8月1日 天気 今日も晴れ
ミーンミンミンミン
「あっつー……」
今日も今日とて暑い。ここ最近はずっとうだるような暑さが続いている。
蝉は暑いのをなんとも思ってないのだろうか?
ずっと合唱を続けている。
僕はふすまを開け、雨戸も開け放した縁側に繋がっている部屋の畳みの上でゴロゴロと意味もなく転がっていた。
そばには、やろうと思ってさっき持ってきた大量の夏休みの宿題が散らばっている。
「こんなに暑かったら勉強する気なんて起きないよ……」
と一人ごちた。
すると玄関付近から
「ごめんくださーい! 吉いる~? 」
と大きな声が飛んできた。
僕は家にいるのが一人だけなのを恨んだ。
こういうときは、ミチルは遠慮なく上がり込んでくるんだ。
「吉ーっ、いるんでしょー? さっきおばさんから聞いたんだからねー! 」
うっ、母さんめ。余計なことを……。
僕は次に母さんを恨んだ。
ようやく重い腰をあげて玄関へいくと、ミチルは玄関のたたきのところに座って足をぶらぶらさせていた。
廊下の軋む音で、頭をグランと反り返し
「やっぱり、いた」
と笑いながら言った。
やっぱりって、母さんから聞いてたんだろっと言おうと思ったがその言葉はぐっと呑み込んだ。
「で、どうしたんだよ?なんか用なんだろ?」
「んー……。あのねー……」
勿体ぶるようにミチルは言う。
「なんだよ?」
僕は額に浮かんだ汗をぬぐいながら、ミチルを少し急かした。
「やっぱり、殺人だよ」
ミチルはポツリと何気なく言った。
「は?どういうことだよ?」
聞き返す僕に
「だーかーら! 殺人だって言ってるの! 」
ミチルは少しイラッとしたように答えた。
そして更に、吉ってバカなの?というような視線を向けてくる。
「殺人って……、昨日の? 」
「そうだよ、何回もそう言ってるじゃん」
まだ2回目だよ、という言葉もまた呑み込んだ。
「なんでそう思うんだよ?警察だって事件性はなさそうな感じの対応だったじゃないか?」
「私は殺人だと思う」
ミチルは警察の見解などお構いなしのようだ。
だけど、それじゃあ僕の質問の答えになっていない。
ミチルもそれに気づいたのだろう、続けて言った。
「だって、ノートに『タスケテ』って書かれてたんだよ?ただの事故とかなら書かないでしょ。てか書く暇がない」
そりゃそうだが、だけど……
「だけど、病気だったらあまりの辛さに『タスケテ』ぐらい書くだろ?それに、その後のページに日記みたいな感じで体調とか書いてたじゃないか?」
「病気だったとしたら、なんで骨はあそこにあったわけ? なんで隠すようにあったの?」
そんなの僕の知ったことじゃない。
だけど、ここでミチルを抑えなきゃ僕の夏休みは悲惨なことになる。
「それはー……。誰かの隠し子だったとか……? 」
僕はミチルを窺いながら言ってみた。
ミチルは、ふっと鼻で笑い、バカにしたように言う。
「隠し子?隠し子をあそこにずっと隠すの?ご飯とかあげに何年も行ってたらバレるでしょ。しかも大分成長している人の骨だったじゃない。隠せるのは時間の問題よ」
「たしかにそうだけど……」
ああ、ミチルを抑えるのはどうやら失敗したらしい。
僕を少しずつ貶しながらも、ミチルの目は楽しそうに爛々と輝いている。
「だからねっ」
ミチルは途端に声を弾ませ
「二人で調べてみない? 」
と言ったのだ。
僕の夏休みはガラガラと音を立てて崩れ去っていった。
「調べるってどうやってさ? 」
僕は観念してそう言った。
「じゃーん! これ! 」
ミチルはえらいでしょ?とでも言うように、あるものを僕に見せた。
「おま、ミチル、お前これ……!! 」
どこで、という声は出なかった。
「ふっふっふっ。昨日、警察の人には渡さなかったの。というより、あることを隠してたの」
ミチルは悪びれずにそう言って、昨日の例のノートを開いた。
「まずは、この『タスケテ』ってところ。どう思う?」
「どう思うって……。助けを求めてるんじゃないのか?」
