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未来の魔女モモと老師の弟子

シリーズ初の連載です。まぁオチ固まってるので、多分わりとすぐ完結します。頑張って世界観を煮詰めました。

一応シリーズ主人公である、マイちゃんの「可能性」を、大いに見せつける話になるはずです。その予定で組んだ話なので。




 坂之上さかのうえもも、すなわち「修辞の魔女」アヤ門下の「未来の魔女」モモは、現在、市の図書館で、大量の「課題」と格闘中だった。積み上げられたのは、ひたすら『古事記』『古事記』そしてその注釈や解説などの関連文献。デジタルなご時世に、せっせとルーズリーフにメモや思いついたことや、参考にした文献の箇所などを、細かくメモしていく。

 何故こんな事態になっているのか。それは、師匠が突如「しばらく塾をお休みにするので、再開までにこれらを頑張ってきなさい」なんぞと言ってくれたからだ。

 ちなみに、モモはレポートの提出だったが、親友であり「つがいの魔女」でもある、上代かみしろ麻衣まいは、口頭試験を課された。

 逃げられなさすぎる、と呟いていたマイに、何を言うか、とモモも返した。口頭試験ということは、録音されない限りはその場で終了である。対してモモは、書き上げたレポートを物的に提出。握られる黒歴史がまた一ページ、だ。どっちにしても逃げ場はない。

 まぁ、マイが愚痴る理由は分からなくもない。マイに出された課題は、プラトンが残した師ソクラテス……自分たちの一門では、彼を「野生の魔女」つまり、師を得る前に独力で「魔法」を会得した存在だと考えている人物……の言行について、ひたすら読みこんで、そして「哲学」してこい、というものだった。

 自分たちの倍以上生きていて、十倍以上の期間魔法の修練を積み、今や新しい「魔道」を開拓しつつある師匠と、哲学問答……恐怖しかわかない。ご愁傷様である。しかも、課題を出される前の最後の授業で、師匠は己のとんでもない正体をも暴露してくれた。

 彼女の名乗り「修辞の魔女」の、真の意味。

 最初は「しゅうじ」を「習字」と思っていたレベルだ。

 よく分からない言葉なので、もちろんのこと辞書も引いた。その中に、たしかにその単語は乗っていた。だが、まさか、現代に、しかもこんな形で出てくるなんて、誰が予想出来ただろう。

 「自由七科リベラルアーツ」、すなわち文系の「三学トリウィウム」……「文法」「修辞」「論理」に、理系の「四科クワドリウィウム」……「算術」「幾何」「天文」「音楽」を修めた者たちの、その分野の第一人者としての名乗り。

 通称を「七大魔女」。

 そう、モモたちは知らないうちに、なんと「水晶の魔女」関連系列でも、最高クラスの師匠についていたわけである。しかもアヤ師匠は「修辞の魔女」の最年少襲名者。天才だ。いわば、文系魔女のトップクラスの超絶エリートである。

 文系魔女の最高峰の称号には、他にも「文法」と「論理」があるが、初心者が突撃するには敷居が高い。アヤ先生曰く、内容の専門性が日常会話に混ぜにくいから、普段は大学で教鞭をとり、文系適性の高い「未来の魔女」の「第二師匠」以降に回る、基本は裏方ポジションらしい。

 つまり、アヤ先生に拮抗する文系最高峰魔女は、二人とも大学の先生。

 対するアヤ先生は、表向きにはしがない私立高の非常勤講師。

 「そんなモンどこで拾ってきたんだよ」というシチュエーションは、マンガでならばよく見るが、モモたちにしてみれば「なんでこんなとこにやってきて、しかもこっちを拾っていくんだよ」という気分である。天才魔女に、わざわざ意図して拾われた自分たち。

 いや、拾われた理由は、一応は説明された。

 アヤ先生の夫で「錬金の魔術師」でもあるリョウ先生のフォローもあって、「何故アヤ先生はこのポジションにいなければならないのか」ということも、一応は理解した。

 弟子の適性を見極めるために必要な、膨大な知識量と鋭敏な感覚。そして、それらの素質を伸ばすための教授の技術。次の師へ繋ぐための広範な人間関係コネクション。そんなものを、まるごとまとめて持ち合わせている魔女など、そう多くはない。

