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女神退魔師  作者: きりん
霊を喰らうモノ
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二十六話:退魔師の使命

 これはもしかしなくても、周防の……げぇ!


「何おっ立ててんのよ!」


 盛り上がった部分を手でひっぱたくと、痛みに呻いた周防が目を剥いて私に詰め寄る。


「ちょっと待て自分から触っておいてその言い草はなんだ! お前は痴女か!」


 詰め寄られた分だけ後ろに下がり、私は周防を睨みつけた。


「近寄んなヘンタイ! 私のことそういう目で見ないでよね、虫唾が走るから!」


 周防が顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。


「誰がお前などそんな目で見るか! これはただの霊気を同調させた副作用で、生理現象だ! 勘違いをするな!」


「はぁ!? 私に文句言っといて自分はそれ!? なら私だってただの生理現象なのよ! 文句言われる筋合いはないわ!」


 真っ向から睨み合う私と周防の横で、お姉さんが同調を続けている。


「やばい二人と同時に同調すると気持ち良さも二倍だわ! ああ感じちゃうビクンビクン!」


 百歩譲って本当に気持ちいいのだとしても、口で擬音まで言っている辺り確実に演技入ってますよね、お姉さん。というかお願いだから空気読んでください。


 いや、空気を読んだからこそこの行動なのかもしれない。現に私は一気に周防に対する苛立ちやらが雲散霧消してなんともいえない気持ちになったから。たぶん周防も似たような状況のはずだ。


「まあ、いいわ。気持ちよくなるのは仕方ないものね」


「ああ、お互いこの話題には触れん方がいいだろう」


 気まずげに私は周防をちらちら。周防の方もそっぽを向きながら目だけで私の姿を追っている。

 なによ、言いたいことがあるなら言いなさいよ……。

 周防が咳払いをした。


「送るぞ」


 短い周防の言葉に頷きを返す。

 その瞬間、目の前に広がっていた光景が、周防から送られてきた霊視の映像に切り替えられた。

 ごく普通の今と同じ繁華街の雑踏が映っている。


 子どもを連れた母親らしき女性、高校生らしき女子学生の集団、杖をついて歩く老人、足早に歩くスーツ姿の男性など、見える顔ぶれもどこにでもあるありふれたものだ。


 その一角に突如、染みのような黒い点が表れた。

 黒い点は紙の上に墨汁をぶちまけたかのような勢いで大きくなり、瞬き数瞬の間にその全容を晒していた。


 表す言葉は獣。しかも上に醜悪なという形容詞がつくような醜い獣だ。


 体毛はなく、印象は深海魚を連想させる。全身真っ黒な皮膚を持ち、見上げるほどに大きい。例えるなら大型の鯨くらいの大きさか。鮫に似た尾びれを持ち、ライオンのごとき太くがっしりとした前足をそなえ、顔はカエルに極めてよく似ている。


 特筆すべき特徴は口だ。人の顔から口だけを削りだしてカエルの顔に無理やりくっつけたかのような巨大な口が、本来カエルの口に当たるであろう部分からせり出している。


 唇が無く、歯茎と歯が剥き出しになった口は、なまじ人間のものに酷似しているだけに醜悪としか表現のしようがない。そんな獣が宙に浮かんでいる様は、ただ異様さを浮き彫りにして増大させていた。


 黒い巨獣は大きく口を開け、肉食獣のような俊敏な動作で通行人に襲い掛かった。

 たまたま近くを歩いていたスーツ姿の不運な男性が、異変を感じたのかふと顔を上げて獣がいる方向に振り向き、その人生を終えた。


 男性を頭からくわえ込んだ巨獣が、その口を閉じたのだ。

 辛うじて見える男性の下半身がじたばた暴れる中、がちんと音を立てて歯が噛み合わされ、千切れた下半身がコンクリートにべしゃりと落下する。


 もちゃもちゃと気味の悪い音を立てて口の中身を咀嚼しながら、巨獣はその姿を消した。

 一瞬の出来事で、巨獣はおろか、男性の上半身すらもうどこにもない。残された下半身から滴る、赤い鮮血だけがその痕跡を残していた。


 そして今度は、女子学生の集団の頭上に、巨獣が現れる。

 阿鼻叫喚としかいえないような光景が広がる。

 巨獣が姿を消した後に残ったのは、血を噴き上げるスカートを履いた無数の下半身のみ。


 事態に気付いた人間たちがようやくざわめき始める。だが巨獣が姿を現したのは、その実捕食の瞬間の一秒にも満たない短い間に過ぎない。そもそも霊力を持たない彼ら彼女らは状況を理解できず、皆立ち止まって不安そうな顔で辺りを見回しているだけだ。