僕たちはさっき、僕がゴロゴロとしていた部屋に移動している。
僕とミチルはノートに寄り、顔を付き合わせていた。
「そういう当たり前のことじゃなくて……」
はぁーとミチルは少し大袈裟すぎるくらいに溜め息をついた。
そして、今日何度目だろうか
「吉ってバカなの?」
の言葉を僕に浴びせた。
「『タスケテ』ってあるということは誰かに襲われるってことがわかってた、または気づいてたってことでしょ」
このバカが、というようにデコピンを一発食らわされた。
「イダッ」
僕はヒリヒリするおでこを押さえて
「じゃあ、殺されたと仮定して、この人は襲われることを事前に知ってて日記やら『タスケテ』って言葉を書いたってことか?」
同じことを繰り返しただけのように思えたが、ミチルは満足そうに
「そういうこと」
と頷いた
「でも、そうだとしたら『タスケテ』って言葉が先にあるのは可笑しくないか?それだと、病気のほうがしっくりくる。」
なんでよ、という風にミチルは先を促した。
「だって、殺人だとどれくらいで殺されるかわからないじゃないか?明日かもしれない、明後日かも知れないのに日記なんか書くか?その点、病気なら余命宣告されるだろうし病気が発覚してから書いたって遅くはない」
ミチルはうーんっと唸った。
でも、どうしても殺人にしたいようで
「じゃあさ!監禁とかだったらどう?」
と言い出した。
「病気だと、まずは入院するでしょ?骨が見つかった場所やら考えると入院なんかしてないと思うの! それに日記が一、二ヶ月しかないことを考えると、余命宣告とかをされてからすぐに亡くなるくらいに大きな病気ってことになる。」
それにー……とミチルの少し右斜め上を見ながら何かを思い出すように言った。
「骨は綺麗だった」
たしかに、見つけた骨は綺麗だった。
病気だったら、もっと黒ずんでいたり、ボロボロになっていてもいいか、と僕も納得した。
「だけど、監禁ってのは……」
と言う僕にミチルは
「じゃあ、何と思うの? 」
と聞いてきた。
「殺人と仮定して、うーん、そうだなぁ。いや、やっぱり監禁が妥当か」
と言う僕にミチルは、そうでしょうそうでしょうとでも言うようにウンウン頷いた。
その後、二人で日記の部分を調べてみた。
日にちと、所々に天気も書かれている。
それに体調。
『吐きそう』だとか『頭がいたい』だとかの言葉が羅列してある。
「この人、風邪だったのかな? 」
という僕にミチルはデコピンを食らわせてきた。
本日二回目だ。
「監禁されてるのに風邪はなかなかひかないでしょ。」
「そうかぁ? 」
と首を傾げると
「監禁されるってことは、ストーカーされてたとかが一番有り得るでしょ。監禁するまでストーカーした人を風邪なんかひかせると思う?」
ストーカーか……。
どの時代かわからないが、そんなことがあり得るのだろうか?
とりあえず、ミチルに同意しておく。
「たしかにそうだな」
「それにこの症状……」
ミチルは何かに気づいたようだった。
「ねえ、あの骨、女性だったと思わない?」
「え、なんで? 」
「なんとなく」
「そんなに気になるなら、警察に調べた結果を教えてもらいに行ってみる? 」
「教えて貰えると思うの?」
「んー……。カメさんに聞く? 」
「じゃあ、明日カメさんのところに待ち合わせね」
とミチルは一方的に言い捨てて、例のノートを畳み、ズカズカと部屋を出てった。
「え、ミチル? ミチルー? 帰るの? 」
という僕の言葉に帰ってきたのは、玄関がガラガラと閉まる音だった。
夜、僕は寝る前の日課の日記を書いていた。
8月1日 天気晴れ
今日も暑かった。宿題はあんまり片付かなかった。
ゴロゴロしてたら、ミチルが家に来た。
昨日のことを話し合って、殺人という仮定ができた。
その仮定ができるまでにミチルは二発も僕にデコピンを食らわせてきた。痛かった
明日は、カメさんのところに集合だと言う。
あ、時間を聞くのを忘れてた。
まぁ、いっか。
僕は思わず、ミチルに二発もデコピンを食らったおでこを撫でた。