 そして、そういう人材であるからこそ、アヤ先生はしがない私立高の非常勤講師、という、身軽な立ち位置を選択したわけだ。

 そんな話のついでに、魔法・魔術、それに未分類の伝統呪術を、平和的に運用することを目指す「魔導連盟」という組織のことも教わった。

 アヤは「水晶の魔女」一門の幹部として、この「魔導連盟」に名を連ねているという。一門の「長老」として登録されているのは、アヤ先生の師匠である「詩歌の魔女」マリ大先生だが、戦中世代というご高齢だ。行動能力は、推して知るべし。

 ちなみに、交流と発展を目指し、研究発表などをする「学会」があるという。

「で、『連盟』の『学会』が近づいたら、私、しょっちゅう研究ノートの提出を要求されるのよ。その実験で結構危険なことをやるから、しばらく塾はお休み」

 仲間なかまあや先生が、今の学校に来て最初についたあだ名は「小論の超人」だそうだ。

 どうやら、現在も彼女は、諸事情で論文から逃れられない運命にあるらしい。

「マイにもモモにも、アキにも、まだまだ触れられないハイレベル実験よ」

 一学年上の先輩、山瀬やませ秋津あきつは、マイとモモにとっては倍以上の年月の修練を積んでいる人だが、アヤ師匠とは比較できるレベルではなさすぎる。いや「七大魔女」なる凄まじい存在である師匠と、新米2年目とを比べるのは、おこがましいだろう。

「何年目になったら、参加できるんですか?」

 先輩の面目もへったくれもなく、アキが問うたが、答えは残酷だった。

「個人差が大きすぎるから、何とも言えないわ」




 例えば? とせっついて答えを引き出したら、一発目で沈められた。

「エリカ姉さんは、入門してほぼ間もなく『未知の魔女』って名乗らされたわね」

 その人物は、あまりにも規格外の極みであるので、他の例が欲しい。

 と、三人揃って目で会話した。

 師匠の兄弟子であり、大師匠の実の息子でもあった人物を、あまりに圧倒的な才能差故に絶望させて、闇堕ちさせたという、生ける伝説級の魔女だ。

「……アヤ先生は?」

「前の名乗りの『理論の魔女』を許されたのが17歳の時ね。『論理』じゃないわよ。そっちは『七大』の名乗りだからね。あくまで『理論』だから」

 いや、しかし、爆弾情報だ。アキは今年で17歳である。

「あ、言っておくけれど、私は13歳から修行開始してるんで、17歳でも4年目だからね? で『修辞の魔女』を襲名したのが23歳。修行開始から10年目ね。あの時に『連盟』と本格的に関わったのよね……」

 どこか遠い目をして、アヤ先生は乾いた笑いをもらす。

 おや、これは秘められた師匠の黒歴史を掴む、絶好の機会かもしれない。

「何か変なイベントでも?」

 すかさず、アキが水を向ける。ははは、と笑って、師匠は首肯した。

「空席だったのよ。で、他にも何人か候補がいたんで……論文と実技で総当たり戦」

 先生はどうやら、この時から既に、論文に呪われているらしい。

「実技?」

 マイが首を傾げる。さもありなん。砂鉄ならすでに多少は操れるアキや、先日、ぶっつけ本番で意識を飛ばしながらとはいえ、防壁構築に成功したモモとは違い、マイはいまだに「魔法」っぽい「不思議」を、何一つ発動させたことがない。気になるのだろう。

「論文で扱った『原体剣舞連はらたいけんばいれん』の詠唱」

 その瞬間に、げ、とアキが顔を歪める。

「なんですかそれ?」

 モモの問いに、やったげようか? と師匠が言う。

「いやいいです! 宮沢賢治の特級に強力な詩の一つ!」

 早口にまくしたてて、アキは師匠と妹弟子とに、全力でストップをかけた。『春と修羅』の『序』ですら意識を吹っ飛ばされる自分たちに、師匠の本気の『原体剣舞連』など、自殺行為にも等しい無謀である。一人前に認められている魔女ですら、意識を乗っ取られるレベルの大技だ。少なくとも、この「修辞の魔女」が本気で詠唱したならば。

