二十四話:私と周防の関係
再び錐揉み回転をした周防は、床に落ちそのまま動かなくなる。
早足で周防に駆け寄った私は、周防の様子を確認した。
「おー、完璧に気絶してる。お姉さん、お見事です」
ぱちぱちと手を叩く私を、お姉さんは微妙な顔で眺めた。
「彼、本当に強いの? これが退魔師相手にまともに通るなんて、ちょっと信じられないんだけど」
一部始終を観戦していたお師匠様が、お姉さんを賞賛する。
「これはたまげたのう。周防君はこれでも、若手の中では夜子と同じく有望株なんじゃが」
周防をフォローすると見せかけて私は追い討ちした。
「相性の問題もありますからね。一応周防の名誉のために補足すれば、私と戦ったら結構いい勝負になるんですよ? 最終的にはもちろん私が勝ちますけど」
「夜子、それってフォローしてるようで実は落としてるわよね」
「はい」
「無邪気そうな笑顔でも、否定はしないんだ……よっぽど嫌いなのね」
「それはもう。お姉さんのおかげで周防を苛めるいいネタが出来ました。くふふ、どうしようかな?」
「ほどほどにしといてやっとくれ。彼に潰れられると非常に困るでの。あと夜子、少しは彼と仲良くせんかい」
ぼやくお師匠様に向けて小さく舌を出す。
私から歩み寄るのは無理です!
やれやれと肩を落としたお師匠様は、お姉さんに向き直ると何でもない様子で言った。
「ところで、今のはポルターガイスト現象の応用じゃろう」
「え!? それは……」
硬直したお姉さんが助けを求めるように私を見てきたので、お姉さんの代わりに私が答える。
「お師匠様にはやっぱり隠せませんね。ご推察の通りです」
ポルターガイスト現象とは別の名を騒霊現象ともいい、比較的ポピュラーな心霊現象の一種である。
これが起こると家具が何もないのに音を立てたり小刻みに動いたり、挙句の果てには空中に浮いたり吹っ飛んだりする。
今回お姉さんが周防にしたことも実はとても単純なことで、このポルターガイスト現象の対象を直接周防にして吹き飛ばした、ただそれだけである。
お姉さんが起こすポルターガイスト現象は力が強く物理的な衝撃を伴うので、まともに喰らえば大人でも悶絶するほどの威力を持つのだ。
本来の使い方としては物にかけて対象にぶつけることが主流で、本人に直接かける場合は大抵事前に察知されて、霊力を高められて抵抗されるからほとんど効果はないはずなんだけど、周防の場合油断し過ぎて状況理解すらできていなかったから、まさに瞬殺だった。
「やはりか。幽霊だと気付いておれば対策のしようもあったろうに、周防は彼女が人間だと思い込んでいたようじゃな。いやはや、修行が足りんわい」
そろそろ周防を起こした方がいいかな。
私は気絶した周防の横に座り込むと、彼の頭を持ち上げ自分の膝に乗っける。いわるゆ膝枕というやつだ。
周防と私は嫌い合っているから、周防の嫌なことは私の嫌なことでもある。周防に嫌がらせするには、私がされて嫌だと思うことをすればいい。
屈み込み、周防の耳に顔を近付けて吐息がかかるような近い距離で囁く。
「ほら、早く起きて。会社に遅れるわよ、ア・ナ・タ♪」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
効果は覿面、周防は悲鳴を上げて覚醒した。
「な、何だ今の甘ったるくも地獄の底から聞こえてくるかのようにおぞましい声は!」
血の気の引いた表情で辺りを見回す周防は、自分が私に膝枕されているという状況にようやく気付いたのか、まるで石化でもしたかのように愕然とした顔で沈黙する。
「おはよう、周防。地獄の底から聞こえてくるような声で悪かったわね」
自分が気絶していたのを理解したのか、周防は茫然自失している。
「こ、この俺が負けただと……?」
