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『共鳴の魔女』 劉貴深

謎の人物・劉貴深が登場。物騒な面々が増えます。皆で闇堕ちしている、曹大人の結社の面々。孫高明の頑張り、水泡に帰す?






 マイの家に防御陣を張るまではいい。だが、護符が発行されるまで、家からなるべく出るなというのは、あまり予想していなかった。

 冷静になって振り返ってみれば、そもそも、今日に至るまで襲撃を受けていないというのが、むしろとても希少なことだったのかもしれないのだが。

 何せあの友人は、軽く話を聞くだけでも、素人に毛が生えた程度のモモにも、その凄まじさが分かるような「レア素材」だったのだ。

 長年真面目に、魔術や何やの研究をしている面々からすれば、喉から手が出るほど欲しい研究材料であることは、想像に難くない。

 失われた「漢族」の呪術回路を回復させるために、歴史再現プロジェクトなんぞという、途方もなく壮大な構想を打ち出している、「大人ターレン」ことツァオ文宣ブンシュアンにすれば、それはそれは美味しい材料であろう。

 何せ、大陸ではすでに失われた、周王室の回路持ちだ。

 発現度もレアだろう「徳治」の血統呪術使い。

 そんな大仰な術を、マイがナチュラルに使っているような気配は、少なくともモモは微塵も感じていない。だが、術を使うことと、使うために必要な回路が備わっていることとは、別物である。

 たとえば、レイ先輩がその気になれば、やばげな殺人鬼の能力を発現させられる……ということと、レイ先輩が実際に殺人を犯す、というのとは別物であるように。

 武将を殺人鬼と形容するのは、歴史オタクから物言いがつきそうだが、しかし、基本的に戦場の英雄というのは、ほぼもれなく大量殺人者だ。レイ先輩が回路を発現している、三国志の英雄・張飛だって、例外ではない。

 マイが、姫一族の誰の能力を強固に発現しているかは知らないが……文王かもしれないし、武王かもしれないし、あるいは周公旦かもしれない。もっと後の世代の可能性もあるが、散々「純正」とか言われているあたり、かなり古いように思われる。

 だがとりあえず、別格の扱いを受ける回路なのだ。彼女の「徳治」は。

「……劉老師が、劉邦と劉備の『先祖返り』って話はしたわよね?」

「はい」

 呪具を片づけながら、レイ先輩が語る。

「現代では異例に強いのは事実だけど、それでも足りないのよ。人たらしの能力はあるのだけど、儒教系の秩序に必要な、『徳治』の回路だけはあの人も持ってないの。曹のオッサンは、老師をおそらく、完全無欠の『漢の皇帝』に仕立て上げたいんでしょう……そうすると、いくら劉邦の回路を持ってようが、姫氏の『徳治』が足りないでは、片手落ちなのよ」

 驚愕に目を見開くモモに、そうそう、とアイン先輩の声が重なる。

「漢族の伝統的な血統呪術回路の、復元・再生・補強……『十七国計画』は、最後の補強の部分まで視野に入れたプロジェクトなのよぉ」

 ……と、いうことは。

 今まで、モモは可能な限り、希望的観測をしてきたが。

「リョウ先生と、劉老師の師弟関係、って、やっぱ、ヒビ入ってます?」

 おそるおそるかけた問いに、うん、と先輩二人は頷いた。

「私たちにとっても第三師匠だから……対立は好ましい事じゃない……んだけど、リョウ先生の場合は、特別な意味を持つ『第一師匠』との対立だからね……ヨーロッパ系の結社に正式に所属を移してなかったら、破門で野良にされてたかもね」

 レイ先輩は、よっこいせ、と鞄を抱え直すと、謎のステップを踏む。

 モモは知らないが、これも歩法……正確には夏王朝の創始者の名を取り、禹歩うほという、道教系の術の一種である。禹が創始したというのが伝説だが、記録はそんなに古くない。げにおそるべき中華文明は、三千年前の殷王朝から文字が使われているので、リアルに記録が遡れるのだが、禹歩に関する文字記録は、びっくりするほど新しい。本当に禹が考え出したというのなら、殷の時代には封印されていたのかもね、とは、劉老師の昔の言だ。

