三十一話:討滅完了、そしてエピローグへ
その姿は満身創痍。
巨体の表面はどこもかしこも皮膚がめくり上がり、重度の火傷を負っている。現在進行形で火に焼かれ続けて焼け爛れた皮膚はあちこちにできた水泡でぶくぶくと泡立ち、骨折でもしているのか全体のシルエットが歪になっているが、それでもまだ行動可能なようだ。
お兄さんが霊喰いを睨んだまま険しい表情で何事か思案するかのように眉を寄せる。
「残念ながら……これでも完全に殺るには至らないようだね」
同じように霊喰いを観察していた幼女が明るい声を出した。
「でも、かなり効いてるみたいだよ?」
のろのろのたのたと迫ってくる霊喰いは、速度が無いせいか今までの迫力が全く無い。
「今までの速さに比べたら、まるで兎と亀ですね」
避けるにしても迎撃するにしても充分に考える時間があるほどだったので、幸子も暢気に感想を述べている。
「しぶとい奴だなぁ。しかもまた再生し始めてやがる」
呆れ顔で奴が霊喰いを見つめている。
「私が止めを刺します。お姉さん、跳躍するので手伝ってください」
「ええ、いいわよ」
私はお姉さんに頼み込み、ポルターガイスト現象を利用して霊喰いを討つことにした。
鞘から梔子を引き抜くと、待ってましたとばかりに梔子が刀身を揺らめかした。
「結局最後に頼りになるのはあなたよね、梔子ちゃん。今回も頼むわよ」
刀身に口付けると、任せろとばかりに梔子が澄んだ刃鳴りの音を響かせる。
抜き身の梔子を携え、足裏にポルターガイスト現象を起こしてもらい、それを推進剤代わりにして私は霊喰いに飛び掛る。
霊喰いは身をくねらせ、ぎりぎりで私をかわし横から私に食いつこうとする。
けれど、私が振るう梔子に紙一重での回避は通用しない。
「喰らい付け!」
私の命令で、梔子が霊力を爆発させた。
刀身が『伸びて』『曲がる』。
そうとしか形容できない不自然さで梔子の刃は鋭角に有り得ない軌道を描き、下から顎を串刺しにする。
梔子の力によって、私の姿勢も上段で斬りかかる体勢から下から突き上げる体勢へと形を変えた。
これぞ梔子の真骨頂。どんな獲物も断ち斬れるように形状を変化させ、あらゆる回避や防御を無効化する、梔子の九十九神としての能力だ。
顎を貫く梔子をなおも捻り上げながら、私は笑う。
「周防の腕の落とし前……つけさせてもらうわ」
そのまま、刃を立てた梔子を振り抜いた。
半ばまで切断し、反対側に抜けた梔子を振り抜いた体勢のまま、斬り裂いた勢いを殺さないように身を捻り、踏み足を軸に身体を一回点させ逆足で再度踏み込む。
遠心力を加えた弧を描くような軌跡の二撃目が吸い込まれるように霊喰いに直撃し、残ったもう半分を切断した。
首を断たれた霊喰いの身体が傾ぎ、再び浮遊大陸へと落ちていく。
再び大地の抱擁を受けて炎の中に埋没し、揺らめく霊喰いのシルエットが少しずつ縮み、崩れていく。
完全に霊喰いが炎の中で燃え尽きたのを確認して、私はようやく息をつく。
祓魔完了。霊喰いは完全に消滅した。
皆を振り返って、へらりと笑う。
「一丁上がり。さて、と。帰ろっか」
僅かに残っていたなけなしの力で私の部屋への出口の糸を解いたところで、限界が来たのかふっと意識が遠くなった。
最後に見たのは、横になって映っている驚いた顔の皆の姿。
それから先のことは、覚えていない。
□ □ □
気が付いたら見慣れたアパートの自室のベッドの上だった。
私は掛け布団から顔だけ出した状態で、その私をお兄さん、お姉さん、幸子、奴、幼女の死に顔が覗き込んでいる。
思わずまじまじと皆を見詰めたあと、瞬きを数回。
「ぎゃあああああああああ!?」
絶叫して転げるようにベッドから降りて慌てて壁際まで逃げ出した。
びっくりした。眠気なんて一瞬でどこかに飛んでいってしまったよ。
「ちょ、ちょっとちょっと! せっかくこのあたしが心配してあげてたっていうのにその反応はないんじゃない!?」
ぶらぶら天井から吊り下げられながら抗議の声を上げるお姉さんを見て、ようやく置きぬけの衝撃から戻った私は、全てを理解すると同時にどっと疲労を感じて頭を抱えた。