「ところで、一発で複数人沈めたりとかしてません?」

 いくら相手も「七大」候補とはいえ、最終勝者は、この眼前の師匠なのである。

 あにはからんや、アヤ先生は軽い調子で頷いた。

「三人気絶で、ご・退・場☆」

 うん、やってもらわなくて助かった、とモモは姉弟子に感謝した。

「その他にも、ソロ演舞とか、まぁ色々やりましたが、結果、勝ち残って『修辞の魔女』の名乗りが確定したってわけです。まぁ、こういう騒ぎになるのは『七大』とか『九術』クラスの名乗りだけだけどね。他は基本的には、各師匠ごとに『カブり』がないかを軽く確認する程度よ」

 きゅうじゅつ?

 ……と質問を重ねると、こちらは「芸術系」魔女の最高峰称号らしい。

「ただし『合唱の魔女』みたいに、どうあがいても一人ではやれない『名乗り』もあるから、こっちは実質の定員が十人を超えているんだけどね。まぁ『七大』ほど厳しくはない。特に『合唱』は、代表者を入れ替えたりしてるしねぇ」

 ようするに『七大』以外は、『九術』でもかなり適当らしい。

 その後も粘って、他の魔女の話を聞くことにも、いつもより成功した。

 全員の適合水晶が判明したことや、色々「逃れられない」状況になってきたことから、隠してきた情報も徐々に開示する気になってくれたらしい。

 それで、先生の黒歴史を掴めるかどうかは、これからの自分たち次第だが。

「エリカ姉さんは別格として……10年弱が一応の目安かしら? 遅くてもこのぐらいには、なにがしかの名乗りが下りている感じね。まぁ、七大とか九術狙いなら話は別だけど」

 つまり、4年で正規の名乗りを受け、かっちり10年で、七大魔女の名乗りを認められているアヤ先生は、やはり例外の化け物、ということか。

「あ、マリ先生一門の『末弟』は、19歳で修業を開始して5年目で、正規の名乗りを許されているけど。あれは元々が天才だった上に、早々に一点特化で独自の術を開発したからね。まぁ、皆して『愚弟』って呼んでるけど」

 三人全員が、あっちこっちに首を傾げた。天才な「愚弟」?

「エジソン曰く、天才とは99パーセントの努力と、1パーセントのひらめき……あの『愚弟』は、ひたすらに努力が足りないのよ。努力が。私は何事にも全力で挑戦して努力を怠らないけど、あのアホはしょっちゅう手を抜いたりサボったり……いくら才能があろうと『愚弟』よ、ただのアホよ」

 なるほど。天才から努力をマイナスすると、ただのアホになるのか。

「その1パーセントが侮れないんだけど、正直、皮膚感覚で言うと努力はやって7割、通常運転は6割ってぐらいのアホだったから、才能の不良在庫とかも呼ばれてたわね」

 ものすごい言い様である。

 だが、才能が足りないと感じている人間には、腹の立つ話なのだろう。






 結局、うまく弱みらしい弱みを握ることはできないまま、お休み開始。

 ついでにいうと、夏休みも始まったので、大量の宿題もやって来た。

 仲間彩先生の「世界史B」を受講している山瀬先輩は、学校の図書室で分厚い図鑑をめくりながら、ずぅんと重い空気を背負っていた。先輩に出された課題は、新人二人よりはやや実戦的な「鉄関連の石英系鉱物の調査と、その組成式からの連想法の例示」のレポートである。

 アヤ先生は「科学(・・)反応」という、特殊な連想法を用いることによって、思い浮かべたことを現実世界に反映する、この一門にしては珍しく「明確に」不思議な現象を起こせる。アキが砂鉄を操れるのも、この方法の一端であるので、一応発展の土台作りなのだろうが。

