二十七話:化け物の手がかり探しと襲われた周防
繁華街を出て私たちが次に向かったのは、人っ子一人いない海水浴場だった。
「うわあ……シーズン真っ盛りでかき入れ時だってのに、寂れてるわねー」
お姉さんが車の窓から静かに波が寄せては引く海岸の様子を眺め、呆れた顔で感想を漏らす。
繁華街の記録を見たあとなせいか、拍子抜けな様子でつまらなさそうな気配を漂わせるお姉さんの疑問を周防が回答する。
「この海水浴場で起こった事件が繁華街の事件と同じ化け物の仕業だったと仮定すれば、不自然さはないな。やはりここも化け物の仕業の可能性が高そうだ。いや、調べてみねば断言はできんか。どちらにしろ、死んだ者の冥福を祈るばかりだな」
いかにも面倒くさそうなしかめっ面をしているが、いつも傲岸不遜で態度がひどい周防にとっては、これでも犠牲者を悼んでいる方だったりする。中々他人には理解されにくいけどね。
……どうして嫌いなのに私にそれが分かるかって?
婚約者としてそれなりに関係があるから、経験上嫌でも分かっちゃうんだよ。本当に嫌だ。
それにしても、お姉さんの言うとおり全然活気がないな。この街で一番人気のある海水浴場のはずなんだけど。
思わずぼやいてしまう。
「残念ね。事件が無ければここも今頃海水浴客で賑わっていたはずなのに」
「お前のことだから、報告書を読みもせずにまた『で、ここではどこで誰が襲われたんだっけ?』とか言い出すんだろうな」
率直な感想を述べたら、間髪入れずに周防が皮肉を飛ばしてきたので、こちらもムッとして反論する。
「失礼ね。移動中にちゃんと読んだわよ。この海水浴場で襲われたことが判明しているのは、今のところ分かっているだけで十四人。内訳は死亡者が四名、行方不明者七名、重軽傷者三名。襲われた被害者のうち、死亡者と行方不明者は全て海上または海中で襲われている。……これを見るに、どうも対象は沖合にいた海水浴客を襲ったのを皮切りに、砂浜へ向かいながら進路上にいた海水浴客を次々に襲っていったみたいね」
すらすらと報告書に書いてあったことを述べると、周防は目を見張った。
「珍しく間違っていないな。明日は雹でも降るのか」
「これでも一応暗記しちゃうくらい読み込んだのよ」
胸を張って鼻高々にしていると、お姉さんがふと意外そうな様子で私に話しかけてきた。
「あら、移動中ずっと報告書見ながら何かぶつぶつ言ってて気味悪いと思ってたけど、あれって内容を暗記してたのね」
「ちょ、ばらさないでよ!」
「俺がお前を見直したのは気のせいだったようだ」
やはり夜子は夜子だったと周防がため息をつく。
どういう意味よそれ。
「そんな付け焼刃で暗記しても知識はものに出来んぞ」
「そ、そんなこと分かってるわよ」
「分かっているのなら構わんが、そういう時は目を合わせてものを言え」
勝ち誇った顔の周防が激しくムカついてどつこうとするが、周防はひょいひょい身軽にかわしてしまう。
面食らった私は攻撃を中断して周防に詰め寄った。
「ちょ、樹理亜さんの攻撃はあんなにあっさり喰らってたくせして、私の攻撃は何でそんなに避けられるのよ!?」
それなりに動いていたというのに周防は汗一つかいていないすまし顔でにやりと笑った。周防本人はハンサムだから爽やかな笑顔のはずなのに、本人の性格のせいかどうみても陰険そうな悪役笑顔にしか見えなかった。
「あれは反応が遅れただけだ。見慣れたお前の攻撃なら梔子を使わない限り目を閉じていても避けられるさ」
「り、理不尽だわ!」
衝撃の事実に思わず叫ぶ。
最近はもっぱら稽古でも梔子使用で木刀とか竹刀はおろか、他の刀すら握ってなかったから全然気が付かなかった。何だそのチート。
「理不尽といえばお前の梔子こそそうではないか。避けても強制的に当たったことにされるんだぞ。遠距離攻撃はどんなに狙い澄ましたところでまず当たらんし、どうしろというんだ」
やり取りを眺めていたお姉さんが言い合っている私たちを見て、呆れた顔で締めくくる。
「まあつまり、どっちもどっちっていうことね」
「一緒にしないで!」
「断じて違う!」
「あーはいはい、どっちでもいいから早く調査を始めましょう。ここの他にもあと一箇所残ってるんでしょ? のろのろしてるとあっという間に日が暮れちゃうわ」
