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偽者王女ととある策略  作者: 八仙花
第一章 事の発端
3/119

3) 思い出の竜鱗樹の下で

3話です。一応キリのいいところまで、一気にアップしようか、と。

 小さい頃、私は近所に住む風変わりなお兄ちゃんと仲が良かった

 確かな名前も覚えていないが、「とむにいちゃん」と呼んでいたことは覚えている。

 今思うと、彼は20代半ばくらいだっただろうか。

 普段から長く旅行に出ては、たまに帰ってきて、土産話をしてくれるおにいちゃんだった。

 特に私がなついていた理由は、彼が爬虫類好きだった、ということだ。

 もしかしたら、研究者の卵か何かだったのかもしれないが、旅行に行くたびにいろんな国の爬虫類の写真をとってきては、私に見せてくれて、その話を聞かせてくれるのだった。

 女の子の趣味じゃない、と両親に煙たがられたり、きもちわるーい、と、友達に嫌がられたりしたので、爬虫類の話が出来るのは、とむにいちゃんくらいしかいなかった。

 私たちはたまに会うと、どんな爬虫類が好きか、爬虫類のどこか好きか、何を食べるのか、眠るときはどうしているのか、攻撃の為にはどんな武器を持っているのか……など、ありとあらゆることを語り合った。

 もちろん、私の知識は浅く、ほとんどおにいちゃんの話を聞くだけだったが、おにいちゃんは私にもわかりやすく、手振りや擬音をたくさん使って、まるで紙芝居のように旅先で見てきた爬虫類の話をしてくれた。

「とむにいちゃんみたいに爬虫類好きな大人が、もっといたらいいのに」

「みちるちゃんみたいな爬虫類好きの子供が、もっとたくさんいたらいいのにね」

 裏山の爬虫類が好む樹液を分泌すると教えられた“竜鱗樹”の下で、私たちはお互いにそう言って、お互いに笑いあった。

 そんな私たちの周りには、“竜鱗樹”の樹液を求めて集まってくるトカゲたちがたくさんいた。

 そして私が7歳の時に、とむにいちゃんは突然帰ってこなくなった。

 まだ小さな私は、とむにいちゃんがどこに行ったか、もともと何処の誰だったのか、見つけるすべを知らなかった。


 とむにいちゃんと会えなくなったのと同じ頃だっただろうか、いつも遊び場にしていた裏山の一部が切り開かれることになり、私たちの家も立ち退きとなった。どうやら都市部の開発で、ある高校が移転をしてくることになったらしく、私たちの懐かしい遊び場は、あっという間に綺麗な校舎になってしまった。

 しかし、心配だった“竜鱗樹”――小さい頃、私は“とかげの樹”と読んでいたけど――のあたりまで切り開かれることはなかった。とはいえ学校が出来てしまってからは、その裏側に隠されてしまった“竜鱗樹”へたどり着くには、それまでと違ってかなり遠回りをしなければならなくなった。まあ、この山で生まれ育った私にとっては、大した苦でもなく、よくとむにいちゃんに会いたくて“竜鱗樹”まで遊びに来ていたのだが。



 そしてある時、その樹の傍で怪我をして息も絶え絶えだったアヤツを見つけたのだった。



 あれからもう、10年……そういえば、この高校に入ってからもう1年と4ヶ月だが、アヤツを“竜鱗樹”の近くまで連れてきたのは、初めてだったかもしれない。

 アヤツ――”リュウノスケ”と名づけた中型のトカゲ(実は種類が不明――いくら調べても、当てはまる種類の品種がいなかった――一番近いのは、ヨロイトカゲだろう)を連れ帰り、両親に泣いて頼んで飼い始めた。その後、リュウノスケの怪我が治ってからも、結局そのままリュウノスケを山へ返すことはしなかった。

 時は過ぎ、高校生となった私は、家のすぐそばにある、ということと、立退きの役得としての学費優遇を利用して(その条件には、ある一定の成績が必要ではあったが)、移転してきた高校に入学した。

 もしかしたら……

 今日、止むを得ぬ事情で、リュウノスケを学校に連れてこざるを得なかったが、もしかしたらアヤツは、何かのはずみに、山を―――昔を思い出したのかもしれない……

 半ば確信のようなものを抱きながら、私は“竜鱗樹”に向かって走り出していた。


 たどり着いた“竜鱗樹”の下には、いつもと同じように大小色とりどりのトカゲが集まっていた。

 まるで夕方の猫の集会のようでいつも微笑ましいその 状況に、足を踏み入れていいものかいつも逡巡するが、今日はそうも言っていられない。

 トカゲたちが逃げるのもかまわずに息せき切ってたどりつくと、私5人分くらいが束になったくらいの大きさもある“竜鱗樹”の幹に抱きつき、大きく息を吸い込んだ。

 甘い香りが、鼻腔いっぱいに広がる。

 甘いといっても、バニラアイスやメイプルシロップの甘さではなく、どちらかというとチョコレート……もっというと、カカオの匂いに近いだろう。甘さの中に、苦味もあり、そしてピリリとした辛味も感じられるような独特の……

