十九話:養父からの呼び出し
授業中にメールが入ったので、休み時間に携帯を確認するとお師匠様からだった。メールの内容は学校を早退し速やかに本部まで来ること、というもの。
「呼び出しなんて珍しい。何かあったのかな」
最近は異世界創りに熱中していたので、本部に顔を出していなかった。
あくまで本業は退魔師なので、仕事自体は定期的にきちんとこなしている。仕事しろと怒られることはない……はずだ。
でも書かなきゃいけない報告書が溜まってるから、それで怒られるかもしれない。
「ま、いっか。行ってみれば分かるだろうし」
鞄に机の中にある教科書等を詰め、席を立つ。
まだ授業があるのに帰る準備をしている私はクラス中の視線を集めるが、皆遠巻きにするだけで話しかけてこない。
一応対外的には無能力者だし、実際入学した当初はめちゃくちゃ差別されたが、その度に回りの霊が激怒して祟りを起こすので、いつの間にか私に対しての差別は鳴りを潜めている。
一時期私の超能力じゃないかって騒がれたんだけど、幽霊たちが妨害してくれて検査しても何も出なかったものだから、今度は一転して薄気味悪がられるようになった。
同じクラスになって結構経つのに、未だに腫れ物に触る扱いなのは悲しい。下手に私と関わると心霊現象に巻き込まれかねないから仕方ないんだけどさ。
それでもいつも心霊現象が起きるわけじゃないから、もう少し仲良くしてくれてもいいと思うんだけどどうだろう。
直接職員室に行ってもいいけど、少しでもクラスメートと交流を深めるために話しかけてみることにした。
「すみません。早退しなければいけなくなったので先生に伝言を頼みたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ひぃっ!?」
話しかけられた学級委員の女子生徒は、びくっと体を震わせて小さな悲鳴を上げる。
「わ、分かりました! 伝えておきます!」
「ありがとうございます」
にこりと微笑んでやると、何故か顔を引きつらせて女子生徒は後退った。何でだ。
……そういえば、彼女って以前私に嫌がらせしようとしたら、幽霊たちの反感を買っちゃって逆に盛大に脅かされた子だったような。私にとってはよくあることだし過去の事件でどうでもいいことだったので、完全に忘却していた。
私が当時付き合ってた彼氏が好きで私に嫉妬したらしいんだけど、実は件の彼とは嫌がらせされた前日に振られて別れてたんだよね。振られた原因は彼氏が二股をかけていて、浮気相手の方が好きになってしまったからだそうだ。当時はむかついてとっちめようかと思ったけど、彼に私と付き合うことの心労による円形脱毛症ができていたのが発覚して、あまりにも可哀想だったので大人しく振られました。
彼はその後可愛い彼女を得て、円形脱毛症を克服したらしい。で、私が付き合っていた頃の浮気相手兼、現彼女がこの子なわけで。
嫌がらせされた挙句実は彼氏寝取られてましたとか復讐しても許されそうなくらい酷い仕打ちだったんだけど、彼女の嫌がらせは結局未遂に終わったし、彼女自身も幽霊たちによって失禁するくらい驚かされていて、私もすっかり彼氏から気持ちが離れていたので、その時は放置した。そして日常を過ごすうち、そのまま忘れてしまったというわけだ。何せ幽霊たちと過ごす日々は毎日がぶっ飛んでいるので、印象深い出来事がどんどん上書きされてどうでもいいことなんて速攻で記憶に埋もれてしまう。
ちょっと近況が気になるので聞いてみた。
「彼とは仲良くやってる?」
聞いたら凍り付きました。
あー、混乱してる混乱してる。どうしてそれを!? とか思ってそう。
「な、なな、何のことだか私にはさっぱり……」
しらを切られても挙動不審では説得力がない。
彼本人は違うクラスだし、私自身では情報を手に入れられないけど、幽霊たちに聞けば分かるのだ。彼らは娯楽に飢えてるから、こういう噂話は喜んで話してくれる。幽霊たちの信頼を得ていればの話だけどね。
