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十七国計画

マイちゃんが何故つけ狙われるのか。その正体の明言と、曹氏の企みについて。







 アイン先輩に向けて、エリカ様から一発攻撃が飛んだ、ようだ。

 何故なら、バシュッ、という衝撃音とともに、先輩の体が吹っ飛んだからである。

「外的圧力による回路強制励起・解放に伴う反動の危険性について、レポート」

「はい……」

 打たれたらしい肩を押さえ、アイン先輩は俯いて答える。

「理解しているんでしょうね? あなたの方法は、下手を打つと、回路の重層励起状態を引き起こす。麗佳が保有している『張』家の回路のうち、戦闘特化型のものは二種類……片方の『張飛』だけでも十分に危険なのに、もう一方が励起されたらどうするつもり?」

「それは……ジョンが手を打っているだろうと」

 もぞもぞと言うが、そのジョン先輩が己の装備の一部を取り違えていたことは、先ほどの口頭試験で判明している。

 つまり、打ったつもりの手が効いていなかった可能性もあったのだ。

「仲間への信頼は麗しいわ。麗しいけれど、疑うこともしておきなさい。常日頃から連帯感を育むのは素晴らしいし、素敵なことだと思うけれども、それに甘えて危険な方法を平気で使うのは、賢明だとは決して言えないわよ」

「重々反省します」

「と言いながら、この方法を使うのは三回目ね」

「いっ?!」

 何故分かるんだ、とアイン先輩は表情でもって雄弁に語る。

 エリカ様は、相変わらずフードを被ったままで、表情はよく分からない。だが、口元に意味ありげな笑みを浮かべたのは、はっきりと視認できた。

「この私が、その程度のことも分からないとでも思うの?」

 ものすごい自信満々のセリフだが、エリカ様だから仕方ない。

 そう思わせるだけの迫力がある。

「仏の顔も三度まで……アヤに通告です」

 軽く振られたエリカ様の指先から、白いもやのようなものがにじみ出して、それから蝶の形になる。ふわふわ飛んでいく様は幽玄だったが、発言内容は無情だった。

「げっ!」

「げ、じゃありません。青銅使いは、回路解放について一日の長が、本来ならばあるのです。にも関わらず安易に危険な手を連発するのは、怠慢と判断されるに十分です」

「でも、私の青銅使いの適性レベルは……」

 いいえ、と、大天才から無情なる断言が飛ぶ。

ミャオ百越ひゃくえつの回路を使いこなせていない証拠です。アヤの許可が下り次第、特別プログラムを課すつもりなので、覚悟しておきなさい」

「……はい」

 ションボリとうなだれるアイン先輩が可哀相な気もするが、危険行為を放置しておくのが好ましいことではないのも、確かである。

麗佳レイカについては、後日にしましょう……とりあえず、福本ふくもと澄玲すみれが帰郷した途端に、トラブルを起こすのは、これで何回目ですか?」

「えっと……」

「覚えてません」

 数えようとしたアイン先輩を遮り、さっさとジョン先輩が言う。ちなみに、心なしか煤けた背中で、ビシビシ監修の入った調合作業を行っている。

「十一回目です」

 そんなにトラブル起こしてるのか、と知ると、福本先輩偉大ですね、としか、もはやマイとモモには思えない。今回の被害者であるにも関わらず。

「十三回目の暴走をしたら、この子をけしかけますからね」

 そう言ったエリカ様の、手袋を嵌められた手の上には、土の塊。

 見る見る間にその色を変えて、不気味な黄色の、小さなカエルとなる。

 ヒッ、とアイン先輩が、恐怖にひきつった声をもらす。

「モウドクフキヤガエルの『人造生命ホムンクルス』……」

「『泥人形ゴーレム』よ?」

 不思議そうに首を傾げられる。

 だが、顔が見えない黒いフード付ロングマントの、いかにも魔女とか魔法使いな外見に、さらに黒い革手袋を嵌めた上に、毒ガエル。むしろ恐怖が煽られるだけだ。

「いや、エリカ様……そのレベルに精緻に生体機構を再現したブツは、いくら原材料が土塊つちくれでも、もはや『泥人形ゴーレム』とは呼ばないですよ」

 ユウさんが、ややのんびりした口調で指摘する。

「ふむ……個人的定義の相違に基づく、認識の差というものね」

 いちいち、理解の仕方や、指摘の仕方が小難しい人である。これが天才か。

「現在のこの子は、バトラコトキシンの分泌回路を切って起動しているけれど……」

 わかるわね?