「どうしたんですか?」

 あんまりに深刻な顔をしているので、古事記を積みながらモモは尋ねた。

「……世界史Bの宿題がえぐいんだ」

「何を出されたんですか?」

「歴史映画を見ての感想文提出……ちなみに、ピンキリが激しいから、先にリストアップされた中から、どれかを選んで見るように、なんだけどさ……」

 なんだ、大したことないじゃん。

 1年生二人は、即座にそんな感想を抱いたのだが、先輩はうめいた。

「私だけ、こっそり、指定付きだった」

「……指定?」

「『シンドラーのリスト』……できれば『ショアー』がいいらしいけど、全力でジャパニーズドゲザ、遠慮全開全力で辞退。戦略的撤退です」

 モモには、何のことやらさっぱりであるが、マイはピンと来たらしい。

「えっと、二次大戦の『アレ』ですか?」

 さすが、世界史志望。カタカナに強いだけのことはある。

 そして「二次大戦のアレ」という形容で、なんとなくモモも察した。

「……つまり、虐殺とかそんな内容、と?」

 そのとおり、と先輩が頷く。

「例の『黒の魔術師』集団による大虐殺、絡みです」

「ああ、ホロコースト」

 ……カタカナ専門用語の連発は勘弁願いたい。

 早々に日本史志望を固めている、カタカナが嫌いな後輩に、先輩は説明をくれる。

「ナチス=ドイツによる、ユダヤ人大虐殺関連の映画。全力で逃げた『ショアー』は、総上映時間9時間越えのインタビュー形式ドキュメンタリーで、収容所の生き残りが、延々と自分たちの体験を語り続けるという、聞いている側が発狂しそうになることで有名な映画」

 9時間以上、延々と、悲惨とか残酷とかいう形容では収まり切らない体験を聞かされ続ける。しかも、わざわざこの先輩にのみ「指定」があった、ということは、それはつまり「魔女」のセンサーを「オン」にして「聴け」ということだ。

 うん、発狂する。

 国語の教科書の記述で意識を吹っ飛ばすレベルなのに、生存者サヴァイヴァーの延々と続く証言を9時間……死ぬ。意識どころか、たぶん魂が死んでしまう。

 っていうか、むしろ婉曲に「死ね」というような課題ではないか。

「『シンドラーのリスト』は、かのスピルバーグ監督の作品で、ユダヤ人を救出しようとしたドイツ人の実話に基づく。が、実話に基づくとはいえ、オハナシとして短い時間にまとめ直している分、絶対に、絶対に、こっちの方が負担は少ない……ので、ギリギリ耐久出来るかと推定。ここでまけてもらった。ちなみに、スピルバーグ監督はユダヤ人なんだってさ」

「へへぇ」

 トリビアに頷きつつ、なんだ、と思った自分たちを、二人は心底反省した。

 鋭敏な「魔女」の感性を「オン」にして、歴史の闇を直視するなど。

 えぐいなんてモンじゃない。えぐすぎる。

「とりあえず、観賞開始前にリョウ先生に連絡するように言われた」

「あ、フォローはあるんですね」

 意識を吹っ飛ばす、その他のトラブルが起きても、心理学専攻の魔術師であるリョウ先生ならば、なんとかサポートはできるはずだろう。というか、リョウ先生のサポートが機能しないなら、この課題は過酷なんて形容を通り越している。

「魔法と魔術の世界にも、決定的な亀裂を入れた最大の事件の一つだからね……対魔女融和派の魔術師として、そこのフォローは義務のつもりなんでしょう」

 だからって無事で済む気はしない、と付け足されたが、納得だ。

 とりあえず、先輩は「地獄は先に見ておく派」だったらしく、その翌日に連絡が来た。あえて胃を空にして見たにもかかわらず、胃液を吐く事態になったという。リョウ先生の催眠系サポートを受けながら、何とか必要最小限のメモはとって、見返さずともレポートは書けそうらしい。

「マイ、おまへも覚悟しろ……」

 よろよろと、瀕死状態みたいな声での警告に、マイは覚悟した。

 その直後、リョウ先生に、それは不要だと言われたが。

「マイは危険すぎるから、魔女のスイッチは完全『オフ』で、テキトーにエンタメ系をやれって、アヤから伝言。気をつけるんだよ、君は『空』適性なんだ」

 アヤ先生も、先輩にはともかく、この友人には配慮してくれたようだ。




 で、順調に宿題を消化しながら、二人は「課題」に取り組み始めた。

 モモは学校の図書室の本は当たり尽くし、この数日は二人で市の図書館に通っている。

 何故モモだけでなく、哲学問答予定のマイもなのか、というと、理由がある。

 テスト品で「番の石」にぶち当たったマイは、「地」「水」「風」「火」の、いわゆる「四大元素」のどれにも属さない「空」という、特殊な適性の持ち主だった。先輩のまとめによると「今は何でもない存在」であるが、逆に「何でも受け入れられる存在」らしい。