私は学校と自宅、いつも行くスーパーや公園などを含むこの辺り一帯を縄張りにしているので、当然そこに住む幽霊たちも私の管轄だ。
他の退魔師たちと違って悪霊以外の幽霊を祓ったりはしないので、自然と色んな所から静かに暮らしたい幽霊たちが身の安全を求めて集まってくる。
たまに無害な幽霊を装って他所の悪霊が流れてくることもあるが、そういう悪質なケースの場合は、私も退魔師の本分を果たすことにしているので治安も悪くない。
幽霊たちに対する善行をこつこつ積み重ねていった結果、私は幽霊たちに慕われるようになった。
今もほら、彼女の横で古めかしいデザインの制服に身を包んだ半透明の幽霊さんが、動揺している彼女を見てくすくすと笑っている。
頭が陥没していて顔が血だらけになっている。死因は学校の屋上からの転落死らしい。
「この子、今二股かけてるんだよー。しかも相手は既婚者! この前デートしてるところ見ちゃったの!」
懲りないな。
「……不倫はいけないわよ不倫は」
「な、なななな何のことでしょうかぁ!?」
というか高校生で不倫ってちょっとハイレベル過ぎないか。お姉さんあなたの将来が心配だぞ。
「まあ、いいです。とにかくお願いしますね」
余所行きの猫を被って学級委員の少女に目礼し、私は教室を出た。
一応優等生で通っているので、学校ではあんまりガサツな真似はしない。吹聴してはいないけれど特に否定もしていないので、私が霊感持ちだという噂はそこそこ広まっている。
超能力のおかげである程度超常現象には寛容になった世界も、霊力関係に関してはまだまだオカルトに過ぎないという声が根強く、世間は否定的だ。
だから普通霊感持ちという噂が立っててしかもそれが無能力者だったりすると、その人間はバカにされたり苛められたりする。
でも私の場合はそうじゃなかった。
実際私に手を出す人物が現れる度に、偶然を装った霊障が毎回その人物に降りかかり、そのくせいくら検査しても超能力である証拠が何も出ないので、今では皆疑心暗鬼になっている。
本当はただの無能力者だと思われていた方がいいのだけれど、その場合学校での立場はかなり低くなる。
いじめの標的にもなりかねないのが難しいところだ。っていうか、霊感持ちだと噂されるまでは頻繁に標的にされていた気がする。
当の私はといえば、いじめに憤慨した回りの幽霊が起こす騒ぎの隠蔽に奔走されていたので、いじめを気にするどころではなかったのが皮肉というか、助けられたというか難しいところだ。
駅に着くと券売機で切符を買い、ホームに立って電車を待つ。
お師匠様の屋敷がある場所は私の自宅や学校があるエリアから離れているので、定期が使えないのが地味に痛い。後から立て替えてくれるけど、私に落ち度があっての呼び出しだったりしたらそれもない。それどころか罰金が科せられることもある。減給とかマジ勘弁。
ホームに滑り込んできた電車に乗って揺られること三十分、目的地の駅に着いた。
時計を確認する。
現在時刻十一時四十分。連絡もらってすぐ早退したからまだお昼にもなっていない。お昼はお屋敷で食べさせてもらおう。
てくてく歩いてお師匠様のお屋敷に着いた。
ちょうどこれから仕事なのか周防が出てきて、私を見て顔をしかめる。知り合いとはいっても仲がいいわけじゃないので、コイツはいつもこんな態度だ。
「こんな時間に何をしている。お前はまだ学生だろう。学校はどうした、サボリか」
「どうしたも何も、呼び出しを受けて早退してきたんですけど」
言い草にちょっとカチンと来たが、一個人の退魔師にまでわざわざ事情が伝えられているとは思えないので我慢する。
「また何かやらかしたのか。貴様が何をしようが俺の知ったことではないが、墨禅様の顔に泥を塗るようなことだけはするなよ。退魔師の掟に従わぬお前が墨禅様のご好意によって処罰されずに済んでいる幸運を感謝するんだな」
