二十三話:お姉さんはサイコゴースト
こう見えてもお姉さんは意外と戦えるんだぞ。運動能力はからきしだけど、その代わりに超能力がある。今も私の力で生きているように見せかけているだけで、幽霊であることに代わりは無い。超能力社会になってからは幽霊の有り方もいくらか変わっていて、一般的な幽霊の他に、人間だった頃に持っていた超能力を保持するサイコゴーストが増えてきている。
私たち退魔師の幽霊も便宜上同じサイコゴーストに含まれるけど、この場合は超能力を持たない代わりに強力な霊力を宿すことが多い。
超能力が普及する以前は霊力型のサイコゴーストばかりだったんだけど、今は逆に超能力型の方が一般的で、私が始末する悪霊は大体こいつら。
興味深いのは、生きている時は無能力者でも、幽霊になってからも超能力に目覚めるケースはあるということ。これを知ってるのは幽霊を知覚できる私たち退魔師だけ。
お姉さんの超能力は瞬間移動だ。運動神経が切れてても、これの上手い下手は完全に超能力の精度の問題だから、お姉さんには関係ない。
自縛霊として長い間一箇所に縛り付けられていた分、長距離転移こそ不慣れだけれど、その代わりお姉さんの短距離転移の精度と錬度は断トツだ。溜めの必要なく、しかも連続で行うことができるうえに、あらかじめ来ることが分かってれば危険を察知して自動的に転移することもできる。
大体の危険はこれで回避が可能だ。むしろ生存確率だけでいえば、私たちの中で一番高いんじゃないだろうか。
唯一ネックなのはもとが自縛霊だから、私が意識を失うとその場で元に戻るだけじゃなくて強制的に自宅に戻されちゃうことくらいか。でもそれは私が意識を失わなければ済むことだし。
「お言葉だけど。周防、フォワードは私と樹理亜さんで務めるからそこんとこよろしく」
「……なんだと?」
愕然とした顔の周防にちょっと溜飲が下がった。
ちょっと大人気なかったかな?
「それは遠慮したいっていうかなんていうか……」
本人が怖気付いてどうするんですか、お姉さん。もっと自信持ちましょうよ、あなた強いんですから。
「とても強そうには見えんな。そもそも彼女は退魔師なのか。どんなに強力な超能力を持っていたところで、霊や妖怪には無意味だぞ」
お姉さんが気乗りしなさそうな顔をしているからか、周防は思いっきり疑ってかかっている。
なので提案してみた。
「退魔師じゃないけど、ちゃんと霊力はあるから心配無用よ。なんなら試してみる? 実際にチームを組むなら仲間を信用できないのはまずいし、実力を確認しておくのは悪くないと思うわよ」
「えっ、ちょ、夜子! そんな勝手に……」
慌てて詰め寄るお姉さんを私は諭す。お姉さんは日常では自信たっぷりなのに、いざ非日常を前にするとヘタレ過ぎて困るなぁ。
「もー、いつまで謙遜しているんですか。樹理亜さんにかかれば、周防なんてけちょんけちょんにしちゃえますって」
こんな風に言えば、周防も食いつかずにはいられまい。
周防の顔色を伺えば、不敵に笑う彼の額にはしっかり青筋が走っていた。おー、怒ってる怒ってる。
「ほう。彼女はそんなに強いのか。ならばぜひ手合わせ願おう。だがただ戦うのもつまらんな。夜子。万が一俺が負けることがあればお前の頼みを一日限定で何でも聞いてやる。その代わり勝ったら調査終了後に休日丸一日俺に付き合え」
うぇ。何か変な交換条件出された……。
周防に何でも命令できるってのは捨て難いけど、負けたら貴重な休みを潰されるのか……。嫌だけど、やっぱり周防に命令できるってのは捨て難い! 嫌がらせし放題だ!
「乗った! 今から首を洗って待ってなさいよ、周防」
「その言違えるなよ。くくく、今から楽しみだ」
「ねえ、あたしに拒否権はないの……?」
「そんなものがあるとでも思っているのか?」
お姉さんの控えめな抗議は周防によって斬って捨てられた。ひでぇ。
「大丈夫ですよ。お姉さん自身が思っているよりも、お姉さんは強いんですから」
「うう……」
「お姉さんが勝ったら、今回の報酬として貸す約束だったお金は返さなくていいですよ? むしろ臨時ボーナスあげちゃいます」
「さあやりましょう今すぐやりましょう!」
ころっと態度を変えてお姉さんはやる気になる。
先ほどまで迷っていたのが嘘みたいに見える、いっそ清清しいまでの手のひら返しだった。
そんなに欲しいんですか、お金……。本格的に仕事手伝ってもらった方がいいのかな。でもお姉さんが給料をもらうようになっても、貯金ができるとは思えない。お姉さんって刹那主義でお金があるとすぐ全部使っちゃうタイプだから。
まあそんなこんなでお姉さんと周防が手合わせすることになったので、当初の予定を変更して屋敷の道場に移動する。
自宅に道場があるなんて凄いよね。建物自体も年季の入ったお屋敷だし、日本情緒溢れる立派な庭だってある。一時期暮らしてたから分かるけど、お師匠様って実はめちゃくちゃお金持ちなんだよね。それこそ自前で退魔組織を運営できるくらいの。私もお師匠様に養われてた頃はお金に困った経験がなかったし。
でもさすがに、お師匠様が見にくるとは予想外だった。仕事はどうしたんですか。実は暇なんですか。
「ほっほっほっ。何やら面白そうなことをするようじゃのう。二人とも仲が良さそうで何よりじゃ」
