<第68話> お嬢様と、金で何もが買えぬ街。
少女は自信に満ちた様子で言葉を放った。
唯一覗き見ることが出来る口角を上げ、さも愉快そうに。
「この街はちと特殊でのぉ、金は意味を為さんのじゃ」
「物資、情報、労働、信仰」
「時計街で価値を持つのは、このくらいじゃからのぉ」
カミラ達は私に不便があるかもと、心配していた。
考えてみれば、路銀を帰りの馬車賃くらいしか渡されなかったのもおかしい。
現地での衣食住についての計算がそこにはない。
「改めて歓迎するのじゃ、楽しむが良いぞ」
彼女は一層楽しそうに、嗤った。
お金が意味を為さない街、聖都:時計街。
それって一体、どういう…?
というか、本当にそうなら純粋な疑問が。
「神殿に向かうまで、この街についてお聞きしても構いませんか?」
「あぁ、それぐらい構わんよ。ワシはこの街について、誰より詳しいしのぉ」
少女は進行方向へ向き直り、歩みを再開する。
私はそれに着いて行きながら、彼女の背へと疑問を投げ掛ける。
「お金が意味を為さないと仰っていましたが…それで本当にこの街は、問題なく循環するのですか?」
「しておるよ、少なくとも1000年はの」
「街の中だけならまだしも、この都市単独での存続は難しいかと。外からの流入にはどう対処しているのでしょう」
「あー、そういう意味じゃったか。確かに時計街だけでの自給自足はしておらんわなぁ」
「であれば、お金は必要なのでは?」
「うーむ、ところが要らんのじゃよ」
「…何故ですか?」
「簡単じゃよ」
彼女はこちらを振り向かず、両腕を軽く広げてみせる。
「金は余っておるんじゃ」
そしてその手を、軽く振るう。
「お貴族様からの寄付が絶えぬからのぉ。この街にはこれ以上、金は要らんのじゃ」
「寄付ですか、合点がいきました」
この王国の女神信仰は非常に厚いものだ。
であれば徳を積む為、有り余るほどの寄付をしていても何らおかしくはない。
その寄付金で、街の運営は滞りなく行われているのだろう。
「じゃがの、この街には足りんものもある」
「足りないもの…ですか?」
「さっき言うたもの、特に"労働"じゃな」
「それこそ、お金で雇えば良いのではないですか?」
「馬鹿を言え。ここは聖都じゃ。信仰の対価に恵みの飯こそあれど、飯炊きのみにくれる金はない。この街に回った金は皆、信仰の為のみに使われるのじゃよ」
「そういうものなのですね」
言われてみれば、前世の世界でも寄付金の使い道に関する問題は多々あった。
おいそれと簡単に動かせるお金ではないのだろう。
「代わりに飯炊きや片付けをする事で、無償で食事にはありつけるがの」
「…そんなことで良いのですか?」
「良いのじゃ。必要なのは、食材なり労働力なりで貢献し、その恩恵に在り付く事。自身の身の回りに責任を持ち、安易でない対価を支払い、協調する事が重要なのじゃよ。それさえ出来れば、文句を言う者など居らぬわ」
安易でない対価を、支払う。
お金が有り余るこの街では、お金がそう成り得ないことは明確だ。
労働力が足りない代わりに、それを提供し、何らかの恩恵に預かる。
まさに正しく、働かざる者食うべからずといった様子か。
行き交う街の人々を見る。
…その言葉通りなのか。
何かを運んだり、物を交換している。
そしてあれは…子供達?
