<第64話> お嬢様、手土産ならば一級品が。
私はルリからの言葉を受け、昨晩は一先ず眠ることとした。
ルリ曰く「神殿への手土産は、庭師のガードナーを訪ねろ」とのことだったけれど、ここは三大公爵家と謳われる名家。
その庭園にも良い品がある、といったところだろうか。
そう思うとちょっとワクワクしてきた、朝のティータイムを済ませたら早速庭に出てみるとしよう。
今朝もメイド達のおかげで、つつがなく予定は進んだ。
…たぶん。
というのも、「誰が同行するか」で少しばかり揉めたのだ。
私は1人でも全く問題無かったのだが、メイドのうち誰かはついていくべきだという話になった。
その提案を受ける際に、ちょこっとだけ。
この後余裕があるということで、ジェシーがとカミラは言った。
しかしそれに対して、ローラが是非同行したいと名乗りを上げたのだ。
ただ彼女は午前中は仕事があると、カミラに嗜められていた。
その様子が、私の目にはとても残念そうに映った。
曰くローラは、あまり庭園の方を見る機会がないらしい。
ジェシーも譲りたかったものの、ローラの仕事は彼女の特技を活かしたもので、代わるというのも難しいのだとか。
それを受けて、私は日程を少しばかり変更した。
午後ならばローラの手が空くと聞いたので、午後に庭園に向かうことにしたのだ。
ローラは喜んでくれたし、ジェシーとカミラも特に問題ないらしい。
ただ「はしゃぎすぎないように」と忠告はされていたが。
午前中はジェシーに手紙を届けてもらう手筈を整え、余った時間は辞典を読んで過ごすことにした。
神殿に行くのだもの、多少の知識は身に付けておかないとね。
そんなわけで、昼食を終えた昼下がり。
私とローラの2人で、庭園のガードナーの元へと向かった。
メイド達には「気分転換に庭が見たい」のだと伝えてある。
その中で庭師を訪ねても、良い場所は無いかと聞くようなもの。
特に違和感もないだろう。
私は久しぶりに、お屋敷のエントランスを通り、庭園へと向かう。
前に庭園を訪れたのは、転生してすぐの朝だったなぁ。
アベルに案内されて、セバスと打ち解けるきっかけになって。
その後ガードナーと、ローレンスとも出会ったんだっけ。
あれから1ヶ月は経っていると思うと、時の流れは案外早いものだと思う。
あの日のことを思い返しながら、記憶を頼りに、あの日と変わらぬ道を歩く。
今日はアベルが隣には居ないけれど、不思議とあの日よりも自信を持って歩ける。
ローラが隣にいることもあるかもしれない。
あの日と違って、今の私には少なからず味方になってくれる人がいる。
きっとそれが、自信の一端なのかもしれない。
しばらく歩き、辺りを見渡す。
すると少し先に、庭木を手入れするガードナーの姿があった。
「あら、お嬢様以外にもお客人がおりましたのね」
ローラのその声を受けて、私は辺りをもう一度見る。
誰かの姿は特に…
おや、ガードナーが私達の反対側に向かって、何か話しているようだ。
私の位置からは、庭木と彼のハシゴで、そこにいるのが誰かは分からない。
この庭園をよく知るガードナーを訪ねるなんて、なかなか良いセンスのお客神のご様子。
しかしまた私も、彼に用がある。
これで話しかけてしまっては、話のお邪魔になってしまうだろうか。
少し時間が経ってから出直すべきかしら…?
そう考えながら歩いていると、ガードナーがこちらを見やる。
すると何処かのお客人に対して、笑顔を向ける。
もしかして私の知っている方がお客人かしら、それならばご挨拶が必要?
