籠の鳥の楽しみ
ここは、あたしが生きていた国のお隣。くそったれな王と愉快なブタ、改め身内と下僕ご一同を処刑した国の将軍さんのお屋敷だ。なんでお隣の国が処刑とかしたのかは知らない。
まぁ、でもそうでもしなきゃダメだったのだろうとは思う。
他所様が手出ししなければ、あのままあの国はダメになっていた。そのまま周囲も腐らせてしまっただろうさ。だから処分した。まぁ、こんな感じで間違ってないと思う、うん。
毎日、昼の少し前に、あの人はあたしのところに来る。
会いに来るというより、見張りのついでかな。
特に何も話さない。
話すネタもないし……あたしには学もないし?
その人は、王や王妃や側近や愛妾の首をはねた将軍だった。
正室は、もう何年も前になくなっていたらしい。そういえば、彼女の出身国が王とその他を処刑したこの国だったんだっけ。王妃になるんだから、きっとお偉い人だったんだろうね。
あぁ、だから滅ぼしに来たのかもしれないな。
まぁどうでもいいことだ。
王の子供を産むことを唯一許されていたという彼女のなきがらは、王の自室にそっと安置されていたそうだ。生前のままに、きれいなドレスを着せられていたのだそうだ。
……あぁ、完全に狂ってる。
そんな男の娘として生まれてしまったことが、少しだけ情けなくなった。
なんだか、ごめんなさいしたくなるね。
で、そこら辺のことを教えてくれたのがこの人だ。
あたしより年上の、立派な身なりをした。
彼は、あたしを見てる。
観察するように、全部みてる。
思えば、初対面のときもそうだったような。じーろじーろ見られるの、あんまり慣れてないから少し怖かった。あ、でも今は平気。将軍さんなら気にならない。慣れちゃった。
「ねぇねぇ、しょーぐんさん、何か用事?」
話しかける。
意味はないけど。
だってさ、ムシされるんだもん。
いつも、何も言ってくれないもん。
もう長いこと、あたしはここにいる。でもその間に、ちゃんとお話したことはない。この人は一方的に話すだけ話して、そんでもってさっさと帰ってしまうの。寂しいね。
彼――貴族らしいんだけど、あたしはその屋敷にいる。
たぶん、ほぼ毎日あってると思う。
だけどあたしは、この人のことを何も知らないのだ。どんなふうに表情を変えるのか、どんなものが好きなのか、あたしをどうして救ったのか。だって立場とか悪くなるじゃない?
だけどこうして見つめ合っても、あたしは何もわからないままなのだ。
悲しいから、鳴くように身体を揺らす。
きぃ、きぃ――鳥籠が揺れてかわいく啼いた。
あたしがいる鳥籠は、倉庫かなんかを利用しているらしい。
なんで鳥籠なのかはしらない。
野ざらしにして見せしめにするのかと思ったけど、倉庫の中だから誰も来ない場所だし。
んー、でも逃げ出さないためなんだなぁ、とは思う。
地面からは、大人の背丈よりも高い場所にある。
だからたぶん飛び降りたらケガをする。
っていうか、怖い。こんな高いところから飛び降りるとか、こうなる前の生活でもしたことがないししようとも思わなかった。まぁ、できたとしてもそもそも逃げる気がないけどさ。
逃げたって、あたしに行くところなんてないもの。
親はあんなのだし、身内なんてないし。
……うん、きっと疲れたんだよね。もうね、何もしたくなくなったっていうか。あたしなんかが何をしても、何の意味がないって気づいちゃった。今更なことを、知ってしまった。
あたし個人なんて、世の中はどうでもよくてさ。
王が親だから王女で、だから処刑する。
あたしが、王宮には入ったことも無いなんて、どーでもいいのさ。
鳥かごの中に敷き詰められた、ふわふわのクッション。
そこからもぞっと這い出て、あたしは問う。じっとあたしを見ている人に。
「ねぇねぇ、あたしはいつ殺されるの?」
それからちょっとだけ悩んで。
「あたしは、いつ殺してくれるの?」
知ってるんだよ、と。
あなたが王と側近と側室を、さくさくと殺したこと。
国に攻め込んだ軍の先頭に立ってたこと。
責任者だから、悪いヤツラを処刑したってこと。
だから尋ねるのさ。
身も心も、そして立場さえも、こんな『宙ぶらりん』は飽きちゃったからさ。別に死にたがりってわけじゃないし、痛いのが好きってわけでもない。そういうわけじゃないんだけど。
たぶん……迷惑かけてるからさ。
殺さなきゃいけない鳥を、こうして飼ってるわけだしさ。
だからやるなら早めに殺したらいいよって、そういったら彼は少しだけ表情を動かした。
初めて彼が、『驚き』の色を浮かべるのをみた。
ちょっとうれしくなる。
あたしでも、動かせるものがあるじゃん。
一応、あたしでもまだなんかできることがあったじゃん。
「お前は」
声が聞こえる。
彼の声だ。
見た目もそうだけど、声も結構かっこいい。
あたしが知る、誰よりかっこいい。もっともっと聞かせてよ、あなたの声を聞きたいよ。クッションの山から這い出して、近寄って、一番近くまで言って続きの音を待った。
だけど、彼は意外なことを『また』言った。
「死なせない。殺させはしない」
「……しょーぐんさん、おかしいな」
たしかにあたしは学が無い。
文字は読めるけど、計算なんてできやしない。
だけどさ、おかしいことをおかしいと、理解するぐらいはできるんだよ。
その程度はまだ、できるんだよ。
「あたしは王女だよ。殺さなきゃダメなんだよ」
そのために、騎士モドキを始末した後にあたしを牢に放り込んだんでしょう。ここに閉じ込めているんでしょう。あたしは、そのためだけにこの世にいるんでしょう、とか。
いろいろ言いたいけれどさ。
っていうかさ。
「あたし、死なないと迷惑かけちゃうじゃん」
ただでさえ、あたしの処刑を伸ばしてるわけだし。
これ以上は……ダメだよ。
殺されるかもだよ。せっかくその手を真っ赤にしてまで、沢山の人を救った英雄みたいな凄い人なのに。誰もしたがらないことを自らしたすごい人なのに、それなのに。
そんなあなたまで、殺されてしまうよ。
そんなのは、ヤなの。嫌だよ。
「死ぬのは、名前も無いあたしだけでいいんだ」
そう、あたしは名無し姫。
名前すらないままに捨てられた、存在しないお姫様。
あたしが何百人いたって、あなたの髪の毛一本の価値にもならないさ。
それでも、とかすかに声がする。
「お前は死なせない」
彼はそう言って、そして背を向けて去っていくの。
あたしはそれを見送りながら、最近妙にこぼしてしまうため息をぽつり。
……あぁ、この人は、どうしようもない。
哀れんでくれているのかな。何も知らないまま、捨てられて利用されるあたしを。利用されるだけされ続けるなんてかわいそうだって、そんなことをあなたは思ってくれているのかな。
そんなふうに、思われていたらいいな。
そんな哀れみさえ、あたしは向けられたことがなかったから。
がちゃり、と扉が閉まる音。次に彼が尋ねてくれるのは明日だ。明日の同じ時間帯。お昼を食べ終わって満腹満足になってごろんとするあたしを、あの人はまた見に来る。
生かされもしない、殺されることもない。
そんな籠の鳥の、これだけが『楽しみ』なのです。