十七話:ただし完成するとは言ってない
ふと見ると幸子が周りをきょろきょろと何かを探すような仕草で見渡していたので、私は幸子に声をかけた。
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
振り向いた幸子は、照れたようにはにかんだ後、期待に満ちた顔で私を見つめてきた。
「別の世界に通じている出口も残ってるんですよね?」
「そうだけど、どれもろくな世界じゃなさそうだったよ?」
「どんな世界だったんですか?」
ニアミスした世界のことを話して聞かせると、幸子は喜色満面の笑みを浮かべた。
「すごい。それ全部フィクションの世界じゃないですか!」
うわぁ。幸子の顔に「行ってみたい!」って書いてあるよ。
まさか、連れてってなんて言う気じゃないだろうね。
「行かないからね」
「えー」
先んじて断ると、幸子はあからさまにがっかりとした顔をして、上目遣いで私に何かを訴えかけてきた。
「面白そうなのに……」
行きたいなぁ、行きたいなぁという幸子の心の声すら聞こえてきてしまいそうだ。
憐れな懇願の視線に耐え切れず、私は白旗を上げた。
「……機会があったら連れてってあげるよ」
本当に機会があれば、だが。
魔法少女と退魔師っぽい女の子がいた世界はともかく、残り二つは間違いなくデンジャラスだ。
私としては、あんな世界に足を踏み入れるのはごめんである。
「えへへ、ありがとうございます」
とたんににこにこし始める幸子に、これだけはきつく言っておく。
「その代わり、向こうでは私の言うことを聞いてね。本当に命の危険があるかもしれないんだから」
私の真剣さが伝わったのか、幸子は身体を震わせてコクコクと頷いた。
その後は皆で相談して街の場所を決めることになった。
バッグからあらかじめ創っておいた、この大陸のミニチュアを取り出す。
シンプルなつくりで、山や森などもなくまっ平らになっている。
置こうとして、台が無いことに気付いて即興でアウトドアテーブルを創り出した。
「さて。この大陸のどこに街を創る? 私はここにしようと思うんだけど」
テーブルの上に大陸のミニチュアを置いてから続いて取り出したのは、これから創る予定の街を模したミニチュア。これも先に創っておいたものだ。
それを大陸のミニチュアの真ん中に置く。
「俺はもうちょっと端っこに寄せた方がいいと思うな。せっかくの浮遊大陸なんだから、どうせなら浮いてるのがよく分かる場所にしようぜ」
奴が街のミニチュアを、私が置いた場所から左上にずらしていき、角の崖っぷちで止める。
「ほら、これでどうだ?」
得意げな顔の奴だが、それはさすがに極端過ぎるだろう。大いに問題がある気がするぞ。
案の定、お姉さんが待ったをかける。
「そんなに端だと何かあった時に危ないわよ。景色が見たいならこれくらいでいいんじゃない?」
お姉さんは街のミニチュアを、角から下、左端の真ん中に動かした。
「物事は安全優先でいくべきだ。僕は夜子ちゃんの案の通り真ん中がいいと思うな」
左端のミニチュアを、お兄さんがまた真ん中に移動する。
「どちらの言い分も分かるので、折衷案でここにするのはどうでしょう」
三人のやり取りを見ていた幸子が、ミニチュアを左端と真ん中の中間地点に動かした。
元より我の強い彼らである。こうなるともう意見は纏まらない。
「絶対ここだって!」
奴の怒声と共に、街のミニチュアは再び左上の角へ。
「そこは危ないわよ! せめてここで妥協しなさいよ!」
ヒステリックな声を上げるお姉さんが、ミニチュアを左端に寄せる。
「二人とも落ち着きたまえ! 僕たちの意見より、夜子ちゃんの意見を尊重すべきだ!」
お兄さんが無駄な気遣いスキルを発揮して、ミニチュアを中央へ。
「皆さん自分の意見を押し付けるだけじゃなくて、妥協点を探りましょうよ!」