「破門で野良?」

 結界強化にいそしむレイ先輩のかわりに、モモはアイン先輩に問うた。

ツァオのオッサンは、華僑世界の顔役で、呪術結社の大幹部……あの人に『破門』食らわされたら、華僑世界で術者として生活するのは、むっちゃくっちゃ難しくなるのよぉ」

「……それを見越してた、ってことですか?」

「おそらくは、孫先生がね。それで仙丹系から錬金術に専門を移して、ドイツとイギリスの結社に二重所属する『研究者』の称号を取らせたんでしょうねぇ。西洋魔術界で称号をとったら、たとい第一師匠が東洋系で対立をしたとしても、活動制限はかけられないから」

 結界強化を終え、レイ先輩が話に合流する。

「まさにコーメイの罠。曹のオッサン、リョウ先生を縛りきれずに放置することになったの、かーなーり後悔してる気がするわぁ」

 その「高明コーメイ」の罠で助けられたリョウ先生こそが、リアル諸葛孔明の血統呪術回路を、まぁ部分的にだが発現している術師という。カオス。

「……あれ?」

 アイン先輩の言い回しに、モモは引っかかる。

「その言い方だと、リョウ先生って、正体も含めて曹氏にバレてます?」




 うん、と先輩方二人は頷いた。実に、アッサリと。

「劉老師が暗黒面に堕ちる前からの古参弟子だからねぇ……むしろ顔見知りよ」

 暗黒面、とは、また物騒な形容が出てきた。

 ファンタジーの話なら笑えるが、リアル暗黒面を見た本日は、笑えない。

「すごい言い様ですね……」

「力を欲するのはまぁ性分としても、能力に溺れたら闇堕ちよぉ。強力な先天性回路持ちが、よく陥る罠なのよねぇ。劉老師もご多分に漏れず……ハァ」

 アイン先輩が、箒を担いだまま、器用に肩を落とした。

「その理屈で行くと、マイも危なくないですか?」

「『徳治』は、それ単体では闇堕ちしない、特殊回路なんだわ」

 まぁ、内容が内容だけに、納得できる話である。

 ぶーらぶーら、上体を揺するアイン先輩越しに、レイ先輩が言う。

「新しい事例だと、後漢の劉秀……光武帝ね……部分発現っぽいけど」

 邪馬台国の卑弥呼どころか、漢委奴国王な人が出てきた。

「古ッ……」

 周王室の能力なのだから、新しい事例なのは分かるが。

 それでも、あまりにも古すぎる。

「統治対象になる共同体が大きくなればなるほど、『徳治』の効果は、指数関数的に落ちるのよ。ガックーンってね。黄河から長江までテリトリーに入ったら、もう、一個人の『徳』でどうにかなるレベルを越えてるわよ。ていうか、黄河流域だけでも成功している、姫氏の能力の強さのが異例」

 レイ先輩のお言葉を、北東アジアの地図を思い描いて、納得する。たしかに。十分に恐ろしい広さである。人口が今ほどなかったとしても、普通は(・・・)無理だろう。

 その、一個人が持つには特異に強大な能力が、友の中には眠っている。

 希少きわまりないサンプルだ。つくづくと。

「あれ? 劉秀って『徳治』の発現者だったの?」

 アイン先輩は知らなかったらしい。

「不完全だけど、多分そうだと、オッサンは推定しているそうな」

「オッサンの『鑑定』なら、アタリか……」

 散々「オッサン」呼ばわりしているが、二人とも、曹氏の「鑑定」能力については、一目置くどころでなく認めているようである。

「劉備は血統が胡散臭いっつーか、先祖を称する劉勝が、孫だけで1000人とか言われる、超絶倫野郎だから、正直、アテにならんのだけど……前漢景帝じゃなくて、後漢の光武帝の傍系って記録がなにげに公式にあったりするらしいのよ。読んでないけど」