 ……と続けられて、はいぃっ、とアイン先輩は涙目で何度も頷いた。

「よろしい」

 頷くと、エリカ様の口から、シュッ、とか、ブッ、とか、ドゥッ、といった、明確な母音を一切含まない謎の言葉が、高速で紡ぎ出された。聞き取れない。

「うわ、ホントに完全子音詠唱だ……」

 ユウさんが感嘆した様子で、呪文とともに土塊に戻っていく毒ガエルを見る。

「一般的な日本語話者は『拍』のせいで、完全子音詠唱が不得手なのになぁ」

「ユウさん、エリカ様は『一般』じゃないです。『逸般』です」

 アイン先輩からの「文字」イメージに、モモとマイも「なるほど」と頷く。

「冗談を言う暇があったら、撤収の準備にかかろうと思わないの?」

 エリカ様からの鋭すぎるご指摘に、すみませんっした、と頭を下げるアイン先輩。

「その前に、私監修の『ノンアルコール回復薬エリクサー』を飲みなさい」

 調合したのはゲロマズに定評のあるジョン先輩だったのだが、なんということだろうか。

「普通に飲める……」

 天才と凡人の差は、実に絶大なようである。



 エリカ様監修・ジョン先輩調合の、ノンアルコール回復薬エリクサーを服用し、先輩方は撤収作業を開始した。モモはアイン先輩からの指示を受けつつ、桃の種の結界の解体だ。

 マイは手持ち無沙汰なので、とりあえずジョン先輩にくっついておく。

 レイ先輩は気絶したままだったが、エリカ様は「目覚めの歌」を歌い始めると、ほどなくして目を覚ました。アルコールをぶっかけられて以降の記憶は、綺麗に消し飛んでいるようだ。とりあえず、今回も、誰も殺さずに意識回復したよ、と、ジョン先輩が告げると、レイ先輩は心底安堵したように、ぽろぽろと涙さえこぼして、息を吐いた。

 うん、実に、アイン先輩は酷いことをした。

「さてと……」

 エリカ様はくるりと首をめぐらせ、手を打つように構えた。

「広域結界を解除するわ。全員、耳を塞ぎなさい」

 何じゃそりゃ、と思いながら、モモとマイも大人しく耳を塞ぐ。

 耳を押さえる手のひら越しにさえ、パァン、という柏手の音が響いてくる。

 びりびりと、空気の振動が、肌を震わせる。何かが崩れ落ちて砕けた感触がする。

「……損害賠償は、受け付けないわよ」

「デスヨネー」

 カルテットの三人が、心得ております、とばかりに頷いた。

「麗佳、アイン。二人は『姫巫女ヒメミコ』を家まで送り届けて。静哲ジョンチョル、あなたは公園内の術行使痕跡の抹消作業に入りなさい。護衛には向かないでしょうから」

 エリカ様の指示に、三者三様に「諾」の返事をする。

 回復役のジョン先輩は、たしかに直接的な護衛には向かないだろう。サポート役としてはありがたい存在だが、サポートが要るほどの目には、おそらく今日はもう遭わない。

 先ほどの「鬼連」の攻撃で、本日の弱り目祟り目はアガリのはずだ。

 残る一人に、エリカ様は顔を向けた。

「ユウ」

 返事をするように、ユウさんはひらひらと手を開いて、指を動かした。

 その手に、まるで無造作に、エリカ様は手のひらサイズの銅鏡を投げ込んだ。

 割れたらどうする! と内心で悲鳴を上げたのは、モモもマイも同じであったが、エリカ様はユウさんが落とすとは微塵も思っていなかったようだし、ユウさんも投げられる前提だったようで、実に危なげなく、鏡をキャッチした。

