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偽者王女ととある策略  作者: 八仙花
第二章 渡りに船の偽者王女
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4)王妃の策略とリュウノスケの正体

 しばらく考えさせてください、とお願いして一人にしてもらった。

 王妃がすんなりと席を外したことを考えると、おそらく部屋の外にも窓の外にも、見張りのような人がいるのかもしれない。

 私に逃げ出すという気持ちが全くない、とは、さすがの王妃も思っていないはずだ。

「しばらく頭を動かしてはダメよ、下手に動かすと……ひどい痛みと吐き気がするでしょうから」

 なぜか確信に満ちたその忠告に、私は黙って首を縦に振った。

 確かに、まだ頭には薄ぼんやりともやのようなものがかかったままだった。

 虫歯を抜くときにかけられた麻酔がまだ残っている時のような感覚で、痛みを何かが抑えてくれてるようだ。だとしたら、王妃の言ったように下手に動かないほうがいいのだろう。

「う〜〜〜ん……」

 左脇腹のヒリヒリとした痛みは、だとしたらこれでも本来の痛みよりもましな状況なのだろうか?

 私は一人で状況を整理し、把握したかった。

 異世界……は、確定かな。

 何の因果でこんなことになったのかはわからないが、とにかくリュウノスケを連れて早く戻らないといけない。とはいえ一体全体、どういう仕組みで自分がこの世界に来ることになったのかが、全くわからないので、今のところ帰り方も不明だ。

 帰り方、といっても、公共交通機関があるはずもないだろうし、ハイキング中に道に迷って、夜が更けてしまったため、下手に動くのを諦める登山者とも意味が違う。

 まったく、右も左もわからない。

「異世界、ねえ……」

 ぼんやりとした頭のせいだろうか、驚きも恐怖も今のところ十分の一くらいしかないような気がする。

「いっぱい本では読んだけど……」

  『不思議の国のアリス』しかり、『オズの魔法使い』しかり、地面の穴やペット連れでのトリップなんて、王道もいいところじゃない?

 となると……元の世界へ帰る方法は、女王様を懲らしめるか、魔法使いにお願いしに行くか、なのかな?……今のところ心当たりがある人物といえば、ライア王妃とライリーさんだな。

 

『大丈夫か?みちる』

 そうよ、そうなのよ、私はみちるなのよ。ルチル王女様ではけしてありえない。

 帰る方法ももちろん大事だが、まず当面の問題は、どうやったらそれを、あの王妃様に証明し、確信させることができるのかっていうことで……

『まだどこか痛むのか?』

 なんでこんな痣が出来てしまったんだろう?それが彼女に誤解を与えたのだ。まあ確かに非日常のこの世界に紛れ込んでしまった時点で、なにかしら因果があるのかもしれないけれど、よりにもよって失踪したルチル王女と全く同じ痣なんて……

『みちる、あの王妃のことは信頼するなよ?その痣だって、あの王妃の仕業なんだからな』

 まるで誰かが私をルチル王女に仕立てるために………

 ……って、え!?!?

 王妃の仕業だってぇぇ!?

「だ、だれ!?」

 一人しかいない部屋の中で、先程から私に話しかける声がしている。

 ぼんやりと自分の考えに浸っていたけれど、今の爆弾発言にやっと、声が聞こえることに気づいた。

「ど、どこにいるの?」

 起き上がってあたりを見回したいが、まだ体が重い。

『ここだよ、ここ……ってか、みちる、俺の声、聞こえてるんだ』

 私の頭の右横方向から声が聞こえる。

 話しかけておきながら「聞こえてるんだ」とのんきに驚いているが、私のことを「みちる」と呼んでいるということは、私のことを知っているのか、もしくは何故だか私がルチル王女でないことを知っている、ということで……そういえば、『王妃の仕業』って言ってたっけ?

「どういうこと?」

 声の聞こえた方へ顔を巡らせると、そこにはオレンジ色から山吹色に心なしか色が変化したように見えるリュウノスケがいた。

「え……リュウノスケ?」

 そういえば、はじめはお腹の上にいたのに、さっきライア王妃が私の脇腹を見せた時には、いつの間にかいなくなっていた。移動してきた枕元で、リュウノスケは私の顔を心配そうに見つめていた。

「もしかして、今話しかけてきてたのって、リュウノスケ、あなたなの?」

『そうだ、オレだよ。声が、聞こえるんだな?』

 私の呼びかけにリュウノスケの声は嬉しそうに弾んだ。

 そういえば……

 竜鱗樹の洞に吸い込まれた時も、その後、意識が朦朧としていた時も……この声が聞こえていた気がする。

 『起きろ!』と言われていたときは、聞き覚えのある声だから、新汰の声かな、と思っていたが……

「とむ……にいちゃんの、声?」

『思い出したか、みちる!!』

 いやいやいやいや。

 ――――どういうことよ!?


 軽くパニックを起こしかけても、致し方ないと言える。

 私は枕元で人語を話すペットのリュウノスケから、昔遊んでもらったお兄ちゃんの声が聞こえることに驚きと困惑で言葉を失っていた。

 それこそ、目を覚ましてから今までのあいだで、一番驚いている。

『まさか言葉が通じるなんてな……今までもずっと話しかけてはいたけど、全然俺のこと、気づいてなかっただろう?』

 気づくもなにも、まだ理解ができておりません。

『まあ、俺としても、まさかみちるがついてくるなんて思ってなかったから、この状況はどうしていいのかわからないんだが……』

 ついてくる?ということは、リュウノスケは、自分の意思でここに来たってこと?