「読んでないその公式史料とは?」

「三国志。陳寿の方」

 つまり正史の方である。

 その返答に、しばしアイン先輩は沈黙した。

「……読んでないのかよ、台湾人」

「アンタは読んでるのかよ、ベトナム人」

「読むかよ。こちとら関羽のかわりに、救国の英雄、チャンフンダオ様を廟にお祀り申し上げる、千年の歴史を誇る反中民族だぞ」

「ん? チャンフンダオ廟って、関帝廟の代わりなの?」

 レイ先輩の指摘に、アイン先輩は渋い顔をしてそっぽを向いた。

「……墓穴を掘った」

「あはは。実に小中華の典型例ねぇ、ベトナムは」

「ベトミン式玄関トラップ仕掛けられたい?」

「やめて。たしか、ドアを開けたら、鉈をつけた丸太がくるやつでしょ?」

「鉄釘バージョンもある」

「……破傷風に罹らせる気満々すぎる」

 原始的だが地味に堪えるトラップの知識を披露され、レイ先輩が顔を引きつらせる。まぁ、ベトナム戦争で使用された兵器には、鉄釘のごときモノが入った地雷やら、ダイオキシン入り枯れ葉剤やら、凶悪無比なブツがてんこ盛りだ。使わなかったのは核だけとも言われた地獄の戦場。この程度のトラップは、かわいげのある方だろう。かわいげというのも、何だかどころでなくおかしいが。

「……あの、先輩方、脱線してます」

 モモのささやかなツッコミに、おっと、と口元を抑える二人。

 レイ先輩は、コホン、とわざとらしい咳払いをし、アイン先輩は口笛を吹く真似をした。音がスカスカとしか鳴っていない。出ないらしい。

「劉老師の闇堕ちは、推定するに、孫先生が亡くなられてほどなく、ってトコね。つまり比較的最近なんだけど、元の能力パラメータがおかしい人だから、堕ちる時もものすごい」

「曹氏の方は、暗黒面の術師だったんですか?」

 モモの問いに、先輩方は顔を見合わせ、しばし考え込んだ。

「あー……兄貴分の死をきっかけに、タガが外れて暴走している感じ?」

 レイ先輩の形容に、うーん、とアイン先輩が首を傾げる。

「むしろ、タガを外す機会を、虎視眈々と狙っていたような人じゃない?」

「それはそうなんだけど……うーん?」

「とりあえず、完全な暗黒面の人では、なかった。堕ちるのを孫先生が止めていらした、というのかもしれないけど、とにかく、あの人も暴走しだしたのは最近」

 ようするに、全ての均衡は、先代「天文の魔女」孫高明によって支えられていた、ということだ。超強力な二人を抑制していたというだけでも、どれだけ凄まじいかがうかがえる。




「孫先生って人は、偉大だったんですね」

 直接の面識はないし、業績に触れてもいないが、率直にそう思う。

「まぁ、あの人がいなけりゃ、もっと派手に荒れてたわね」

 あまり素直じゃない同意をするレイ先輩。

「そもそも孫先生が占いでこんな未来を予見しなければ、曹のオッサンが『十七国計画』なんてことを企むこともなかった……って可能性があるけどねぇ」

 アイン先輩の言葉で、謎は解けた。

「観測された以上、猫の状態についての情報は共有されるのよ」

 レイ先輩の喩えに、アイン先輩は肩をすくめる。

「シュレディンガーか……猫の生死なんてレベルじゃねーけどねぇ。ぶっちゃけ人死んでるでしょ、この計画、すでに、今の段階で」

 そこまで言ってから、アイン先輩は何かを思い出したように、口を噤んだ。同様に、レイ先輩も何かを思い出したらしい。

 沈黙が重く降りかかる。

「……死んでる、んです、か?」

 思わずそんな物騒なことを問うてしまった。

「死んでるわね」

「まだまだ死ぬでしょうよぉ」

 レイ先輩、アイン先輩と、ほぼ間髪入れず冷たい答えが返ってきた。

 予想はしていたが、それにしたって、実感が湧かない。

「……死にますか」

「否が応でも殺し合いになる。そういう計画だもの。立案した段階で、少なくともオッサンの方は闇堕ちしてたと言えるわね。実行に移すには、孫先生の存在が邪魔だったでしょうけど」

