<第65話> お嬢様、これは"聖地巡礼"ですか?
私はガードナーに相談し、神殿への手土産の算段をつけることには成功した。
しかしその場に居たアベルの気まぐれか、その直後にローラと2人取り残される形となってしまった。
取り残されたとは言っても、ローラは庭の荘厳な景色に夢中で、取り残されたことに気付いてすらいない。
そう感じているのは私だけである。
「…もう少しお庭を散歩してから戻ろうかしら?」
「名案ですわ、お嬢様!!」
そんなわけで、少しお散歩してから帰ることに致します。
手土産は持ってきてくれるそうだし、ローラも楽しそうだし…
これはこれで良しとしましょうか。
庭園探索を満喫した私達は、午後のティータイム前に自室へ戻った。
今日突然は迷惑が掛かってしまうけれど、たまには庭園でお茶をしてもいいかもしれない。
それはきっと素敵だ、陽を浴びるのも健康的だ。
ローラとそんな話をしながら、帰路についていた。
部屋の手前で、ローラとは別れることになった。
そろそろお茶菓子の準備が出来ている時間だろうと、そちらへ向かったのだ。
私は一足早く、ティータイムを待つこととする。
ーそう思っていたのだけれど。
私が一旦椅子に落ち着こうとしたところで、ジェシーが部屋に駆け込んで来たのだ。
その勢いに驚いて、椅子には座れないままでいる。
「ジェ、ジェシー…?一体どうしたの、そんなに急いだ様子で」
「お、お嬢様…て、手紙の返信が、届いていまして…っ!」
「も、もう届いたの!?」
「はっ、はい!なんでも、昼食の頃には、届いていた、とかで…!」
私がジェシーに神殿への手紙を出してもらったのは、朝のティータイムの後。
昼食の頃に届いたと言うのであれば、きっと3時間と経たない。
「…随分と早いのね?」
「はい、とっても早いです…」
彼女の口振りと態度から察するに、かなり早い対応なのだろう。
婚約者の件と今回の訪問と、神殿は色々と私に便宜を図ってくれている様に感じる。
「普通、神殿のお方を訪ねるには、数日は掛かると、お聞きしていたんですけど…今回はそうじゃないみたいで…」
「ああ、上の方のご許可が必要なのかしら」
「たぶんそう、です。お祈りだけ、だったら、一般開放されてますが…皆さん、お仕事の建物は、忙しいらしくて…」
お祈り、か。
礼拝堂の様な場所は自由に出入り出来る様子。
言われてみれば、そういう施設はあって当然か。
しかしその奥になると、事前の確認が必要、と。
だからメイド達は揃って手紙を出すことを勧めてきたのね。
そりゃ誰だって、門前払いは避けたいもの。
「それで、返信のお手紙は?」
「こ、こちらです…!」
そう言ってジェシーは、ポケットから手紙を差し出す。
封蝋には…裁ち鋏に紬糸とアヤメの花の紋章。
間違いない、神殿からのものだ。
「ジェシー、ペーパーナイフを」
「あっ、はい…こちらに」
私は彼女からペーパーナイフを受け取り、その封を切る。
…これだけ早い返信だ。
対応する気なんてさらさらない、お断りの可能性がある。
それでも返信を頂けただけありがたいけれど、一抹の不安は感じる。
封を開け、手紙を開く。
そこにはチケットの様なものが1枚と、便箋が入っていた。
…チケット?
入場する際に身分証代わりに、必要なのかしら?
ということは、ご許可をもらえたということ…!?
私は急いで便箋を開く。
そこには端的に、文字が並んでいた。
『ロベリア・レイラ・クロートー公爵令嬢
我々神殿の者は、貴殿を歓迎する。
日時は問わず。
明日にでも参られよ。
"聖都の鍵"を同封した、移動に使用されたし。
ニュクス・ニマ=メトゥリステ 』
歓迎、日時は問わず明日にでも。
同封されているのはチケットだから、きっとこれが"聖都の鍵"。
最後に綴られているのは、ご返信下さった方のお名前かしら。
神殿の名を持つことが許されているのだから、きっとお偉い方ね。
…というか、聖都?
