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6話・序章最終話 王子の心に触れた者





星爵(せいしゃく)家皇都邸を訪問した数日後、私は自宅の裏庭でゆっくりしていた。ルルも楽しそうに花と戯れている。

そこに、ヴァルトハラン教国のレグナス王子はまた予告もなくふらりと現れた。


「レグナス殿下。せめて正面から入ってきてください」

「善処する。それにしても統一感のない庭だな」


何やら失礼なことを言いつつ、彼はルルを持ち上げ、相変わらずぐにょんと伸ばして遊ぶ。

『また伸びてます』と笑いながら抗議するルル。レグナス王子も笑いながら、「これは病みつきになる」などと平然と返していた。

どんな花もかすむほどに美しすぎる王子と愛らしい魔獣。

無駄に絵になる光景だ。


私はため息をつきつつ、自分がそのやりとりに慣れてきてしまったことに軽い眩暈を覚えた。


「それで。今日はどのようなご用向きで?」


私が訊ねると、レグナス王子は軽い調子のまま、「ああ」と言った。


「そうだった。俺は今日で教国に戻ることにした」

「そうですか……」


──いや、この王子は本当に何をしに来たのだろうか。

うちに来るときは少なくとも何も外交らしいことをしていないし、お兄様の話と総合すると他の場所でも多分特に働いていない。


「まあ、では。お気をつけて?」


適当な社交辞令で返すと、王子はいつものように悪戯な表情をした。


「少しくらい寂しそうな顔を見せてもいいんだが?」

「大丈夫です」


その応酬に二人そろって小さく噴き出す。

それから私たちはまた、他愛もない会話を続けた。私は、お兄様がルルに大量のお菓子を届けてくれた話や、花の祝典から逃げられそうもない話を。彼は、腰に下げた双剣の使い方の話や、東方でしか見られない珍しい草花の話を。


