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女神退魔師  作者: きりん
女子高生退魔師の討魔業
13/33

十三話:むかつく男と新しい家族

 病院の外に出た私は、立っていた男を見て、思わず盛大に顔を引きつらせて後退った。


「げっ。どうしてあんたがここにいるのよ」


「遅かったな。待ちくたびれたぞ」


 目の前で、憎らしい面構えの男が私を見下ろしている。

 整ってはいるが、神経質そうな細い顔立ち。

 傲岸不遜な面持ちで、口元をいつも皮肉気に歪めていて、口を開けば出てくるのは私に対する嫌味ばかり。


 コイツは風峰周防といって、私の同業者であり、私にとっては唯一ペアを組むことができる貴重な退魔師なのだが、私の反応を見れば分かる通り私とコイツはとても仲が悪い。不倶戴天の敵同士と言っても過言ではないだろう。


 一般家庭の生まれであり何かと退魔師としては型破りな私を、由緒正しい退魔師家系の跡継ぎとして生まれ、ガチガチの英才教育を受けてきたこの男は激しく嫌悪している。

 いわゆる差別というものだと思うけれど、嫌われている理由が本当にそれだけなのかは分からない。


 昔は私の面倒をよく見てくれていて、私も彼を慕っていたそうなのだが、今の彼を見ると何かの間違いなんじゃないかと思う。


 私より五歳年上の二十二歳の青年で、退魔師としてのキャリアも当然私より長い。同じ武闘派でも私とは違い、お師匠様と同じように何でもそつなくこなせるタイプで、こと近接戦闘に関してなら私も遅れを取るつもりはないが、座学や術法といった分野では敵わない。何しろ文字通り費やしてきた時間が違うのだ。


「あのー、お知り合いですか?」


 恐る恐る、それでも興味を隠しきれない様子で尋ねてきた幸子の目線は、私と周防を行ったりきたりしている。


 視線に気付いた周防が視線を彷徨わせ、常人には見えないはずの幽霊である幸子に視線を固定させる。

 霊視をしたのだ。


「まだ不浄霊とつるんでいるのか。さっさと祓ってしまえばいいものを」


 剣呑な声と表情に、視線を向けられた幸子がひっと小さく悲鳴を漏らして私の背後に隠れた。


「ちょっと。やめてくれない? 怖がってるじゃないの。っていうか、何の用なのよ」


 非難する私を意にも介さず、周防は私を皮肉げに笑う。


「お前の仕事を手伝ってやってくれと頼まれてな。こうして静観していた」


「手伝いに来たんなら参加しなさいよ。終わるまで見てるだけってどういうことなの」


 突っ込んだら面倒になるということは分かりきっていたのに、我慢できずについ突っ込んでしまった。

 周防が我が意を得たりとばかりにニタリと笑う。


「それはこの程度の悪霊も自力で祓えないということか? お前の実力なら俺が手伝うまでもないと思っていたのだが、思い違いだったということか。不出来な後輩を助けるのは先達の務め、土下座して頼むなら次から手伝ってやらんでもないぞ」


 何でコイツはこんなに偉そうなんだ。


「誰がするか! あの程度私一人で充分よ!」


 額に青筋を立てながら私が断ると、周防はやれやれとわざとらしく大げさに肩を竦める。


「なら俺がわざわざ手伝ってやる義理もない。分かりきった事実を無駄に聞くな、愚か者」


「こ、この……」


「ん? なんだ、やるのか? 仏心を出して、書類が苦手なお前の代わりに、報告書くらいは代わりに書いておいてやろうと思ったのだがな。いいぞ、自分でやりたいのなら好きにしろ」