『まあ、そのあたりは俺もまだ混乱しているんだ。気がついたらあの樹の匂いに惹かれて……と、そんなことは後回しだ。とにかく、みちる、あのババアには気をつけろよ!』

 ババアって……

 私はリュウノスケの言い様に眉根を寄せた。

「口が悪い」

『ごめん』

 リュウノスケは素直に謝る。

 どやらまだ、私とリュウノスケの飼い主とペットの関係は続いているようである。

「でも、どういうこと?さっきこの痣もライア王妃の仕業だっていってたけど……」

『そうだよ、あいつが気を失ってるお前に……あの医者紛いの息子に命じて、刺青をいれさせたんだ』

 い、い、い。

「なんですって!!」

 私は驚きのあまり、声を裏返らせてしまう。

 あれほど私はルチル王女だ、と譲らなかったライア王妃、その揺るがぬ証拠として示したこの“竜の噛み痕”と言われる痣が、彼らの手によって施された刺青だなんて……それじゃあ、すべて彼女の自作自演なんじゃないか!!

 それよりなにより……

「……ぁんの、くそばばあ!!傷一つない乙女の柔肌に、なんてことしてくれてんのよ!!」

 私は思わぬ事実に、怒りに任せて声を荒げてしまう。

『みちる、俺より口が悪い!』

 いや、すいません。

 でも、それぐらいショックだったのだ。

『まあ、な、まず、落ち着け。あのライリーって奴も王妃も、お前に何度も安静に、安静に、って言ってただろう?……どうやら麻酔を使ったのか、刺青に使った染料に含まれる成分のせいなのか、実際しばらくおとなしくしていないと副作用で頭痛と吐き気が起こるような代物、使ってたみたいだ』

 そういえば、妙に断定的だったさり際の王妃のセリフ……あれは、実際に副作用が起こることを知っていたから、口にできた言葉なのだ……と、思い返すと更に腹が立ってくる。

「そんな……危ないもの、勝手に人の体に使って、おまけに私を王女にしたてあげようって……」

 何を考えてるのだ、あの王妃は!!

 ちょっとでも優しげに見えたあのライリーもライリーだ。

 モリオンに関しては……一連の王妃の企みを知っていたのかどうかわからないが、この際同じ穴のムジナだ。

『俺はこの姿だから、二人を止めることは出来なかった。俺もこっちに来てからしばらく、体が重かったし、お前から引き離されないように、というだけで必死だったからな』

 とむにいちゃんの声で、流暢に話すリュウノスケを見ていると、なんだか不思議な感じがする。

 人語をしゃべるペットの突然の変化に対する驚きも、先ほどの刺青の件で少し薄れてしまった気がする。人間の適応能力ってすごい。

 私はいろんな意味で、大きくため息をついた。

「で、その間に私はあの極悪非道親子に体を勝手にいじられていたわけね」

 まあ、改造人間にされてなかっただけましかもしれない。

 それこそ、私の記憶をいじって本当の記憶喪失にして、操り人形にすることもできたかもしれないし、もう少し簡単なところで言うと、声帯や視覚や四肢を不自由にして、抵抗ができない状態にすることもできたかもしれない……って、うわぁ、自分で言っててなんだけど、そこまでいくと、かなり鬼畜だわぁ……

『へ、へんなことは、させなかったからな!!そこはしっかり、威嚇したからな!!』

 何故だか動揺した声で、しかし力強く主張するリュウノスケ。

 体が不調だったという彼にどこまでの威嚇ができたのかは不明だ。

 しかし少なくともあの王妃には、刺青を入れて私を巻き込もうという小狡い意志はあったものの、マッドサイエンティスト的な趣味はなかったようである。

 ただ問題は、王妃たちは私がルチルではないことを知った上で……わかっているからこそ、小細工を施しているということだ。『勘違い』しているわけではない、ということなのだが、そうすると、『誤解をとく』という努力そのものが無駄になってくる。いくら私が『自分はルチルではない』と主張し、その証拠を提示したところで、ひとつひとつもみ消されていくかもしれない。

 なにせ彼女“が”、『みちる』を『ルチル』に仕立て上げるつもりなのだから。

「まあ、どちらにせよ、確かに油断ならないわね……」

 私をルチル王女に仕立てる必要、目的――それらの動機がわからない限り、下手に反抗したところで、あの王妃は私をここに閉じ込めておくだけだ。

 ここは一度、従順な振りを見せておいて、王妃の弱点なり、逃げ出す方法なり、私がルチル王女ではない決定的な証拠なりを密かに探ったほうがいいのかもしれない。

 なにせここは……

「異世界なんだからね」

 私をルチル王女だを仕立て上げて、何かを企んでいるのならば、私はそれを利用してやろう。

 たとえルチル王女ではないと証明でき、王妃の手から逃れることができたところで―――元の世界に戻る方法を見つけられなければ、意味がないのだから。

次回はまた来週末に。

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