あの人に贈り物を
振り下ろされた剣は、だけど赤いものを撒き散らさなかったんだ。
妙に怖い顔をしたあの人は、あたしを抱きかかえると周囲の声も無視してお城へ。うん、たぶんお城だと思う。たぶん。よくわからないけど、なんかそれっぽい感じだった。
そこで、たぶん偉い人なんだろうなーって人とお話をしていた。
で、気づいたら家にいた。
あの人の家、でも鳥籠じゃない。ふかふかの椅子に座らされていた。
「旦那様、お嬢様は……」
「近いうちに籍だけを入れておく」
「そ、それではつまり……!」
「俺の出世と引き換えなら、安いものだろう」
そんな話が、あの人ときれいなお姉さんの間でされている。出世、出世って偉くなることだったようなきがするんだけど、もしかしてあたしのせいでダメになったのかな。
だとしたら申し訳ないというか、謝らなきゃなんだけど。
っていうか、あたしの処刑はどうなったんだろう。
何もわからない、怖い。
怖かった、何もわからないこと。あたしのことなのに何も知らない、わからない、理解が追いついてくれないままに、ぐるぐる、くるくる、お話だけが先へ転がっていくの。
今回もそうだった。よくわからないうちに、あたしは鳥籠じゃなくてこのお屋敷で暮らすことになっていた。きれいなお姉さんや、同じ格好のお姉さんが、あたしのお世話をする生活。
ふりふりのかわいいドレス。
お風呂あがりには、何かをぬりぬりされるの。
甘くて優しい香りの、ぬるっとしたもの。オイルですわ、って言われた。
オイルって何なのかよくわからないんだけど、いい匂いだからあたしは好きだ。
なんか処刑がナシになってしばらくすると、あれこれお勉強も始まった。国の歴史、文字の読み書き、簡単な計算。ダンスレッスン。それと、食事の時のマナーとかそういうのをね。
最初のうちはダメダメだった。高そうなお皿を何枚も割ってしまった。先生の足を踏みつけない日なんてなかったし、文字のようなものをぐちゃぐちゃ書くだけだったし。
だけど誰も怒らないから逆に怖くて、あたしダメすぎるって落ち込んだ。
でもちゃんとできたらあの人は、頭をなでなでってしてくれるの。今まで見せてくれなかった優しい笑顔で、失敗しても明日できるようになればいいんだって言ってくれた。
あの人――えっと、名前、ユーリさん。
教えてもらった、あの人のお名前ね、ユーリっていう。
あたし、よくわからないけど無関係な孤児の女の子ってことになったらしいの。見た目が似ているだけで王女とするのはいけないことだとか、そもそも似ているからおとりとして祭り上げたのだろうとか、難しいことを『建前』っていうのにしたんだって、お姉さんが言ってた。
そうやってあたしを『被害者』にしたんだって。
そんなあたしを、閉じ込めたり処刑しようとしたのは、悪いこと。
ユーリはその『責任』をとった、ということらしい。それが出世がダメになったってことなのかな、よくわからないけど。でもあたしは、またユーリに助けてもらったってことなんだ。
しかもね、しかもね、ユーリはあたしに名前をくれたの。
名前がなかったあたしにね、あたしだけの名前。
ニアっていうの。
ユーリがつけてくれた!
あたしはニア。
ニアになったあたしは、ユーリと一緒にいるのがお仕事なんだって。
よくわからないけど、そういうものなんだって。
そんなことでよければあたしは、いつでもユーリと一緒にいるよ。寝る時だって一緒、ご飯だってできるだけ一緒。お風呂はダメって言われるけど。でもいつか一緒する。
朝は一緒にご飯を食べて、夕方までせっせとお勉強とお散歩。夜になったらユーリが帰ってくるからたくさんかまってもらって、お風呂にはいったら髪を乾かしておやすみなさい。
寝る前は、その日にあったことを報告する時間。
あたし、やっとまともに本を読めるようになったから。
こんな本を読んだ、こんなことを覚えた。たくさん報告するの。ユーリは毎日お城で頑張って疲れているけど、きっとそれはあたしのせいなんだ。あたしを守ってくれたから、なんか大変なことになってるんだって、それくらいはわかっているんだよ。だから、早く大人になる。
だけどそれ以上に、ユーリにお礼をしたいの。
なにかユーリにあげられるもの、あたしでも手に入るモノ。
まだ見つからないけど、いつか見つけるんだ。
いつか、ユーリにたくさんのありがとうと精一杯の恩返し、したいから。
■ □ ■
「おくりものー、おっくりものー」
今日も朝からユーリの家の、ううん、お屋敷の、書庫でひたすら本を読む。あたし、まだ子供だからできることが少ないし、そうでなくてもバカだから更にできることが少なくてさ。
だけどユーリの役に立たなきゃって思うの。
はやく、あの人の支えになりたい、恩返ししなきゃって。
あたしでもできること、あたしだからできること。何か何か、あればいい。そんな祈りを胸に本を探しまわること、結局数時間。やけくそで手を伸ばした本に、あたしは衝撃を受けた。
これだ。
これしかない。
条件はばっちりクリアー。ちょっとくらい痛くても平気。ユーリのことは大好き。ユーリがどう思っているかは知らないけど、嫌われてはいないと思う、たぶん。
じゃあ問題ない。ちゃんと呼べる。
「ご機嫌ですね、お嬢様」
近くで見守っていたお姉さんが、にこにこと話しかけてくる。
うん、あたしはご機嫌だよ。やっと役に立つ方法、見つけちゃったんだから。
「あのね、ユーリにね、恩返ししたいんだ」
「まぁ……」
「それでね、これならあたしでもできそうだなって思って」
これなんだよ、と本を開いてみせる。
お姉さんの表情が、ちょっとだけぴくってしたのはなんでだろうね。専門用語が多くてよくわからないけど、あたしでもできることのはずなんだよ。たぶん、できるはずだよ。
お互いが好き同士なら、それで呼べるんでしょう?
――コウノトリ。