「あー、そっか。私あれから気を失っちゃってたのか。ごめん」
いきなり元の姿に強制的に戻された皆のショックは、想像するに容易い。
特にお姉さんなんか、それに加えアパートに一人だけ引き戻されただろうからぼっち感も相当だったろう。
でもぶっちゃけ、寝起きに皆の幽霊姿が揃い踏みっていうのは、慣れている私でも不意を突かれると心臓に悪い。
「夜子お姉ちゃん待ってよー!」
私を追いかけてきた幼女を抱きとめる。
幼女は至近距離から眉と口をへの字にして私を睨み、口をむくれさせた。
体中血塗れだったり瞳孔が開いているのが地味に怖いが、平静を取り戻せばなんて事は無い、力に目覚めるまで何度も過ごしてきた、慣れ親しんだ日常の光景だ。
「もー、怖がるなんて酷い」
「ごめんね、みかちゃん」
苦笑しながら幼女の頭を撫でてご機嫌取りに勤しむ。
「待てー夜子ーうへへへへ」
奇妙な笑い声を上げながら迫ってきた奴を幼女を抱いたままひょいと脇に避ける。幽霊な奴はそのまま壁をすり抜けていった。
「避けんなよ!」
「ならまずそのいかにも何か企んでます的な笑い方を何とかしなさいよ!」
戻ってきた奴と言い合う。
奴ももちろん元の幽霊姿で、片方の眼窩から目玉をぷらんぷらんさせている。
「あははは、でもちょっと夜子さんの気持ちは分かります……自分で言うのも何ですけど、私から見ても怖いですもん」
顔色が悪くやつれてげっそりしているが、胸の傷さえ見なければ他の皆に比べればまだ普通の人間に見える幸子が、私たちのやり取りを見て苦笑している。
ちょいちょいと肩を叩かれ首を巡らすと、何か言いたげな様子のお兄さんが無言で佇んでいる。
ああ、両手だけの姿だから何か言いたくても何も言えないのか……。
可哀想だしぐっすり寝ていたおかげで精神力も有り余っていたので、お兄さんに加え全員をさっさと蘇生させる。
いい加減、きちんとした蘇生法考えなきゃなぁ……。
「夜子ちゃんありがとう。いやぁ、この姿に慣れてくると幽霊に戻った時が大変だね。夜子ちゃんを連れて手探りで元の世界に戻った後、皆で事後処理に奔走してたんだけど、会う退魔師がことごとく話にならなくて。コミュニケーションの取り辛さを再確認しちゃったよ。夜子ちゃんのお義父上が取り成してくれなかったらどうなっていたことか」
人間の姿になったお兄さんが苦笑して頭をかいている。私が気を失っている間不便で仕方なかっただろうから、正直申し訳ないと言わざるを得ない。
というか、幽霊だからそりゃ警戒されるのも仕方ないけど。
「あー、やっと元に戻れた。あの姿で過ごすのは相当なストレスなのよねー。外にも出れなくなるし、もうなりたくないわ」
幽霊と今の姿では美醜含めて違い過ぎるので、お姉さんの言い分は同じ女として気持ちがよく分かる。でも、一応幽霊の方が元の姿なんですけど。忘れてませんか?
「俺はどっちでもいいけどなー。いたずらするには幽霊でいる方が便利だし、蘇生したらそれはそれで美味い飯が食える」
奴はどっちでもいいというより、どちらも気に入っているというのがより正しいだろう。奴はイタズラが大好きだから、イタズラをする時は幽霊の方が何かと便利だ。でも幽霊だと美味しいものを食べれないから、そういう時は蘇生したいといったところか。
「みかは孝太君と一緒ならどっちでもいいよー」
幼女は相変わらずの奴好きで、幽霊と生身の便利不便よりも、奴と一緒にいられること自体を優先材料にしているらしい。バカップルは末永く爆発しろ。何とか子ども生めるように私の力でしてやれないかな。今度時間があったらちょっと研究してみよう。ボテ腹幼女とか犯罪臭い臭いがプンプンするから、見かけだけでも成長できるようにするのが先か。
「私はどちらの姿でも構いませんから、夜子お姉ちゃんと一緒にいたいです……。きゃっ、言っちゃった」
相変わらず幸子は可愛いことを言う。そんなに好いてくれるなら、こっちとしても悪い気はしない。頬を染めて照れる女子中学生はマジ可愛い。




