滋賀竜王
エレベーターを降りた時、入れ替わりに夫婦だと思われる男女と小学生くらいの子供二人が乗った。
花たち六人は、少し遅めに朝食に降りた。
予約席は、一番奥であり、花は黒澤の隣に座った。
「昔の側室が、時代の移り変わりに、権利を主張したとしたらどうだろう?」
皆伐は言った。
愛知県の小牧城は、織田信長が建城した。小牧山の天辺から、側室である生駒吉乃を見張るために、あえてわざわざ建てたという。
「ネズミ算式に増える子供を盾に、夫に権利を主張したとしても不思議でないじゃけ。優秀な他人の子より、できの悪い我が子じゃろうが、ここに女が入り込むとややこしくなる。結局じゃが、陽菜も皇室じゃが、それは直系ではない皇族として名を馳せるしかない」
皆伐が続けて言うと、「まあ、それが、貴族の始まりじゃけ」と、谷田が賛同した。
ビュッフェスタイルのホテルの朝食は、一人三千円と高めである。
皆は、料理を一通り取ると席に着いた。
コーヒーは、そこそこ味が違う。
花が、レモン入りの水を注ごうとすると、楠木が、「こっちにしとき」と、コーヒーを花の席に置いた。
「法律が、権利を生んだと言っても過言じゃないじゃけ」
皆伐は、そう言って最後のひと口を口に入れた。
「じゃが、皇族は、ベルトコンベアーには乗らん」
蛍はコーヒーを飲みながら言った。
「ベルトコンベアーとは?」と、花が聞くと、「それはじゃ」と、蛍が続けた。
「世の中っちゅうのは、まず、小学校、中学校と行くじゃろ?それから高校大学じゃけ。実に、十六年もの間、学びっちゅう建前の・・・んー・・・そうじゃな、洗濯機じゃ」と言ってから黙った。
「でも、勉強は楽しかろ?」と、花が言うと、うつむいていた蛍が、「プッ」と吹き出し、突然笑い出した。そして、「ちょっと・・待って・・コーヒーまだ飲みたいじゃけ」と、ヒーヒー言いながら、席を立った。
「要するに、頭が悪いってことじゃけ」
携帯を操作しながら、黒澤は言ったが、すぐに押し黙った。
テロップに晃からのラインが流れてきたからだ。
ー不本意ながら現在千歳。チャンスを待て。
花は、黒澤から携帯を受け取ってそれを見た。
(おみくじみたいじゃ)
そう思って花が顔を上げると、谷田も楠木も自分のスマホを見ていた。
楠木が、「またまた、吉、チャンスを待てみたいな」と言うので、花は笑いそうになった。
「静香はどうしてるじゃけ?」
部屋に戻ると花は蛍に聞いた。
「神戸マフィアが、伏見稲荷大社から手を引いたじゃけ。静香が言うには、不穏なのは、引き抜きじゃけ」
蛍は、手慣れた手つきで自分の下着などをたたんでいたが、ホテルの寝巻もきれいにたたみ出していたので、花は先に、「それ、どうするじゃけ?」と聞いた。
蛍は、小さなスーツケースの一番上にその寝巻を入れながら、「持って帰るじゃけ」と言い、自分の体重をかけて押し込んだ。
「いや、このパンタロンはキツイな」と、蛍が言うので、花は蛍の腰の辺りを見た。
お尻も太ももも、ぴちぴちで、確かにそれはきつそうだ。
花は、別なチャイナドレスを着ていたが、それはお尻の辺りが緩く、何だか格好悪いなと思っていた。
「よ、ほ!」と、蛍はスーツケースをおさえながらそのチャックを閉めた。
「カフェが増えてな、生豆からが香りがいいと、喫茶店でもないのに、ド素人が豆を買ってじゃ、ヘタしたら家でひく。コーヒーメーカーも、ネスカフェがポーションで売り出したじゃけ、元々は、泥水かというようなものだったじゃけが、人の味覚が変わった昨今、パーソナルスペースを重んじる札幌でさえ、カフェスタイルを取り入れ、そこに軽食を入れることで、メーカーというよりもはやブランドとなった」
横で聞いていた皆伐が言った。
「静香が、先に注文して席に着くは、セルフと変わらない、おまけに砂糖は一つときたもんだ、喫茶店なら自由に砂糖を入れられるじゃけ、ミスタードーナツでもあるまいし、中途半端なVIPが考えた格好のいいとは名ばかりの、合理的な喫茶店が、カフェじゃけ」
皆伐は、店を広げるつもりはなかった。
祇園の夜は、ほっとする昔ながらのスタイルが、懐かしいというよりも、郷愁を一掃した永遠であると思っていた。
「なにはともあれ」と、蛍は続け、「東京出身の静香は、マーケではない新しいスタイルは、良くないと言った。うちも思うじゃけ、あれじゃ、都会のねずみじゃないが、浮足立った昨今のSNSのように、やられるじゃけだが」と切った。
京都は京都だけでいられないなら、こんな世の中など、消えてなくなればいい。
人には、今しかない。
刹那ではない、先行きなど知りもしない。
黒澤は、「この執念こそが、生きる糧じゃな」と、花に言った。
「三井アウトレットパーク滋賀竜王に行こう」と、楠木が花に言った。
せめて楽しみは、買い物しかない。
花は、バッグや服より、ホットチョコレートが飲みたいと思った。
チェックアウトを楠木がしている間、黒澤は、花の腰に手を回し、その髪にキスをした。




