二十一話:最低最悪のパートナー
お姉さんが悲しんでるから、とにかく慰めなければ。
「今は私たちがついてるじゃないですか。それに今の生活だって楽しいでしょう?」
振り返り、涙に濡れた瞳を私に向けて無言で頷くお姉さん。
言動は情けないのに、見返り美人という言葉がぴったりの美しさだった。
中身のアレさ加減に対して、妖艶さすら漂う迫力美女な容姿が釣り合ってないんだよね、お姉さんって。
まあ、そのギャップが可愛いんだけど。
「それに樹理亜さんなら、すぐにいい人が見つかりますよ! 私も完璧な蘇生術を編み出せるように頑張りますから、一緒に頑張りましょう!」
「そ、そうよね! 過去の男のことなんかさっさと忘れて未来の男のために生きるべきよね!」
あ、お姉さんが復活した。
でも何だかいつもよりテンションが高い。
ははーん。これは舞い上がってるな。
「でも辛くなった時は無理せず甘えてくださいね。私、樹理亜さんのことが大好きですから、特別にいっぱい甘やかしちゃいます」
耳元でぼそり。
その途端お姉さんは硬直する。
「ばっ、馬鹿じゃないの!? 何変なこと言ってるのよ!」
「私は家族として大好きだって言っただけですよ? 皆のことは本当の家族みたいに思ってますので」
お姉さんの顔がみるみるうちに赤く染まっていった。
ああ、お姉さんは本当に反応がいちいち初心で可愛いなぁ。
見かけはいかにも遊んでそうなのに。
にやにやにや。
「それって私たちもですか?」
恐る恐る尋ねてきた幸子ににっこり笑って答える。
「もちろん。隼人さんも樹理亜さんも、孝太もみかちゃんも幸子も、皆私の家族だよ。本当の家族よりも家族だと思ってる」
「わ、私も夜子さんのこと本当のお姉さんみたいに思ってますから……」
「前にも言ったと思うけど、呼びたかったら遠慮しないでお姉さんって呼んでね」
「よ、夜子姉さん! ……幸せすぎますぅぅぅぅ!」
幸子が私に飛びついてきたのを抱きとめる。
「みかも! みかも夜子お姉ちゃんの妹なのー!」
目に涙を溜めた幼女まで突っ込んできた。身長差から腹に頭突きされたみたいな形になったのを受け止めて、奴ににやりと笑いかける。
「孝太。来たかったらあんたも来ていいのよ?」
「だっ! 誰がそんな恥ずかしいことするか!」
奴は顔を真っ赤にして唾を飛ばす勢いで怒鳴った。
さすがに奴は嫌みたいだ。男の子だもんね。
「ははは。夜子ちゃんが子供たちのお姉さんなら僕は夜子ちゃんのお兄さんかな」
朗らかに笑うお兄さんはさすが年の功というか、慌てたりする様子がなく余裕そうだ。
「これからも宜しくお願いします、隼人兄さん」
「……これは、照れるね」
でもどうやら一本取れたらしい。
お兄さんが一瞬言葉を詰まらせたのを誤魔化すように、目を逸らして頬をかく。
未だにあわあわ言っているお姉さんに私は幸子とみかを従えて近付く。
お姉さんは逃げ場を探すかのように視線を彷徨わせ始めた。
逃げようったってそうはいきませんよ。
「そして樹理亜さんは私のお姉さんです。……これからも頼らせてくださいね、樹理亜姉さん」
顔中真っ赤になりながらも、お姉さんはふんぞり返った。
「よ、夜子がどうしてもって言うなら、考えてあげるわ」
お姉さんの憎らしくも可愛らしい態度に自然と顔がほころび、私は顔中に笑顔を浮かべていた。
「はい、お願いします」
素直じゃないけど、それがいい。
皆、私の大切な家族だ。
□ □ □
さっそく次の日から仕事に出ることにした。
放課後自宅からの最寄り駅でお姉さんと待ち合わせて、お師匠様のお屋敷に向かう。
一緒に仕事する人はどんな人なのかな。仲良くできる人だといいな。
ほのかな期待は私を蔑む声によって微塵に砕かれた。
「拾われ者の分際で身の程も弁えられぬとは、さすが下賎な生まれなだけはある。だが退魔の世界は実力主義だ。お前の力など端から当てにしてはいないが、足だけは引っ張ってくれるなよ」
前言撤回。仲良くできそうもない。
なんでよりにもよってコイツがいるんだよ!