「……孫先生の急死は、ひょっとして?」

 たしか、現「天文の魔女」のサヤさんは、孫先生の急死によって、異例の若さで「七大魔女」の襲名を認められた、という。

 ここまで状況が整ってくると、実に疑わしい。だが。

「いや、それはないでしょ」

 レイ先輩は、モモの2時間サスペンス的思考を、あっさり否定した。

「……何故?」

「腐っても術師同士の『義兄弟の誓い』よ? 相手を傷つける行為は全面的に制約が掛かるの。どんなに曹氏が孫先生に害意をもっても、その害意を人に伝えてどうこうさせる、ということすらできないわ。少なくとも、孫先生ほどの実力者が相手じゃ、いくら『大人ターレン』でも無理だったでしょうね。今は老師と二人で加速度的に能力を上げてるけど、そもそも『誓い』でそれに制約を掛けられていたんだから、まずありえないわね」

 なんと、そんな効果まであったとは。「義兄弟の誓い」は奥が深い。

「……そんな制約の掛かる誓いを、よく受けましたね」

「日中国交正常化直後の、ゴタゴタ時代の話だからね。あるいは曹氏の日本滞在のための骨折りか何か、そういったものと引き替えの取引の産物かもよ」

 なるほど。その手があったか。

 そして、意に添わぬ「契約」をさせられた曹氏は、自分の能力と行動に大きな制限を掛ける兄貴分が死ぬやいなや、今まで溜め込んだ分まで大暴走、と。

 いやな話だ。

 ヒューッと、アイン先輩は鳴らない口笛を、なおも諦め悪く吹いている。

 と、唐突に口笛もどきを止め、アイン先輩は「竹槍」の構えに入る。

「リー、悪い気配」

 警戒の滲む声。アイン先輩が「探知」を発動させるのを感じる。

 おかしい。マイがいないのに、襲撃の第二波が?

「ッ!」

 ピイィィ、と、笛を吹いたような高い音が、三人の耳を打った。ついで、カァン、と金属を打ち鳴らす音が響く。小型の鐘のようだ。

「……銅鐘ね」

 アイン先輩が、小さな声で呟く。レイ先輩が、チッと舌打ちをした。

「あいつ、こんなとこに何しにきてんのよ……」

「誰か判るの?」

「劉老師の同門かつご近所で、不本意ながら顔見知りよ。癖も知ってる」

 ああ、とアイン先輩は頷いた。

 手元に水晶を用意しながら、レイ先輩は主にモモに言う。

しゅけいせつ……劉老師の弟子の中でも、特に有能な音響呪術使い。ただし陰険。涙が出そうなほど陰険」

 どうやら、何か嫌な記憶がありそうである。

「十八番は音波攻撃で、音の反射で敵の位置を把握しながら、共振やらガンガン使ってくるわ。だけど、音だけじゃなくて、波の性質を持つモノはかなり操れる厄介な術師。補助道具さえあれば、電子レンジに放り込むような致死性の術も行使できる」

 嫌すぎる。っていうか、来るな。来ないでいい。

「……それ、老師もできる術?」

「私たちが門下に出入りしていた頃は、孫先生の制限で、実際に行使はできなかったけどね。今は使用に制限はないはず。オッサンが制限を掛ける理由が思いつかない」

「先に知っておきたかったわぁ」

 大仰な顔で、アイン先輩が皮肉っぽく言った。

「知ったところで、対処できる相手じゃないけどね……って、今してる会話も、多分思いっきり受信されてると思うけど」

〈分かってて言うんだから、可愛げがないのよ、アンタ〉

 ギョッ、とモモは目を見開いた。

 今、誰もいないはずの、ものすごい至近距離から、明らかに人の声がした。

「うるせぇ根暗が……ああ、コレ遠隔音響操作よ。長時間電磁波を操るのは無理だから、光学迷彩で近くに潜んでいるとかは心配しなくて良いわ」

 光学迷彩までされたら、本当に手の打ちようがない。

 まぁ、遠距離からマイクロ波で電子レンジされても、打つ手なしだが。

「……ッ」





 何かが出現する気配に、思わず、モモは紅水晶のサザレを投擲していた。

 バチバチッ、と空中で、白い火花がいくつも散った。

「いったァ……もう、手荒いわねぇ……」

 たしかに、誰もいなかったはずの空間に、チャイナドレスの美女がいた。

 美女である。

 東洋系だと分かるが十分すぎるほど白い肌に、艶やかな黒髪。彫りは浅いが、涼やかに整った目鼻立ち。そして、ノースリーブのチャイナドレスからのびる、細長い手足。スリットからのぞく太股が、クールそうな顔に反して、実に悩ましいお色気系だ。