「最後の一枚よ。確認して」

 受け取った銅鏡を、公園の灯りにかざして、おお、とユウさんは声をあげた。

「これは、すごい」

 気になって、モモは目を凝らして「見」た。そして次の瞬間、びっちりと銅鏡の表面を走る、細かな線が青白い光を発して、思わず目を瞑る。まぶしい。

 目が、目があぁ、と内心で呟きながら、目蓋をもみほぐす。

ツァオ氏もそれで黙るでしょう?」

 エリカ様の、ほぼ確認のような問いかけに、ええ、とユウさんは頷く。

「ご注文の品とは違いますが……これなら代替品にしたって十分でしょうね。大人ターレンの研究材料の一つになること、請け合いです」

「ま、通常の手段で研究しても無駄骨だけどね」

「御大は『通常』じゃありませんから、なにがしかの参考にはなるでしょう」

 モモはもう一度、今度は魔女のスイッチを「オフ」にして、銅鏡を見る。

 夕暮れ後の薄暗がりの中では、あまりはっきりとしないが、どうやら鏡の面に、びっちりと細かな紋様が施されているようだ。

「完全に解析されても困るけど、手のつけようもないと思われても困るからね……とりあえず、ほどほどには暗号化してあるけれど」

「完全に解析されたら困るものを暗号化して施せるのが、実にエリカ様ですね」

 からからとユウさんが笑うので、モモは気がついた。

 ツァオ大人ターレンが「研究材料」にするものに対して、エリカ様は「完全に解析されたら困るもの」を「ほどほどに暗号化」して、ぶち込んだのである。

 それはつまり、エリカ様は大人ターレンが手こずる材料の「答え」を知っている、ということに繋がるわけだ。なんと、とんでもない。

 墓穴を掘ったことに気づいたらしいエリカ様が、決まり悪げに咳払いをする。

「まぁ、あの人の手が私に伸びたところで、無駄よ。無駄無駄……それに向こうだって、『姫巫女』の扱いにさえ手こずっているのに、この上私にまで手は出せないでしょう」

「ま、エリカ様は『計画』には想定外の存在でしょう」

「不必要の存在と言ってくれない?」

「そんな口は叩けませんよ。仮に『計画には』だとしても」

「大仰ね……まぁ、その鏡一枚で見逃してもらうわ。協力はしないけれど、妨害もしない……そう伝えておいてもらえるかしら? 大がかりな舞台には関わりたくないのよね」

「存在自体が大がかりな方が何を仰るやら」

「好きで大がかりな存在になったわけじゃないわ。運が悪かっただけよ」

 手のひらの中に、再び白い蝶を生み出しながら、エリカ様は軽く肩をすくめる。よくよく見ると、この蝶は細かな水滴が集合した「もや」に、光を投じて作られている。

 光の蝶を、次々に公園の中に放ちながら、エリカ様は言った。

「さ……夜の寄り道はここまでよ。家に帰りなさい」

 白く光を降らして飛び立つ蝶の下、彼女は最後までフードを脱がなかった。





 中原公園を、てくてくと歩いて、出る。モモとマイ、レイ先輩に、アイン先輩。

 先ほど、殺人未遂的な状態になる仕打ちをくれた同級生を、しかし、レイ先輩はさして深く気にする様子もなく、傍に置いている。

 アイン先輩の、消毒用エタノールぶっかけ事件は、三回目だから、すでに慣れたものになってしまったのだろうか。それとも、後でお勘定となるのだろうか。

 内容的に、後でお勘定とした方が良さそうではあるけれども。

「あの、レイ先輩……もう今日の事件は終わったんで、マイの『姫巫女ヒメミコ』について、質問してもいいですか?」

 おそるおそる、投げっぱなしになっていた問いを、再度ぶつけてみる。

 レイ先輩は、そういえば、と今更思い出したような顔をして、それから頷いた。

「いいわよ……でも、いくらかは見当ついてるんじゃない? 憑依体質に、巫女の素質」

 モモは首を左右に振る。巫女が憑依体質なのは自然ではなかろうか。これだけの条件で答えを絞り込めたら、そいつは天才か何かだ、と思ったのだが。

「『ヒメミコ』の『め』を抜いてみなさい」

 そう言われた瞬間に、気づかなかった己こそが間抜けだと思った。

「……ひみこ」

 「ひめみこ」という音もヒントだと、さっさと気づくべきだった。

 単純明快な答えに辿り着いたモモの横では、マイがぽかんと口を開けている。

「正解。マイちゃんは、邪馬台国女王・卑弥呼ヒミコの先祖返り。霊媒体質の『鬼道』の使い手……というわけで、幽霊と変な意味で相性がすごい。適合水晶しかり」