「どうした。俺がここにいるのがいかにも不思議そうな間抜け面をしているな。事前調査が足りんぞ。俺は今回の調査における、貴様のパートナーだ。……不本意ではあるが、な」
さっそく嫌味を飛ばしてきた。この性格はもう少しどうにかならないものか。
「不本意なのはこっちよ。でもまあ、お師匠様が決めたことなら口を挟む気は無いわ。あんたは私みたいにお師匠様に気に入られたいんでしょう? だったらせいぜい私のためにあくせく働いてみせることね」
コイツにだけは弱みを見せたくない。
太陽のように輝かんばかりの笑顔を取り繕い、盛大に嫌味を浴びせ返してやる。
「戦闘になったら実力的に私がフォワードになるだろうから、背後から撃たれないように注意しておくわね。まあ撃ってきたら撃ってきたでその方が手っ取り早いけどさ。正当防衛って良い言葉よね」
言外にお前はそういうことをする奴だろう、と匂わせてやる。
だが私の嫌味は見当違いの方向に飛んだようで、男が堪えた様子は無かった。
嫌味を鼻で笑って受け流し、嘲りの笑みを浮かべて私を見下ろす。
「生まれが卑しい者は考えも卑しくなるというのは真実だったか。その程度の思考しかできんのであれば、友人がいないのも頷ける。知っているぞ。貴様、学校で浮いているそうじゃないか」
どうしてそれを知ってる。
人間の友人が居ないのを密かに気にしていた私は少しダメージを受けたが、何とか態度に出さずに持ちこたえる。
頑張れ、私。余裕そうな態度を保つんだ。
「わざわざ私生活にまで目を向けているなんて、まるでストーカーね。そんなに私のことが気になるの? お生憎さま、友達の一人や二人普通にいますから」
「いたとしてもどうせ幽霊だろう。俺としてもこのような些事に心を砕きたくはないが、何を仕出かすか分からん愚か者を放っておくわけにもいくまい。それに墨禅様直々に貴様の面倒を見るよう依頼されたとあっては手を抜けん」
私の反論は全て的確に撃ち落された。
覚悟はしていたが、何を言ってもきっちり言ったこと以上の嫌味が言い返されてくる。
お師匠様の名前まで出されて、いけないと思ってもヒートアップしてしまう。
「はぁ? お師匠様に責任転嫁してんじゃないわよ。随分と腐った脳味噌ね。すぐに取り替えることをお勧めするわ。というかストーカーみたいで本当にキモイ。今すぐ死んでくれる?」
「自意識過剰なうえに性根も醜いとは、救いようが無いな。誰が好き好んで貴様のストーカーなどするものか。貴様こそもっと美人になって出直してこい。今のままでは失笑しか出んぞ」
「何それ。私がブサイクだとでも言いたいの?」
「少しは自覚があるようだな。醜女の勘違いほど見ていて痛々しいものはない。その程度の面でストーカー被害を訴えるとは笑わせる」
……このやろう。私だって美少女なんだぞ。容姿に自信があるだけにむかつく。でもコイツも見てくれはいいんだよね。身なりはブランドもののスーツに身を包んでピシッとしているし、顔立ちも端正だ。そのうえ頭も良く回る。
だめだ、やっぱり言い合いでは勝てそうに無い。
ぐぬぬぬと私が唸っていると、事態についていけずに一人蚊帳の外だったお姉さんが割って入ってきた。
「ねえねえ夜子、この人どなた? すっごい美形じゃないの。紹介してよ」
興奮したお姉さんの声音に嫌な予感がして顔を見れば、見事に目がハートマークになっている。
美形なのは否定しませんが、陰険ですごく性格が悪いですよ。
惚れやすい人はこれだから困る。
「そういえば見慣れぬ面構えの女がいるな。夜子、彼女は誰だ」
偉そうな態度でふんぞり返った男が私に教えろと促してくる。
殴っていいかな。
「ええと、樹理亜さん、彼は風峰周防さんと言いまして、古くから続く退魔師の家系である、風峰家の跡継ぎの方です。それで風峰さん、彼女は」
「待て」
そつなくさっさと終わらせようとしたら、男から待ったがかかった。
男は気味悪そうに顔をしかめて私を見る。
