心置きなく家族との時間を過ごしたい異世界転生者、過去の亡霊と相対する。
面白いかはともかく思いついたので(ぇ
「家族全員揃っての外食なんていつぶりかしら」
「いえ、家族全員揃っての食事自体今回が初めてですよ確か」
「前にみんなと一緒に食事をしたのは、みんながイデル様の婚約者となったばかりの時――まだ家族じゃない時だから、確かに初めてだよね!」
ここは、僕が生まれたこの国にいくつかチェーン店を持つ、とあるレストラン。
そこの予約した個室――主に静かに食事を楽しみたい家族や、密談をしたい者達が使う部屋の円卓の周りに座る、僕の妻達が笑みを浮かべて会話をしている。
そして妻達と、同じく座る僕の周りでは……僕と彼女達との間にできた子供達の内の二人がドタバタと走り回っている。
まだ食事が運ばれてきていないからいいが、そろそろ叱らなきゃいけないか……なんて一瞬思ったが、初めての家族団欒なのだ。それに部屋の壁は防音壁だから、料理が来るまでの間くらい騒がしくても問題はない。
というか僕も含め、みんなそれぞれ忙しかったので、こうして揃えたのは奇跡に等しい。
そしてそんな僕の妻達は、見た目こそ三者三様ではあるものの、その差異など気にしないほど仲良しなので、久しぶりの再会で笑顔になるのも当然であり、子供達も彼女達に負けず劣らず仲良しなので、こうしてはしゃぐのも無理はない。
「そうだな。それもこれも……ようやく戦争にひと区切りがついたおかげだよな」
ちなみにその忙しかった事柄というのは、戦争絡みの事。
この国は現在とある国と戦争中であり、長い間、劣勢になっていたものの、最近ようやく敵国の主力達を無力化できたため、こうして……束の間だろうけど、一応平和になったのだ。
「イデル様、よそ事のようにおっしゃいますけど」
少々太り気味……いやちょっと違うな。
いわゆるマシュマロ女子に該当する体型である僕の妻の一人ことレヴァンナは、騒がしいにも拘わらずグッスリと、自分に抱かれて眠っている、先日一歳になった二人目の娘であるミーナを撫でつつ苦笑した。
ちなみに、はしゃいでいる子供達の内の一人は、彼女との間にできた第一子ことエマである。
「戦況をひっくり返せたのはイデル様のおかげではないですか」
レヴァンナに時々「もう少し食べなさい」と心配されるほどの痩身で、素朴さを感じさせるそばかす女子にして、同じく僕の妻の一人であるオリガが、ようやく妊娠できたおかげで、最近膨らんできた自分のお腹を優しく撫でながら苦笑する。
「アハハ! イデル様はもう少し自信を持った方がいいですよ!」
快活に笑うのは、同じく僕の妻であるトリッシュ。
レヴァンナとオリガの中間……いわゆる標準体型で、小麦色な肌……さらには、相手が誰だろうが自由奔放に接する性格をしている。
ついでに言えば、周囲をエマと走り回っているのは彼女との間に生まれた息子であるジャンだ。
「う~ん、でもな。僕のやった事はこの国の国力を上げる手伝いだけで、戦争そのものにはあまり参加していないんだよな」
「「「…………はぁ~……」」」
三人同時に溜め息をついた。
いったい何だって言うんだ。
「まぁそんな謙虚なところも」
「イデル様の魅力ではあるんですけど」
「その国力を上げた事で勝てたっていうのに、どんだけ自己評価低いんだ! ってツッコんでいいですか!?」
「「「いやもうツッコんでる」」」
今度はトリッシュに同時にツッコミを入れた。
すると、これまた同時に四人揃って……なんだかおかしくて笑ってしまった。
そして、そんな光景を見て。
僕は改めて……平和になったんだなぁと実感した。
というか、自己評価が低い、か。
自覚はあるけど。
それでもそう簡単には変えられないな。
だって、僕は――。
「お待たせしました、イデル様」
するとその時だった。
個室のドアが開きウェイターが料理をのせた盆と共に入ってきた。
