二十話:異世界創造無期延期事件
お昼をお師匠様のお屋敷で済ませ、就労条件や給与等、今知りたい情報だけ確認して家に帰った私は、早速今日のことを同居人の皆に報告した。
時刻は午後三時を過ぎたところ。
お兄さん以外は席についていて、お兄さんは台所でお茶の準備をしている。
本来なら私がするべきなんだけど、帰ってきたばかりだということでお兄さんの好意に甘えさせてもらった。
「というわけで、しばらく異世界創造はお休みです」
「えー、マジかよ。今いいところなのに」
「お仕事なら仕方ないよ……」
不満そうな顔で不平を漏らす奴を、幼女が慰めている。
「夜子の手を借りないと、私たちはあっちに行くことすらできないのがネックよねぇ。しばらく外に出てなかったし、久しぶりにクラブにでも行こうかしら」
お姉さんはさっそく空いた時間に遊ぶ計画を立て始めている。
どうでもいいですけど、そんなことを言いながら意味ありげにこちらをちらっちらっと見るのやめてくれませんか。
「ねえ、お金貸してくれない?」
「せめて直球じゃなくてオブラートに包んでください。そもそも返す当てないですよね。この前お小遣い込みで生活費を渡したばかりなんですけど、もう全部使っちゃったんですか?」
「あっはっは」
笑って誤魔化さないでください。
「……対価を要求します。今度の仕事、ちょっと面倒くさいことになりそうなので防波堤になってください」
「えっ」
「嫌なら来なくていいですけど、その場合一円たりとも貸しませんよ。あと私の仕事が終わるまで、一人だけ幽霊のままでいてもらいます」
「う……分かったわよ。手伝えばいいんでしょ手伝えば」
「ちなみに報酬は後払いですから。お金が欲しかったらきりきり働いてくださいね」
「働くことが大嫌いなこの私に労働をさせるなんて。夜子……恐ろしい子!」
お姉さんは大げさに戦慄している。
あんたはお姫様か!
たぶんふざけているんだろうけど、お姉さんは普段の言動が突っ込み所満載なのでついつい突っ込んでしまうな。
苦笑しながらお姉さんと私のやり取りを見ていたお兄さんが、お盆に紅茶が入ったティーカプを人数分と、お茶菓子のクッキーが山と盛られた皿を載せて持ってくる。
「結構長い間異世界造りに没頭してたから、ここらで一息つくのはいいかもしれないね」
異世界造りはあれから結構進んでいて、神殿を始めとする各種建造物を創り終わり、自然環境を整える段階に入っている。植物や虫などの昆虫類はだいたい創り終わったので、そろそろ動物を創ってもいい頃だ。普通の動物だけじゃなくて、どうせならドラゴンとかマンティコアとかペガサスとか空想上の動物も創ろうということになり、皆楽しみにしていた。実を言うと私も結構楽しみだったりする。
仕事が入ったと告げてから何事か考え込んでいた幸子が顔を上げる。
「あの、私もついていっていいですか?」
連れて行ってあげたいのはやまやまだが、ここは心を鬼にする。
「悪いけど今回幸子は留守番。まだ何が出てくるか分からないし、調査だけで済めばいいけど、実際には退治までやらされるだろうから、私がフォローできる範囲で収まるかは断言できない。また今度ね」
不機嫌そうな顔でお姉さんが口を挟んでくる。
「それじゃあたしは危険な目に遭ってもいいみたいに聞こえるんだけど」
「お姉さんは幽霊になって長いから力を使えますし超能力がありますけど、幸子はまだ成り立てで幽霊としての力が使えないうえに病弱だったせいで超能力開発もしてませんから。対処できる危険の度合いが違います」
まだ納得がいかないのか、お姉さんは口を尖らせてお兄さんを指差す。
「それなら、あいつを連れて行けばいいじゃない。元軍人だし、あたしと違って超能力がなくてもあなたと互角に戦えるくらい強いんだから」
「確かにそうですが、お姉さんはお兄さんよりも危機回避能力そのものは高いじゃないですか。それにお金が必要なんでしょう? だからお姉さんに頼んでいるんですよ」
「……そうだった。うん、ありがと」
相変わらず不機嫌そうな顔だけど、お姉さんの顔が赤い。あ、今取り繕いきれなかったのか一瞬ニマっと笑った。お姉さんマジツンデレ。
お姉さんの様子をニヤニヤ笑って観察しながら、私はお茶請けに用意されたプレーンのクッキーとココアクッキーに、プレーンの生地にチョコチップを練り込んだチョコチップクッキーの三種類からプレーンのクッキーを一つつまみ、ひとかじり。
衝撃を受けて立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
お姉さんが私を見て吃驚している。
私はそれどころではなかった。
なんだこれは。
スーパーなどで売っているような一山いくらの既製品にはない、サクッと砕けてしっとりと口中で蕩ける神秘のコラボレーション。
濃厚に薫るバターと、それでいて甘ったるく感じ過ぎない絶妙な甘さ。