 さらりと言われたが、内容はとんでもない。

「あの、邪馬台国とか卑弥呼とか、実感湧かないんですけど!」

 マイの発言に、実に同感だ、とモモも何度も頷く。

「邪馬台国がどこにあったのかは知らないし、分からないけど、先天型の呪術機構を『読』めば、マイちゃんについては『そう』だと、『こっち側』の人間には分かるのよ」

「え?」

「別の人間が演奏していても、同じ曲ならそれと分かる感じね」

 意味不明である。意味不明であるが、とりあえず、超人エリカ様を含む皆様、この道の先達方は、マイの能力について、一律に同じ判定をしたらしい。

 自覚のない鼻歌が、実は無意識に刷り込まれた、古い童謡だった的な展開か。

「……分かる人には分かるんですね」

 当たり障りなくまとめると、頷いたレイ先輩から、さらに爆弾発言がとんできた。

「むしろ、ツァオ氏や劉老師なんかは、前々から察知してたけどね」

「予知ですか?」

「うん、予知。というか、どっちかというと、予言? 卑弥呼の先祖返りが出現するってことについては、二十年ぐらい前に、先代天文の魔女の孫先生が、占いで出してた」

「いっ?! 私、生まれる前ですけど?」

 マイが叫ぶ。指折り数えなくとも、現役女子高生は年齢など即座に出せる。

「生まれる前でも、予言は出せるでしょ。予め、なんだから……」

「いったいどういう占いで、そんな予言が出たんです?」

 レイ先輩の、至極もっともなお言葉に、それでも気になることをモモは問う。

ツァオ氏の能力ブースター要素の出現判定」

 予想だにしない答えが返ってきて、マイとモモは顔を見合わせた。

「「能力ブースター?」」

 異口同音に、おうむ返しの言葉を呟けば、ええ、とレイ先輩は重々しく頷く。

ツァオ文宣ブンシュアンが、今後その能力を爆発的に開花させる恐れはあるか、という孫先生の『問い立て』に、星が返した答えだそうよ。もっとも、私は占星術なんてサッパリだから、何をどう問うたら、こんな具体的な結論が出てくるのか、まったく分からないけど」

 たしかに、少なくともテレビなどで見る「星座占い」というものでは、ぼんやりした、誰でも当たりそうな内容にしか触れない。そのような気がする。

 卑弥呼の先祖返りが生まれる、だなんて、凄まじく特定するような内容の答えが、占星術で出てくるようには、到底思えないのだけれども。

 しかし「天文の魔女」は「七大魔女」の一角だ。

 凡百の術師では分からない、超高度な占星術とかいうやつが「天文の魔女」には使えるのかもしれない。そして生前指名の結果「修行中の身」で襲名したサヤさんの占いの精度を、師匠である先代の孫先生は、二十年前の時点で、すでに越えていたのかもしれない。

「今更だけど、卑弥呼が魏の皇帝からもらった称号は、何かしら?」

「『親魏倭王』です」

 モモが答えると、「三国志の魏王朝の姓は?」と問いが重ねられた。

 答えるまでもないが、モモは答えた。

「『曹』ですね……」

 事実上の初代である「太祖」とされているのが、曹操なのである。

「記録の影響もあってね、卑弥呼の能力者は『魏』と『曹』には逆らえないんだわ。だから、あのオッサンが、たとい良からぬ目的であれ、マイちゃんの能力を欲したら、マイちゃんは基本的に従ってしまう。反抗するとものすごい反動が来るのよね」



「げっ」

 アヤ先生に「通告」されたアイン先輩のように、マイがうめいた。

「良からぬ目的って……?」

 色々と恐ろしい気がするのだが、聞いておいた方がいい気がする。

「現在、絶賛進行中よぉ。絶賛してるのは、オッサンの関係者だけだけどぉ」

 アイン先輩が、竹箒を両肩にのせかけた、案山子かかしみたいなポーズで、ぶらぶらと上体を揺すりながら、そうのんびりした口調でのたまった。

「その中身は?」

 おそるおそると、マイがアイン先輩に質問する。

 アイン先輩とレイ先輩は、互いに視線を交わして、無言で相談する。

「……言うか」

「言った方が良いわね」

 やがて、そのような結論に到達したらしい。

ツァオのオッサンが進めてるのは『十七国じゅうしちこく計画』っていう、歴史再現系のバトルロイヤルプロジェクト。その開始を告げるのに、マイちゃんの血が必要なんだわ」

 びくぅっと、マイが肩をはねさせる。

 血? 今、血と仰いましたか、レイ先輩?