「だ、誰……」

 いや、朱という人だろう、と自分で自分にツッコミを入れるモモ。

 しかし、美女は赤い唇に、艶麗な笑みを浮かべるばかりだ。

 ふと気配が動いたのを感じて、モモは先輩方の方に少し視線を流す。

「え?」

 レイ先輩も、アイン先輩も、顔面蒼白になっていた。

「瞬歩か……」

 技名らしいことを呟くアイン先輩は、まだよかった。

「さすがは……老師、というべき、かしら?」

 レイ先輩の口からこぼれた言葉に、モモは目玉を引ン剥いた。

「老師? この人が?!」

 いや女じゃないですか、とモモは思ったのだが、中国語の「老師」は、別に男を固定して指す語ではない。まぁ女性を指すことが前近代には珍しかったのと、字面が日本語的にいかにもジジイっぽいので、ついつい思い込みをしていた……いや、待て。

 明らかにおかしいだろう。

 モモは、回らない頭を必死にこねくり回す。

(たしか「劉老師」は、日中国交正常化のちょっと後ぐらいに、孫先生と曹氏と「義兄弟の誓い」ができるぐらいの術師になっていたわけで……日中国交正常化は1972年で……)

 待て。待て、待て待て。

 眼前の美女は、どう見ても二十代、頑張っても三十ぐらいだ。

 1972年にすでに術師として腕を磨いていたなら、たとえ女であることは納得するとしても、もっとおばちゃんになっていないと、計算が合わない。

「……相変わらず、美魔女でらっしゃる」

 レイ先輩の言葉に、モモは内心でまさに絶叫した。いや、魔女だが。実際に魔女だが、本当に1960年代には生まれていた人物なのか、この外見で!

「うふふ。不老は仙術の基本よ?」

 基本なんですかなるほど……って、納得できるレベルを越えている。

「曹氏はきちんと中年の外見になってますよね?」

 話をずらすレイ先輩に、余裕の表情をかましながら、美女……もといリウグイシェン老師は、物理的に近寄ってくる。

「男の人には、貫禄ってものも必要だからね。多少は老けないと」

「あんまり年齢差ついたら、絵面が犯罪になりますよ」

「大陸では、年の差カップルなんて珍しくないわ。それに、彼ほどの実力者なら、愛人の一人や二人や三人や四人、侍らせてたって普通でしょ?」

 いえ、愛人どうこう以前に、なんか多いと思います。一人や二人はともかく、三人や四人って続くのは、さすがにどうかと思います。

 と、モモは思わず内心で突っ込んだ。

「……三国時代に巻き戻したら、ものすごいことになる組み合わせで」

「あら? 呂布に徐州を叩き出された後、劉備はしばらく曹操にかくまわれていたのよ? 私が彼のところにいても、歴史的にはそんなにおかしくもないわ」

 モモは初耳である。なんと、そんな時代があったのか。

「ついでだから、曹操暗殺計画に加担とかしないんですか、老師は」

「しないわ。あの人は、私の欲しいものをくれるもの」

「大規模な流血の果てに、ですか」

 結構、勇気が要ったらしい。レイ先輩の手が、僅かに震えていた。

「英雄は、屍の上に立つものよ……天下統一後の劉邦による功臣粛清はいうまでもないけど、演義では善に描かれている劉備も、呂布にすら『お前が一番信用ならない』といわれているぐらいの人間なんだから。私が綺麗じゃなくても、別に変じゃないでしょ?」

 のんびりとした口調で、だが、現代に蘇った劉家の血統呪術回路発現者は、にこやかに、とんでもないことを口走った。

「ご自分こそは清くあろう、とは思われませんか」

 レイ先輩の言葉を、軽い笑いで流す。

「漢族の伝統的な呪術機構は、文化大革命と一人っ子政策で、壊滅寸前よ。私には、民族を立ち直らせる力がある……なら、いくらかの犠牲を支払っても、億の民を救うべきだと思うのよ。そのためには、多少の犠牲はやむを得ないものよ。大陸の歴史は、そうして紡がれてきたのだから」