 もっと分かりやすい説明だと、マイは「巫女」の素質を秘めており、超常的存在に取り憑かれやすいらしい。対するモモは、悪意のある存在を寄せ付けない、特化型退魔体質。コンビで組まないと、マイが変なものに取り憑かれかねないと知ってからは、モモは出来るだけマイの近くにいるようにしている。

 例の映画の課題が出されないのも、いわゆる「憑依体質」が、怨念バリバリのフィルムを見るなんて、ホラーのテンプレ的死亡フラグな事態を回避するため、だろう。

 そんな「憑かれやすい」友は、現在、眼前で「対話」を読んでいる。

 すでに疲労の色が濃厚である。

「……『回路』切ったら?」

「うん……そうする」

 自分たちの「魔法」の基本は「傾聴」だ。対象に共鳴し、同調する。全力で「聴き入る」対象が、強力であればあるほどに、対象のチカラに呑み込まれてしまう。

 哲学の祖たるソクラテスの言葉。

 師匠アヤ曰く「七大魔女」の上に「哲学の魔女」の称号がある。

 考え方を変えてみれば、ソクラテスとは「野生の魔女」であり、同時に「元祖・哲学の魔女」でもあるわけだ。つまり、現在の「文系最高峰」の魔女の一人であるアヤ先生にしても、いまだ「哲学の魔女」の領域には到達していないわけであり、要するに、アヤ師匠様ですら「勝てない」相手が、まさにソクラテス大先生ということである。

 新米魔女であるマイが、早々に「回路」を切るのも、やむなしだ。

「気分直しに数学でもやったら?」

 提案すると、そうする、という短い返事と同時に問題集が出された。

「数学が気分直しになる日が来るとは思わなかったよ」

 ノートとかみ合わせたページを開き、一つ深呼吸をするマイ。

「私ら、文系クラスだもんねぇ……」

 モモの言葉に、うん、と頷いて問題集を睨む。

「何故か得意教科が恐怖になり、苦手教科が癒しになる不思議」

「ある意味『魔法』だよね」

 友人の「皮肉」に、しかしマイも同意する。

「『小論の超人』が、同時に『論文の呪い』にかかってる感じだしね」

 何をどうアレしているのかは知らないが、先生は今頃「学会」のための研究報告をまとめるため、アレやコレや何やを、せっせとこなしているのに違いない。詳細がちっとも思い浮かばないが、とりあえず、リョウ先生の、水素が発生するのに火を点ける実験より危険なのだろう。

「あー……やばいわ。息抜きし過ぎて、数学の問題集の消化が順調すぎる」

「何故そうなる?」

「明確な答えが出てくるから」

 そう言いながら、関数の問題をまた一つ仕上げるマイ。

「ガチ理系みたいなセリフをあんたが言うとは」

「哲学って答えのない悩みだもん」

 チラ、と『対話篇』に視線を向けて、マイはため息を吐く。

 そんな二人の上に、知らない声が降ってきた。

「厳密には、万人が同意する客観的絶対の正解が存在しない、かもね」

 びっくりして顔を上げた二人の傍らには、明らかに年上の、いかにも女子力が高そうなゆるふわ系お姉さんが、いつの間にやら佇んでいた。

 誰だ、この人……という二人の警戒を解すように、彼女はにっこり微笑んで、銀細工のアメジストのペンダントを、まるで強調するようにつまみ上げた。

「まさかアヤ先生の?」

 モモの問いに、ええ、とふんわり彼女は笑った。

「『ファースト・カルテット』の一人よ。今は第四師匠についてるけど」

「ファースト・カルテット?」

「あら? 学院でも、君ら世代になると、もう知らない? アヤ先生が『小論の超人』って呼ばれるようになった、四人の論文入試合格者……そのうちの一人が、私よ」

 その話は一応、知っている。だが、なんだそのネーミングセンス。

 そして、そう言われると嫌な予感しかしない。

「ひょっとして、その四人全員……水晶の?」

 にっこり笑って、彼女は小さく、略式のステップを踏んだ。

「はじめまして。私は『ハリの魔女』レイ……今は社会人」

「はり?」

 針? 梁? 玻璃なんてのもあるな?

