9) お茄子どころではありません
よろしくお願いします。
ライア王妃が隣の部屋で、息子たちとみちるを巡って言い争っているとはつゆ知らず、みちるは豪奢な寝台の上で、自らの置かれている状況を整理していた。
で、結局今一番の問題点は……
「何とかして、元の世界に戻りたいんだけどなあ〜」
手段を見つけるためにも、まずは体調を回復しなければならない。
みちる自身も、以前全身麻酔で手術を行った経験がある。
手術の後、まだ麻酔が切れる前に我慢が出来ずに動き回って、恐ろしいくらいの頭痛と吐き気に悩まされた記憶はまだ新しい。
「あの時と同じ、と考えると、やっぱり一日くらいはおとなしくしてないと、ね……」
未だにあの苦痛は思い返すだけでぞっとする。
とはいえ、見知らぬ異世界でのうのうと惰眠を貪れるほどの神経は流石に持ち合わせてはいない。
いろいろと考えるにも、状況を把握できないのでは無意味極まりない。
みちるは唯一の味方とも言えるリュウノスケに、状況を説明してもらう他、なかった。
「ねえ……あれから、どれくらい経ったの?」
その一言で、リュウノスケには一応意図は伝わる。
『………学校の裏山で俺を見つけてから、ってことを考えると、流石に俺にもわからないが、少なくとも、こっちでお前が発見されてから、の時間なら、わかる』
リュウノスケ自身にも、戸惑う点が多いらしい。
しかし彼には、みちるがこの世界に来てからの記憶はしっかり残っているようである。
「で、どれくらい?」
『……丸1日、くらいかな』
リュウノスケの答えに、みちるはため息をついた。
やっぱりなあ……あれがつい一時間前くらいの出来事だったら、と思ってたんだけど、なあ……
脇腹に刺青を施された、と聞いた時点で、少なくともその施術の時間帯、自分は気を失っていたのだ。一時間やそこらであるはずもない。
「ああああ……困ったなあ……」
こちらに来る前の経緯を思い返すと、今、ヨッシーがどんな状況に置かれているのか、想像するだに恐ろしい。
裏山の鍵を貸した同級生が、戻ってこないのだ。
一日、ということは、もしかしたら既に警察も動き始めているかもしれない。
そしてヨッシーは、部長として、その責任を問われているかもしれない。
(ああ、悪いことしたなあ……純粋に茄子の美しさに、うつつを抜かしてただけのおとぼけさんだったのに……)
巻き込んでしまったのは、間違いなく自分の責任だった。
あの日、リュウノスケを夏休みの学校にまで連れてきたのは、ちょうど両親ともに仕事の関係でしばらく出張となり、兄が夏の間の住み込みアルバイトで家を開け、祖母も老人会の旅行で3日ほど家を空ける、という状況だったからだ。
たまにリュウノスケの世話をお願いしている近所に住む叔母も、ちょうどこの夏、体調を壊して検査入院をしていた。
家でリュウノスケを見てくれる人がいない……ということで、致し方なくみちるは、彼を連れて登校した。
で、その結果、今の状況は……異世界で絶対安静状態、だ。
家族たちにも既に、連絡が入っているのだろうか。
両親や兄や祖母の予定を、邪魔してはいないだろうか……
入院中の叔母まで、不安にさせてはいないだろうか……
よく家を空ける家族だから、みちるが一人になる日は、必ずと言っていいほど、新汰が様子を見に来る。
家族絡みで昔からお隣の新汰の家族とは親密だった。出張の多いうちの両親とは違って、イタリアンレストランを経営する新汰の両親は、両親と祖母が不在の時にはみちるやみちるの兄を店に呼び、晩御飯を食べさせてくれた。
家族全員揃って爬虫類が苦手、という一点を除けば、みちるにとっても心強いお隣さんだった。
しかし今回は……
夕食の時間までに、どころの問題ではない。
鍵を借りたのは午前10時くらいの話だったが、2、3時間で、戻ってこないみちるのことを、ヨッシーが探し始めていても不思議はない。
おまけに見つからない、となれば……
(うあああああ……絶対新汰が、ブチギレてる……)
前に一度、部活の仲間たちと、ハメを外し、夜遊びをしたことがある。
いつものように家族が皆不在の日だったから、とタカをくくっていたのだが、新汰の家族に「夕飯はいらない」と連絡することはうっかり忘れていた。
まだ中学生だったから、それほど無茶をしていたわけではないのだが、家の方針でまだ携帯電話を持たされてはいなかったため、みちると連絡が取れなくなった新汰たち家族は慌てふためき、もう少しで警察に通報するところだったらしい。
機転を利かせた新汰が、みちると行動を共にしていた部活仲間の携帯番号をどこからか探し当て、みちるはすぐさま発見されたが、書き入れ時のディナータイムには仕事そっちのけでみちるを心配していた新汰の両親に、みちるはじっくりしっかりと説教されてしまった。
(自分ちの家族よりも、過保護、なんだよね……)
どちらかというと放任主義の両親と祖母は、みちるが夜遊びしようが、部活で怪我を負おうが、街中で絡まれている女の子を助けるために不良たちの中に突入して怪我を負わされようが、否を唱えることはない。時折兄が「さすがに状況によっては胃がキリキリするぞ、やめとけよ」と苦言を向けてくるくらいで、基本的に両親から、行動を咎められたことはなかった。
「……あの人たちは、大丈夫だろうな」
自分がどんな不測の事態に陥っていたとしても、彼らは動じないだろう。
しかし、新汰と新汰の家族、そしてヨッシーには、そうもいかない。
それこそ部長として責任を問われているかもしれないヨッシーに対しては……
「きっと茄子の収穫どころじゃ、なくなってるよねえ……」
警察から事情聴取を受けているかもしれない部長の姿を思い浮かべ、思わずプッと吹き出してしまう。
大きな背中を丸めて顔をそれこそ茄子のように青ざめさせているヨッシーは、妙にテレビでよく見る取調室の中が似合っている気がする。
「いけない、いけない、不謹慎……」
どうにかして、自分が無事であることや、裏山をどれだけ捜索したところで徒労に終わるということを伝えたいのだが、一体そんな術があるのかどうか……
「……リュウノスケ、私の服とか携帯とか……知らない、よねえ?」
今着ている服はみちるのものではない。おそらく着替えさせられた元の服は、あの王妃が取り上げたに違いない。もちろん、制服のスカートのポケットに入れてあったスマホも……
『想像通り、あのおばさんが持っていったぞ』
はああ。
みちるはリュウノスケの答えに大きなため息をついた。
「せっかく買ってもらったばっかりだったのにな、スマホ……」
『いや、そういう問題じゃないだろう』
意外とトカゲのくせに、ツッコミ上手じゃないの。
『どうせスマホが手元にあったって、さすがにあっちの世界とは繋がらないだろう』
そりゃそうだろう。ここが本当に異世界なのならば。
しかしまだみちるはかすかな希望を持っていた。
もしかしたらとんでもない大掛かりな“お芝居”なのかもしれないし、たとえ異世界だったとしても、そろそろ携帯会社の基地局が異世界に出来ていたっておかしくない。……いや、それはさすがにおかしいか。
自分の思考の中でノリツッコミをしつつ、何かしらの希望は捨てたくない、と思ってしまう。
「……万に一つの、よっぽど少ない可能性にでも、かけたいんだってば!」
『あ、電話をかけると可能性にかける、のシャレか?』
違うし。
ため息をついて、みちるは天を仰いだ。
主人公、まだ起き上がれません。




