15) そういえば、忘れられてました。
よろしくお願いします。
種蒔きは、タイミングが重要だけど、それよりも何よりも、土壌がすべてを物語る。
私は一晩、どういうふうに種を蒔こうか、画策した……もちろん、“噂の種”を、だ。
「今日の昼食は、クラスニーの郷土料理です。特にアリーデ様の好物を揃えましたわ……この、ラガルデのソテーは風味が独特で……好みがはっきりと分かれる料理ではあるのですが……」
ラガルデ、うん、モリオンくんから習ったことがある。
確か、中型犬くらいの大きさの草食動物で、彼らの食べる草木や茸が有毒なものばかりなので、野草刈りの人たちは、ラガルデを導にして、人間に無害な野草を収穫する、と聞いた。
有毒なものばかり口にするあまり、その肉も有毒だろう、と誤解されがちだが、実は食べた毒素を体内で精製して強力な栄養素に変える力強い内臓を持っていることから、地方によってはその肉は不老不死の妙薬、と言い伝えられているらしい。
実際にクラスニーでは、高級食材として振舞われているらしいが、内臓の一部は毒素を溜め込んでいるらしく、調理には特殊な技術が必要で……つまりは、陸上のフグ、だな。
今日はミルカさんとの二人きりのテラスでのランチだった。
もちろん、昨日の件を問いただしてみたいのは山々だが、すでに、ミルカさんが警戒態勢に入っているのが見て取れる。料理の説明をしている間も、いつもと違って私と目を合わせようとしない。
わかってますってば。昨日のディナーの時から既に、皆の態度がおかしかったもん。
てっきり前の晩のディナー同様、王妃がきて釘を刺されるのかも、と思ったが、そこは意外にもいつも通りの面子が揃った。
ただ、ライリーさんはいつも以上に饒舌だし、モリオンくんは兄の言動をフォローしながら会話が淀みなく進むように誘導している。ミルカさんはいつもどおり二人の会話に相槌を打っていたが……その相槌が、どことなく、いつもよりも前のめりで不自然だ。
そしてディオアスは…………一言も、口を開かなかった。
「美味しい!! 私、これ好きだ!!」
かなりコクがあるにも関わらず脂っこさがなくって、まろやかさと風味が絶妙だった。
……多分、一番近いのは羊肉だ。
「それはよろしゅうございましたわ」
アリーデ王妃と好みが似ている、ということは、多分彼女たちにとっては喜ばしいことなのだろう。
「ところで……」
昼食の半ばで、私はちらり、とミルカを伺う。
一応彼女も食事を進めているが、私の言葉はけして聞き漏らさない。
「はい?」
その反応には、まだ緊張がある。
多分、“シヴロス”のことを聞かれる、と身構えているのだろう。
さすがに私だってバカじゃない。警戒している野生動物に、直球の確保方法では通用しない。
「前に言ってたじゃない、ミルカさん? 【クラスニーの奇跡】のことは、私に話してはいけないことの【ひとつ】だって……もしかして……」
私はそこで、言葉を切った。
ミルカさんは私の前置きに、表情がさらにこわばって、背筋が心なしか伸びる。
次の質問を予測して、体全体で警戒しているのがわかる。
だからこそ……
「その他の人って、もしかして、国王様のことじゃない?」
「……は?」
ミルカさんは少しまぬけな驚きの声をあげる。
緊張でこわばっていた反動だろう。予期せぬ人物の登場に、不意をつかれたらしい。
成功成功。
「……国王様のどこに、そんな要素がありましたっけ?」
反対に、今までの話でどうしてこんなにも国王の話が出てこないのか、が不思議すぎるんだけど。
「だって、一応“ルチル王女”の父親でしょう?……“ルチル王女”を騙るには、避けては通れない人物のはずじゃない、でも、何故だかライア王妃も、モリオンくんも、ミルカさんだって……王様の話、聞かせてくれないじゃない」
「………………………」
ミルカさんは先ほどの警戒をすっかり解いてしまった。
というよりも……間抜けすぎるくらいの絶句で、私、というよりも、どこか一点を見つめていた。
「…………お~~~い、ミルカさ~~ん、大丈夫?」
「…………っっっっはっっっっ…………!!」
ほんの数秒だたけど、放心していたミルカさんが息を吹き返した。
「……大変、失礼いたしました……その……あまりにも……意外すぎまして……」
そんなに意外なのだろうか?
