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女神退魔師  作者: きりん
霊を喰らうモノ
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三十二話:自覚した感情の名は

 どんどんダメな方向に傾いていく思考を慌てて戻す。今はまだそんな気分に浸っている場合じゃなかった。


「あれからどうなったの? 皆に任せっきりにさせられないし、残ってるなら私も早く事後処理しないと。寝てる場合じゃない」


 思わず身を乗り出した私を、幸子がそっと押し留める。


「まだ目覚めたばかりなんですから、もう少し安静にしてなきゃダメですよぅ」


「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ。任務完了報告とか、色々やらないといけない手続きがいっぱいあるのに」


 押し留める幸子を撥ね退けて置きようとしたけど、あれ、全然幸子を撥ね退けられない。というか、全体的に身体が重くて変な感じがする。


「大丈夫だよ。夜子ちゃんが寝ている間に全部僕たちが済ませておいたから」


 腕力で幸子に勝てなかったことにちょっとショックを受けながらベッドに再び横たわると、お兄さんが私が気を失っていた間のことを教えてくれた。


 普通に出かけていったら討ち入りと勘違いされて祓われそうになり大混乱になったため、これ幸いと逆に騒ぎを起こし、その隙にお師匠様と面識のある幸子がお師匠様のところに突入したらしい。


 あとでお師匠様にこっぴどく怒られたそうだが、当然だ。ていうかそんな話を聞いたら私にまで飛び火しそうで今からお師匠様に会うのが怖い。


「有り難いけど、あまり無茶しないで。皆に何かあったらと思うと不安になる」


「心配してくれるのは嬉しいけど、今は自分の身体の方こそ心配しなさいよ。あなた、力の使い過ぎでぶっ倒れてあれから一週間もの間眠り続けてたのよ?」


「一週間も!?」


 それはびっくりだ。

 確かにそれだけ寝たきりになってれば身体機能も衰えるよね。ああ、リハビリが大変だ。


 まあでも、五体満足なんだから良しとするべきか。周防なんか片腕無くしちゃったんだし……。

 って、周防!


「そうだ! 周防のお見舞い行かないと!」


「病人が何寝ぼけたこと言ってるの! こんな状態で行けるわけないでしょ! もっと自分の身体を労わりなさい!」


 起き上がろうとしたら今度はお姉さんに一喝された。睨まれて思わず首を竦める。

 おかしい。普段は私がお姉さんをよく叱っているのに、すっかり立場が逆転している。下克上か。


「心配しなくても、あの退魔師ならもう退院して自宅療養してるわ。今はあっちもお家騒動でごたごたしてるみたいだから、しばらくそっとしておきなさいよ」


 同居人の中で唯一周防と面識のあるお姉さん以外は、周防が誰のことが分からないようで皆きょとんとしている。

 知らない皆を代表してお兄さんが尋ねた。


「樹理亜ちゃん。周防って誰だい?」


「ん? ああ、そういえば言ってなかったんだっけ? 夜子、言ってもいいの?」


 振り向いて尋ねてきたお姉さんに頷きを返す。進んで言うようなことじゃないけど、別に隠すようなことでもない。前は隠したかったけど、今はよく分からないというのが正直な気持ちだ。


「おい、もったいぶんなよ」


「みかも知りたいよー」


 子ども2人に服の袖を引っ張られ、お姉さんは困った顔をする。


「別にそういうつもりじゃないけど。彼、夜子の婚約者らしいわよ」


 一同沈黙。

 唖然、愕然、呆然、そんな言葉がぴったりの表情で皆固まっている。対するお姉さんは、ヤレヤレと呆れ顔で苦笑い。


 次の展開が何となく予想できて、私は両耳を手で塞いだ。

 間一髪で皆が発したどよめきが私の手を叩いた。


「よよよよ夜子お姉ちゃんこここ婚約者がいるってどういうことですかぁ!? 聞いてませんよぉ!」


 物凄いどもりっぷりで幸子が私に詰め寄ってくる。

 そこまで驚かれるとは予想外だった……。ごめん、幸子。


「婚約者か……そういえば、養子とはいえ古くから続く由緒正しい退魔の家系の娘なんだから、確かに立場的には居てもおかしくなかったね。そんな気配が全然無かったから思い至らなかったよ」