 少し考えて、それから、レイ先輩はまた口を開いた。

「……とう小平しょうへいは、六四天安門事件の際に、この程度の犠牲は中国にとっては何のダメージもないとか言ったそうですが、同じですか?」

 うふふ、と笑って、同い年ぐらいにしか見えない先達は、切り返す。

「同じ人物の名言を返しましょう……白い猫でも黒い猫でも、鼠を捕る猫が良い猫よ……白魔術であろうと黒魔術であろうと、最大多数の最大幸福をもたらすのなら、それは結果的に善なのよ」

 なお、本来の意味は、社会主義でも資本主義でも、である。




「……リー、気配1、接近中」

「ユキでしょ、おおかた」

 朱珪雪、の最後の「雪」から、ユキ、らしい。

「ああ、探査の音波で判定したのね」

 老師は無駄に麗しい唇から、器用なことに、あの鐘と同じ音を鳴らす。

「銅鐘を使う術師は、老師以外にはユキしか知りませんので」

 レイ先輩は、第三師匠の器用なおふざけをスルーし、淡々と返す。

「あら。あの人の部下にも三人いるわ。一人はユキちゃん以上の使い手よ」

 そのお言葉に、うぐっ、と詰まるレイ先輩。

「……いるんですか」

「晋チームの子ね……本来なら西晋系の回路なんだけど。共鳴系の同調乗っ取り術より、演奏系の干渉制圧術の方が得意ね。ま、今回はユキよ」

 アイン先輩が、小声でレイ先輩に質問する。

「西晋と晋って使い回せるの?」

「中国の王朝名って、実は春秋ぐらいの諸侯の国名を使い回してるのよ。北宋南宋の『宋』も、殷の王族が周代に封建されてた国だったりする」

 コソコソと、レイ先輩も小声で回答する。

「マジか」

 非常に意外である。殷の王族が生き残っていたというのも、驚きだ。

「宋は、太祖のちょうきょういんが、後周……つまり『周』から建国したからね。周より古い王朝となると殷なんだけど、殷はイメージが悪いから、殷の王族の系譜を引く宋にしたわけ。趙匡胤は五代王朝につきものの、前の皇室関係者を皆殺しとかもしない穏健派だったしね。周を立てるという意味も含んでいたでしょうよ」

 さすが、老師とよばれるだけあって、詳しいようだ。

「……趙匡胤って『徳治』発現者、ですっけ?」

 レイ先輩が首を傾げた。劉老師は、軽い調子で、ええ、と返す。

「大陸の統治者では、最後の事例だったかしら……最高権力者が『徳治』を発現するのは、もはや極めて稀になった時代の、例外中の例外ね」

 周に滅ぼされた殷の王族が封建された宋を名のる王朝の創始者が、周王室の血統呪術である「徳治」を発現した、大陸統治者で最後の事例。

 うん、わけがわからん。

「それっきり、大陸では、地方関係者に散発的に発現するのみ……そして、現代では失われている。その呪術回路を保有する人間が、まさか日本で確認されるとは、私もあの人も予想していなかったけれど……高明兄さんの『本気の占い』の予知は、本当にさすがね」