会話の中で不意に彼は、私に訊ねた。


「次にこの国を訪れた時は、また会ってくれるか?」

「……まあ、お会いするくらいなら」

「ほう。ではその時には名前を俺のことを呼び捨てで──」


流れの中でいつものようにレグナス王子がふざけようとした時、私は不意に背後から肩を掴まれる。


「おい、リシェル!」


良く知った力強い声に、私は振り向いた。


「あれ、カイラン。……どうしたの?」


私の後ろに立っていたのは幼馴染の騎士だった。


灰色がかった暗い銀の短髪。まだ若く細身ながらも引き締まった身体。皇国軍騎士団の制服に身を包んだ彼の背丈は、長身のレグナス王子と並んでも見劣りしない。

最年少入団の期待の新人騎士ということもあり巷では随分と人気だと聞くが、私から見ればいつまでも人懐こい弟である。

そのカイランが妙に険しい表情をしている。


「どうしたはこっちの台詞だ。何かとリシェルは危なっかしいからまた見に来てみたら、案の定、変なやつに絡まれてるじゃないか」


カイランは大股でずかずかと回り込み、私の前に立ちはだかった。


「別に困ってはいないけど」


私がいつも通りの気の抜けた声で答えると、王子は楽しそうに目を細めた。


「だ、そうだが? 番犬くん」


カイランは眉をひそめ、警戒するようにレグナスを睨む。


と、そこで私は重大な事実を思い出して、慌ててカイランをしゃがませて耳打ちした。


「というかごめん、カイラン。言い忘れたけどこの方、ヴァルトハランの第一王子だから。あんまりその……態度とか……言葉遣いとか」


説明を付け加える語尾が我ながらどうにも小さくなる。そもそも自分の彼に対する接し方が通常なら処刑ものだから、他人にも強くは言えない。

しかし、レグナス王子の正体を知ってもカイランは、驚きつつもまだ真っすぐに彼を見つめ返した。


「貴方が誰かは関係ないです。俺はこの国の騎士なので、困ってる皇国民がいれば見逃せません」

「ちょっと、カイラン……」


不敬に青ざめる私の横で、王子は愉快げに笑った。


「俺が教国の王族と知ってなお態度を変えないとは殊勝な男だ。それは、騎士としての誇りか?」


語り掛けながら王子はカイランに顔を近づける。


「それとも……後ろのご令嬢のためかな?」


途端にカイランが耳まで真っ赤になってしまった。

ああー。

そういう弄られ方は確かにカイラン、慣れてなくて苦手そうだもんなぁ……。


私とルルは若干蚊帳の外で二人の様子を見ながら、レグナス王子の的確な性格の悪さに頭をかかえた。


「まあ精々頑張れよ、番犬くん。俺がいない間のリシェル嬢を頼んだぞ?」


王子は含みを持たせてカイランの肩を軽く叩き、かと思えば私には不気味なほど爽やかな笑みを向けた。


「さあ、リシェル嬢。そろそろドレスの仮縫いの時間だろう?」

「……どうして王子殿下がそんなことを知っている」

「ちょっと殿下。カイランを混乱させないでください!カイランも。さっき花の祝典の話をしただけだから」


わたわたと補足する私と、やり込められて悔しそうにするカイランを尻目に、レグナス王子は優雅にひらりと手を振った。


『またルルを伸ばしに来てくださいね!だんなさま!』

『ちょっとルル。なんであれが旦那さまなの。ああいう自分の容姿に自覚があって性格の曲がった美形が一番タチが悪いんだからね』


いつの間にか懐柔されすぎているルルをつつきながら、私はカイランと並んで、さして名残惜しくもなさそうに颯爽と去っていくレグナス王子を見送った。





半日後。

ルミナリア皇国南部丘陵地帯。


ルミナリア皇都を出たヴァルトハラン教国の馬車は、国章を隠して南へと向かっていた。


「この国に来た“目的”をお忘れでなかったようで何よりです、殿下」


皮肉交じりに護衛隊長のテルマーが言う。レグナスは、幼少期から知るその少し年上の配下に、不機嫌な鼻息で返事をした。

元々レグナスがルミナリア皇国を訪れたのは国皇への挨拶のためなどではないし、本人の心情はともかくとしてリシェルの顔を見るためでもない。

震淵(しんえん)”についての不穏な噂について調べるためだった。


世界に十だけ存在する底の見えない穴、“震淵”──古くは崇拝の対象だったと言われるが、禍をもたらすとして現在では十か所全てが封印されている。

ヴァルトハラン教国は永く歴史の影でその管理を担ってきた。

当代は、リシェルの調律による神侵病からの回復後は、教国外の震淵の調査についてはレグナスが一手に任されている。


「星爵家のご令嬢のところにあれだけ入り浸れば、“皇国の現地貴族と交流していた”というアリバイもおそらく十分でしょう」

「……アリバイ、か」


釈然としない様子の主に、テルマ―は敢えて茶化した言い方をした。


「いちいち拗ねないでくださいよ、面倒くさい」

「斬るぞ、たわけが」

「おお怖い。ところで、殿下」


わざとらしく自らの肩を抱くテルマーは、ふざけながらもあたりの地形と王子の行程表は完全に頭に入れていた。


「そろそろ丘陵地帯を抜けるようです」

「ああ」

「じき、ルミナリア皇国最南部、〈黙哭(もくこく)の森〉に接近します。〈黙哭の森〉の内部には皇国内唯一の“震淵”が存在しますが、今回通報があったのは禁区指定の外の農村からです。曰く、ここのところ家畜の魔獣、豚牛(ポルカウ)が突然暴れ出したり、急死したりが続いていると」


事前の報告書から変わりはないな、とレグナスは頷く。

たしかに、震淵の影響が疑われる状況ではある。


だが彼の読みは違った。


「おそらくはくだらん事件だ。リシェルとの顔合わせを優先したのも私情ではない。こちらに緊急性がなかったゆえだ。分かるな?」

「まぁ教王燦下にお叱りを受けたくないですし、そういうことにしましょうかね」


相変わらずテルマーは軽口を叩くが、レグナスは「話は終わりだ」、と以降は彼を無視して窓の外の地形を観測する。


やがて村に入ると、彼はすぐに馬車を降り、自分の推測に従ってしばらくあたりを歩き回った。

十五分ほどそうしてからしゃがみ込んで地面を軽く触れた。


「──やはり、思った通りだ」


そうつぶやいて、レグナスは興味をなくしたように首を振って馬車へと戻り、不機嫌も露わに足を組んだ。


「つまらん。震淵とは無関係のただの鉱毒だ。毒を飲めば魔獣も狂う」

「それを立地の問題で住民が勝手に震淵と結び付けて怯えていた……ですか」

「ああ。あとは適当にお前の方で報告書をまとめておけ」


その言葉聞き、テルマーは素早く部下に調査結果を村人へ説明しに行くよう指示した。


「土の術式による土壌解析と鉱物の知識、でしょうか。相変わらず鮮やかですね、殿下の手腕は」

「よほど愚鈍でなければ誰にでも分かる範囲だ」

「まあまあ。しかしさっきの、私情がどうこうっていうのは嘘でしょう?嘘はいけませんよ、殿下。リシェル嬢のところに入り浸って()()を後回しにしたのはどう考えても……」

「黙れ。剣の錆になるか?」


端正な顔を鋭くしてレグナスは部下を黙らせる。

けれど幼馴染の護衛隊長は、自分よりも遥かに強く護衛など不要であろう主が、続けて小さく漏らした台詞を聞き逃さなかった。


「……だが。リシェルならこういうやり方ではなく、暴れ出したポルカウと対話をして解決したかな?」


いとおしそうにそういうレグナスを見て、やはり彼女は殿下の心の相当深いところに触れている、とテルマーは思う。

幼い頃から知る自分よりも、もっと深いところに……。





同日、夜。


『ねえ、ルル。これからちょっと忙しくなりそうだね』


花の祝典に参加するドレスの仮縫いの職人たちが帰ったあとの自宅で、私は寝転びながらおなかに乗せたルルに話しかけた。


『契約者としての仕事もあるし、ルルとも出かけたいし、ルルのご両親にも会いたいし。花の祝典はいよいよサボれそうにないし、レギナには絶対会いに行きたい』

『リシェルさまなら、きっと全部できますよ。わたしにもちょっと秘密の計画がありますし!』

『……ふふ、なにそれ』


ルルが楽しそうに笑い、私もつられて笑ってしまった。

彼女と出会ったおかげか、最近の私には思ったよりもやりたいことが多いみたいだ。


──それに、いつか。

ルルと私のように、こんなふうに。もっと人と色々な魔獣が分かり合える世の中になったら……なんて。


柄にもないことを考えながら私は、春の柔らかな夕陽の残光をにじませる、薄暮の空を見上げた。





序章・完


序章完結です!


次話から本格的に本編に入ります。

感想、ブックマークなどいただけますと嬉しいです。


なにとぞよろしくお願いいたします!


章の合間に軽く、登場人物メモ、魔獣図鑑、年表をつけてみます。

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