むかっ。
言い返したいけど、一つ言い返せば嫌味がさらに三つ飛んでくるくらいこいつは口が回るので、下手に言い返すとそれはもう酷いことになる。
私はにっこりと笑うと、無言で相手の脛を蹴っ飛ばした。
実力行使って素敵。
「がっ……!? 何をする! やはり常識知らずは行動も野蛮だな! 貴様のような輩がいるから我々まで一緒くたに見られるんだぞ! 聞いているのか!?」
脛を押さえて蹲る男の脇を通り過ぎ、屋敷の中へ。後ろから「待て、貴様!」とか雑音が聞こえてくるが、無視しても構わないだろう。
というか一応武闘派に属するはずの退魔師が、不意打ちとはいえ私の蹴りもかわせないってまずくないか。やろうと思えばあと三発は蹴れるくらい隙だらけだったぞ。
「……私が心配するようなことでもないか」
退魔師の質の低下に不安を抱いたが、お師匠様が気付いていないわけがないだろうし。お師匠様に任せておけば安心だ。
そんなこんなでお師匠様の部屋に着く。
さてさて、どんな用なのやら。
「お師匠様、夜子です。呼び出しに応じ馳せ参じました」
「よく来たの。入っとくれ」
「失礼します」
中に入ると、お師匠様は何やら報告書らしき紙の束に目を通しているようだった。
「今日はどのようなご用件でしょうか」
「そうじゃな。まずはこれを読んで欲しい」
顔を上げたお師匠様は、手に持っていた報告書を私に手渡してくる。
渡された報告書に目を落とすと、でかでかと書かれた見出しが目に飛び込んでくる。
「正体不明の怪異に関する報告書……鵺でも現れましたか?」
鵺とは古くから存在する妖怪の一種だ。
猿の顔と狸の胴体、蛇の尾に虎の足を持つと言われており、自分を含めた様々なものの正体をぼやかし、文字通り正体不明に変えてしまう能力を持つ。
知能が高く人になつき難いが、一応飼いならすことは可能だそうで、過去に存在する退魔師には、この鵺を使役していた退魔師も存在するという。その退魔師は、最後には己が使役した鵺に喰い殺されちゃったらしいけど。
「それが鵺ではないようでな。わしらの方でも正体を掴みかねておる。今日呼んだのは、お主にも調査に加わってもらいたくての。いつも回している依頼と比べると拘束時間は長くなるが、その分報酬は弾むので受けてくれんか?」
どうしようかな。別に仕事に困ってるわけじゃないから無理して引き受ける必要はないけど、お師匠様直々の頼みだしなぁ。
でも仕事で拘束時間が増えるのは嫌だな。私の自由時間が減るのは仕方ないとして、三度のご飯を同居人たちに用意できなくなるかもしれない。
「幽霊たちの世話があるので、フルタイムはちょっと……」
私がどう答えようか考えて言葉尻を濁していると、お師匠様は鷹揚に頷いた。
「無論お主の事情は承知しておる。まだ学生ということもあるしの、休日にしっかり出てくれれば平日については早めに帰ってもとやかく言わんぞい。休日の帰りはそれなりに遅くなるじゃろうから、車で家まで送らせよう」
ならいいかな。
平日さえ何とかなれば、休日は作り置きしとくなりお金渡して外食させるなり、いざとなったら創造で何か適当に創っておくなり何とでもなる。最後のはお金がかからないので私的にはちょっと嬉しい。創ったものを食べたいと思うかは、自分でも疑問だけど。
異世界創造に使う分を引いても、夏休みだから予定に余裕はある。
「分かりました。お引き受けさせていただきます」
というわけで、報告書とともに私に新しい仕事が与えられた。
久しぶりの、他の退魔師との調査任務である。
私は他の退魔師との仲がすこぶる悪いので、今から波乱の予感がする。
お師匠様の部屋を退出しようとしたら、後ろから声を投げかけられた。
「そうそう。周防くんとは仲良くやっとるか? あまり喧嘩せぬようにの」
……お師匠様、それは無理です。




