<第70話> お嬢様、"アナタ"は何者ですか?
突然のことで、私には分からないことが多い。
何故ニュクス教皇聖下に雑談に招かれているのか。
私に対して「何者だ」と威圧されているのか。
明確なのは私が彼女から、刺す様な視線で射抜かれていることくらいだった。
私が呆けようとする合間も、ニュクスは与えてくれない。
それを許さない。
「何が目的なのじゃ、この異国人が」
そう言って、矢継ぎ早に捲し立ててくるのだ。
「目的…?一体、何を仰っているのか意味が…」
私には意味が分からない。
彼女が、何を問おうとしているのか。
「惚けるでないぞ、タカナシ・ミヤビ」
「…え?」
何故彼女が、私の名を。
ゲームのキャラ、教皇聖下が、プレイヤーの私の名を。
今目の前にいるロベリアであってロベリアでない、私に。
ニュクスは勢い任せに椅子を立つ。
「だから惚けるなと」
「待って、下さい。どうして…その名を…?」
つい遮るかのように、純粋な疑問が口をついて出てしまった。
「私、何か、間違えちゃったんですか?」
本音だった。本心だった。
「私っ、何か、とんでもない失敗を…!?」
困惑が境地を迎えた。
堰を切ったように、不安が胸に傾れ込む。
息が上がっていく。
目の前が、視界が覚束なくなる。
頬を涙が横切る。
手足は震えて動かない。
一体、どうして。
何が起こっているのか。
私はゲームの展開を、壊している?
ニュクスは重く溜め息を吐き、頭を横に振る。
そして椅子に腰を下ろし、言葉を続ける。
「…こうも高圧的では、到底雑談など出来ぬな。まるで成立しておらなんだ。ワシが悪かった、先ずはお互い座るのじゃ」
私は震える体を抑える様にして、唇をかみしめながら、無言で椅子に座り直した。
とても気が気ではない。
これが今の、精一杯だった。
しかし、状況は把握せねば。
気を保つことに、意識を集中させる。
ニュクスは仕切り直すかの様に、落ち着いた様子で雑談を再開する。
「順に問おう、其方は何者なのじゃ」
理由こそ分からないが、ここは前世の名を出すべきだろう。
ニュクスは何らかの確信を持って、何度もこの問いを持ち掛けている。
「…雅です、小鳥遊 雅」
「名は知っておる」
「それは…その、何故ご存知なのか、お聞きしても宜しいですか…?」
「構わぬ。ワシがかかさま…女神様から授かった魔導書の権能じゃよ」
「魔導書、ですか?」
「うむ。この魔導書には、この王国の歴史…つまるところ、過去に起きた事象の全てが記述される。その中に気になる記述があったのじゃ」
一拍置いて、彼女は言葉を続ける。
「タカナシ・ミヤビなる異国人が、ロベリアとしての人生を歩み始めたという記述じゃ」
「それは確かに…不自然な…」
「其方はその、ミヤビなる存在なのじゃな?」
「は、はい。違いありません」
ニュクスは私の言葉を聞き、何か思い悩んでいる様だった。
そしてまた、会話を再開する。
「少なくとも、ワシの前で其方は失敗などしておらんよ。まあ絶対という保証はないのじゃが」
「そう、ですか…?」
「言うた通り、其方の名と異国人だという事は分かっておる。この世界でどうしてロベリア嬢としての生を歩み始めたのかまでは知らぬが…その時点で、記述されることは確定しておったのじゃ。仕方あるまい」
「それは…仕方がないですね」
励ましか、何か。
一応素直に受け取ろうと思う。
女神の魔導書によるものだと言われれば、私の存在が知られたことは、私の責ではないかもしれない。
少しだけ、呼吸が軽くなった気がした。
重い沈黙が流れる。
私にはそれをどうしたものか、分からない。
沈黙を切る為か、ニュクスは重い口を開く。
「…ワシはこう見えて、ロベリア嬢を昔から気に掛けておっての。教皇ともあろう者が、個人的な情での」
「ニュクス様が、ですか…?」
「そうじゃよ、文句でもあるのかぇ?」
「いいえ、その…なんでもないです」
この王国で最も尊ばれる存在、他でもない教皇聖下が、悪魔と呼ばれるロベリア様を気に掛けていらっしゃる。
…街で孤児の話もしていらしたし、情に厚い方なのだろうか。