 ごめん、とお兄さんが律儀に頭を下げてくる。

 別に謝られることではないし、私自身家柄に似合わない破天荒な生き方をしている自覚はあるのでちょっと恐縮してしまう。


「夜子って本当は深窓の令嬢なのよね。一緒に暮らしていると所帯染みた言動が目に付くから忘れがちだけど」


 お姉さんは余裕の表情でにやにや笑っている。

 元々はごく普通の一般人だったし、私自身上いかにも流階階級っぽい仕草は苦手だから、むしろ忘れてくれていた方が有り難い。


 お師匠様や周防とかになると、動作が優雅でいかにもな雰囲気なんだけどね。私もお師匠様に一通り教わったし周防といる時は逐一チェックが入るからそれっぽく振舞ったりできなくはないけど、やっぱり物心付く前から作法を叩き込まれてきた連中ほど身に付いてはいない。


 周防の場合チェックしてくれるのはいいんだけど、いちいち嫌味と罵詈雑言が必ずセットで飛んでくるんだよね……。指摘自体は明確に的を得ているのが腹立つ。


 でも、その周防の婚約者なのは事実なんだから仕方ない。周防が襲われて無事だったのが確認できた時、ホッとしたりすごく嬉しかったりしたのも本当だし。

 あわわ、何だか周防のことを考えるだけでドキドキして恥ずかしいよ。どうしよ。


「夜子の婚約者って、どういう奴なんだ? 会ったんだろ?」


 思考の内を読まれたかのようなタイミングで奴に周防の話題を出されて、思わず背筋が伸びた。

 一人であたふたしている私を他所に、お姉さんと奴の間で会話が進んでいく。


「会ったけど、第一印象はあんまりいい奴じゃなかったかな。凄い倣岸不遜だし、その割には弱かったし。口先だけの男って感じだったわ」


「マジかよ。実力皆無の口先だけの男で性格悪いって、明らかに無理物件じゃねーか。何でそんな奴が夜子の許婚なんだ?」


「私も良く知らないけど、お家の事情らしいわよ? とはいってもどうしてよりにもよってあんな男を選ぶのか、そこは私も理解に苦しむけどね」


「お前がそれほどまで言うってことは相当なんだな」


「かなりね」


「ちょ、ちょっと待って」


 奴とお姉さんの会話に慌てて割って入る。


「あいつもあれでいいところはあるのよ。責任感が強いし、ちょっと油断しがちだけど本当は結構強いんだから」


 まくし立てたところで我に返った。

 待て。おかしいぞ。何で私はあの男の弁護なんてしてるんだ。


「夜子お姉ちゃんお顔が赤いよ? お熱出ちゃったの? 寝てなくて平気?」


 他意の無い気遣いをしてくれる幼女は有り難いけど、そうか、そんなに今私の顔は赤いのか。そこまで動揺してるのか……。


「平気だよ。でも心配してくれてありがとう」


「えへへ。みか、夜子お姉ちゃんのこと大好きだから!」


 私を見上げた幼女はにぱっとあどけない笑顔を浮かべる。

 何この天使マジで癒されるんですけど。


「あの、ちょっといいですか?」


 いつの間にか病室の外に出ていたらしい幸子が戻ってきて私に尋ねてくる。


「どうしたの?」


「お見舞いに来たと言っている人がいるんですけど……」


 幸子は自分で言ったことに対して腑に落ちなさそうな顔をしている。


「お師匠様かな? 待たせるのも悪いし入ってもらって」


「いいんですか?」


 あれ、幸子が何か凄い驚いた顔してる。私別に変なこと言ってないよね?

 夜子さんがそれでいいなら、と幸子は己を納得させたようでドアを開けた。


「失礼する」


 入ってきたのは自宅療養していたはずの周防だった。


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