「こちら、前菜の『リベルクのネーバのファルテ』でございます」
「うわぁ! 前菜からしておいしそう!」
「トリッシュ様、気持ちは凄く分かりますが、そんなにはしゃがないでください。というかジャン様をいい加減止めてください」
「エマも、いい加減席に着きなさい。ご飯抜きにしますよ?」
圧が、一瞬だけレヴァンナから放たれた。
同時にエマとジャンが、冷や汗をかきながら急ブレーキをかけた。
三人の中では一番最初に僕と婚約を結んだばかりか、出産と子育ての経験値も、三人の中では一番上なので彼女は『母は強し』という言葉がそりゃもう似合う存在なのである。おかげで僕の貫禄がかすむけど、別に僕はハーレムなこの家庭環境の中で威張りたいワケではないので、マイペースに子供達に言う。
「エマ、ジャン、いい加減にしないとお前達の分まで父さんが食べちゃうぞ」
「え、やだぁ!」
「僕も食べる!」
エマとジャンは慌てて席に着いた。
その様子を見て、レヴァンナは少々呆れた顔をし、オリガは苦笑し、トリッシュは子供達の反応が面白かったのか笑っている。
というかトリッシュ、僕とレヴァンナだけじゃなく君の役目でもあるからね?
「それじゃあ、改めてみんなで食べよう。両手を合わせて」
それはともかく。
料理が冷めてしまうからそろそろ食べよう。
僕の言葉に反応し、みんな手を……レヴァンナの場合はミーナを優しく起こし、椅子に座らせてから手を合わせる。
ミーナは目の前に置かれた、自分の分の前菜を見て目を輝かせた。
前菜である『リベルクのネーバのファルテ』は、まるで芸術作品のような見た目をしているから、その反応も解る。
「ようやく手にできた平和と、その礎になったみんなに感謝を込めて……いただきます」
「「「いただきます」」」
「「いただきまーす!」」
「いーぁあーきぁー!」
僕の後に、レヴァンナ、オリガ、トリッシュ、エマ、ジャン、ミーナが続く。
そして僕は、この世界――異世界転生という形で、救うために来訪したこの世界でできた家族と一緒に、食事を始めた。
※
前世の僕は……最悪な日常を送っていた。
根暗で、人と話すのが苦手で、それで見た目に気を使ってなかったせいか、学校ではイジメのターゲットにされていた。
靴を隠されたりノートが破かれたり水をかけられたり因縁をつけられて土下座を強要されたり暴力を振るわれたり嘘告白やら嘘のラブレターを貰ったり僕に触れて汚いモノに触れたかのような反応をされたりと、散々な目に遭った。
なんでみんなと違うだけで、こんな事をされなければいけない。
確かに僕にだって悪いところがあるけれど、なんでここまでの事をされなければいけない。
毎日毎日、そんな思いを溜め続けた。
だけど僕には、何か行動を起こすだけの度胸がなかった。
相手が怖いから、というのも、もちろんあるけれど、仮に先生などにイジメの件を話したところで改善されるとは、最近のニュースからして思えなかったから……というのもある。
そしてそんなワケで、卒業まで待てばもう何もしてこないだろう……と僕は諦観の域に達していた。
だけどそんな最悪な日常はある日、転機を迎えた。
修学旅行――僕にとっては悪夢でしかない行事で目的地まで向かう途中……移動手段で使っていたバスが交通事故に遭い。
僕達は……向こうの世界の環境に適した体質になるように、肉体が再構築された上で、その向こうの世界こと、この世界に行く事になったのである。
異世界転生と異世界転移の違いはちょっと分からんけど。
新たな肉体に創り直されている=生まれ変わったから、とりあえず異世界転生とこれからは言うけど……とにかく僕達は異世界転生をする事になったのだ。
そしてその際、転生の間とでも呼ぶべき空間でこの世界の神様的な存在に会ったけど……神様によって転生のための術をかけられこの世界へと移動するまさにその時に、僕は、みんなと一緒に乗っている魔法陣……いや正確には、魔法円というのが正しいんだったか。
