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女神退魔師  作者: きりん
霊を喰らうモノ
28/33

二十八話:嫌いの中に隠れていた本当の気持ち

 お師匠様から知らせを受けて病院に向かう最中、私の心中は乱れに乱れていた。


 一応お師匠様の話では命に別状はないって話だけど、私も気が動転して冷静に詳しく話を聞けたわけじゃない。お師匠様も本当のことを言い辛くて嘘をついたのかもしれない。私自身同居人の幽霊たちが心配して無理やりタクシーに乗せるくらい取り乱していたくらいだ。本当にそうだとしても、その判断は間違っていない。


 とにかく早く周防の無事をこの目で確認したい。


 こんなことになるなんて聞いてなかった。出合った人間の生還率は極めて低いっていう化け物に襲われたって聞いたんだから当たり前の反応かもしれないけれど、私と周防は自他共に認める犬猿の中なのだ。嫌いな奴が死んだかもしれないと知って、喜びこそすれ心配するなんておかしい。こんなに感情が乱れるなんて、色んな意味で予想外だ。


 超能力のおかげで治療技術も発達しているとはいえ、それでももちろん限界は存在する。後遺症が残るような怪我だったらどうしよう、とか気付けば周防の容態のことばかり考えてる。


 どういうこと。どういうことなの。

 これじゃアイツが気になるどころか、まるで好きみたいじゃないか。


 いやいや有り得ないでしょ。いくら付き合いの長い許婚だからって、あんな性格の悪い男を好きになってたなんてまるで悪夢だ。確かにいいところがないわけじゃないよ。他人に厳しいけど自分にはもっと厳しくて人一倍努力する努力家だし、何だかんだ言って退魔師として他人のために命を賭して戦うことを、周防は私と同じように誇りに思ってる。だけどそれ以上に欠点の方が多いのに。


 これじゃあお姉さんを全く笑えない。しかもお姉さんはどちらかというと騙された口なのに対して、私の場合は性格の悪さを知っていてこの体たらくである。

 私は周防が好きなの? 嫌いなの? ……どちらかというと好きかもしれない。うん、重症だ。


「騒々しいから何かと思えば、夜子か。お前の脳味噌では病院で走ってはいけないという一般常識さえ頭に入らないらしいな」


 混乱の局地に至りながらも、息せき切って病院に駆けつけた私を迎えたのは、幸いと言っていいのか無言の対面ではなく聞き慣れた、腸が煮えくり返るような罵倒だった。


 心配したのが馬鹿らしくなるくらい周防はいつもどおりで、ここまで普通にされると泡を食ってすっ飛んできた自分が馬鹿らしくなってくる。


 というか、どうしてこんな嫌な男が襲われたって聞いて私は慌てたんだろう。気のせいに違いないとはいえ、好きだと思ってしまったのもそうだが、心というものは本当に不可解だ。


「まあ、私のいないところで死なれたら寝覚めが悪いし、仮にも婚約者だし?」


「何を一人で喋ってる。頭に蛆でも沸いたか? 殺虫剤が欲しければくれてやるぞ」


 いつもと同じような周防の態度にイライラしながらも少しホッとした私は、言い負けてなるものかと唇を湿らせる。


 口喧嘩なんていつもしていることなのに、安心した反動からか、私は今までで一番ワクワクしている。周防と口喧嘩できるのが嬉しい。

 さあ、舌戦開始だ。


「確かに殺虫剤は欲しいわね。今私の目の前でブンブン飛んでる目障りな羽虫を殺すのに役立ちそうだわ」


「居もしない虫を見るとは末期だな貴様。精神科を受診した方がいいんじゃないか?」


「お生憎様。おかげさまで心身ともにピンピンしております」


「下手に上流階級など気取るんじゃない。付け焼刃などすぐに粗が出る。貴様ではそこまで頭が回らんかもしれんがな」


「悪いけど、血は繋がってなくても養子縁組してお師匠様の子どもになってるから。名実共にお嬢様なんですけど?」


「まさか墨禅様も、境遇を哀れに思い引き取った子どもが、まさか山猿のような女に育つとは夢にも思うまい。さぞ扱いには頭を痛めただろうよ」


 お互い全く引かずに嫌味を言い合う。

 額に青筋を浮かべて睨み合っていながらも、いつもと同じ様子の周防に私は密かにほっとしていた。


 いっそのこと死ねって思うほど腹立つことはあるけど、こんな男でもさすがに死なれたら困る。ただでさえ低くなっている退魔師全体の質がさらに落ちるという意味で。婚約者だからとか、実は好きだからとかでは断じて無い。無いったら無い。病院に来るまでのことは気の動転による気の迷いだ。そうに決まってる。


