよ。
私の方が年下なんだけど、こう気分的に。ここまで言動が読み易いのはどうかと思う。
「祓え、とかいうなら聞かないわよ、悪いけど。私の意思を通せる立場になるために、私はお師匠様の元を飛び出してフリーランスになったんだもの。それに、もう皆私の大切な家族だから」
これだけは譲れずはっきりと口に出すと、周防ではなく後ろで外野が反応した。
「妹にここまで思われているとは、兄冥利につきるね」
安らぎを帯びたお兄さんの声。
我が侭でしかなかった私の家族ごっこを受け入れてくれてありがとう。すごく嬉しかった。
「私たちって幸せよね。死んだ後もこんなに楽しい日々が続いてたんだから」
後ろから聞こえるお姉さんの声はしんみりしている。
色々辛いこともあったけど、私も一家離散してからの方が楽しい日々が送れてる気がする。
「正直言って、死んだ後の方が充実してます……。入院生活もそれはそれで悪くなかったんですけど」
幽霊になってまだ日が浅い幸子はまだ戸惑っているところがあるようだ。
まあ彼女の場合死んで病気から開放されて、言い方は悪いけれどそのおかげで一気に世界が広がったのだからそう思うのも無理はない。
「俺とみかが仲良くなれたのは夜子のお陰だもんな。夜子と出会ってなかったら、俺もみかもとっくに他の退魔師に祓われて無に還されてるに違いねぇ」
腕を組み、真面目な顔で奴も考え込んでいる。
普段はイタズラばっかりして迷惑ばかりかけてくる奴は、捻くれ者という点では周防に似ているかもしれない。
幼い分、周防よりはまだ可愛げがあるだろう。たまに可愛さ余って憎さ百倍くらいに腹が立つこともあるけど、それも含めて、やっぱり子どもは可愛い。
「こんなに孝太君とらぶらぶになれてなかっただろうしねー」
甘い砂糖菓子のような幼女の声に、つい条件反射的に拒絶反応が出てしまう。
どんな顔であんな声を出しているんだろう。振り向きたい。いやダメだ。純真そうに見えて実は汚れた心を持った幼女なんて見たくない。
カップルは死ね。
はっ。いけない、つい嫉妬オーラが出て本音が。
でもこれからは私も周防と両思いになるんだし、前向きでいかないと。
私もみかちゃんみたいにリア充の仲間入りできると考えよう。
「……確かに、今更だ。俺はもう家督を継ぐ立場ではないし、いちいち目くじらを立てる必要は無かったか」
しばらく険しい顔で私を睨んでいた周防は、目力を緩めてふっと微笑む。
「ちなみに、結婚の際には彼らが舅姑になる予定だからそのつもりで」
「その言葉を聞くと、にわかに婚約が現実味を帯びるな。……そうか。俺たちは、本当に結婚するんだな」
「婚約者だもの」
にっこり笑う私から赤い顔で目を逸らした周防が、ある一点を凝視して動きを止める。
「待て。俺より年下がいる気がするんだが、彼らも義姉義兄と呼ばねばならんのか。いや、まさかそんなことはあるまい」
勝手に自己完結する周防の視線は幸子と奴と幼女に注がれている。
幸子は中学生だけど、奴と幼女はどう見ても小学生にしか見えないもんね。
でも、幽霊を見かけで判断しちゃいけないよ、周防クン。
「死亡時の年齢がそうなだけで、幽霊の期間も含めれば周防の年齢なんか、皆軽く突破するわよ? 本当に年下なのは幸子だけじゃないかしら。彼女だけはまだ幽霊になったばかりだから」
あー、でもこの先子ども生んだら、その子は見た目小学生の叔父と叔母ができることになるのか。
傍から見たらそんな関係には絶対見えないだろうな。
「そうか。手合わせしたあの時攻撃を感知すらできなかったのは、ポルターガイスト現象だったからか。くそっ、あらかじめ知っていれば醜態を晒さずに済んだものを」
周防はようやくあの時のからくりに気付いて凄く悔しがっている。
一方的にやられてたもんね。
あの時よりも前に周防のことを好きになってたら、百年の恋も冷めかねない情けなさだった。
実は周防ってヘタレ?
あれ、お姉さんの人物評、実は意外と当たってた?
「本当にお前は、つくづく規格外な奴だな」
「それは褒めてるの? それともけなしてるの?」
「一応これでも褒めてるつもりだが?」
いちいち態度が皮肉っぽくて分かりにくいよ周防は。
まあでも褒めてるならよしとしようか。
創造の力とか、もっと規格外な秘密もあるわけだしね。
「周防、ちょっとこっち向いて屈んでくれる?」
「構わんが、何だ?」
怪訝そうな顔の周防を傍に招き寄せ、彼に不意打ちのキスをくれてやる。
どこにって? 唇に決まってるでしょう。
そのままの姿勢で固まっている周防に満面の笑みを向ける。
「これから改めてよろしくね? 私の未来の旦那さま」
周防は顔を一瞬で真っ赤に染め上げると、足がもつれて転びそうになりながら後退り、唇をわなわなと震わせて私を見た。
驚き過ぎて言葉が出ない様子の周防に、私はにっこりと親愛の情を込めて微笑んでやる。
「それで、返事を聞かせていただけるかしら?」
逃げ道を探したかったのか、周防はあちこちに視線を彷徨わせる。
私の同居人たちが固唾を飲んで見守っている。それだけでなく、通りすがりの幽霊たちが私たちに興味を持って、何体か輪の外から見物していたりもする。
残念でした。逃げ場は無いよ。
断念したかのごとく周防が肩を落とす。
長い長い沈黙の後、ついに同居人たちが見守る衆人監視の中、周防は観念したように言った。
「こちらこそ、改めてお願い申し上げる」
んー、ちょっと物足りない気もするけど、人の目がある中、周防にしては頑張った方かな。
「大好きよ」
改めて口に出すと周防がまたうろたえて、ふしだらだの簡単にそんな言葉を口にするなだの何だの言い出した。
そのうち嫌味にシフトし出して、よく口が回るなぁと感心する。
同時に安心した。
ああ、やっぱり周防はこうでないと。
体調が戻ったら、周防に私の秘密を全部明かそう。今の周防ならきっと文句を言いつつも受け入れてくれるだろう。
隼人兄さん、樹理亜姉さん、幸子、孝太、みか、そして周防。
愛すべき家族たちとともに、私はこれからも退魔師と超能力者の二束の草鞋を履き続けるつもりだ。
いつかはこの生活を送れなくなる時が来るかもしれないけれど、その時はその時。
まずは身体が回復したら、異世界に戻って創った虫たちを生き返らせよう。
そうしてまた、周防を含めた皆で異世界創りの続きをやるのだ。
私の日常は、今も続いているのだから。
END