とにかくそこから、なんとイジメの主犯によって落とされ…………紆余曲折ありみんなとは違うプロセスでこの世界への転生を果たしたのだ。
そしてそこからは、文字通り死ぬほど大変だった。
この世界を本当の意味で救うための戦いに巻き込まれる事になり、自分が助かるためにも、自分が所属してる陣営に元いた世界の知識や技術を伝える日々となり。
そしてその貢献が認められ階級が上がり、上官に勧められる形でレヴァンナ達と出会う事となり。
最初はお見合いという形での出会いだったけど。
それぞれの魅力的な部分を見つけて彼女達とならと確信し。
そして戦いにひと区切りがつく度に婚約や結婚をして…………そして今がある。
今となっては、まるで生き急いているかのようなスピード結婚だった……ような気もするけど、後悔はない。
とにかく、こんな僕を愛してくれているみんな…………愛してやまないみんなと出会えて僕は、前世と違ってとても幸せだ。
※
「お父様ぁー、もうなくなっちゃったー」
「まだまだ食べたいよー」
そんな僕が前菜をゆっくりと食べる中。
エマとジャンが真っ先に食べ終えて不満そうな顔をした。
いや、実際不満だろうけど。
こんな事なら、前世におけるフルコースのように少量の料理が次々出てくる形式じゃなくて、バイキングなどのようにすぐにいっぱい食べられる形式のレストランにすればよかっただろうか。
「こら二人共、せっかくお父様が連れてきてくださったジビエ料理のレストランで文句を言わないの」
「オリガ様の言う通りですわ。文句を言う子にはもう食べさせませんよ」
まだ母になったばかりのオリガに、レヴァンナが援護射撃をする。
するとエマとジャンは「えー! やだぁ!」と悲しそうな声を上げた。
それを見てトリッシュはまだ笑った。
というかトリッシュ、一人は僕とお前の子供だぞ。
「あー、ごめんごめんみんな」
そしてそんな僕の視線に気づいたのか、トリッシュは笑みを見せながら言う。
「こんな、なんでもない日常をようやく送れるって思うと……笑顔でいなきゃ損かなぁって、思えて」
次の瞬間。
その場がしんみりした雰囲気になった。
戦争に関わらなかった子供達は頭上に疑問符を浮かべた。
それだけ、今まで敵国との間に起きた戦争は、僕達からいろんなモノを奪ったのだから。そしてその事実を、さらには敵国への悪感情を、大人達の計画通り、子供達に受け継がせる事なく戦争を終わらせられたのだから。
戦争経験者にはいろいろ、思うところがあるのだ。
『イデル様』
すると、その時だった。
聞き覚えのある声が僕の脳内で響いた。
僕の側近の一人であるラージャによる念話だ。
家族団欒の時に話しかけるなんて、よほどの事が起きたに違いない。
でなければ減給処分にするところだ。
『お食事中のところ申し訳ありません。実は現在イデル様達がお食事をしてるレストランをさらに詳しく調査したところ、肉料理で使われる予定だった肉が――』
だがその報告を聞いて、すぐに納得した。
確かにこの報告は、仮に家族団欒の時であろうともしなければいけないモノだ。
『分かった。すぐにそちらに向かう。当事者達については頼んだ』
「すまない。用事ができた。十五分くらい待ってくれるかい?」
ラージャに返事をすると同時に妻達に確認をとる。
今すぐどうにかしなければいけない案件、というワケではないのでこのまま家族団欒の時間を過ごしてもいいんだけど……もしもの場合がある。
それも、家族が巻き込まれるやもしれないレヴェルのもしもが。
「あら? そんなに緊急の用事ですの?」
レヴァンナは片眉をつり上げた。
といっても僕に対し嫌な気持ちを覚えてるワケじゃない。
僕に尻ぬぐいをさせなければいけない先日までの戦争へと向けた嫌な感情だ。
それくらい、ここ十数年の付き合いの中で理解している。