お姉さんの指摘がもっともだったので、私たちはしぶしぶ矛を納めた。
「でも調査の方法はどうするの? あの化け物が現れたとしたら水中みたいだから、霊視しても海生の大型捕食生物とは区別できないわよ」
私が出した疑問に周防が答えた。
「地道に鮫の仕業でない状況証拠を積み上げるしかないだろう。霊視で何とか化け物の姿を捉えられればいいが」
「行方不明になっている人の遺体でも、どこかに流れ着いてれば話は簡単なんだけどねぇ」
もうちょっと楽に調査できないかなー、とぼやく私を周防が嗜める。
「それでもあの化け物の仕業だと断定する証拠としてはまだ弱い。直後ならすぐに見分けが付いても、時間が経つと腐敗が進んだり他の動物に喰われたりして見分けがつかなくなる。砂浜の客も被害に遭ったようだから、一応霊視はしておくか」
海岸線を見つめ、私はまだ見ぬ敵を見据えて腕を組む。
「あとは地道に生き残った被害者から話を聞くしかないってことね」
「まあ、そうなるな。だがまあ、それは後からでもできるし、俺たちにしかできないことでもない。今は霊視を試そう。念のためお前ももう一度霊がいないか霊視してみろ。お前の場合、もしかしたら何か見落としている可能性がないとはいえん」
相変わらず私のことをどこか馬鹿にした言い方にイラッとするが、我慢する。
仲違いしている場合ではないし、悔しいが、調査においては私より周防の方が優れていることは確かだからだ。
会話を続けていると無駄に神経を逆立てさせられるので、雑談をやめて調査に集中する。
自分の霊力を目に集中させ、霊視を試みる。
霊視をしても見えるものは先ほどと変わらず、私は落胆した。
「……やっぱり誰もいないわよ。海水浴場なら水難事故で死んだ幽霊の一人や二人集まってたっておかしくないのに、それすらいないなんて」
同じように霊視を試みていた周防が作業を中断する。
「期待は微塵もしていなかったが、やはりか。俺の霊視でも何かに襲われているのは分かるんだが、それが鮫なのかあの化け物なのかは判然とせんな。ただまあ、鮫だとしたらメガロドン並の常識では考えられない大きさの鮫が出たことになってしまうから、化け物の仕業である可能性は高くなった」
考え込む周防の横で、さり気なく腕時計を確認する。
時刻は午後6時半。まだ明るいが、じきに暗くなるだろう。よく見れば、お姉さんも何だか帰りたそうな顔をしているし、今日はこれくらいにしておいた方がよさそうだ。
お姉さんと目配せをし、私は周防に話しかけた。
「そろそろ時間だから、今日は帰るわ」
「む。もうそんな時間か」
周防がちらりと自分の腕時計で時間を確認して、一瞬物凄く嫌そうな顔をする。
「また明日ね。お疲れ様」
「気をつけて帰れ。今日中に報告書は全て読み込んでおけよ」
去り際にまで小言を言ってくる周防に、返事はせず手を振って答えた私は、お姉さんを連れ立って帰宅の途につく。
途端にきりっと張り詰めた表情だったお姉さんが相好を崩した。
「はぁー、やっと終わったわ。何だか一年中仕事をしてた気分よ」
誰が見ても分かるほどお姉さんはウキウキしている。
「最後の方は気もそぞろだったみたいですね。途中で完全に会話から消えてましたけど、もしかしたらずっと帰る気満々だったんですか」
お姉さんに対して抱いた私の感情は、私の台詞の最後に疑問符がついてないあたりから読み取ってもらいたい。
「あはは。まあそれはともかく。やることはちゃんとやったんだし、お給料ちょうだい?」
「帰ったら渡しますので、今は帰りましょう。特売の時間が終わらないうちに、夕飯の材料を買いにスーパーに寄らなきゃなりません」
お金クレクレと可愛らしく首を傾げて手を差し出すお姉さんに、持参したエコバッグを押し付ける。
「荷物持ちを願いします。報酬は樹理亜さんの好きなものを一つ買うということでどうですか?」
「……ブランドものの化粧品が欲しいわ」
「高過ぎるので却下です」
「えー」
夕日が沈む中、私たちは並んで歩く。本当の姉妹みたいな心の距離が心地良い。
次の日、私は残って調査を続けていた周防があの化け物に襲われたことを知った。