「ええ、それはもう見事にノックアウトされてたわよ? それよりも、約束覚えてるでしょうね?」
にっこにっこにっこにっこ。
たぶん私は今、そんな擬音が似合うような満面の笑顔を浮かべているだろう。
「……ああ」
かなり長いためらいの後、周防は死刑台に上る囚人のような暗い面持ちで頷く。顔色はこれ以上ないほどに悪く、青を通り越して土気色になっている。
「なら話は早いわ。今日一日、あんたは私の奴隷ちゃんね」
「お、鬼か貴様……!」
「あら? 自分が勝った時には無理やり関係を結ぼうとした人の言葉とは思えないんですけど?」
「そうでもせんとお前はいつまでも俺との距離を縮めようとせんだろう……! 結婚までもう二年を切っているんだぞ! いつまでもこのままでいるつもりか!?」
咄嗟に言い返せずに押し黙る。
そりゃ私だって、いつまでもこんな関係でいられないのは分かっている。周防が嫌いでもお師匠様は裏切れないし、それで恩が返せるのなら、私は仮面を被ってでも周防と結婚するべきだ。
でも結婚した後でも、大好きな幽霊たちと暮らせるかどうかは分からない。
だって婚約しているだけの今でも、多くの幽霊を保護している私への風当たりは強いのだ。大人たちの中には、風峰家に嫁入りするのだから、幽霊なんてさっさと祓って身辺を奇麗にしろというような輩が少なくない。
そんな奴らを満足させるだけの結婚なんてしたくない。
「だったら周防が婿に来てよ。周防の家に嫁に行くのは嫌。あんたのことは嫌いだけど、あの家はもっと嫌い」
「次男三男ならいざ知らず、長男の俺がそんなことできるか!」
そういうと思ったよ。
やっぱりコイツは大嫌いだ。
「だからあんたと結婚するのは嫌なのよ。未来の嫁を一番大事にしない時点で問題外じゃない」
「仕方ないだろう。俺にも家を継ぐ立場の者としてのしがらみがある」
苦い顔の周防は、私から離れ立ち上がった。
「今回の件についてはひとまず棚に上げるぞ。まずは仕事優先だ」
「そうね。さっさと終わらせてもう一度じっくり話し合った方がいいわね」
私と周防の間で再びピリピリしたムードが漂う。
しばらく睨み合ったあと、周防は私から視線を外して嘆息する。
「とにかく、彼女の実力は分かった。これほど強いならチームを組むのに俺も異存はない」
おや、もっとごねるかと思ったけど意外に物分りがいいな。
疑問が表情に出ていたのか、周防は私を馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「お前に信頼されていて実力があるのなら妥協もするさ。第一このままいがみ合っていても埒が明かん」
「まあ、それもそうね。諍いはいったん水に流しましょう」
周防と私は矛を収め、改めて仕事の話をする。
「話を戻すけど、まずはどこから回るの?」
「繁華街からを予定している。まずはここを調べれば、後々他の場所でも類似性が見つけ易かろう」
私たちのやり取りを見守っていたお姉さんにも確認する。
「樹理亜さんもそれでいいですか? 何か意見があれば検討しますよ」
「別に意見ってわけじゃなくてただの疑問なんだけど、二手に分かれて別々の場所を調べたりはしないの?」
お姉さんの問いには周防が答えた。
「別々に調査しても、結局は俺たちが得た情報をすり合わせる必要がある。余計に手間を踏むくらいなら初めから全員で行動した方が良い。その方が不測の事態に対応しやすいしな」
「なるほど……答えてくれてありがとう、周防……さん?」
「……む。こちらこそ」
何だかぎこちないやり取りをする二人。
「それじゃ、さっそく移動しましょうか。周防、一つ目の現場まで運転お願いね?」
「分かった。お前たちは先に玄関で待っていろ。玄関前まで車を回す」
周防が部屋の外に出ていくのを見送り、私たちも部屋を出た。