「マイちゃんは、邪馬台国女王の先祖返りであると同時に、中国大陸ではすでに消滅した、実に珍しい徳の高い呪術血統回路を持っていてね……まぁ、ぶっちゃけて言っちゃうと、周王朝の王室である、一族の、『徳治』っていう、激烈に希少な能力なんだわ」

「どこの儒教ですよそれ……」

 モモは思わず、なんだこのマンガ展開、と口を開けてしまう。

 だが、そう言っている本人が、マンガ展開級の防御結界を成功させている。

 アイン先輩が、ぶーらぶらと上体を揺すりつつ、ツッコミをくれた。

「普通に事実だから、さっきの襲撃を受けたんじゃないか」

 うぐっ、と答えに詰まる。

「最上の再現は、マイちゃんを『人形』化してのスタートらしい。エリカ様が何か細工をしたっぽいけどね……ど天才の超級技術はわからんので、何の細工かわからんけど」

 アイン先輩のお言葉は、実に心許なかった。わからん、の二乗である。

「我が身の安全確保を祈願!」

 マイがうにょうにょと、祈るように手をもみ合わせる。

「で、マイを『人形』にしたところで、結局何をするんです?」

 その説明では、具体的な内容はサッパリだ。マイの呪術回路の希少性はともかく。

「だから『歴史再現』って言ったでしょ……マイちゃんを『周王朝』に見立てて、春秋時代の基本回路の発現者から、順番に戦いを繰り返すことで、呪術回路の再構築をしていくのよ。参加者数が最多になる『春秋時代』の国の数が17だから、『十七国計画』ってわけ。そっから、戦国時代で一気に7まで減らし、その後は秦と漢まで持っていく寸法。ツァオのオッサンは、この計画を通じて、文化大革命でシッチャカメッチャカに破壊された、現在の『漢族』の呪術回路を、古代の漢王朝の形に戻すつもりらしいわ」

 なんという滅茶苦茶な計画だろうか。

 という思いは、モモの顔にも、マイの顔にも、しっかり出ていた。

 レイ先輩とアイン先輩は、苦笑いしながら、互いに肩をすくめた。

「信じられてないわね」

「オッサンを直に知っていたって、かなり無茶な計画ではあるからねぇ」

 アイン先輩の身も蓋もない発言に、レイ先輩は、よねぇ、と返す。

「オッサンに劉老師のコンビで、まぁなんとか『ありうるかも』だわな」

 アイン先輩の言葉に、けど、とレイ先輩はうっすら笑う。

「けど、そこにマイちゃんをぶちこんだ瞬間に、相当に『ありそう』になるからね」

 うむうむ、とアイン先輩も頷いた。

「マイちゃんの回路で、失われた部分を復元したら、諸侯のうち周王室系の回路も再現できる……老師はパーフェクトな劉一族の回路持ち。計画のフィニッシュは完璧だ。周王室一門以外の諸侯の回路は、だいたい発掘済みだったハズ……私の知ってる限りだと、蔡の回路の復元が終わった、か」