今まで食べたクッキーの中でも五指に入るくらい美味しい。
「これはどこのお店で買ったものですか?」
勢い込んで皆に尋ねる。
誰が買ってきたのかは知らないけれど、これはぜひともお店を突き止めて私の美味しいお店リストに加えなければ。こんなに美味しいクッキーが売っているのなら、他のスイーツも負けないくらい美味しいのだろう。シュークリーム、エクレア、ケーキ、パイ、エトセトラ……じゅるり。
私も女の子だから、他の多くの女の子たちの例に漏れず甘いものは大好きだ。食べ過ぎると太ってしまうからそんなには食べられないけれど、仕事の前には甘いものをよく食べる。
昔から食べてたせいか習慣になってるんだよね。摂取した糖分で頭も回るようになるし、食べるのと食べないのとでは、仕事時のメンタル面にも違いが出てくる。
もともとは小さい頃、お師匠様がくれたお茶菓子をお茶と一緒に修行の合間に食べてたのが始まりだったっけ。懐かしいな。そういえば、あの頃からお師匠さまがお茶菓子をくれるのは変わってない。
「たぶん、どこのお店でも売ってないと思います。ねえ、樹理亜さん?」
ちょっとイタズラっ気に幸子が答えた。
話を振られたお姉さんがきょとんとする私を見てニヤニヤ笑っている。
どういうことなの。
「これ、もしかして手作り? 誰の?」
意外だ。このメンバーの中にこんなに美味しいお菓子を作れる人がいたなんて。
「夜子お姉ちゃん、誰だと思う?」
幼女はこの事態を面白がっているようだ。
「うーん……。孝太、とか?」
「ぶっぶー。外れー。孝太君がこんなの作れるわけないじゃーん」
人差し指を交差させて×を作った幼女に、奴がじとっとした眼差しを向ける。
「おい、みか。その言い草はちょっと酷くないか?」
「じゃあ作れる?」
「……いや、作れねーけど」
何だか釈然としなさそうな顔の奴に問いかける。
「孝太は誰が作ったのか知ってるの?」
「ん? ああ、知ってるぜ。見てたからな」
誰だろう。可能性でいえば幼女が一番高そうだ。年齢的に幼すぎるかもしれないけど、幽霊になってからの年数自体は実年齢を軽く超えているから、作り方を知っていてもおかしくない。お姉さんはあんな性格だから、お菓子を作るより食べる側だろうし、お兄さんが作っていたとしたら、それは生きた年代的にどうなんだろう? 和菓子ならありかもしれないけど、洋菓子だしな。草食系男子っぽいお兄さんなら作ってる姿も似合ってそうだけれど。
「やっぱり、みかちゃんかな」
「それも外れー。みかは食べる専門だよ。正解は樹理亜お姉ちゃんでしたー」
お姉さんが前に出てきて、私を見てフフンと笑った。
何故か幼女と二人してドヤ顔をしている。
うわぁうざい。
でも確かに意外だ。あのお姉さんにそんな特技があったなんて。
「正直、驚きました。でも凄いです。尊敬します」
「そ、そう?」
感想を正直に告げたら、お姉さんは顔を赤らめてもじもじし出した。どうやら褒められるのに慣れてないらしい。何この可愛い人。
そういえば、お姉さんには文句を言ったり怒ったりすることはあっても、面と向かって褒めたことはあまりなかったな。だって、奴に負けず劣らずトラブルメーカーなんだもの。
「それで、調査期間はどのくらいになりそうなんだい?」
脱線しかけた話をお兄さんが元に戻してくれた。
「予定では一週間だそうです。平日は放課後から夜まで、休日は朝から晩まで出ずっぱりになると思います」
奴が不満そうな顔をした。
「それじゃあ飯はどうなるんだ? 時間的に作るのきつくないか?」
私はお師匠様との話を思い出しながら答える。
「平日は夜の六時には帰してくれるらしいから、夕飯は心配ないよ。お昼は私の分を作るついでに皆の分もお弁当作っとく。平日が軽い分、休日は朝早くから夜遅くまで出ずっぱりになるから、休日の間だけ家事を皆にお願いしたいんだけど、良かったわ、樹理亜さんも料理ができるみたいで」
「え。あたしが得意なのはお菓子作りだけで、料理はあまり得意じゃないんだけど……」
お姉さんが人差し指同士をつつき合わせながら、小さな声で何やらごにょごにょ言葉を濁しているが、声が小さすぎてよく聞こえない。
「よく考えたら結婚してたんだから、旦那さんにご飯作ってあげてたんだよね。樹理亜さんに頼めば良かったのにうっかりしてたわ」
一人で納得して頷いていると、私の服の袖を二人して引っ張るちびっ子たちの姿が。
「おーい夜子。それ禁句」
「旦那さんのこと、樹理亜お姉ちゃんの前で喋っちゃだめだよ。落ち込んじゃうから」
あ。しまった。
慌ててお姉さんを見ると、お姉さんは影を背負って部屋の隅で体育座りをしている。
丸まった背中からしょんぼりオーラが漂っている。
「あの人と暮らしてた日々が懐かしい……浮気されたのに。死にたい」
何か重いこと言ってる……。