 首を傾げる二人に、5年前に卒業した先輩は、悪戯っぽく人差し指を立てる。

「あてる漢字はナイショ。私、正確には『魔道士』で、ようは半分『魔女』、半分『魔術師』っていう、アヤ先生の教育計画のプロトタイプだから、リョウ先生と同じで、明確に専門を明かせないの。第一師匠はアヤ先生、第二師匠はリョウ先生、第三師匠がグイ老師、今、第四で、工芸の魔女集団にちょこちょこ顔を出しているわ」

 それで、二人はこの人物がここに来た理由を察した。

「……私たちの『アクセサリー』を作ってくれる、っていうのは、まさか」

 だが、モモの口に出した予想は外れた。

「それは別の人。私は護衛」






 ……護衛?

 単語の意味は分かるが、何故ここでその語が出てくるのかが分からない。

「とりあえず、横座らせてもらうわね」

 レイ先輩は何の躊躇もなく、マイの隣に座った。どさりと卓上に置かれたのは、アンティークジュエリーの歴史をまとめた、大判禁帯出カラー図版。さっきの勘違いの半分は、これが理由だ。

「あ、モモちゃん……って呼ばせてもらうわね? これ、左手の中指につけて」

 そして、いぶし銀の台座に、カットされたローズクォーツが「小」「大」「小」と、三つ嵌められた、案外とシンプルなデザインの指輪を、そっと差し出す。

 ちょん、と警戒するようにモモは指輪をつついたが、悪い感触はしない。おそるおそる付けてみると、ほんわりした温かいエネルギーが、体の中に沁み入ってくるようだ。おー、と思わず感嘆の声を挙げる。

「うん、さすが特化退魔体質」

 レイ先輩は余裕の表情である。まだちょっと胡散臭いが、この指輪から受ける感触に「悪意」は、微塵も感じられない。あったら、モモ自身がハネているはずだ。

「……何をどこまでご存知なんですか?」

 訝しむように問うた後輩に、気を悪くする様子は微塵もない。

「アヤ先生とリョウ先生からは、特化型退魔体質の紅水晶ローズクォーツの子と、強力霊媒体質の幽霊水晶ファントムクォーツの子とを『双子弟子』にして、『古事記』と『対話篇』の課題を出した、ってこと。他、ちょっとサヤさんから」

「サヤさん?」

 マイとモモの声が重なった。

「史上最年少の『天文の魔女』……理系四大魔女の一人よ。アヤ先生の妹弟子」

 化け物師匠は、弟弟子のみならず、妹弟子も化け物だったのか。

 そう思った二人の声に答えるように、いやいや、とレイ先輩は手を振る。

「サヤさんは、先代の急死と生前指名による襲名だから、実際の実力は我らがアヤ師匠の足元にも及ばない修行中の『七大魔女』よ。ただ、生前指名されただけの素質はある人で、ムラは激しいんだけれど、予知を発動できるのよ」

 で、その人がね、と、レイ先輩はマイを、次いでモモを見た。

「本日の夕方から夜にかけて、マイちゃんが大ピンチになるって予知をして」

「……はぁ」

 当のマイは実感がわかないらしい。

「本気の全力全開の占いじゃないみたいなんだけど、なんか星回りがヤバイらしいし、私も『カルテット』に確認したら、たしかに危険要素があったから、護衛で出動」

「なんでこんな新米に?」

「新米だから」

 身も蓋もない事実でバッサリやられ、マイがブーメランに沈む。

「モモちゃん、まだ『防壁シールド』使いこなせてないでしょ?」

 今度はモモが返答に詰まる。

 術の発動は出来るが、発動させた後「戻れない」のは事実だ。

 黙ったままのモモに対し、レイ先輩は声を潜めて続けた。

「実を言うと、今日ってこの近辺で、それなりの規模の空襲があった日付でね。マイちゃんぐらいに見事な『器』だと、ナニかが『入る』可能性があるんだわ。それがどういう意志を持ってやって来るのかは分からないけどね。何せ、マイちゃんは見事な『空』適性……善悪関係なく、ただ『強い』意識に引きずられる格好のヨリシロ……焼夷弾で焼かれた子供の悲鳴かもしれないし、徹底抗戦を主張するバリバリ軍国主義者の怨念かもしれない……あるいは、それらが混然一体となった『ナニカ』かもしれない……とりあえず、有志一同で、本日は姫巫女ヒメミコ様の護衛って決めたわけ」