だから僕は、彼女へ「そうなんだ。人気者なのも考え物だよ」と、疲れた様子を見せた上でジョークを交え、返事をする事ができる。
「まぁたったの十五分でしょ? 気にしないで!」
「むしろ十五分で済む程度の事なら、イデル様なら大丈夫ですね」
「そうね。ですが、どうかお気をつけて」
すると妻達は。
僕の気持ちを理解するだけでなく、その僕に何ができるか、そして時間を考慮しどれくらいの規模の案件なのかを計算し……笑顔で見送ってくれる。
反対に子供達は「えー!? また仕事ですか!?」や「行っちゃやだー!」などと我儘を言うけれど、そんな子供達を妻達はあやしてくれる…………理想的な家庭とはこういうものなのかもな。
人によっては違うだろうけれど。
少なくとも僕にとっての理想は……今の家庭だ。
だから僕は。
そんな家庭を壊しうる案件をすぐにどうにかするべく。
家族には詳しい説明をせずに個室を出ていった。
※
「…………こいつらは食材として使うなと言ったハズだよね?」
「「「も、申し訳ございませんイデル様!!」」」
呆れて頭痛がしてきた僕に、家族と一緒に食事をしていたレストランの料理長、そしてその部下だろう料理人が頭を下げた。
「全ては部下の仕入れの状況をちゃんと確認しなかったわたくしめの失態です!! いかなる罰でもお受けします!! ほら、お前も謝れ!!」
「も、申し訳ございませんイデル様!!」
「いや二人共、まだ加工していないならいいよ」
料理長と料理人が涙目で頭を下げる。
だがそこまで責任を感じられると逆に困る。
確かにこいつらを仕入れたのは大問題ではあるけれど、食材として使わんとする寸前で気づいてくれてむしろありがたいよ。
それだけ目の前の食材は危険極まりないんだから。
「その代わり、こいつらとは関係のない普通の食材をすぐに仕入れて。それから、しばらくこの部屋には絶対に入らないように。こんな事態を起こすこいつらを処分しなきゃいけないから」
「「は、はいぃ!!」」
僕が思わず発してしまった圧にビビり、料理長達は急いで、その食材を保管していた部屋から出ていき…………僕は改めて向き合った。
前世において僕を何度もイジメ、そして僕とは違うプロセスでこの世界に転生をして…………この国の敵国の主力となってた元同級生達の死体と。
「…………やっぱり。この世界に絶対還せないほどの怨念にまみれてるか」
転生した時に神様から借りた鑑定スキルを通し。
目の前に適当に積み上げられた元同級生達の死体が黒い靄のようなもの――怨念や邪気を放っているのを見て思わず呟く。
「これをもしも食べていたら、神様の加護を受けている僕はともかく、僕の家族や他の魔族はどうなっていた事やら」
実は僕は、人間として転生してはいない。
いや、この世界を創造した神様の基準で言えば、魔族もまた人間であるけど……とにかく僕は今世では魔族だ。
そしてここまで来れば、察している人がいるかもしれないけど。
そんな魔族にとっての……僕の前世で言うところの、鳥豚牛の肉に該当する食材は、もちろん前世の定義における人間である。
ついでに言わせてもらうと、先ほど家族全員が食べた前菜の『リベルクのネーバのファルテ』のリベルクとは、その人間が連れていたとされる外来種――犬っぽいがなんとなく違う……そんな外見の動物らしい。
ちなみに卵生だそうな。
もしや、このままリベルクを駆除せずに放置していれば、数万年後にはコボルトのような亜人種に進化するのでは……などと、野生化したリベルクを見る度に思うが、それはともかくとして。
「とりあえず霊魂と肉体を癒着させなきゃ。『リビデッド』」
この世界に、転生者の怨念や邪気をまき散らすワケにはいかない。
僕はすぐ、戦時中にその場しのぎで作ったオリジナルの魔術を発動して、対象の肉体に宿ってた霊子や幽子などと呼ばれる粒子を呼び戻し……元同級生達をゾンビ化させた。
時にはスピードを重視する戦場において、生ける屍を意味するリビングデッドを縮めて、適当に考えた魔術だ。