私てっきり王都に神殿があるものだとばかり。
ゲームの舞台は学院だったから、地理にはあまり詳しくない。
また別の場所なのかしら。
ついでに「聖都の鍵を移動に使え」って何!?
「…ジェシー、"聖都"って?」
「お嬢様は、ご存知なかったのですね…?王都から北に、馬車を5日ほど。その場所に、聖都があるんです。王都と違って、神殿が管轄の、女神様に感謝を捧げる都で、神聖な場所だと、言われてます」
「馬車で5日…」
お尻がペタンコになってしまいそうな距離。
それにしても王都と別で街まで構えているだなんて、思っていたより神殿の力は強いかもしれない。
「どんな街なのか、もう少し詳しく知ってる?」
「えっと…住んでいるのは、神官様達くらいで、他は巡礼の方だとか、ですか…?」
「巡礼?」
「は、はい。女神様を祀る、神聖な都です、から。聖地として、巡礼される方も、多くいるのだと…」
聖地巡礼…ですって!?
おっと、いけないいけない。
声に出してしまうところでした。
なんと良い響きなのでしょう、私の憧れた言葉です…!!
何を隠そう、私はまどプリ以外のゲームはほとんどプレイしたことがありません。
アニメや漫画も、あまり詳しくありません。
しかしインターネットでまどプリが好きだと言っている方々が、他のアニメや漫画の舞台となった場所を「聖地巡礼しました!」と投稿しているのをよくお見かけしたのです。
正直そのアニメや漫画は然程興味なかったのですけれど、舞台となった地に足を運べることは、とっっっても羨ましくって!
だってまどプリの舞台は異世界、行きたくても行けませんもの。
「ここの風景、このシーンと同じ!」とか、
「同じ空気吸ってる笑」とか。
それを羨ましくないっていう方が嘘でしょう!?
思えば私は今、推しのロベリア様の体で生きています。
そしてその場所は、ロベリア様のご生家。
あれ…?ここ、聖地では…?
私ったら、知らない間に聖地の空気を吸っていた…?
こんなこと他のロベリア様ファンに知られては、妬まれてしまうに決まっています。
今まで気付かないなんて愚か極まりない、なんと幸せなことでしょう…。
そして今度は、この世界の聖地に行ける…!
ロベリア様のご生家のみならず、映えある王宮の次は、信仰の中心地の聖都。
この世界が魔法ファンタジーな由来は、女神:ニマの設定あってこそです。
女神が人々に魔導を授けなければ、その力はなかったと言われているのですから。
これはもう、正真正銘の聖地巡礼でしょう!!
こうなっては、私のお尻事情には構っていられません。
ペタンコになろうと行くしかありません、どうか堪えて頂戴な…!
…ああ、そういえば"聖都の鍵"のことも聞いておかねば。
名前通り、これがないと開かない扉がある…とかだった場合、使い方を知らないと困ってしまう。
詰む、とも表現するのでしたっけ。
それは避けたい。ただお尻が痛いだけになってしまう。
「ジェシー、これが"聖都の鍵"?」
私は封筒からチケットの様なものを取り出し、ジェシーに尋ねる。
「そっ、それは…!?」
「それは…?って、ええ!?」
ジェシーはそれを見るなり、倒れてしまいそうな勢いで仰け反り、驚く。
つい私まで驚いてしまったわ。
ジェシーは倒れんばかりの勢いをすんでのところで耐えたと思いきや、部屋を飛び出していく。
開け放たれた扉の先、廊下から彼女の大きな声が響き渡ってくる。
「か、カミラ様ぁ〜!!たっ、たた大変です〜!!!」
え?そんなに大変なことが?
ちょ、ちょっと待ってよ。
このチケットと、聖都の鍵って、一体何…?
「どうしてみんな、走り去ってしまうのかしら…?」
悲しきかな。
私はまたもや、取り残されてしまったのだった。