好々爺のように笑いながら、お師匠様はどこから引っ張り出してきたのか道場の一角に畳を敷き、座布団を設置してくつろぎスペースを確保している。
いくらなんでも、くつろぎ過ぎです。
「あの……墨禅様。それは少し、誤解があるような」
周防の否定の声はいつもより弱い。私にはずけずけ物を言うくせに、お師匠様の前に出るとまるで人が変わったように緊張して大人しくなるのだ。満足な自己主張すらできなくなる体たらくである。
私の横に立っていたお姉さんが、私の耳に口を寄せてひそひそ声で囁いた。
「何か、よく分からない人ね、この人」
「それって周防がですか? 確かに下に強く上に弱い典型的な小物タイプですよね。しかもヘタレですし」
「いや違うと思うけど……どちらかというと純情で典型的なツンデレタイプだと思うわよ」
「は?」
思わず唖然とした顔でお姉さんを見てしまう。
何を言っても皮肉や嫌味で返してくるあの周防が純情でツンデレ……? 純情なのかはともかく、ツンデレとか全くデレが見当たらないんですけど。というかデレられても気味悪いとしか思えないから、正直デレとかいらない。
どうやら、お姉さんの目は節穴らしい。
「私と周防が散々嫌い合ってるの見てたのに、どうしたらそんな結論が出るんですか」
「でも婚約者なんでしょ? 夜子だって本当は満更でもないんじゃないの?」
「やめてくださいおぞましさで死んでしまいます」
「そこまで言うのね……」
抑揚無く言葉を紡いだ私に、お姉さんは若干引き気味に苦笑いした。
だって本当に嫌いなんだもん。仕方ないじゃないか。
「ふむ。嫌よ嫌よも好きのうち、というやつじゃな。いやはや青春しているようで結構結構」
戯けたことを言うお師匠様を締めてやりたい。実際にそんなことをしたら明らかに私の方がのされるだろうけど、こう心情的に。
「ったく。どいつもこいつも好き勝手に言うんだから。周防、あなたも迷惑でしょ。何か文句言ったら?」
「迷惑なのは同意だが、じゃじゃ馬でも調教すれば品のある良馬になるやもしれんし、飼い慣らすしかあるまい」
「じゃじゃ馬って、私?」
睨み付ける私を見て、周防は唇の端を吊り上げて笑う。
「自覚はあるようだな」
家畜か私は。
頭にきた私はお姉さんを急かした。
「さっさと試合を始めましょう。このままだとお姉さんが周防を倒す前に私が倒しちゃいそうですから」
「お前はともかく、素人の女に負けるはずもないがな。そうだな、約束の日には婚約者らしく性交渉でもしてもらおうか」
「何それ気持ち悪い。吐き気がする」
「そもそも婚約者だというのに、今まで何の関係もないというのがおかしいとは思わんのか?」
「婚前交渉なんてお断りよ。むしろあんたとは永遠に清く正しい関係のままでいたいわ」
険悪な私と周防のやり取りにお師匠様がぼやいた。
「わしは早く孫の顔が見たいのじゃがのう……」
だからといって、この男との子どもなんてごめんです。
そりゃ確かに、婚約者なんだからいつかはそんな関係にならなくちゃいけないことは理解してるけどさ。今のままだと結婚して子ども作っても、家庭不和で子どもが不幸になる未来しか見えないよ。
「まあいい。どの道俺が勝てば夜子に選択権は無いんだ。せいぜい俺が負けることを祈っているんだな」
「その言葉そっくりお返しするわ。周防の方こそ、舐めてかかってると痛い目に遭うかもしれないわよ?」
未だに嫌そうな顔のお姉さんを道場の真ん中に引っ張り出す。
「ねえ、本当にやるの?」
「やりますとも。樹理亜姉さんが見くびられたままなんて、私嫌ですから」
強い口調で返した私に、お姉さんは虚を突かれた様子で一瞬呆け、何とも言えない顔で押し黙る。
「まったくもう。我が侭な妹を持つと、苦労するわ」
諦めたように微笑を浮かべ、お姉さんは私の頭を撫でた。
「姉として、妹に姉の威厳を見せなきゃね」
どうやらお姉さんのやる気を引き出すことに成功したらしい。
私が下がるのを確認して、晴れ晴れとした顔のお姉さんは周防に向き直る。
「さすがに素人相手に本気を出すほど大人気なくはないのでな。初手は譲ってやろう」
「あら、いいの? 気前がいいのね。なら遠慮なく行こうかしら」
「ぐぼぇっ!?」
艶やかにお姉さんが笑った瞬間、脈絡無く周防が錐揉み回転して吹っ飛んだ。何だ今の変な悲鳴は。ちょっと噴出しそうになったぞ。
転げた先で周防は立ち上がったが、不意を突かれお姉さんの攻撃をまともにくらったせいか、足が小鹿のようにぷるぷると震えている。
「き、貴様、今何をした!?」
「何って、攻撃しただけだけど」
「ごはぁっ!」
きょとんとするお姉さんの前で、周防がまた悲鳴を上げて突然吹き飛ぶ。
床をごろごろと転がった周防は、よろよろと身体を起こすと、信じられないものを見る目でお姉さんを見る。
「き、貴様、さては超能力者なのに霊力持ちと偽っていたな!? でなければこ、この俺が素人の攻撃を欠片も見切ることができんなど、有り得るはずがない!」
「超能力なんて欠片も使ってないわよ。現実逃避するのはいいけど、それで根本的な解決になるの? はい、三度目」
まるでアッパーカットを喰らったかのように周防が仰け反り、一瞬その身体が宙に浮く。
「大口叩いてた割には弱いのねぇ、あなた」
「ば、馬鹿な……。そんな馬鹿な……」
完全に自失してぶつぶつとつぶやく周防を、お姉さんは容赦なく吹き飛ばした。