そして魔術発動の際、僕へと絶対に危害を加えないよう……目と口以外動けなくする呪いを打ち込むのも忘れない。
「う、ぐぐぐ……ここ、は……?」
「わ、私……確か、殺されて……?」
「そ、うだ……確か、魔王を、前にして……?」
「魔王じゃなくて、大元帥ね。今は大統領だけど」
『『『『『!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』』』』』
ゾンビとして目覚めたばかりの元同級生達の言葉に補足をすると、その元同級生達が目をむいて僕を見てきた。中には僕の方を向き寝転んでいる体勢のヤツもいるのに……僕の事は眼中になかったようだ。
いや、よくよく思い返せばそいつは一瞬で殺したから……僕の今の容姿を覚えてないのも無理ないか。
「そ、の姿……お前■■■かああああ!!!!」
「お前、人類を裏切ったのかああああ!!!!」
「フザけるな■■■野郎がぁああああ!!!!」
ゾンビになって理性が飛んだせいか。
下品な声で次々に叫ぶ叫ぶ……食事を楽しんでいる、僕の家族を始めとする客が気分を害するからすぐに話を終わらせようか。
「『あのね、そもそもお前達は勘違いをしてるよ』」
元同級生達の絶叫のせいで声が届かないといかんので、魔力を込めた声で元同級生達へと話しかける。念話で話しかけてもいいけど、空耳だと勘違いし現実逃避をしてもらっては困るのでこの方法をとり……相手の心身に直接伝える。
「『転生させてくれた神様は「世界を救う存在」を求めてたよね。一言も「人間を救う存在」を求めているとは言ってないよね』」
『『『『『????????????????????』』』』』
まだ理解していないのか。
ここまで言って察する事ができないなんて…………愚かとしか言えない。
「『だから神様は、その言い回しの時点で、状況や神様をも疑って、物事を公平に見る事ができる存在を探していたんだって。ついでに言えば、異世界転生したからといって魔物退治やチーレムに結びつけず、世界を本当の意味で、それも自発的に救ってくれる存在をさ』」
※
神様によれば元々、現在僕がいる世界は……前世において魔族と定義される存在がいる、魔界とも定義できそうな世界だったそうな。
だけど数千年前。
いったいどんな因果の下にそうなってしまったのか、別の世界から、僕の前世の定義における人間や、それに追従する動物――簡単に言えば多次元宇宙規模の外来種が流入し、この世界の生態系がおかしくなっていった。
かつて自然と共存していた先住種族は迫害され、世界の果てへと追い込まれ。
逆に人間はその繁殖力と、魔術を始めとするあらゆる技術を以てして生息範囲を広げ始めた。
さらには異世界由来の技術により、この世界の気候や環境まで改造し始めて……この世界の全てが本格的に狂い始めた。
そこで最初神様は、直接被造物たるこの世界へと乗り込んで人間を粛清しようとしたけど、そうすると僕達の前世で言うところの『ノアの方舟』のように、この世にとって有益な存在まで虐殺しかねないから、人間には人間を、という事で何度か異世界人をこの世界に送り込んだそうだ。
だけどそれはことごとく失敗。
増えすぎたハブを減らすために、ハブ毒が効かないマングースを放ったせいで、そのマングースまでもが奄美大島の生物の天敵になってしまったあの事件の如く、さらにこの世界の生態系がおかしくなっていったんだ。
ちなみに、神様は僕の前世における害虫駆除の方法の一つ『不妊虫放飼』の人間版である『不妊人放飼』などの手段も、異世界転生者の改造した体を通じて行ったりしたらしいが、それさえも、人間自身や魔術の進化の力により克服され、人間は増え続ける一方らしい。
そこで今度は、異世界人を魔族へと転生させよう……という結論に達したらしいが、それはそれで、それなりに頭が良かったり、元同胞たる人間を殺す覚悟のあるヤツでなければこの状況をひっくり返す事は不可能……だったんだけど。