「ヒメミコ?」

「『空』適性は基本的に巫女みたいなもんだ、って教わらなかった?」

「あー……でも、そんな強力なものじゃない、って先生は……」

 マイの適性が判明した時、先生はずいぶんコテンパンな形容をしていたはずだ。

 だが、ぶんぶん、とレイ先輩は首を左右に振った。

「それは『上位存在をある程度自分の意志に従えるチカラ』のことで、単純に形容するなら、マイちゃん、君は存在そのものが『ホイホイ』なのよ。モモちゃんが近くにいるから、基本安全だけど、ぶっちゃけ3月10日の東京とか、8月6日の広島とか8月9日の長崎とかは、完全に立入禁止級。あんな大惨事由来のダメージは、いくら天性の退魔体質のモモちゃんだって、到底防げないわ」

 3月10日。東京大空襲。

 8月6日の広島と、8月9日の長崎は、言わずもがなだ。

 お前は退魔体質だから防げと言われても、モモだって防げるとは思わない。いや、それ以前に、そもそも空襲や原爆投下の犠牲者は「魔」なのだろうか? マイの体に入り込んで、意識を乗っ取って事件を起こしたりすれば、それはたしかに、現代の感覚では「善」ではない。多分。だが、苦痛の意識を彷徨わせるだけの犠牲者ならば、モモは「悪」とは判じられないだろう。

 だって、それはどこまでも、悪意からは程遠い、ただの(・・・)悲鳴だ。

(……そういや「断末魔」の語源って、なんだろう?)

 あとで辞書を引こう。




 レイ先輩の説明は続く。ここは図書館だが、小声程度はOKらしい。

「8月は半ばまでが、盂蘭盆会うらぼんえ……つまり『お盆』の効果もあって、列島全体が『死』の影に近づくわ。去年までは、共鳴能力を開花させていない一般人だったから、リスクも比較的低かった。だけど防御能力はまだ上がらない状態で、共鳴能力だけ伸びている今は、一番危険な状態……先生に言われなかった? マイちゃん、あなたは『黒魔術師』の素質が一番強い、って」

 どきっ、と二人は心臓を跳ねあがらせた。

「って話が、リョウ先生から、私の第三師匠のグイ老師せんせいに回って来た。貴老師は、リョウ先生の第一師匠だからね……でも、そうそう見事な『空』適性なんて、滅多にいるもんじゃないから、最初は話半分だったのよ。だけど昨日実際に見てみたら、実に見事な『器』だった……で、こいつはヤバイと思って、サヤさんに予知を依頼した」

 たしかに、テレビは戦争特集ほぼ一色になるし、お盆だし、いわゆる「憑依体質」「霊媒体質」にとって激ヤバな季節であることは違いない。

 しかも、新品ピカピカの『ホイホイ』ならば、黒いアレが吸い寄せられる可能性なんて、推測どころでなく、内定事項と言っていいだろう。

 だが、マイはもちろん、モモも疑問を抱かずにはいられない。

「何でそこまでして、マイを?」

 たしかに、モモの力ではまだ友人を守れないのは事実だが、それにしたって、先輩方が「有志」を結成し、なにやら「ヒメミコ」なる呼称がつくのは、妙だ。

 しかし、レイ先輩の反応は、落ち着いたものだった。

「んー? 何年かかるかは分からないけど、マイちゃんて、例のエリカさんとは真逆の方向で『大成』する可能性があるの。アヤ先生が『伸ばす』と決めたなら、少なくとも私たち『ファースト・カルテット』は、サポートに入るわよ。それが私たち『カルテット』の流儀だから」