「魯の回路と、衛の回路の復元作業も、私の知ってる時点で完了してる」

 春秋の諸侯を挙げながら、先輩方のうさんくさい会話は続く。

「今は、晋の複合回路の復元をしてたハズ……あれは、結構複雑だからなぁ」

 アイン先輩が指を折って数えているのは、晋の呪術回路の継承能力らしい。

「そこに、マイちゃんをぶちこんだら?」

 レイ先輩の問いに、そりゃあ、と胸を張るアイン先輩。

「一気に進む……歴史学でいうなら、第一級一次史料並みの復元史料だもんなぁ、姫巫女様は。大陸だと散逸した断片史料なのが、完本で残っているレベルの」

「そうそう。で、晋が復元できたら、戦国の七雄の韓・魏・趙が復元できる」

「楚と秦の復元は、たしかほぼ終わってるよね?」

 先輩方の会話をつなぎ合わせて、モモは脳内に諸国を並べていく。

「燕なんだけど、こともあろうに、老師提供の私のデータで作業が進んだってさ」

「おい、台湾人」





 アイン先輩のツッコミに、いやいや、とレイ先輩は小さく笑う。

「台湾人っても、私の親は外省人だからね。古くから台湾に住んでる本省人じゃなくて、最近大陸から渡ってきた家系だから。しかも、私は『燕』な『張飛』の回路持ちだし」

「あー、そういう寸法か……しかし2世紀の燕で大丈夫なのかよ」

 アイン先輩が、器用に足をカックンさせつつ、天を仰いでボヤく。

「オッサンの鑑定能力は、忌々しいことに超強力です」

「劉老師な、アタシの越の回路の情報も持っていきやがったのよ」

 お気の毒様、とレイ先輩は目で伝える。

「着々すぎるわね……」

 実に順調に進んでいるではないか、曹氏の「十七国計画」は。

 あー、とアイン先輩は唸る。

「姫巫女様が捕獲されたら、一気に『計画』始動だな、こりゃ……越の回路の復元は早いと踏んでたけど、よもや燕が進むとは……事実上、残りの問題は晋だけじゃん。欠損情報って、姫氏のデータだけじゃん……純正の姫一族の原本がここにあるぞ」

 ここ、と、アイン先輩にアゴで示されて、マイは顔をしかめる。

 知らないうちに、とんでもないことに巻き込まれているのは分かったが、果てしなく胡散臭い。胡散臭いうえにきな臭い。どう対処しろというのだ、いったい。

 あと、人を「一次史料」とか「原本」って、何じゃそりゃ。

 いや、言いたいことは分かるけども! 人を勝手に本にするな、本に!

 ……と言わんばかりの顔である。

 うさんくさすぎる、ということについては、モモも全く同感だが。

「劉老師が、あそこまでオッサンに協力するとは、さすがに予想しなかったわ」

「孫先生の懸念がドンピシャ的中だなぁ。『十七国計画』が始動しても、孫先生が生きていたら、無理矢理三国時代に突入させて、組み上がった回路の分解ができたのに」

 アイン先輩が、ぶんぶんと上体を回しながらボヤく。

 すると、何故かレイ先輩が思い出し笑いをする。

「……何?」

「それなんだけど、サヤさんが司馬氏の回路持ちなんだってさ。計画が暴走して被害が拡大しそうなら、曹と劉の回路、まとめてサヤさんが封じる手筈らしいよ」

 レイ先輩の告げた内容に、ぽかん、とアイン先輩は一度口を開けた。

「マジか……それであの人、孫先生の生前に、後継者指名を受けてたのな」

「最悪の場合の対応は、一応残していったってワケ」

 ふふっ、とレイ先輩は楽しそうだ。全然楽しくない内容なのだが。

「しかし、いくら相性の良い回路持ちでも、修行中の『天文の魔女』が、あのオッサンの結社を丸呑みとか、かなり無茶振りな気がするんだけど?」

「そこはあれだ……三国志トランプのジョーカーコンビです」

 んっ? と、アイン先輩は目を見開いた。

「三国志のトランプって、ジョーカーは……司馬仲達と、諸葛孔明だった、ような……」

 おいおいおい、まさか、嘘だろ? という顔になっている。モモもだ。

 しかし、そのとおり、とばかりに涼しい顔で、レイ先輩は頷く。

「我らがリョウ先生ですよ。最悪の場合のサポート、その1」

「『諸葛』なリョウ……そんな馬鹿な……」

 衝撃を受けたような顔をしているが、驚いたのはアイン先輩だけではない。

「マジですか?」

 諸葛亮といえば、うさんくさい世界史Aの授業でも、一応聞いた有名人である。

 いぶかしげな顔で問うモモに、うん、とレイ先輩はさらりと頷く。

「諸葛一族の血ってのは結構つぶされてんだけど、何故かリョウ先生には、断片的にではあるんだけど、復活して発現してるんだわ。あの先生の催眠術は、血統呪術の面もあるわよ」

