<第69話> お嬢様、雑談に招かれます。
私を大神殿へと招いた、あどけない少女。
彼女は自身を強硬であると名乗った。
真白い髪から丸い耳を覗かせ、ステンドグラスの様に虹色に輝く瞳でこちらを見ている。
「教皇ニュクスの名の下に、ロベリア・レイラ・クロートーを歓迎するのじゃ」
貫かんばかりのその瞳を、何処かで、見たことがあった様な気がした。
…建国神話や伝承によれば。
女神:ニマが最初に創った人間である始祖は、その瞳が虹色に輝いていたという。
あらゆる魔導に長け、その力は絶大であったと。
その直系の一族が、現在の王族。
二番目に創られた人間の一族は、後の大公家に。
そして三番目に創られた人間は、神殿の教皇となったと言い伝えられている。
虹色の瞳。
これが意味するのは、彼女ニュクス本人が女神に創られた人間である可能性。
王族ですら失った瞳を、代を経て教皇のみが受け継いでいるとは考えにくい。
とすると、彼女は創世の時代から、この世界を見てきたことになる。
いくら長命の種族としても考えにくいかとも思ったが、彼女が原初の人間であるならば、王族よりも尊ばれているその意味が分かる。
王族が始祖の直系且つ血筋を守ってきた一族とはいえ、純粋な原初の存在には、血の濃さで勝るわけはなく。
女神が創り与えた存在そのものであるニュクスの方が、より尊ばれるのは、この世界の宗教観からすれば道理でもある。
…しかし憶測の域は出ない。
何故なら彼女の存在は、ゲーム本編や設定本でも示唆こそされていたものの、本人の登場やバックボーンが語られることは無かったから。
人柄も名前も、何も知らない。
ニュクスは面白いものでも見るかのように、私の顔を覗き込む。
突然の事でつい驚いてしまったが、先程から驚きの連続。
「驚いて何も言葉が出んか、それもまた道理なのじゃ」
「いえ、こ、この度は貴重なお時間を頂戴しまして、その…っ!」
あまりに咄嗟のことだったもので、挨拶の言葉すら口から出て来ない。
あたふたするばかりの私を、彼女は手を振って制する。
「良い良い、ワシは気難しい挨拶は嫌いなのじゃ」
「さ、左様でございますか…」
「口調もこれまで通りで良いというに」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「うむうむ、それで良いのじゃ」
過度な謙遜は嫌味になる、ここは甘えておいた方が良いだろう。
幸いそれでよしとも言ってくれているのだし。
そして彼女は、背後の人々に言葉を投げる。
「客人はワシの部屋に通すからの、皆は職務に戻るが良いのじゃ」
そして私の顔を見て言う。
「ワシに聞きたい事もあるんじゃろう?ワシの部屋で確と語るがいい、着いてくるが良いのじゃ」
「は、はい…」
彼女はニコニコと笑っているが、その笑顔には抗えない圧がある。
相手は彼の教皇聖下、この王国で最も尊い存在。
そんな相手に抗う術や理由は、生憎と私は持ち合わせていなかった。
大神殿の内装は、外装とも劣らぬ見事なものだった。
何処を見ても芸術的価値がある様な景色ばかり。
少し廊下を歩いただけなのだけれど、この神殿の何処にも、妥協や横着の類は見当たらなかった。
そうして少し歩いて行った先で、ニュクスは立ち止まる。
「ワシの部屋はここじゃよ、ちと待っておれ」
そこには壁があるだけで、扉の類は存在しない。
不思議に思っていると、彼女は大神殿の大扉を開けた時と同様に、壁に手を当てた。
すると壁は音を立て、自ら両脇へと移動していく。
「ここは私室での、プライベートじゃから隠しているのじゃよ。ワシ以外にここを開けられるのは、ラム坊しか居らぬ」
ニュクスはそう語りながらも、こちらを振り向かずにその隙間へと入っていく。
…ということは、私は今教皇聖下の私室に招かれている!?
ご本人とラム坊さん?の二人しか入れない場所に???
とんでもないことの連続、もう今日はこれ以上驚くことはないかもしれない…。
「し、失礼致します」
私は手早く礼をし、彼女の後に続いた。
隙間の中は、案外普通の部屋だった。
過度に着飾っているでも、質素でもない。
ベッドがある辺り、私室なのはきっと本当なのだろう。
ニュクスは部屋の中央の机を隔てた先、そこにある椅子に座り込む。
指で宙を描いたかと思うと、部屋の隅から椅子が宙を泳ぐ様に飛んできた。
「まぁ椅子にでも腰掛けよ、仮にも客人を立たせたままというのは気分が良いものではないのじゃ」
きっと今し方、飛んできた椅子のことだろう。
「では、お言葉に甘えて…」
私は椅子に座り、ニュクスに向かう形で座る。
「これより先は雑談じゃ、お前さん自身の言葉で素直に話すが良い」
「雑談、ですか」
彼の教皇聖下が、ロベリア様と話したい事があるのかしら。
ゲームでそんなイベント、あった気がしないんだけれど。
でも最近はそんなことが多いような気もするし、これもその中の一つだろうか。
「そうじゃ、雑談なのじゃ」
「私で宜しければ、お相手させて頂きます」
「そうか、それは良かったのじゃ。しかし」
彼女はこちらを見つめ、言葉を続ける。
「規則を明確にしておかねば不公平じゃの」
「規則…?」
「簡単じゃよ。ワシの雑談に付き合ってくれたなら、その礼にちぃとばかし、おまえさんの疑問にも答えてやるのじゃ」
「それは…!」
願ってもない、好条件。
悪魔化について聞くにしても、ニュクス自身のことを聞くにしても、好都合。
「但し、言葉を偽らぬ事。これが規則じゃ」
「ま、まさか教皇聖下をお相手にその様なことは致しませんよ」
「なら良い。ついでで申し訳ないのじゃが、こちらの都合でラム坊…ソリーナムには話の内容が筒抜けになってしまう。ワシとて避けたいのじゃが避けられぬ。しかし彼奴も枢機卿、口外はさせぬ。これだけは勘弁願うのじゃ」
彼女はこれまでと違い、少し不満げな顔でそう言う。
教皇という身の上だもの。
きっと何かご事情があるのでしょう。
「私は構いませんわ」
私の言葉を聞くなり、彼女は和かな表情になる。
「そうかそうか、それは良いお返事なのじゃ。ならばワシは規則に則り、行動するだけじゃのぉ」
「はい、何なりとお聞き下さい」
この言葉が、迂闊だったのかもしれない。
私はもっと、考えて言動を起こすべきだった。
そんな私に、彼女は鋭く言葉を放った。
「貴様は何者じゃ」
ドスの聞いた低い声、到底目の前の少女の声とは思えぬ重圧。
彼女の七色の瞳が、私を刺すように射抜いている。
「私はロベリアと申し…」
ダンッ!!
…と鈍い音で、机が悲鳴を上げた。
ニュクスが拳を振り下ろし、机が破片を散らした音だった。
「規則に基づいて再度問おう。貴様、何者なのじゃ」
それは紛れもない、隠す気もない、力による純粋な威圧だった。




