<第67話> お嬢様、聖都でおデェト致します…!?
明くる日の朝。
私は朝食を早々に済ませ、聖都:時計街へ向かう準備を進めていた。
皆んなは私が一人で行くと思っているけれど、厳密に言えばちょっとだけ違う。
私には普段はバレッタに姿を変えている、契約精霊:瑠璃蝶々が居ますもの!
もちろん私はバレッタを身に付けて聖都へ向かいます。
昨晩ルリに聞いたけれど、契約精霊と契約者の転移は同一対象の者として処理されるらしい。
なので今回は二人旅なのです。
推し様とご一緒する旅、行き先も聖都…
なんて素敵な響きなのでしょう、胸が高鳴りすぎて夜しか眠れませんでした。
「お嬢様、準備が整いましてよ」
「ありがとう、ローラ」
今日はローラに、大変気合を入れて粧し込まれた。
私が聖都に向かうと聞くやいなや、流行りの髪型を列挙されたくらいだ。
最終的には、"ツインお団子"なる髪型に。
低めの位置に二つのシニヨンを作り、リボンまで編み込んでくれた。
リボンの色は青を、とお願いした。
お母様の髪の色、アベルとお父様の瞳の色だ。
少しでも一緒だと、嬉しいかなって思ったの。
いつも通り、ルリは何も言わなかったけれどね。
服装は月白のやや簡素なワンピース。
フリルは控えめながら、レースの細かな意匠が美しい品。
これは以前メイド達が見立ててくれたものの1着で、魔導布で仕立てられた品。
控えめなデザイン且つ素材面で考えても、丁度聖都に合うだろうと、この装いになったのだ。
仕上げに私は、襟首に家紋の入ったバッジを付ける。
糸車に、ウィンティーの花々が象られている。
簡素ながらも、カスミソウのように可憐に咲くウィンティーの花が可愛らしい。
カミラ曰く、いざという時はこのバッジが身分証明になってくれるとのこと。
小さいながらも心強い。
「お嬢様、お鞄もお忘れなく」
「か、帰りの路銀も入れておいたので…!」
「カミラとジェシーも、ありがとう」
小さなショルダーバッグを肩から下げて。
ガードナーから受け取ったニマ・ローゼを紙袋で持てば、もう完璧。
これで聖都向けお出掛けコーディネイトの完成だ。
「それでは、行ってきます」
「「「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」」」
私は、聖都の鍵を二つに千切る。
それはカミラが触っていた時とは違い、最も簡単に分断される。
途端、私の視界が薄く光る。
その光は徐々に輝度を増していき、視界を完全に白へと染め上げる。
眩さに目を瞑る直前、旅立つ私を笑顔で見送るメイド達の姿が見えた。
ー チュンチュンと、鳥が囀る音が聞こえる。
風が吹き抜けていくのを、肌で感じる。
数秒と経たないうちに、瞼の先からは眩しさを感じなくなっていた。
恐る恐る瞼を開けば、そこには王都と違った作りの街並みが広がっていた。
王都の街並みは、バロック様式に近かった。
豪華さと劇的な表現が特徴で、複雑な形状や曲線、装飾的な要素が用いられた建物。
加えて街全体が、色鮮やかだった。
私の目の前に広がっているのは、ゴシック様式に近い。
尖頭アーチに薄い壁、広い窓。 窓には豪奢なステンドグラス。
外壁や柱には、豊富な彫刻が施されている。
ただ町全体は白が基調の建物が多い様で、ステンドグラス以外は真白い街。
「…ここが、時計街」
私はポツリ、そう言葉を溢していた。
統一された街並みの荘厳さに、圧倒されていたのだ。
宗教の中心都市と謳われるだけある、見事な景色だ。
(わたしもここに来るのは初めてね、圧巻だわ)
「ルリ!その、今私と話していてもいいんですか?」
唐突に掛けられた声に、私はつい驚いてしまう。
ルリと二人旅ではあるが、ここは街中。
行き交う人々も少なくない。
(今のアナタは観光客みたいなものだもの、少しくらい構わないかと思って)
「それは確かにそうです」
(観光客が舞い上がって独り言を言っていても、誰も気に留めなくってよ)
「…ルリさん?」
私が少し訝しげに言うと、彼女はさもおかしいと言いたげに笑う。
(フフ、冗談よ。わたしも少し話したくなったっていうのもあるけれど、ここは聖都:時計街。精霊と縁のある者も少なくないでしょう)
「なるほど、それなら問題ありませんね!」
(精霊と話すのは頭お花畑な人くらいだけど、この街ならいるでしょう)
「も、問題ありませんね…」
す、少しくらいは妥協しましょう、私。
だって憧れの推し様と二人旅…
二人…
…ふたりきり!?!??
こ、これは巷で言う"デェト"というものではありませんか!?
お好きな方と二人きりでお出かけするという、あの、そうです"デート"!!!
(あらミヤビ、どうかしたの?)
「いえっ!?なんでもありませんよ!!!」
つい声が大きくなってしまった挙句、声が裏返りまでしてしまった。
おまけにルリの声と反対側を向いて、咄嗟に屈んでしまった。
しっかりなさい私、落ち着くのよ。
周囲の人が一斉に私を見た気がするけれど、それは一旦置いておきましょう。
何をしているとまで聞こえた気がする、それは私も自分にそう問いたいところです。
ロベリア様とおデート…
なんということに気が付いてしまったのでしょう。
というか、何故今まで気付かなかったのですか私のおバカさん!!