 なんということだ。

「そんな馬鹿な……」

 マイもうめいているが、モモはちょっと冷めた目になった。

 案の定、レイ先輩から予想通りのツッコミがとんだ。

「そういう奇跡が起きるから、島国のタイムカプセル能力は侮りがたいのよね……って、マイちゃん、あんたが言うな。諸葛氏よりよっぽど珍しい血統回路出てる本人が!」

 デスヨネー、というのがモモの感想だ。2世紀の回路より、紀元前11世紀の回路の方が、千年も古い、散逸してそうな奇跡の再現である。

 が、「自覚ないですよ!」というのが、マイの言い分らしい。

 しかしレイ先輩は、当たり前でしょ、とやり返している。

「『徳治』の回路は意図的に発現するモンじゃないし、意図したら効力が落ちる。釣り上げた後の生魚みたいな回路よ。知らないうちに感化される、典型的な無意識作用型!」

 生魚って何だよソレ、と思うのだが、だいたい言いたいことは分かる。

 つまり、分かっていてやるのはあざとくてわざとらしい、というのの逆だろう。姫氏の「徳治」能力というのは、いわば一種の「天然」であることに価値がある、と。

「……それ、言っていいんですか?」

 マイも気がついたようだ。

「知って能力が低減している方が、危険性も下がるんじゃない?」

 ぬけぬけと言うレイ先輩に、ちょい待ち、とストップをかけるのは、アイン先輩だ。

「ますます、春秋時代のカウントが入るような気もするぞ」

「あっ……」

 大丈夫なのか、この先輩方。

 モモとマイ、揃ってそんな顔になってしまったのは、仕方のないことだろう。



「ま、まぁ……とにかく、マイちゃんは今日を無事に過ごしたわ!」

 フォローなのか逃げなのか、イマイチよく分からない方向にまとめるレイ先輩。

「一発食らいましたけどね……」

 マイは肩に手を当て、コキコキと首を傾げる。

 もはや全然、違和感もないが、あの感触は忘れられない。

 旧満州で落命した子どもの「残念様」の声。帰郷を望む悲鳴。

「ユウさんの処置が気にはなるんだけどね……」

 レイ先輩は、思い出したのか、少しだけ苦い表情をした。

「あの人、具体的に何者なんです? 傭兵っていうけど、呪術とか魔術とか魔法とか、すごく色々と詳しい感じでしたし……エリカ様とも知り合いっぽかったし……」

 マイの質問に、あー、とレイ先輩は少し、困ったように呻いた。

「アヤ先生から聞いたことない? 『水晶の魔女』一門には、術具を作る専門の工芸集団があって、まとまって住んでる場所があるって……」

 その言葉については、二人とも記憶にある。

 目を合わせて、そして同時に、うん、と頷いた。

 目を空へ向けながら、レイ先輩は言葉を探しているらしい。

「エリカ様は現在、そこの住民の一人なのよ。まぁ別名を、隔離措置ともいう……あの人は能力がぶち抜けすぎてて、うっかりその辺に放置しておいたら、何の気なしにトラブルを招くからね……その場所は、ウチ以外の『魔導連盟』所属組織の関係者も出入りする、交流拠点でもあるんだわ。で、ユウさんもそういう交流組の一人。師匠が誰とか、詳しいことは知らないけど、エリカ様の研究についていける、希少な人材の一人らしいわ。水晶で探知術を使ってたけど、あの人、ウチの関係者に師事してないのよ。つまり『見たら何となくわかったので使ってみた』組なわけ」