「………って、こぉんなこと、してるばやいじゃないやいっっ!!」

 1人突っ込みをしながら、私は顔を上げた。

 辺りを見回し、リュウノスケの姿を探す。

 足元の草むらには……私の突進にも微動だにしない、肝の据わったオオトカゲが数匹、幹には、驚いて木の上に上り、こちらの様子を伺っているらしい小トカゲたちが……

 そして……

「、あ、もう!!いたじゃん!!」

 見上げると、樹の幹に開いた大きな洞から、独特のオレンジ色の尻尾がひょっこりと覗いていた。

 リュウノスケは、トカゲにしては変わった毛色……いや、毛はないのだが……をしていて、黄色、というか、橙色、というか……わかりやすくいうと、真夏に咲いた大輪のひまわりのようなオレンジ色をしている。イグアナのように色を変えることもないし、成長していくにつれてくすんでいくこともなかった。

 その特徴ある色から、見た目はヨロイトカゲに似たリュウノスケの品種は爬虫類を取り扱う専門のペットショップの店長でも区別がつかず、もしかしたら新種なんじゃないか、と目を輝かされたこともあった。しかし色だけなら、ほかの生物でも突然変異はよく見られるから、たぶん日本で生息しているときに何かの影響で変色してしまったのだろう、と納得させて、取り上げられるのをなんとか防いだ。

 不思議なことにその後、そのペットショップの店長は、そのやり取りについてまったく覚えていないらしく、私がリュウノスケとともに訪れても、リュウノスケをもの珍しく見ることもなくなっていた。

「リュウノスケ~!!出てきなさいってば!!」

 声を上げるが、うんともすんとも答えない。

 こちらに顔を向ける様子も一切ない。

「こらっっ!!リュウ!!大好きなオレンジ、あげないよ!!」

 リュウの大好物を武器にして、しかりつけるが、それでも少しも反応してくれない。

 そりゃ今、手元にオレンジ持ってるわけじゃないんだけどさあ。

 仕方なく、私は自分の身長よりも頭二つ分くらいの高さにある洞から能天気に垂れ下がっているオレンジ色の尻尾に向かって、ジャンプした。

「もうっっ!!リュウノスケ!!」

 届きそうで届かないその高さに、何度も何度もジャンプするが、息があがるばかりでどうにもならない。

「ううううう~~」

 新汰やヨッシーくらいの身長なら、手を伸ばしただけで届くかもしれない。

 戻って茄子を愛でているヨッシーを連れてこようか……と考えたが、いまだかつて、ヨッシーが爬虫類好きかどうか、尋ねたことがない。

 幼馴染でお隣さんの新汰は根っからの爬虫類嫌いで、それこそ女子供のようにカエルやトカゲを毛嫌いしているので、まかり間違っても頼むことができない。

 しかし、ヨッシーを呼びに戻っている間に、リュウノスケがあの洞の中に留まっていてくれているかどうか、ということを考えると、それもまた怪しい。

「困ったなあ……」

 何か、踏み台にできるものはないか、と辺りを見回すが、さすがにこんな山の中では、空き缶ひとつ転がっていない。

 しかたなく、樹の幹に足がかりを見つけ、大樹にしがみつきながら、よじ登る。

 私の身長は157センチ。たぶん、全国の女子高生の平均だろう。

 周りになぜだか図体のでかい連中が集まるのでチビだとか寸足らずだとか、いわれることも度々あるが(……いや、いうのは主に、ただ1人の人間だ)、しかしやってやれないことはない、たかだか60センチばかり足りないだけだ。

 周りに人がいないことをいいことに、スカート姿だというのに足を広げて幹を挟み込み、昔は得意だったのになあ、と思い出しながら、樹の幹をよじ登る。

「と、とどいた!!」

 洞の淵に手をかけると、それを支点に思い切り体を引き上げる。洞の中に潜んでいたリュウノスケを視界に入れると、その優美なフォルムにふにゃり、と相好を崩してしまう。

「リュウちゃ~~ぁあんーーー!!!」

 ああ、だめだ。

 いなくなってから見つかるまでは、まったく手のかかる子なんだから、とか、見つかったらお仕置きだ、とか、思っていたものの、その愛くるしい姿を目にしてしまうと、そんなことはすっ飛んでしまう。

 ゴツゴツとした硬いオレンジ色の鱗に、幅広くひらべったい胴体は、昔おばあちゃんにトイレのスリッパと間違われたりもしたっけ。

「探したんだよ〜〜っっ」

 感極まって、洞の淵から両手を放し、リュウノスケに抱きついた。

 すると動物のくせに野生の勘が鈍っていたのか、竜鱗樹の樹液にほろ酔い状態だったのか、やっとリュウノスケは私の存在に気づいたらしく、顔をこちらに向けた。

 その顔は、長年連れ添った私だからわかったのだろうか……驚愕している。

 トカゲの驚いた顔、なんて、滅多に見れるもんじゃないなあ、得したかも……と心のどこかでそんなことをとぼけた事を思ってると、リュウノスケを掴んだ両手が、ぐい、ととんでもない力で引っ張られた。

「え?」

 樹の洞の中に、まるで吸い込まれるかのように、私の体は持ち上がる。

「リュ、リュウ?リュウノスケ!!」

 私が掴んだリュウノスケも引っ張られているらしく、おそらく私はリュウノスケを掴んだ両手を放せばよかったのだろうが、そんな考えにはいたらない。

 やっと見つけた可愛いペットを再び見失ってたまるか、としっかりと両手でリュウノスケをホールドするが、引き込まれていくリュウノスケを引き戻すまでの力はない。

『なんできたんだ!!みちる!!』

 

 ………え?


 誰かの声が響いた。

 しかし辺りには誰もいないはずだ。

 おまけに私の名前を知っている。

 そして、どこかで聞いた、懐かしい声………


私の体はそのまま、竜鱗樹の中へと吸い込まれていった。


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