 私は周防の身体を見て呟く。


「左腕、無くなっちゃったわね。そんなんで退魔師としてやっていけるの?」


 周防の左腕は、霊体ごと根元からあの化け物に食われて消失している。

 通常の治療技術ではもちろん、霊体を利用して肉体を復元する退魔師特有の治療技術でも、霊体そのものに損傷があっては治すことはできない。


「無理だろうな。いささか早過ぎるきらいはあるが、退魔師としていつか死ぬであろうことは覚悟していた。生きているだけ僥倖だ」


 答える周防の声はさすがに憂鬱そうだ。


「引退ってこと? こんな早いうちから引退してこれからどうするつもりなのよ」


 嫌いな相手だというのに、つい心配になって周防を見つめる。

 こいつは今まで順調にエリートコースを歩んできたから、こんな形の挫折なんて知らないはずだ。


 ……実は少し、心配している。

 私から目を背けた周防は、自嘲げに言葉を紡ぐ。


「少なくとも不出来な息子ということで家を追い出されることは確実だろうな。お互い不本意な結果だが……いや、お前にとっては逆に幸運か。長男といえど、さすがにこれでは家は継げん。家督は弟が継ぐことになるはずだ。このまま俺の家の人間に婚約が引き継がれるかどうかはともかく、ひとまずお前が俺と結婚する必要は無くなった」


 ちょっと朗報。いや、凶報? 別に周防と結婚したいってわけじゃないけど。


「それは結構なことね。でも残念なことに、お師匠様が、婚約を破棄するかどうかは分からないわ。今までだって、どんなに私が破棄して欲しいって言っても破棄されなかったもの」


 というか、いまさら他の退魔師と婚約しろなんて言われても困る。嫌い合っていたけれど、気心の知れた退魔師なんて、お師匠様以外には周防しかいない。


「それは俺との婚姻で、お前の地位が磐石になるからだろう。お前は俺との婚姻により黄泉家に加えて風峰家の後ろ盾を手に入れるはずだった。退魔の二大家系が味方につけば、たとえ拾われ子の異端であろうとそうそう非難の声は上がらん。墨禅様もそれが狙いだったはずだ」


 そこで言葉を切った周防は少し躊躇するかのように言いよどむと、再び私に顔を向けてくる。

 周防の目が普段の斜に構えたものとは違う真っ直ぐな目だったため、私は少し驚いてしまった。


「お前が俺の許婚であり続ける理由はもう無い。お前の立場が変わったわけではない以上、婚約解消後は再び俺の弟と婚約するか、別の家の長子と婚約を結ぶことになる。だが、お前ももういい加減判断できない年齢でもないだろう。どうするかは自分で決めろ」


 本当なら、周防との婚約解消は喜ぶべきことのはずだ。でも結局また他の人間と婚約を結ばされるんじゃ何の意味もない。


「……あんたはどうして欲しいのよ」


「……俺にはもう関係の無いことだ」


 投げ遣りな態度の周防に、私は舌打ちした。

 何それ。周防がそんな態度だと全然納得できないんだけど。

 というかその態度は何なのよ。私のこと、そんな女だと思ってる?


 気に喰わない。

 なんというかうまく自分の気持ちを表現できないけれど、周防がこのままなのは嫌だ。

 どうせなら周防には元に戻って欲しい。元に戻ってくれると今の周防の言葉を心置きなく責められるので私は幸せ。


「そう。なら私の好きにする。あの化け物を倒してあんたとの婚約を続けるわ。要は私が周りを黙らせるだけの結果を出せばいいんでしょ? なら簡単よ」


 私が決意表明すると、周防は顔を顰めて私を睨む。


「おい。話を聞いていたのか? それとも聞いていても理解する頭が無いのか? どうしてそうなる」


 こっちの方こそ逆に問い返したい。本当に分からないの? だったら心外だ。

 なら思い知らせてやらねばなるまい。


「分からないなら教えてあげるわ」


 やぶにらみに私を見つめる周防の鼻先に、私は自分の顔を近付ける。


「私はあんたが使えなくなったからってほいほい他に乗り換えるような尻軽女じゃないし、いくらお師匠様に大恩があるからってただただ言われたことに従うだけの子どもでもない」