子供達が、大人も連れずに歩いている。
「あの子達は、孤児…ですか?」
その子供達は皆、特徴的な外見をしていた。
黒に近い色の髪や瞳を持っていたり、反対に灰色に近しいか。
そのどちらかの特徴を持っている子しか見当たらない。
「そうじゃよ。時計街には孤児院もある、運営は誰なのか、お主なら分かろうて」
「神殿、ですか」
「正解じゃ。あの子らもよう働いてくれるが、それは嬉しいがのぉ…」
彼女は言葉を詰まらせる。
「労働の対価に衣食住が与えられる孤児院、良いではありませんか。きっとあの子達の将来の為にもなります」
「それはそうなんじゃが」
悲しそうな声で、ポツリと溢す。
「子供らは生きておるだけで、その仕事を、お役目を、十分に果たしておるではないか」
…どうしてこの人は、そんなに悲しそうに言うのだろう。
ああ、いや、孤児の見た目だけで分かる。分かってしまう。
「外見による差別、ですか」
悪魔に近い容姿か、魔法の素質がない容姿か。
それらを理由に、捨てられたのだろう。
果てはその生を、認められなかったのだろう。
「ほんに、こんなにも悲しい事はないのじゃ。生まれ出てきただけのあの子らに、何の責もないと言うのにのぉ」
「あの子達が、そう生まれたかったわけではないですからね」
私だって、そうだった。
醜い容姿に、望んで生まれたわけじゃなかったよ。
「しかして、あの子らはこの街の決まりに従い、自ら進んで手伝いや勉強をしてくれるのじゃ。それには感謝せねばならぬ」
「感謝、ですか?」
「言ったじゃろう。己で責任を持ち、安易でない対価を渡し、協調する。それさえ出来れば文句を言う者など居らぬ、とな」
「つまりこの街は…」
「お前さんが思っておる通りじゃ。街の決まりに従うあの子らを、この街は責められぬ。むしろ役目を全うしておるのだと、守る盾になるじゃろうな」
「この街の、鏡みたいな子達なんですね」
「なのじゃ。感謝こそすれど、見放す事なぞ無いじゃろう」
この街は、私の知らないルールで回っている。
巡礼に訪れる人も、親を亡くした子供も、皆同様の決まりの中で。
都市の名前のように、時計の如く、滞りなく循環している。
「ということは、訪れる人も、お金以外の対価なしにはお食事どころか、寝泊まりも出来ないんですね」
「そういう決まりじゃ。その中には貴族なんていう例外もない」
「それでは、駄々を捏ねる方もいらっしゃいそうですね」
「金じゃ駄目なら宝石で、と言い出す者は少なくないわなぁ」
「その場合はどうなるのですか?」
「簡単な事じゃよ。相手にとって価値があれば成立、無ければ道端の石ころ同然じゃろうて」
「そうですか、それはとても簡単で…」
彼女と私の言葉が重なる。
「「皆が平等な街」」
悪戯っぽい声で彼女は笑う。
「じゃろう?」
「…揶揄いましたね?」
「さてのぉ?まぁ口振りからして、想定は簡単だったのじゃ」
揶揄われている感覚はある。
ただこの街では、一定のルールの下に皆が平等で、そこには貴族も庶民も例外はない。
髪の色だろうと、瞳の色だろうと、例外の理由にはならない。
それを裏付けるかのような彼女の言葉は、不思議と居心地が良かった。
「…さて、ここが聖都の大神殿じゃよ」
話に夢中になっていた私は、その足を止め、目の前の建物を見上げる。
そこにあったのは、視界に収まりきらない巨大な建造物。
あれは何メートルあるのかという、極めて高い塔。
街中とは比べ物にならない、巨大で鮮やかなステンドグラス。
建物の外壁にはそれなりの大きさでありながらも、細部まで刻まれた彫刻が立ち並んでいる。
目の前の大扉が閉まっているので中は見えないが、扉自体も文字がびっしり彫られている。
建物自体から、目に訴える神秘性と美しさがある。
…ドイツのケルン大聖堂が近いか、それよりも大きいか。
人によっては、お城にも見えるかもしれない。
これが聖都:時計街の大神殿、信仰の中心地。
思わず息を呑み、見惚れそうになってしまう。
それか、あまりの荘厳さに逃げ帰るか。
そのどちらかしか頭に浮かばなくなる程に、圧倒的な存在感を放っていた。
「これ、どうしたのじゃ」
少女の声に、私はようやく我に帰る。
「あまりに立派な建物でしたので…」
「そうかの?あまり大したことはないのじゃが」
少女はなんてこともないかのように、私の言葉を軽く往なす。
彼女は閉じられた大扉に手を当てる。
そうしていたかと思うと、扉は数秒の後、音を立てながらひとりでに開いた。
とてもじゃないが、少女の物理的な力で開けるような扉には見えない。
開いた様子からも察するに、魔法的な力によるものだろう。
…これのどこが大したことないんですか!?
建造物自体が世界遺産レベルで、魔道具的な役割も果たすなんて…えぇ…?
「ようやっと着いたのじゃ、疲れたのぉ」
「そ、そうですか。ご足労頂きありがとうございました」
「それは構わぬ、ワシがしとうてした事なのじゃから」
…そういえばこの子、何者?
こんな大神殿を大したことないって言ってみせたり、思い返せば名前も聞いてない。
「どうしたのじゃ、早よ着いてこんか」
そういう彼女の背に、何人かの人が歩み寄っていた。
格好からして、簡素ながら彼女と似ている。
神官だろうか、そのうちの一人が言う。
「ニュクス教皇聖下、お早いお戻りで」
教皇…聖下…?
一体、何処の誰が…
「これは失敬、また言い忘れておったな」
少女は帽子を脱ぎ去り、こちらに向き直って言う。
「ワシの名はニュクス。ニュクス・ニマ=メトゥリステじゃ」
えっと、私の奇行を見ていたこの子が…?
私を転移した現地から大神殿まで連れてきた、この子が…?
「しがない教皇じゃ、宜しう頼むぞ娘っ子よ」
そう言って嗤う彼女の瞳は、虹色に輝いていた。
その瞳の意味するものは、彼女が教皇である何よりの証だった。