まどプリでもイケてるメンズの方々とのデートはあったというのに…
…というか。 これですよ、これ!!
私はまさにロベリア様とおデートしたかったのです!!!
ゲームの制作者様は終ぞ叶えてくれなかった願いが、今ここで実現しています。
人生何が起こるか分からないとはよく言ったものです。本当に。
どうしましょう、私デートなんてしたことないもので、お作法が分かりません…
レディを殿方がエスコートするのだったかしら?
いやそもそもレディと殿方が二人で行くのがデート…?
何を言うのです時代は多様性、女性同士でもいいはずです!
好きに男女の壁などございませんわ!!
でも私はロベリア様をお慕いしてはいますが、恋愛的なものではなく、憧れとかそういうもので…
「まるで百面相なのじゃ」
(そうよ、なにを顔芸なんてしてるの)
「なっ、なんでもありませんからっ!!!」
思わず顔が真っ赤になってしまう。
ああ〜穴があったら入りたいとは、このこと…
なんなら今すぐ私が掘って入りたい!誰か埋めて下さらないかしら!?
はぁ〜…
好きなお方との二人きりお出掛けが、こんなにも心が跳ね回るものだなんて。
嬉しかったり、恥ずかしかったりと、感情が飛び跳ねて捕まりそうにもない。
そう思うと、「彼氏とデートした」と言っていた同級生の豪胆さたるや。
こんな状況に動じないだなんて、豪胆以外になんと表現するの!?
私は百面相だの顔芸だの言われているのに。
そんなのロベリア様らしくない、もっと毅然としていなきゃ…
だけど…
「まるで熟れた果実じゃのぉ」
(収穫目前ね)
「トマトじゃないんですからぁ!!」
無理そう…今の私には…。
そういえばロベリア様もノワゼットの前ではお顔が赤かったし、少しくらい許してもらえないかしら。
種類は違くとも、好意には違いないのです。
というか、おデートは好きあう者同士でするのではなかったかしら?
ロベリア様、ルリは…私をおデートする程に好きではないだろうし。
…もしかして私の早とちり?
あらやだ私ったら。
また違った恥ずかしさが、自分の中に込み上げてくるのを感じる。
もう一度言います、穴があったら入りたいです。
「こんな所で何をしてるのじゃ」
(そうよ、何のためにここに来たのよ)
「そ、そうでした…」
今日私がこの聖都:時計街を訪れたのは、神殿を訪ねる為。
そしてあの歴史書から消されたであろう、悪魔化に関する情報を得る為だ。
その情報があるかないかで、今後のロベリア様が悪魔と成る運命も防げるかもしれない。
こんな所で、トマトみたいになってる場合じゃない。
気持ちを切り替えて…と。
「それでは早速、神殿に向かいましょう」
私は振り向き、一歩を踏み出す。
すると。
「のじゃっ!?」
私は誰かとぶつかってしまった。
…そういえば、ずっと誰か「のじゃのじゃ」言ってた気がする。
ずっと聞かれてた、見られてたってこと?
ルリは見えないだろうから、私の一人芝居を一部始終??
挙句ぶつかるだなんて、なんと恥ずかしい。
いやそれよりも、先ずはぶつかったことを謝罪しなければ。
「ごめんなさい、お怪我はありませんか」
恥ずかしさを噛み殺しつつ、そちらに手を差し伸ばして見れば、歳は10歳程であろう少女が尻餅をついていた。
全身白の装い、髪までもが透き通る様な白で、瞳はベールの様なもので見えない。
「全く、酷い目に遭ったのじゃ…」
「そちらについては、言い逃れのしようもなく…」
少女は私の手を取らず、一人でのそのそ立ち上がる。
表情さえ窺い知れぬその少女は、大きく溜め息を吐く。
そして私の向かおうとした先へ、くるりと方向転換しながら言葉を投げる。
「瑣末な事は良い。ワシは神殿の者じゃ、行くぞ娘っ子」
「神殿の…?」
こんな幼い子が?
いや、今の私よりは年上か…?
「…何を見ておるのじゃ、そうじゃと言っておろう」
ああ、見かけで人を判断しようなんて、失礼極まりないわよね。
…この世界では特にそうだと思い知ったのは、私のはず。
私ったら舞い上がりすぎてる、冷静にならなくちゃ。
この子が神殿の使いで、迎えに来たのなら、公爵令嬢ロベリアとして失礼のない様にしなければいけない。
私の為にわざわざ足を運んでもらったんだ、そこに年齢も何も関係ない。
それに仮に悪戯だったとしても、付き合うくらいの時間もある。
「その、失礼な返しをして申し訳ありませんでした」
私は頭を下げる。
しかし彼女は、何でもないことのように言う。
「まぁ少なくない事じゃからの、気にしとらんよ。坊に比べりゃ億倍マシじゃしの」
「寛大なお心遣い、感謝致します」
「良い良い、頭を上げよ。時間は有限と言うらしいしのぉ」
言われた通り、頭を上げる。
すると彼女は、そのまま体を向けていた方へ歩き出す。
それに着いて行こうとしたところで、彼女はピタリと足を止めた。
「そうじゃったそうじゃった。ワシとした事が、アレがまだじゃったのぉ…」
…アレとは?
そんな私の思いとは裏腹に、彼女はこちらをパッと振り返る。
そして大仰な所作で、街に向かう様にして、両手を広げる。
「金で何もが買えぬ街、時計街へようこそ」
「へ…?」
「歓迎するのじゃ、娘っ子よ」
その顔の中で唯一見える口は、さも愉快そうに笑っていた。




