序
fluere fluoriteの読了後でないと、とても意味不明な上にネタばれになります。
お気をつけ下さい。
……ここではない世界
今ではない時を刻む物語
一体この世界に生きている人々の中でどのくらいの人間が、一生のうちに二度も『浚われる』などと言うありがたくない経験をしているのだろうか。
馬車の中、私はきつく掴まれた腕をなんとか振りほどこうと身もがきながら、この白昼堂々と行われた拉致行為の実行犯達の姿を睨みつける為に、顔を上げた。
床や座席に白い羽が何枚もクルクルと窓からの風に舞い踊っている。
この街の噴水広場の前に群がっていた白い鳩の群れの中を突っ切った時、車内に入り込んだものだろう。
ブルジリア王国では白い鳩は神聖な鳥であると、それを私に教えてくれたのはグラントだ。
二年と少し前、私に対して一度めの『誘拐行為』を行った相手が彼。
当時、私が生まれ育ったリアトーマ国と冷戦状態にあったアグナダ公国の諜報員だった彼。
その正体を知ってしまった私はグラントによって連れ去られた。
その後冷戦の原因をねつ造し、両国の開戦を狙った第三国の監視下に置かれた少女メイリー・ミーと、彼女が父親から託されていた『ねつ造証拠資料』の回収に協力したり、資料の奪い合いに巻き込まれるなどの紆余曲折のすえ、どんな運命の悪戯か、私とグラントとは互いに愛し合うようになり、去年の春に晴れて結ばれることとなったのだ。
──────波乱の末の幸せな結末。
でも、ふつうは『誘拐行為』が幸せな結末を呼ぶなんてこと、あり得る筈がない。
カラカラと車輪を鳴らして走る馬車の中、私は混乱と恐怖に震えながら、一体なぜこんなことになってしまったのかと、泣き出したい気持ちで考えていた……。