あったかいせかい
夢を見た。
わりと悪くない、懐かしい夢だ。
男の相手をして生きていた、少し年上の女の夢。
一時期、姉妹みたいに一緒にいた女の夢を、久しぶりにあたしは見た。
彼女には口癖があった。恋なんてするもんじゃない、と女はあたしによく言った。いずれあたしも身体を売ると予言して、だからこそ、恋なんてするんじゃないよと、繰り返した。
……うん、何もなければ、今ごと名前も知らない男にさ。
ためらいなく、その日を暮らす金のために足を開いていただろう。
だって、それしかないもの。
勉強もできない、あたしにできる商売なんてさ。
だからだろう、彼女は恋をするなと言い聞かせてくれた。
うるさいくらい、しつこいぐらいに何度も何度も。好きな相手を心に宿して、なのに好きでもない男に抱かれることほど、惨めになって悲しくなって惨たらしいことは無いって。
『夢を見るのはいいけどね、でも恋はするんじゃないよ』
彼女はそういって、寂しそうに笑ってた。
そして、数日後に死んだ。
殺されたんだ。
彼女に恋をした、どうしようもないバカに。だけど彼女が愛した人に。二度と離れないように手を繋いで、永遠にそばにいられるよう身体を鎖で結わえて、そのまま二人で死んだのだ。
耐えられなかったんだろうね、とあたしは思うの。
それしかもう生きる糧がないのに、耐えられなくなったんだろうねって。
涙は出なかったけど、その生き様をしっかりと記憶した。
彼女は、その末路を含めて、未来のあたし。いずれあたしも死ぬんだ。あっさり、ぽっくりと死んでしまうんだ。今は少し予定が狂ったけど……いずれ、あたしもああなるんだって。
腹を掻っ捌かれて、喉を裂かれ。
いや、一思いに首をすぱーんとはねられて。
――愚かな王の血を引く、汚らわしい王女!
そんな罵声を浴びながら。
もしも幸いがあるとすれば、たぶん野ざらしにはされないことだ。
王を含めた処刑された連中は、それでも一応ちゃんと墓地に埋葬されたそうだから。だから処刑されたらあたしも、不本意ではあるけど同じところに埋葬されるだろう。
そこだけは、前よりマシだなって思える。
まぁ、墓に来てくれる人なんて、いないけどね。
知り合いなんて……死んだ彼女だけだったし。
そんな懐かしい夢だけど、あまり見たい夢じゃあない。
昔を思い出すのは、つらい。彼女との日々は、結構楽しかった。誰かと一緒に暮らすなんてことはしたことがなかったからさ、楽しくて面白くて、暖かい時間があったんだよ、そこに。
もうあの人がいないって思う瞬間、身体がぎゅうううって痛い。
「……あぅ」
身体を起こして、丸める。こういうとき、彼女はよく頭を撫でてくれた。しょうがないおチビさんだねって困ったように笑って、自分だってそうしてほしいくせにナデナデって。
あの感触が恋しい。
彼女が恋しい。
おかあさんみたいなひとだった。
おねえちゃんだったかもしれない。
あいたい。
死んだらあえるかな。
同じところにいけるかな。
……ムリかもな。
だって、あたしは王女だし。処刑される――あのクズと同じような立場だし。あの人だって元はいいところのお嬢さんだったと、死んだ後に聞いたんだ。王がああじゃなきゃ、きっと彼女はずっと平穏に暮らせていた。一緒に死んだお兄さん――元許嫁と結婚してね、幸せにね。
それを壊した男の子供が、彼女に会えるわけがないね。
鳥籠を覆う建物の、窓の向こうには夜空。
月が浮かぶ。
かつん、がしゃん、とこの時間には聞こえないはずの音。
視線を上から下へ向ければ、ランプを手にしたあの人がいる。どこか、悲しそうな、硬い表情をしているように見えるのは気のせいかな。彼は鳥籠のすぐ近くまできて。
「処刑の日が、決まった」
そう、低い声で言うの。
何かしてほしいことがあるなら言え、と。できるだけ叶えよう、と言われて。だけどあたしはすぐに答えられなくて。まって、すぐに思いつくからって叫んで、うーんうーん唸るの。