 どうやら本当に、占いのせいで未来が固定されたようである。

「老師……マイちゃんを、曹氏に渡す気ですか?」

「できれば、ソレが望ましいのだけれど」

 うふふ、と笑う顔が、なまじどころでなく美人なだけに、恐い。

 コツ、コツ、と、足音が近づいてくる。

 劉老師の顔色が変わった。アイン先輩も、おや、と眉を上げる。

「足音、片方かなり消してるけど、二人分だ」

 竹槍を少し引きながら、アイン先輩が囁いた。うん、とレイ先輩も頷く。

「未熟者ね」

 劉老師は、くつくつと、物騒な微笑みを浮かべる。

「まぁ、相手が並大抵だったら、だけれどもね」

 付け足された言葉に、おや、と三人揃って疑問を抱く。

はくゆう

 優美に腕を組み、長いおみ足をカツンと合わせながら、劉老師が呼びかける。

「やだなぁ、そっちの名前で呼ばないで下さいよ」

 苦笑しながら姿を現したのは、さっき別れた傭兵のユウさんだった。

「そういや、本名知らなかったなぁ」

 アイン先輩が、竹箒を抱え直しながら、ふぅっと息を吐いた。

「本名も知らない相手に、特訓のプログラムを組んでもらったんですか?」

 モモの、実に呆れた声での質問に、中立の村で余計な真似をする人間はいないから、と、なんともいい加減な答えを返すアイン先輩。『魔導連盟』への信頼は絶対らしい。

「『伯』は実験第一世代の符号でね……分類記号みたいだから、好きじゃないんだけど」

 タン、タンタン、と、ユウさんは軽く、自己紹介のステップを踏んだ。

「改めまして。曹伯佑……『オッサン』の甥っ子だよ。戸籍上はね」

「戸籍上?」

 妙に引っかかる言い回しに、モモは首を傾げる。

「一人っ子政策対策でね。僕は本来なら、曹大人の四男なんだ」

「オッサン、何やってんだ……」

 レイ先輩が、呆れたように顔を歪めた。あはは、とユウさんは笑っている。劉老師もにやにやと笑って、気にする風は欠片もない。

「ま、僕は気楽に、僕の道を生きるだけだよ。幸か不幸か、僕の回路は『十七国計画』に不適合だったからね。早々に戦力外扱いで、バトルロイヤルは参加しなくていいからさ」

 幸か不幸かって、明らかに幸だと思います。と、モモは内心で呟き、それから、先ほどまでの先輩方の言葉を思い出して、ん? と目を見開いた。

「って、息子に殺し合いさせてるんですか?」

「娘も参加してるよ。ユキは七女だっけ? 血筋上は妹だよ」

 と、ユウさんは、ひときわ沈んだ暗がりの空気を示した。

 気圧さえマイナスになったような、真っ暗な気配の中から、するり、というよりは、ずるり、と這い出すように、長い黒髪の女が姿を現した。銀の半袖のチャイナドレス姿だが、なんというか、暗い。

「八女です」

「ん? そうだっけ? ははは。もはや弟と妹が何人いるのか、本気で分からないや。困ったモンだよ」




 曹と朱で、姓が違うのは、やはり、一人っ子対策なのだろう。

 外見から推して、彼女はバー(リン)ホー……1980年代以後生まれのはずだ。なんとも恐ろしいのは、そんな朱珪雪とどう見ても同年代程度にしか見えない、劉貴深だが。不老にも程がある。まさに美魔女。

「佑哥が何故『伯』なのか、理解に苦しみます。『計画』に参加もしないくせに」

 朱珪雪は、実に陰鬱な顔つきである。レイ先輩が「根暗」と言うわけだ。

「親父殿に聞いてくれよ。殺し合いまで付き合う気はないけど、これでも、戦力外通告が堪えてないというほどの鈍感じゃあないんだぜ、一応?」

「じゃ、強制励起術、受けます? 多分、春秋枠で参加できますよ」

「いや、それ即退場だよね?」

哥々(にいさん)の励起した回路の情報は、我々が有り難く利用させていただきますので、尊い犠牲になって下さい。生きてる時より尊敬されますよ」

「最低の妹だなお前」

「最低なのは我々の父親ですよ」

「ああ、うん、それは何とも反論のしようがないな……って、お前の言ってることが最低なのも、全然変わんないからね?」

 兄妹は暢気に殺伐漫才を繰り広げている。

「それにしても、お前、劉老師の探知補佐だけで来たの?」

「あわよくば、この日本人術師を殺すつもりでした」

 淡々と、珪雪がモモを示す。えっ?! と、モモは心底驚愕した。

 超希少回路持ちのマイはともかく、自分が狙われる理由に心当たりがない。

「ヤマトの防御回路術師を?」

「こいつを殺せば、姫巫女ヒメミコの確保が楽になるはず」

 何ということを! と内心は憤慨で一杯だが、同時に、物凄く恐い。劉老師の笑顔も恐いが、有無を言わせない圧力的な恐ろしさと、知らぬ間に這い寄る災いの恐ろしさは別物だ。