「お前はいつも俺のことを下の名前で呼び捨てにしているだろう。いまさら気色悪い呼び方をするな」
「……という風に、とても気難しい方なので、取り扱いにはくれぐれも注意してくださいね。それで風峰さん、彼女は」
「だから待てと言っているだろう」
指摘された通りに変えるのは癪なのでそのまま苗字にさん付けで通したら、案の定再び遮られた。
「何よ。いちいち名前の呼び方くらいでうるさいわね」
「もうそれについては諦めた。一度で聞かぬ愚か者に何度も言うほど無意味な行為はないからな。それよりも、一番大事なことを言わずに紹介を終わらすんじゃない。馬鹿者め、その程度のことにすら知恵が回らんのか」
「お互い嫌い合っててあるようでないような関係なんだから、別に言わなくたっていいじゃない。そのうち白紙になるわよ」
「そういうわけにもいかん。墨禅様の好意と長老たちの利害によって組まれた縁だ、好き合ってないからといってそう簡単に俺たちの意思で白紙にできるか」
「えっと、つまりどういった関係なのよ……?」
戸惑った様子のお姉さんに、私は深くため息をつき、その残念な事実を告げた。
「遺憾ながら、彼は私の婚約者です」
……早く破談になんないかな。お師匠様に育ててもらったことは感謝しているけど、よりにもよってどうしてこんな男を私の婚約者に選んだのか理解できない。お師匠様以外の意思も絡んでいるらしいし、仕方ないといえば仕方ないんだけど。
「ええええええええええ!? こ、婚約者!? ちょ、初耳よそれ!」
お姉さんが仰天するのも無理はない。私だって現実逃避して婚約者なんていなかったことにしたいくらいなのだ。
周防とは、私が成人したら結婚することになっている。
お師匠様と長老の一人である周防の祖父が決めた取り決めで、私と他の退魔師たちの仲が険悪になってからも、何故か破棄されずに婚約は続いていた。
私はそれが嫌で、最終手段としてどこかに高飛びすることすら考えているのだけれど、お師匠様から貰った恩を考えたらそんな恩知らずな真似もできないので、悩んでいる。
せめて周防がもう少し性格良かったら私も我慢できるんだけどな。
猫を被るのが馬鹿らしくなった私は、投げやりな態度で周防にお姉さんを紹介する。
「で、周防。彼女は佐藤樹理亜さん。私の友人。あ、こっち側の人間だからそこのところは大丈夫。心配無用」
こっち側とは、もちろん退魔関係の知識があり、それにまつわる裏の世界を知っている、退魔師側の人間という意味である。幽霊であることまでは明かさない。周防が「墨禅様の膝元であるこの屋敷に不浄霊を連れ込むなど言語道断!」とか言って問答無用で祓おうとするのが容易に想像できるからだ。
お姉さんの場合、蘇生さえしてれば傍から見たらただの超能力者だしね。
周防は怪訝な顔をしている。
ふふ、嬉しいな。私に友達がいないとか決め付けてた周防から一本取れそう。
舌打ちした周防は私とお姉さんをまじまじと見比べ、目を細める。
「友人にしては随分と歳が離れているように見えるが。そもそもお前に生身の人間の友人がいたとは驚きだ」
私の友人であるという言葉を疑っている周防も、お姉さんが人間であるということについては疑っていないようだった。
新しく目覚めた力については幽霊たち以外にはお師匠様にしかばらしてないし、お師匠様に秘密にしてもらっているので、周防には完全に生身の人間に見えているらしい。
「はー、たまげたわ。夜子に婚約者ねえ。どうして秘密にしてたのよ。水臭いじゃないの、もう」
お姉さんは私のわき腹を肘で突付いてくる。くすぐったいのでやめてください。
「欲しいなら差し上げますよ。私は全く要りませんので」
全くの本心を述べたつもりだったが、お姉さんは冗談と受け取ったようで、私の頭に手を置く。
「バーカ。他人の男を寝取るほど落ちちゃいないわよ」
声が僅かに硬い。
……ああ、無神経だ、私の馬鹿。
旦那に浮気されて自殺したお姉さんが、そんなことしたいと思うわけないじゃないか。