 ……流儀はともかく、妙な名前が出てきた。

「あの、そのエリカさんって、例の『未知の魔女』ですか?」

 そうよ、他に誰がいるの? と言わんばかりの調子で、レイ先輩は頷く。

「エリカさんの適性は『しき』……マイちゃん、君とは正反対の適性よ。全ての素養を秘め、自分の意志で即時に全てを応用できる、『空』以上に稀少な適性。地アタマの良さも加わって、単独火力なら史上最強クラスでしょうね。だけど、すでに『充填されている』存在であるが故に、あの人は『受容』ができない」

 今日この瞬間に、二人は「伝説級の規格外魔女」の、決定的な欠点を知った。

 何も知らなくても欠点だと分かるが、「水晶の魔女」としては、致命的だ。

 何故なら「水晶の魔女」は、「世界」と共鳴し、その「受容」によって魔法を発動させる。風を、水を、大地を読んで、チカラの動きを紐解いていく。

 そこから、少し「可能性」を拓く。

 それが「魔法」の基本である。

 だが、レイ先輩は、エリカさんには「受容」能力がない、と言った。

「例えるなら、エリカさんは万能薬エリクサーを溢れさせる器よ。真面目に理論的に言うならば、私たちの『水晶の魔法』を使う必要要素を、最初から内側に持っている。だから、外側とは『接続リンク』するだけでいい。抱えている要素で賄える術なら、何だって行使できる……だけど、それ以外のものを入れることは決してできない器、でもあるの。マイちゃんはその逆」

 掌を器の形にして、レイ先輩は語る。

「マイちゃんは、今ようやく、蓋を開けられたばかりの器。そして、何でも入れられる。出し入れできる。そういう可能性を持っている……そして、その器の容量は、まだまだこれから成長できる。エリカさんを超えられる可能性のある、唯一の魔女とすら言ってもいい」

「んなっ……」

 マリ大師匠門下生最強の魔女を、超えられる可能性?

 そんな、と二人は思ったが、レイ先輩の声は一転して重苦しくなった。

「……万が一、エリカさんが『闇堕ち』したら、門下は全員壊滅するわ。『七大魔女』とその門下生が、束になってかかったとしても、あの人が能力を完全に悪用したら、誰一人勝てない。それに、あの人は、本来は『魔術師』系統……マイちゃん、あなたはアヤ先生の切り札になれる、稀少な素質の持ち主なの。だから、私たちは、先生を守るためにも、あなたを守る」

「……モモがいるのに」

 友人の言葉に、けれどモモは、少し俯いた。

 特化型退魔体質とは言われたが、モモが防げるのは「悪意」だ。

 善悪未分化の、だが高負担の意識を防御する能力は、ない。

「ヤマ勘で、完全防御陣を発動させる才能の持ち主でも、意識コントロールがまだ無理なんでしょ? それまでは、二人揃って、私たちの護衛対象よ。特に今晩はね」

 とりあえず、とレイ先輩はバッグを漁り、怪しい袋を取り出した。

「はい、モモちゃんに、グイ老師から差し入れ」

 カラカラと音を立てる巾着袋を開くと、クルミというか、とにかく何やら見慣れない、ナッツ的なものがごろごろと入っていた。種のようだ。

「……何ですかこれ?」

「老師のおまじないつき桃の種。あなたの構築できる防壁って、石をばら撒いて作るタイプって聞いたから。いくら安めとは言っても、宝石といえばまぁ宝石でしょ? その点、桃の種ならコスパは抜群だから」

 たしかにおっしゃるとおりですが、と、量産可能な触媒を見る。

「……使い方のお手本は?」

 ふるふると、首を横に振られてしまった。

「『聴いて』確認して。残念ながら、私はモモちゃんみたいな、恵まれた素質の持ち主じゃないから、適合水晶以外で『魔法』の発動はできないんだわ」






レイ先輩のフルネームは4話目で出てくる予定。

3~5話が、ガチ戦闘シーンで固まりそうな雰囲気です。

いよいよ真面目にファンタジーっぽくなってきました。


……ところで、今から苦手な人のために警告しておくと、ラスボス級魔女のエリカ様が使う技の中に、平泳ぎが得意な両生類を用いるものがあります。

後半の戦闘シーンには、その両生類が登場するので、苦手な方は大いに気をつけて回避してください。




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