 後はもう巨獣にとっての狩場だった。

 杖をついて歩いていた老人は、驚きのあまり杖を取り落としてバランスを崩したところを頭から喰い付かれる。


 子どもを連れていた母親らしき女性が、事態を理解していなくとも危険だということだけは察したのか、慌ててその場から逃げ出そうと背を向ける。


 その姿が突然現れた巨獣の後ろ姿によって隠され、巨獣が消えると母親の下半身のみが鮮血を吹き上げている。丸ごと食われてしまったのか子どもの姿はない。


 黒い巨獣が現れなくなった頃には、人々が笑顔で行き交っていた場所は下半身のみの死体が散乱する異様な地獄へと成り果てていた。


「これで全部だ」


 周防の声とともに、視界が凄惨な過去の光景から有り触れた平凡な日常へと戻っていく。

 周りを歩く人たちは本当に一週間前にこの場所で起こった出来事など知らぬげに、いつもと同じ楽しそうな顔でそれぞれの日常を謳歌している。


 私は辺りを見回し、反射的に周防から送られてきた映像で喰い殺された人たちの幽霊がいないか、目を皿にして探していた。


 もちろん見つかるはずがない。彼らが幽霊になっていないことは、報告書に書かれていた内容からすでに証明されている。


「なんなの……あの化け物は」


 普段なら艶を含み、飄々としているお姉さんの呟きも、今は鉛を飲み込んだかのように重苦しい。

 お姉さんの震える声に答えたのは周防だった。


「あれが、俺たちが調査している事件を引き起こした対象であり、討伐すべき獲物だ。これから調べなければ断定はできんが、おそらくは他の二件もこいつの仕業の可能性が高い」


 私は信じられない思いで周防を見る。


「戦って、勝てるの? あんなのに」


「人に仇為す魔を滅するのが退魔師の務めだ。勝てる勝てないの問題ではない」


 聞き覚えのある台詞に、私は押し黙る。

──夜子や。よく覚えておきなさい。人に仇為す魔を滅することがわし等退魔師の務めじゃ。いかに魔に属する幽霊と知己を結ぼうと、それを決して忘れてはならぬ。


 かつて、まだ私がお師匠様に拾われて間もない頃、厳しい修行の日々の中ふとお師匠様が漏らした言葉。私たち退魔師が、一番初めに胸に刻み込む義務であり、誇り。


「ねえ、夜子……」


 お姉さんが私にもの言いたげな視線を送ってくる。

 言いたいことは分かっている。

 周防はやる気満々だけれど、私と周防とお姉さんが力を合わせても、たぶんあの化け物には勝てないだろう。


 あの化け物は空を飛んでいるから、まず私の攻撃が届かない。私は接近戦特化の退魔師なので、空を飛ぶ相手には手も足も出ないのだ。


 今までは攻撃が届かない相手に対しては攻撃しようと急降下してくる瞬間を狙ったり、相手の遠距離攻撃を逆に打ち返したりしてどうにかしていたが、今回これらの方法は使えない。


 私たちが普段透明であるはずの化け物の姿を捉えられるということは、自ら化け物が姿を現したということに他ならず、それはすなわち同時に私たちが攻撃されていることを意味する。反応しようにもまず間に合わない。


 けれど、私には新しく備わった切り札がある。

 大陸を一つ創り出してしまうほどの大きな力。攻撃に転化すれば、それこそあの化け物を消し去るだけのエネルギーを創り出すことは容易いだろう。


 でもそれは同時に辺りに大きな災害を撒き散らす。何せ巨大な化け物を屠るほどの威力を持つ力を創り出すのだ。回りの建物は甚大な被害を被る。万が一巻き込まれる人間がいれば即死確定だ。


 辺りに被害を出さずにあの化け物を仕留めるには、あの何もない世界に化け物を隔離するのが一番だ。あの場所で、最大級の力で以って化け物を薙ぎ払う。


 おそらくそれが被害を抑える最善の方法だ。分かっている。分かっているけれど。

 ……せっかくあそこまで創った世界を、私は壊したくない。


「次の場所に向かうぞ。早く調査を進めなければならん」


 お姉さんに何も言えないまま、私は周防に促されて車に乗り込んだ。


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