幸子が皆の怒気に涙目になりながらも、しっかりとした手つきでミニチュアを中間地点に戻す。
踊る会議を黙って見ていた幼女が、呆れた顔で言った。
「そこまで揉めるならいっそのこと、この大陸ぜんぶを一つの街にしちゃえば?」
静まり返る話し合いの場。
話の腰を折ってしまったと思ったのか、幼女がおろおろする。
「あ、あれ? みか変なこと言った?」
奴が振り向いて幼女に叫んだ。
「それだ!」
お姉さんが快哉をあげる。
「みか、ナイスアイデアよ!」
お兄さんが感心したように手を打ち、幸子がおおーっと感嘆する。
「これは盲点だった!」
「発想の転換ですね!」
盛り上がる幽霊たちとは対照的に、私のテンションはだだ下がりだった。
私もう、帰っていいかな。ダメ? 何か、このやり取りを見ているだけで、今後のことについて不安が大きくなってくるんだけど。
……ダメかな、やっぱり。人生諦めが肝心か。
纏まりそうになったところで割って入る。
「みかちゃんの意見が一番良さそうだね。問題は、東京都とほぼ同じ大きさの街を私が創れるかどうかなんだけど」
もちろん試してみたことなんてない。
成功するかどうかはやってみなければ分からないが、成功したらしたで人間じゃないって言われても反論できなくなる気がする。
「夜子さんならできますよ、きっと」
「あはは、ありがと」
根拠の無いフォローだが、それでもわずかに気分が上向いた。
気持ちを切り替え、次の話題を提示する。
「それじゃ、どんな街を創ろうか」
一口に街といっても、色々な街がある。時代もそうだし、地域によっても街の在り方は様々だ。現実世界の街を参考にするけれど、どうせなら異世界らしく現実世界にはないような街を創りたい。
考え込んでいると、幸子が両手を握り身を乗り出して勢い込んだ。
「あの、実は私、街の設定を考えてきたんです。天空の街レンコンキスタ。かの街は女神ヨルコが創り上げた最古の街である。女神ヨルコの居城であるヨルコキャッスルを囲むように、九つの区画に分かれている。女神ヨルコに古くから付き従う天使たちが住む上級区画街。一度は敵対しつつも女神ヨルコの威光に帰順した者たちが住む中級区画街。女神ヨルコにより拾い上げられた弱き者たちが住む下級区画街。レンコンキスタの街は」
「あがががががががが……」
色んな意味で羞恥心をダイレクトに刺激する固有名詞の群れに、私の心は多大なダメージを受けた。
悶絶する私を見て、お兄さんが慌てて幸子を止める。
「幸子ちゃん、幸子ちゃん。夜子ちゃんが泡吹いてるよ」
「えっ!? ど、どうしてですか!?」
心底驚いた様子の幸子に、奴さえもが呆れた顔をする。
「どうしても何も、耐えられなかったんだろ。突っ込みどころが多すぎだ」
「というか、突っ込みどころしかないわね」
容赦の無い相槌を打つお姉さん。
「えと、みかは悪くないと思うなぁ……たぶん」
幼女のフォローは幸子に気を使ってなのか、それとも素でアレがいいと思ったのか。後者だとしたら恐ろしい。
何とか復帰した私は、引きつった笑みで落ち込む幸子をフォローする。
「色々手を入れなきゃいけない部分はあるけど、いいところもあると思うから参考にさせてもらうね」
幸子の表情が喜びで光り輝く。
「あ、ありがとうございます! 続き言いますね! レンコンキスタの街は下界の街とは文化レベルが段違いであり、まさに理想郷そのものであった。貧困に喘ぐ者はおらず、悪事に走る者も居ない。毎日が平和で、戦争に脅かされることも無い。豊富な資源や人材に恵まれ、芸術が栄えた。この街は女神ヨルコの加護のもと地上のどの国にも属しておらず、あらゆる時代、世界中の欲望の的になったが、かの街は」
「あがががががががが……」
もう勘弁してください。いや本当に。