※
「『同じように他者から迫害され、魔法円から落とされた僕を調べたら、なんと僕は神様が求めていたタイプの人物らしくてね。確かに僕は、お前達にイジメられる中で世の中に絶望して、一歩引いて物事を見る癖や、お前達をどう殺してやろうかと毎日妄想しちゃうような癖がついちゃったし、ある意味納得かな。僕としては、戦争に巻き込まれた時点で思うところがあるけど。とにかく、そんな僕を失うワケにはいかないからと、あれからすぐ神様は僕を助けてくれて、僕を魔族として転生させてくれて……それでいわゆる知識チートやら何やらでこの「ドルダン共和国」――お前達が魔境などと呼んでいる国家の国力を上げて、お前達のような転生者を殺せるくらいまで強くできたというワケだよ。元いた世界で趣味でいろんな物語を見ておいて本当に良かったよ。まさかお前達が魔族と蔑んでいる存在が、僕達が元いた世界の特殊部隊みたいな戦術を使ってくるとは思わなかったよね。よその世界はどうかは知らないけど……この世界の魔族はその気になればいろんな知識を吸収するから、複雑な戦術もすぐに覚えたよ。あぁそうそう、お前達は元いた世界ではギルドと呼ばれる組織に所属してるみたいだけど、この国にもギルドはあってね。そこでは人間が討伐の対象になっているよ。お前達を殺したヤツの中には冒険者もいるから……後日ギルドにも寄らなきゃな。大統領として、戦争の功労者は褒めてあげなくちゃ』」
戦争の功労者の一人だからという事で、あれよあれよという間に階級を上げ……最終的には大統領になってしまった僕の人生を、改めて頭の中で振り返りながら、僕は元同級生達にこれまでの事や世界の真実を告げた。
かつて、何度も死にかけた。
何度も何度も、仲間の死を目撃した。
だけどそんな人生の中には……良い出会いもあった。
前世における嫌な思い出が全て消し飛ぶほどの良い出会いが。
蝙蝠人である僕と婚約・結婚してくれた妻達……同じく蝙蝠人のレヴァンナに、魚人であるオリガ、狼人のトリッシュの三人。彼女達の間に生まれたエマとジャンにミーナ、これから生まれてくる……ルーナと名づける予定の子。それから、同種の人間に酷い目に遭わされ、無念を抱きながら亡くなった人間の死体を改造し疑似生命を与えた……フランケンシュタインの怪物タイプの人造人間であるラージャを始めとする多くの部下や戦友。
誰もが、絶対に失いたくない存在だ。
「『つまりお前達は異世界チーレムとかに夢中になり、世界の本当の姿を見ようとしなかった……選択を間違え、神様に呆れられた存在なんだよ。まったく。生まれ変わっても何も変わらないんだね。自分達のなんらかの利益のためだけに、自分達が存在そのものを不快に思う者を一方的に、相互理解とかをする前に排除しようだなんて。まぁそれが人間なんだろうけどさ……おかげでこうして僕は、新しい人生を歩めて幸せになれたよ。その点についてはありがとう』」
「……ふ、ざ……けるなぁ!!!!」
「■■■のクセにいいいい!!!!」
「調子乗るんじゃねえええ!!!!」
「調子に乗って物事の選択を間違えたのはそっちでしょうが」
またもや不快な声が響く。
これ聞いて帰るお客さんがいたら賠償金を払わなきゃ。
「『それから最後に、お前達……怨みを抱いたまま死んだ、異世界転生者の肉体や魂は、この世界を創った神様によれば、この世界にとっての放射能らしい。そしてそんな存在は、この世界にあるとさらにこの世界をおかしくするから、お前達の肉体と魂は、まとめて元の世界に返すよ。神様から借りた、今回限りのチートスキルである「ビヨンド・ドア」を使ってね。帰してやるだけ感謝してよね。あ、そうだそうだ。僕達がかつていた世界は、魔法とかの理外の技術が成立しないし幽霊などの存在がいない世界だから、向こうに帰った瞬間にアンデッド化の魔術が解けて、魂も霧散してただの死体になるから』」