「……俺との婚約は嫌じゃなかったのか」


「退魔師として生きていく以上どうせ誰かと結婚しなくちゃなんないんだから、それなら気心が知れたあんたの方が幾分かマシ。それに、口喧嘩で勝てないまま相手がいなくなるのもつまらないし、このまま勝ち逃げされるのはもっと気に食わない」


 今までのことを思い返す。

 周防と一緒にいる時の思い出は、いい記憶があまり無い。プライベードで会った時はいつも喧嘩ばかりしているし、嫌な思いだってたくさんさせられた。


 だけど、こいつは私の婚約者で、もしかしたら、私の夫になるかもしれない相手で。私自身、認めがたいけど特別な感情を抱いているかもしれなくて。


「勝つまで私に口喧嘩させなさい。……あんたとなら、別に一生でも構わないから」


 これは紛れもない私の本心だ。

 好き嫌いは別にして、周防の存在は私の日常にすっかり組み込まれてしまっている。いまさらピースが欠けるのは許せない。


 周防は一瞬毒の抜けた表情でぽかんとしたあと、堪えきれないかのように笑い出す。


「……驚いたな。二十ニ年生きてきた人生の中で一番驚愕したかもしれん」


「何よ。私とあんたの関係なんて、いまさら言うまでもないことでしょ」


 深くため息をつかれた。何故だ。


「自分で気付いていないようだから言っておくが。お前の今の台詞は、まるっきり口説き文句だぞ。言外に『ずっと傍に居て下さい』と言っている」


「ばっ……」

 顔にかあっと火のような熱が昇るのが分かった。

 仮にも怪我人だというのに襟ぐりを掴んで揺さぶってしまう。


「全然そんなんじゃないから! これっぽっちも好きじゃないから! アンタと私は未来永劫不倶戴天の仇敵同士! 勘違いするんじゃないわよいいわね!?」


「分かった分かった。お前がこの先も傍にいてくれるなら仇敵同士でも何でも構わん」


 言葉を切った周防は少し恥ずかしそうに笑った。

 待て。何か嫌な予感がするぞ。ただでさえ焦ってるんだから、これ以上爆弾発言はしてくれるな。

 当たり前のように私の願いは裏切られた。


「ずっと前から、お前が好きだった」


「はああああ!?」


 思わず大声を上げてしまう。

 おかしい。周防が完全にキャラ崩壊している。どうしてこうなった。


「化け物に襲われた時、正直死を覚悟した。その時脳裏に浮かんだのが、家族でも墨禅様でもなく、お前だったんだ。何故か死ねないと思った。自分でもうまく言葉にできないが……つまりはそういうことだ。改めて言葉にしてみると恥ずかしいものだな」


 おいそこ。勝手に言って勝手に照れてんじゃないわよ。私まで恥ずかしくなってくるじゃない。

 でも、そう言われて悪い気はしなかった。

 不思議なことに、今までの周防の数々の所業も可愛く思えてきたから不思議だ。


「代償は大きかったが、遭遇したおかげであの化け物についてそれなりに分かった。あの巨獣は正体不明の化け物などではない。相手をするつもりなら、俺の話を聞いていけ」


 私がベッドの傍にあった面会客用の椅子に座るのを確認すると、周防は話し始める。


「あの化け物名前は霊喰いといって、過去の文献にわずかに記述が見られる化け物だ。肉体ごと人の霊体を喰らうことからこの名で呼ばれている。肉体が目的なわけではないから、もちろん幽霊も捕食の対象だ。大切な幽霊がいるなら注意しろ。普段姿が見えないこの怪物と戦うには、姿を現した瞬間に着色した霊水を浴びせるなどして常時姿を目で捉えられるようにするといい。姿が見えるようになっても油断はするなよ。捕食者が巨体であるということは、俺たち被捕食者にとってそれだけで脅威だからな」


「ありがとう、周防。絶対勝って帰ってくるから待ってなさいよ」


「待っていないからさっさと行け」


 死んでないけど、退魔師周防の弔い合戦だ!


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