“ルチル王女”のお父さんだ、知らない、では済まされないだろうに、なぜだか誰も、教えてくれない。
ライア王妃は、アリーデ王妃やその身辺の侍女たちについて、そして同じ王の子として、義理の兄弟たちの名前や人格など、結構事細かに教えてくれたのだが……肝心要の、王様の話は、名前以外聞いたこともない。
「……それは……え~~っと、恐れ多いので、ライア王妃にお尋ねください」
あ、今面倒だ、と思ったでしょ。
ミルカさんの反応、最近読めるようになってきたんだからね。
「そんな目をしないでください……仮にもこの国の最高権力者でいらっしゃる方ですよ……私のような、一介の侍女が陛下の為人を軽々しく口にすることなど、恐れ多い……」
“仮にも”ってなんだ、“仮にも”って。それになんだか、後半棒読みなんですけど。
「……別に“話してはいけない”と言われていたわけではありません。ただ……忘れてただけ……いえ、ではなく、多分誰もが誰かが話すだろうと思っていたのだと思います。私の授業内で取り上げるほど重要な……こほん、ではなく、私ごときが陛下のことをとやかく申し上げる、などと恐れ多い……」
咳き込んだけど、一瞬、本音が出てたよね。その前にも、「忘れてた」とか、言ったよね!?!?
「……王様って、人望ないの?」
少し心配になるじゃないか、娘(仮)としては。
「いえ、そういうわけではありません。現国王は、歴代王の中でも群を抜いて有能で見識が深く、さらに慈悲深い王として……周辺諸国からも、敬われておられる賢王であらせられます。ただ………」
ただ?
「……ルチル様……私をこれ以上、苦しめないでください……」
……どうやら思わぬダメージだったらしい。これから角度を変えて問い詰めるつもりだったのに。
「ミルカ、誰にも言わないから、言って?」
わざと、いつもつけている“さん”を省いて、命令口調を強化する。
本当に聞きたいのは、こんなことじゃなかったはずなのにな。
「……そこまで仰られるのでしたら……ルチル様……陛下は……」
ごくり、とつばを飲む。
自分から振っといてなんだけど、意外にミルカさんを悩ませる良いお題だったらしい。
「自国の民たちの生活改善に全精力を傾ける理想を体現された全民衆の父でいらっしゃいます」
ほほう、名君じゃないか。
「ただ……付け加えて言うならば、彼の興味はひたすら……ライア王妃に褒められることにあります」
「は?」
思わず声を上げてしまう。
それて……つまり、ライア王妃に褒めて欲しいから、頑張っていい王様やってるってこと?
……究極のバカップルロイヤル夫婦じゃない。
「なので、陛下はあまりお子様たちにはご興味をもたれておりません。後継教育も全て、ライア様に一任されておられる始末ですから」
……ミルカさん、言葉の選択は、本音につながるんだよ?
語尾の表現が、ミルカさんの呆れ具合を如実に表している。
「更に世間一般的に、陛下はアリーデ王妃を溺愛する余り、“ルチル王女”の失踪以来、家族に対して面と向き合えなくなった傷心の父親、と言われております」
言われておりますって……本来は、そうじゃないってことよね?
「そういった世間の評価は全て、ライア王妃が牛耳っておられるものです」
どんだけ影響力誇るんだ、あの王妃ときたら!!!
……ていうか、ミルカさん、渋々ながら、結構話してくれるんだね……もしかして、溜まってた?
しかし、なんだかどっちもどっちなぁ、ここの国王夫妻と来たら。
「じゃあ、ルクレツィアさんのことは?」
かろうじて、話を変える。少しだけでも、目的に近づけるようなところまで。
「……彼女のことは……“ルチル”様へ話さないように指示されていたわけではありません……ただ、ライリー様には話してはいけない、という命を受けておりましたので、自然と……」
まあ、そうだろうね、私でも想像がつくわ。
おそらく、彼女が連れ戻されて、騎士団の見習いとして任官することも含めて、今までず~~っと、ライリーさんには内緒だったのだろう。王宮全体でその空気が蔓延しているとすれば……
「私に話すわけ、ないか」
「ライア王妃は隠すおつもりはなかったご様子ですが」
え、私が異世界からきた部外者だから、話す必要もなかった、とかじゃないの?
「ルチル様に隠すおつもりでしたら、リューラ騎士団での演習の許可など与えはしなかったことでしょう。おそらく、ディオアス様が仰っていらっしゃったように……モリオン様を驚かせる、良い時機を測っておられたのだと、思われます」
……つまりは、私なんて関係なく、ドッキリを仕掛けたかったってことだよね?
「まあ、ライリー様が乱入されたことは、計算外でいらっしゃったらしく、昨夜はかなり王妃様に絞られておられたようですが……」
ああ、それでか。
今朝、いつもの回診にやってきたライリーさんの頬が、心なしかこけていたように見えたのは。
「まったくの自業自得ですけどね」
容赦がないなあ。
「………で?」
ん?
ミルカさんが、何かを催促するかのように、私を見やる。
まるで、【本当に聞きたいことは、そんなことじゃないでしょう?】と言いたげな空気だけど……
「なに、構えてるんですか、ミルカさん」
答えてくれるつもりがないのに、そんなふうに身構えられたら、わざわざこっちから質問したって、無駄足なだけじゃない。
「……なんですか、その焦らし戦法は……」
へへん、だ。そっちの手の内には入らないんだからね。
こちとら園芸部だ、ライア王妃に負けないくらい、種をまく土壌には目が肥えている。
タイミングももちろん重要だけど、何処に蒔くか、は、もっと重要だ。
王様、ドンマイ!