「!?!?!? な、なんだ――」
「はい『ビヨンド・ドア』」
僕はすぐに、今回限りのスキルを発動した。
すると空間に切れ目が入り、それはドアとなり。開くと同時に元同級生達を容赦なく、肉片や霊魂を一片たりとも残さず吸い込み。役目を終えると同時にそのまま閉じた。
「…………ふぅぅぅぅぅぅ…………あぁー。ストレスしかないよあいつらと喋るというのは」
正直、声を聞くだけでトラウマが抉られた。
だけど、向こうがちゃんと理解をしてくれたかは分からんが、言いたい事はある程度言ってやったんだ。まだまだ言いたい事はあったけど……とりあえずスカッとしたんだ。
自己満足かもしれないけど……とりあえずケジメはつけたんだ。
これで改めて、心置きなく大統領として。
さらには父親としてこの世界で生活できる。
まだまだ人間はこの世界にいるから、戦い自体は続くけど。
今のこの国の軍事力からして……仮に僕が寿命で死んでも大丈夫だろう。
必ずや……最終的に全ての外来種を駆逐できる。
「おっと。早くしないと『汁物』が来るな」
いや、そんな血生臭い事はともかく。
今は家族との団欒について考えないとな。
戦いの事ばかり考えていちゃダメだ。
ギスギスした世の中よりも。
笑顔が溢れた世の中の方が良いしな。
だから僕は、先ほどまでの出来事の記憶を頭の隅に追いやり。
すぐに笑みを浮かべながら、愛する家族達のもとへと戻っていった。
【裏設定など】
この世界の人間は神様の領域に足を踏み入れ始めています。
神様が人間からスキルを奪っても、別のスキルを発現させてどうにかしてしまうほどに。
今はまだ神様からすれば、学園生活の中で同級生が消しゴムのカスを「やめて」と言っても飛ばしてくる嫌がらせ程度の問題ですが……数百年経てば神の座を追われる危険性があります。
なので悟りを得て、休戦に持ち込む人間が出てくるか。
魔族そのものを強化するしか戦いを終わらせる方法はありません。
え、神様が人間に全てを話せばいい?
欲望に傾倒した人間に神様の声は聞こえないのです(意味深
というか最初にやってきた外来種の人類は欲深いからこそ時空の壁を超える事ができまして(意味深
そしてそんな人類と同じような存在として転生した異世界転生者は、同じコミュニティにいる中でそういう思想に取り込まれてしまうため……悟りを得る事はできないです(ォィ
そして何度目かの挑戦で悟りを得る人間は現れないと悟った神様は、本作主人公に全てを話す事にした……という裏事情があったりします。
そんでもって。
神様からすると外来種の人類や異世界転生者(魔族に転生した主人公は別)は危険な存在ですが、ただの外来種の場合は作中世界の土に還す事ができます。世界には逆に彼らを取り込めるだけの力があります。だけど異世界転生者は別です。神様と関わったため多かれ少なかれ神気を得ている存在であるため、怨霊化した場合、マイナスな霊的化学反応などが起きて、世界に放射能的なモノをふりまく事になります。もはや世界法則的に、そういうのを許さない――夢も希望も魔法の類の奇跡もない元の世界に送り返すしか処分方法はありません。
ちなみに主人公の場合は、このままいけば怨霊化などしないだろうし、主人公に備わっているのは知識チートと、神様が一時的に貸したスキル程度なので神様からすれば問題ありません。
そんでもって主人公が手を貸した魔族達ですが、彼らに与えたのは元いた世界に存在する戦術や、対人武器の情報くらいであり、世界の摂理に干渉するレヴェルではないため、仮に外来種を駆逐し魔族同士の戦いが始まっても神様からしたら問題ありません。
神様としては、世界の摂理の調和を乱す存在や事件こそが問題なのです。
ちなみに。
後日、主人公には、さらに蜘蛛人と蠍人、そして蛇人の婚約者ができたりするのだが、それはまた別のお話である(意味深(ぇ