それとも、差別の目が気になるのか。
「そうじゃ、質問はまだあったのじゃ」
「えっと、目的…でしたか…?」
「そうなのじゃ。其方は何故に、ロベリア嬢として生きておる?こんな事例、他に見た事など無かったのじゃよ」
何と答えるべきか、数瞬悩み、言葉を口にする。
「…ロベリア様を、お幸せにしたかったからです」
「…はぁ?」
素っ頓狂な回答だったと思う。
でもロベリア様の未来を変えたいから、悪魔になる未来を阻止したいからだなんて言えない。
相手は教皇聖下、悪魔になる前にと殺されてもおかしくはない。
「きっと、今の私の発言も魔導書に記述されているのですよね?」
「そうじゃが…それがどうかしたのじゃ?」
「嘘なら嘘と、書かれているはずです」
「それも、そうじゃなぁ…」
ニュクスは何処から出したのか、分厚い魔導書を手にしていた。
ページを進め、止まったところと、私の顔とを見比べている。
「…成る程、嘘ではないのじゃ」
「伝わった様で、何よりです」
「してミヤビ、話は変わるが」
「どうかされましたか…?」
「何故異国人のお主が、ロベリア嬢を幸せにしたいのじゃ。ワシにはそれが分からぬ」
「…それは」
素直に話していいのだろうか。
ここに至るまでの話を。気持ちを。
それは本当に、口にしていいのだろうか。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、その…私はロベリア様をお慕いしているからで…」
「異国人がか?異国人がこの地に最後に訪れたのは、とうの昔の話じゃぞ。どうしてまたロベリア嬢を知っておる」
…話させないつもりは無さそうだ。
けれど、話した内容の何かがこの世界の琴線に触れてもいけないように思う。
それならば上手いこと濁しながら、なるべく端的に。
「教皇聖下、その、私の国のテクノロジーでは、この世界をゲームとして見て回れたのです」
「ゲーム…ふむ、遊戯の事じゃな」
「その中で私はロベリア様に出会い、お慕いしておりまして…」
「はぁ、そうかそうか」
私の言葉を遮り、ニュクスは言葉を掛けてくる。
「ミヤビ」
「はい…?」
「もう止めにするのじゃ、腹の探り合いなぞ」
そういう彼女の言葉には、怒気が込められていた。
「貴様の言葉はどうも実直ではないの。中身も無い。何故に端折った。隠し立てをする気か?そんな無価値な話を聞いてやる程の余裕、今のワシにはないのじゃよ」
その怒気に触れ、私は感じ取った。
今まで穏やかだったのは、私から情報を聞き出す為に過ぎなかったのだと。
「素直に、仔細に話すが良い。ロベリア嬢との関係、出会い、ここに至るまでの全て」
「で、でも信じられない様な話ばかりで…」
「良い。濁さず、嘘でさえなければ、この際構わぬ」
ニュクスはゆらりと、席を立つ。
「ワシはな、ロベリア嬢に付いた虫が悪いものであれば払いたいのじゃ。そうでないのであっても、払いたいと思ってはおるがの」
そのまま歩き、私との距離を狭める。
「其方の事も知りたいのぉ、ついでに話してはくれぬか。ほなら」
私の正面に、覗き込む様にして、座り込む。
「洗いざらい話すが良い。ワシは出来る事なら、肉体だけとは言え、ロベリア嬢を殺めたくはないのじゃよ」
虹色の瞳で、刺す様に、脅す。
明確な殺意を、ドッと浴びせられている感覚。
「なぁ、話してはくれぬか。ワシはロベリア嬢が好きなんじゃよ」
まるでナイフを突きつけられているかの様。
もう逃げ場など、存在しない。
私は深く息を吸い、腹を割る決心をした。
「…長くなりますが、宜しいですか」
明確に命がかかっているこの盤面、言われた通りに話す以外に逃れる方法が見えてこない。
「構わぬ」
もしまた失敗すれば、次はどうなることか知れたものではない。
「突飛なお話になります、禁忌的なお話かもしれません。それでもご了承願えますか」
嘘も誤魔化しも、許されない。
「良い、話せ」
私は重い口を開く。
私がロベリア様に出会い、憧れ、ここに至るまでの、ごくありふれたお話。