 それは、ひどい。

 エリカ様級にひどい才能の持ち主である。

「え? リアルに誰にも師事してないの?」

 アイン先輩も初耳だったらしい。

「オール、自学自習!」

 レイ先輩のその答えに、おいおいと、アイン先輩は泣き真似をした。

「ひどいひどい、あんまりだ……あの探知術、私はリョウ先生にフォローしてもらって、ようやくできたやつなんだよ……石英の振動を使った『ピエゾ・ソナー』は……」

 それは、本当にひどい。

「類が友を呼んでいる可能性について」

「嫌すぎる……ていうかエリカ様単体戦力で、十分すぎるほどの脅威なのは、本日の一件で証明済みじゃねぇか……まだ追加戦力があるとかゴカンベン……」

 アイン先輩がウンザリ、といった顔で言ったことに、はたと気がつく。

 そうだ。エリカ様は単体でとんでもない戦闘能力の持ち主だ。

 土塊を毒ガエルに変えるし、幽霊軍団も歌だけであの世へ返すし。

 その凄まじい能力に、ユウさんの実戦能力がプラスされては、さしもの『結社』の関係者も、ひとたまりもなかったのに違いない。

 むしろエリカ様なら一人で勝てそうだ。自分たちは三人がかりで苦戦したが。

 そんな人物が、しかし、どうにもユウさんには一目置いている感じだった。

 ジョン先輩とアイン先輩は、まぁ、エリカ様には妹弟子であるアヤ先生の弟子なので、容赦のないビシバシのしごきが入ったのかもしれないのだけれど。

 それを差し引いても、ユウさんへの対応は丁寧だった気がする。

 うむ。天才の考えることはわからん。天才の二乗で、二乗にわからん!

 見知った住宅街へ入る。マイの家はもう少しだ。一戸建てが建ち並ぶ中に、やがて「上代」という表札が見えてくる。マイの母の手製という「KAMISHIRO」のプレートも、玄関のドアにかかっている。

「あれがマイちゃんの家?」

 確認するレイ先輩の言葉に、少し恥ずかしそうにマイは頷く。

 まぁ、うん……ふわふわした少女趣味の家だから、あんまり人に言いたくない、みたいなことを、以前に言っていた。中に入ったモモは、その宣言に違わない内装であることも知っているが、庭だけ見ても、洒落た白いアイアンのテーブルにチェア、よく手入れされた薔薇の植え込みなど、気合いが入っているということは十分に伝わってくる。

「……風水見てみたいわねぇ」

「おい、台湾人」

 しみじみと呟いたレイ先輩に、アイン先輩がツッコミを入れる。

 それでマイは、緊張が解けたように笑った。

「今日は、ありがとうございました」

 門をくぐり、きっちり閉めたところで、マイは三人と別れる。一歩、二歩と歩んで、玄関の中に入れば、何てことのない日常の一コマ、「ただいま」に「おかえり」が聞こえた。

「よし、任務完了」

 両手に握り拳を作り、レイ先輩はふんす、と鼻息も荒く宣言する。昼間の、女子力全開なゆるふわお姉さんのイメージが、この夕方で綺麗に粉砕された気がした。

「さって、と……次はモモちゃんだけど、その前にこの家の玄関に細工をしよう」

 ごそごそとバッグを漁り、レイ先輩はまた水晶の欠片を、家の前の側溝に仕込んだ。防御陣らしいな、ということは、なんとなくモモにも伝わった。

「よし。んじゃ、護符をアヤ先生に発行してもらうまで、マイちゃんはなるべく外出しないように、伝えといてちょうだいね」

 陣を発動し終えたレイ先輩の言葉に、モモは一瞬耳を疑った。

「えっ?!」






マイちゃんの回路が、周王朝と卑弥呼のミックスという、ミラクルな具合であるというのは、島国のタイムカプセルの奇跡なのです。

またの名を話の展開上の都合ともいうけど、あれこれ捻ったオチではある。

リョウ先生とサヤさんの、とんでもねぇジョーカー回路については、今後チラチラ出てくると思います。


諸葛家は、村ごと諸葛一族というのが現在も中国にあったりする。孔明との関係は謎だそうですが。司馬家は歴史が古い(※後漢の時点で)ので、分家でガッチリ残っている感じです。

ちなみに東晋王朝の初代は、晋なので司馬家なのは勿論なのですが、女系で諸葛一族の血も入っているというすげぇ組み合わせ。

といっても、諸葛亮兄弟の系譜じゃなくて、魏の末期に司馬一族に叩き潰された諸葛誕の系譜ですが。三族皆殺しになっているけど、多少の抜け道はあるんだよなぁ、中国って広いわー。

……だから、あんな徹底的な粛清をするんだろうな、とも思うけども。


さてと。この中編もボチボチ〆ですなぁ。老師登場まであとちょっと……

「十七国計画」は、本編でガッチリ触れたりすることはないです。ようするに、呪術回路組み直しのための、ある意味出来レースな部分を含む、なんともやるせない内ゲバです。うん、それだけ。

ちなみに最終勝者は、劉老師になる予定。曹大人は劉老師を「アイドル」にして、実権握るっていう寸法ですよ(なんという後漢末期)



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