「相変わらず、発想が物騒だな」

「百倍物騒な術師にぶちあたった哥々(にいさん)の言う話ですか」

 HAHAHA、と空々しく笑って、ユウさんは肩をすくめた。

「『孤独の魔女』な……劉老師、姫巫女の件で、彼女が物申したいそうですよ」

 そう言うとユウさんは、劉老師に例の銅鏡を投げて渡した。

 受け取った老師の表情が、一瞬で驚愕に塗りつぶされる。

「……これは、すごい」

「多分、親父殿も含めた計画関係者と、会談の要求が来るはずです」

「なるほどね」

 ためつすがめつ、銅鏡に施された呪術紋様を確認し、劉老師は頷く。

「ユキちゃん、しばらく、この子に手を出すのは控えなさい」

「ちぇっ」

「助かったねぇ、モモちゃん」

 ユウさんはカラカラ笑う。

「……そもそも狙うなよ、と言いたいんですが?」

「無茶言わないでよ。これでも僕は結構ストッパー頑張ってるんだよ? 今日だって、結構穏便にやったしさ……ユキが出てたら、血まみれスプラッタになってたよ」

 と、ユウさんは実に物騒なことを言ったが、妹はもっと物騒だった。

「最近は血液まで蒸発させる術を覚えましたから、そんなへまはしません」

「これだよ……な、僕って平和的だろ?」

 比較対象がおかしい、と、心の底から主張したい。

「とりあえず、一応は中立の魔道士だからね、僕は? そりゃ、雇われて動くこともあるけど、面倒くさい仕事は、極力避けるし」

 パキスタンの部族地域の紛争仲裁をしていたら、コロンビアの暴動にひっぱりだされたり、南アフリカで強盗に襲われながら、鉱山暴動の仲裁に入る仕事が、面倒のカウント外だというのは意外である。

 が、兄弟姉妹との殺し合いよりは「面倒くさく」はないのだろう。

 世の中、やっぱり、お金の関わりも面倒くさいものだが、最後の最後に一番どうしようもなく、割り切れなく、面倒くさい関係というのは、血のつながりだと思う。

「……で、妹よ……『白鳳パイフォン』は今回の処分、どう動くって?」

 珪雪はスマホを取り出し、さらさらとスケジュールを確認した。

「李君が鬱モードに入って、仕事が停滞中です。義弟が反旗を翻したことが、相当ショックだった様子。あの豆腐メンタル野郎が復活するまでの間なら、大人ターレンと老師と含めて『孤独の魔女』との会談を進める手筈は、なんとか整えられそうです」

 実によどみのない口調で、先の方針が次々にまとまっていく。

 呆気にとられるのはモモばっかりで、はいはい、と納得している劉老師はまぁ別格の御仁とするとしても、レイ先輩やアイン先輩もそれなりに話についていけている、というのは、地味にショックだった。

「マネジメントは優秀なのよね。手段がわりと暗黒なだけで」

 レイ先輩の呟きに対し、ギロリ、と黒髪の隙間から睨みつけてくる目は、僅かに紫色がかっていて、妙に迫力があった。

「『白鳳パイフォン』と『黒狼ヘイラン』の差は、所属している人間に、戸籍があるかないか、だよ。親父殿の手駒って点は同じさ。それが大きいんだけど。『黒狼ヘイラン』は無戸籍だから使い捨てにされやすいけど、『白鳳パイフォン』は逮捕される可能性があるし」

 どっちにしたって嫌な話である。






劉老師が女だというのは、当初からの設定ですよ!

名前が女子っぽくないかもですが、まぁあり得ないワケじゃないし。うん。美魔女だが、別に曹氏の愛人ってわけではない。悪だくみ仲間。闇堕ちしたのは何故なのかは、そのうち語られる。多分。


ユウさんが「詩」などの言語術を使うのは、血縁上の親父の影響。妹のユキちゃんは詩より音曲の方が得意。

兄と妹で、口ではそういうやり取りもするけど、本人たちには「血縁? うん、そうらしいですよ」程度の感覚しかない。


ユキちゃんのメイン武器は二胡ですが、持ち運びが不便なので、笛とか小型の携帯型楽器をあちこちに仕込んでいる。銅鐘はアクティブ・ソナー代わりですが、これでも相手の動きを麻痺させられる程度には優秀。


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