「ぐ、ぐぐ……」


「おい。お願いしますはどうした? 人に頼みごとをする時は頭を下げろと学校で習わなかったのか?」


 泣かす。絶対いつか泣かす。


「お願い、します」


 私は腹の内で煮え滾る溶岩をなんとか堪え、周防に白旗を上げたのだった。

 本当に書類仕事は苦手なのだ。

 具体的にいうと、自分で書こうとするなら今夜は深夜残業になるのが確定するくらいに。



□ □ □



 せめてもの復讐に今まで溜めに溜め込んでいた一ヶ月分の報告書を丸ごと周防に押し付けると(ちょっとすっきりした)、私は幸子を伴って自宅に帰宅した。


「ただいまー」


「お、お邪魔します……」


 私の後から、おそるおそる遠慮がちに幸子が室内に上がってくる。幽霊なので、あくまでニュアンスとしての表現だが。


「お帰りなさい。おや、新しい幽霊のお友達かい?」


 出迎えてくれたお兄さんが、私の後ろにいた幸子を見てにっこりと笑顔を浮かべた。


「ええ。幻痛の治療中なので連れて帰ったんです。ほら幸子、自己紹介」


 促すと、お兄さんに見蕩れていた幸子が我に返ったように叫んだ。


「い、いいい五十嵐幸子っていいましゅ!」


 うわあ。

 どもった挙句噛んで真っ赤になってらっしゃる。

 お兄さんは少し身を屈めて幸子と視線を合わせる。


「宜しくお願いします。僕は松原隼人です」


 間近でお兄さんの笑顔を直視した幸子は、頭から湯気を出して私の背中に隠れてしまった。


「嫌われちゃったかな?」


 苦笑したお兄さんに向けて、私の背後で幸子が小さく「とんでもないです……」と呟いている。

 どうでもいいけど、それじゃ聞こえないよ、幸子ちゃん。

 居間に入ると、お姉さんがソファーの上に寝っ転がってテレビを見ていた。


 布地面積が極めて少ない下着姿で、手元にはスナック菓子の袋。時折スナック菓子の袋に手を突っ込んでは、ぼりぼりと咀嚼している。


 その手であろうことか尻をかき出したのを見て、私は深いため息をついた。駄目だこの人、早くなんとかしないと……。


「……お姉さん、いくらなんでもだらけ過ぎです」


 私が氷点下にまで下がった声を出すと、お姉さんの背中がびくぅっ! と震える。

 素早くリモコンでテレビを消し、ソファーに座り直してスナック菓子の袋を背後に隠すと私に向き直る。


「あら、夜子ったら帰ってたの?」


 上品におほほほほとか笑って誤魔化しても、先ほどの百年の恋も冷めかねない醜態は消せませんよ。


 幸子を見れば、物凄い美人のお姉さんの汚部屋の女もかくやといった姿を目撃してしまい、曖昧な笑顔のまま固まっている。よく見ると物凄い勢いで目が泳いでいる。一生懸命見なかったことにしようとしている努力が切ない。


 全力で今の光景を無かったことにしたいお姉さんは、幸子を見てしめた! という顔をした。


「ところで、その子はどなた?」


「五十嵐幸子です! よろしくお願いします!」


 引きつった笑顔で自己紹介する幸子に、お姉さんは艶やかに微笑んでみせる。

 どうでもいいけど、いくら取り繕ったって下着姿の時点で駄目だと思います。


「佐藤樹理亜よ。よろしく」


 聞くたびに思うけど、樹理亜ってすごい名前だよね。お姉さんの両親は何を思って娘にそんな名前をつけたのだろうか。


 ちなみに佐藤というのはお姉さんの結婚後の姓である。離婚せずに自殺したので夫の姓のままなのだ。旧姓は田中。どちらにしろ苗字と名前の違和感が凄い。ミスマッチすぎる。


 まあ、容姿にはその名前がすごく合ってるから、どちらかといえば苗字の方が合わないのかな?

 どうでもいいけど。


「あ、帰ってきた!」


「おかえりなさい!」


 ばたばたと足音がして、私の部屋からがきんちょ二人が飛び出してくる。

 幸子の顔を見て、奴が安堵の表情を浮かべた。


「良かった。間に合ったんだな」


 ほっとする奴の横を幼女が走り、私に飛びついてきた。


「夜子お姉ちゃん! みかね、今日人助けしたんだよ? えらい? えらい?」


「うん、偉い。二人が連れてきてくれたおかげで、彼女を無事助けることができたよ。大手柄だね」


 自慢と期待に満ちた表情の幼女の頭を撫でる。

 幼女はくすぐったそうに身をよじり、満足そうに笑うと、幸子に心配そうに目を向けた。


「お姉ちゃん、もうだいじょうぶなの?」


 私の横でしゃがみこんだ幸子が、幼女と目線を合わせてにっこり微笑む。


「ありがとう。みかちゃんのおかげでなんともないよ」


 腕をぐるぐる回したりして元気だとアピールする幸子に、幼女はパアッと顔を輝かせた。

 奴に近寄るとその首っ玉に抱きつく。


「えへへ。孝太くん、みか褒められちゃった」


「良かったな」


 幼女を見つめる奴の目は優しい。

 そのまま見詰め合って二人の世界に入ろうとする二人を手を叩いて現実に引き戻し、私に注目させる。


「はいはいそこまで。それじゃ、改めて自己紹介しようか」


 奴は幸子に歩み寄り、にかっと笑う。


「藤崎孝太だ。改めてよろしくな」


 その横についた幼女が幸子に深々と頭を下げる。


「金条みかです。よろしくね」


 顔を上げた幼女は幸子ににこりと微笑みかけられ、幸子も穏やかな表情で微笑む。


「五十嵐幸子です。私が今こうしていられるのはあなたたたちと夜子さんのおかげです。本当にありがとう」


 二人だけでなく、振り返って律儀に私にも頭を下げてくる幸子に、私は手をひらひらと振る。


「いいのいいの。困ったときはお互い様なんだから。痛みが消えるまでは泊まっていきなさい。その間に、今後のことについてよく考えるといいわ」


 きょとんとした顔の幸子が首を傾げて問い返してきた。


「今後のこと、ですか?」


「そりゃもちろん、成仏するか現世に残るかよ。現世に残るなら、これから先どこで暮らすかも考えなきゃいけないしね」


 ハッとした顔で考え込む幸子は、私におそるおそる目を向ける。


「……やっぱり、成仏するべきでしょうか?」


「別に強制はしないわ。成仏したくないなら私はそれでもいいと思う。あなたの両親の家に帰ってもいいし、行く当てがないならここで暮らしても構わない」


 逡巡を表すかのように、私と床を交互に見つめていた幸子は意を決して顔を上げる。


「私、残ります。どこで暮らすかはまだ迷って決められませんけど……やり残したことがいっぱいあるんです」


「そう。なら改めて歓迎するわ。我が家へようこそ、幸子ちゃん」


 私は幸子に手を差し出し、握手を求める。

 幸子は私の手をしっかりと握り返した。


 ちなみに次の日、幸子は蘇生が解けた面々の姿を見て絶叫することになるのだが、それは全くの余談である。

 そういえば私たちの間では当たり前のことだったから、私以外は皆幽霊だってこと、伝え忘れてたね。


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