いざ、明日――そう、明日の昼過ぎに処刑しますって言われたりしたらね。
頭ん中、完全に真っ白ね。
何も考えられないね。
昔は、死ぬ前にゼイタクしたいとか、ドレス着たいとか思った。美味しいものを、あたしのバカな舌でも美味しいって思えるものをお腹を壊すぐらい食べたいなって、そんなことを。
でも今は、そんな気はぜんぜんしないの。
だけど時間は流れるし、迷う時間はあまりにも少ないし。
迷っていたら、ダメって言われてしまいそうで。だからあたしは叫んだ。
とっさに思いついたわりには、いい思い出になりそうなことを。
■ □ ■
ふかふかのベッド。
ころんころんしても、落っこちない大きさ。
あたしが願ったのは簡単なこと。
――明日がないあたしに、どうか最後に温もりをください。
あったかでふかふかのベッドで眠ってみたかった。お伽話ではよくあるじゃない。ふわっふわの寝床。薄っぺらい布をくるっと巻いてばかりだったから、だから最後に一回ぐらいはね。
ささやかな温もりが欲しくなったの。
まぁ、要するに添い寝。
隣では何とも言えない感じの顔をした彼がいて、ランプの明かりを調節している。時期に部屋は薄暗くなって、寝るのにちょうどいい感じの薄暗さと、仄明るさになった。
「さっさと眠れ」
ぶっきらぼうにそう言って、彼は背中を向けてしまう。
うーむ、これは添い寝なのかな。もっとこう、ほかほかあったかいイメージがあったのだけれども。なんか違う感じがする、これじゃ一緒に並んで寝ているだけな気がするな。
っていうかさ、そんなにイヤなら断ればよかったのになぁ。
だって、叶えるも叶えないも、それは彼の自由。きっと願いを叶えるっていうことも、彼の独断なのだろうからね。言わすだけ言わせて、それはダメって言っても許されると思うんだ。
それとも、あたし――『あの国の王女』がそんなに嫌いなのかな。
きゅううう、とまたどこかが痛い。
言うんじゃなかった、って、思ってしまう。美味しいものにしておけばよかった。そうしたらこんなことにならなかったはずだよね。彼に、こんなことさせなかったよね。
「……おやすみなさい」
小さく、挨拶して……目を閉じた。
本当はごめんなさいって、言うべきなんだろうけど。それを言ったら、最後の夢も見れなくなりそうだから。わがままだね、あたし。ダメな子だ……だから、明日ごめんって言おう。
目を閉じれば意識が、ゆっくりどこかに沈んでいく。
ふわりふわりと自分が漂っている感じ。
身体はぴくりとも動かない。動かそうとも思わない。
なのに、なんか身体が勝手に動いている。というか誰かに動かされている。だけど誰かというところははっきりしているから、あたしはそのまま目を閉じておくことにした。
どうせ、何されたって明日には終わっちゃうし。
してくるのは、彼だけだし。
うん、問題ないね。
なんてふうに考えて、されるままにしていたら――ぎゅう、と抱きしめられた。
誰かの腕の中にすっぽり収まって、そして頭を撫でられている。優しく、あやすように、寝かしつけるみたいに。懐かしい感じがした。こんなの久しぶりすぎて、すごく嬉しいよ。
……あったかいなぁ。
鼻の奥がツーンといたい。
泣きそう。
でも泣かないよ、啼いたりしないよ。
あぁ、でもね、あたしが願ったのは添い寝だけだったのにね。こんな感じに抱きしめてなんていってない、ここまでしてくれなくたっていいんだよって、そう思ったけど。
でも……うれしいな。
あったかいな。
今日ほど、いい夢が見れる日はないと思う。
神様からの最期の贈り物なんだ。
うれしいな……うれしい。
そして、意識が溶けちゃうその瞬間。
そっと頬に、何かが触れた、そんな気がするんだけど。もしかしてって、陳腐な妄想と貧相な知識からあたしの頭は錯覚して期待して一人盛り上がってしまいそうなんだけど。
期待しすぎはいけません、ということで。
それは、夢ということにした。
神様と彼がくれた、最高の……最後の夢なんだって。