そんな事を思っていると、私の考えを吹き飛ばすように、お相手側から声が掛かる。
「おねえさま!!」
声の主はその小さな背丈で、そのまま私へ駆け寄り、抱きついて来る。
「…お茶会ぶりね、アベル」
「うん!」
屈託のない笑顔で、我が弟アベルは元気よくお返事をくれる。
私に会えただけでこんなに喜ぶなんて、本当に姉を慕っているのだなぁと心が温かくなる。
ロベリア様推しにとって、こんなに救われる思いはそうそうない。
ゲームのロベリア様は、孤立した方でいらっしゃったから。
私を抱きしめ、一通り満足したアベルは、これまた嬉しそうに私達の前に向かい直る。
「おねえさま、ごよーじ?」
「えぇ。少しばかりガードナーとお話がしたくって」
「え〜!!ガードナーずるいよ、ぼくも一緒じゃダメ?」
これまた可愛らしいお目目で見つめられては、そう簡単にダメとも言えない。
ここで会えたのも何かの縁、少しくらいなら、お父様とお母様にも悪く言われないかしら。
「じゃあきっと、私達だけの内緒ね?」
「やったぁ!ナイショ、ちゃんと守るよ!!」
アベルは飛び上がるようにして喜ぶ。
素直で優しい子だ、アベルともずっと仲良くいられるように頑張らないとね。
「じゃあじゃあ、ガードナーのとこ行こう!そこにいるよ、お話ししてたの!」
「ウフフ、そうしましょうね」
嬉しそうに私の手を引くアベルの側、私はローラの方を向き、口の前に人差し指を立ててみせた。
するとローラもニッコリ笑って、頷いてくれた。
どうやら私達だけの内緒は、ちゃんと守られそうだ。
「お久しぶり、ガードナー。お仕事中に失礼するわ」
「やっぱン嬢様だったべなぁ、オイラん方こそ久しぶりですだ。何かご用でお越しに?」
「少しばかり尋ねたいことがあるの、構わないかしら?」
「オイラに出来んごとなら、任せて下せぇな」
「ではお気持ちに甘えて…」
私は昨晩、ルリに言われた通りにする。
あれだけ確信を持って言っていたのだもの、きっと大丈夫。
「近いうちに神殿を訪ねるつもりなのだけれど、良い手土産を知らないかしら?」
私はさも「世間話です」といった態度で、彼にそう尋ねる。
ローラに不自然に思われないかとも危惧していたが、彼女は彼女で庭園をキョロキョロ見回している様子。
これならきっとバレてない。問題なさそうね。
一方ガードナーは、キョトンとした表情を顔に浮かべている。
「ン嬢様、なしてオイラに…?」
「その、良いお庭だから…何かないかと思って」
…ルリ?ちょっと、話が違うんじゃ?
私の背を冷や汗が伝う。
どうしよう、当のガードナーに伝わらないどころか、不審がられては目的の手土産が!!
そんな私の思いはつゆ知らず。
ガードナーは少し考える素振りを見せた後、弾けるようにニパッと笑う。
「んだんだ、さすがン嬢様だでな。ほんに良い発想をお持ちだべなぁ」
「そ、そう…?」
「ついでにタイミングさバッチリだでな!運は日頃の行いさ、関係するっていうだでなぁ」
彼には何か心当たりがある様子。
ルリの言ったことを信じて良かった。
さすがは推し様、そのお見立てに間違いはなかったみたいです!
「アベル坊ちゃま、お姉様ンお力に慣れそうだで」
「え?ぼく?」
突然声を掛けられたアベルは、何が何やらといった様子。
困惑しながら、ガードナーの方へと駆け寄っていく。
「よっぐらしょぉ…」
ガードナーはハシゴから降りると、その背を屈め、アベルに手招きをする。
アベルは頭にはてなマークでも浮かんでそうな面持ちで、それに応える。
二人は何か、お互いに内緒話を始めた。
ガードナーが何かを耳打ちすると、それを聞いていたアベルは咲かせるように笑顔になる。
そして今度はアベルがガードナーに耳打ちをして。
…アレ?私達の内緒じゃなかったっけ?
内緒が増えてますよアベルくん???
そのやり取りが少し続いた後。
アベルがこちらに仁王立ち、自信満々といった様子を見せる。
ガードナーもその背で、ニコニコとこちらを見ている。
「おねえさま、テミヤゲはぼくたちに任せて!」
「んだんだ、坊ちゃまとオイラで"一級品"さ見繕うだでなぁ」
「え〜っと…それが何か聞いても良いかしら?」
「おねえさまったら、忘れちゃったの?」
アベルはガードナーを振り返り、二人で顔を見合わせる。
そしてとびっきりの笑顔で言う。
「ぼくとガードナーの自信作、"ニマ・ローゼ"だよ!」
「坊ちゃまがお手入れさした後、オイラがそん中から特段良いモン見立てるべ。これ以上の手土産さ、そうそうねえと思うだでよ!」
「そっか、ニマ・ローゼ…!」
この王国の信仰対象である女神の名前を持つ花。
咲かせる事自体難しく、王宮でもそう見事なものはないらしい。
贈った相手との良縁を願うと言う意味もあったのだったか。
「それはとても良い案だわ、きっと贈るお相手も喜ばれるでしょう。でも貴重なお花でしょう?大丈夫?」
手土産として、申し分のない品だとは思うけれど…
他ならぬアベルとガードナーが丹念を込めて育て上げた花、それを易々と貰うのは少し気が引ける。
「株さ仕入れたんはオイラだで。んまぁ咲かせる方法さなぐで腐りそうだったとこをば、助けて下すったのが坊ちゃまだでなぁ」
「ぼくもおねえさまのためならいいよ!シンデンさんと仲良し、きっといいことだもん」
「摘む時もオイラがやるでな。もうローゼばすっかり元気になったで、少しばかりンなら傷にもならねえで」
「ローゼもおねえさまとシンデンさんの役に立つなら、よろこぶと思うよ!」
「二人とも…」
アベルとガードナーは、屈託のない笑顔で私にそう言ってくれる。
ならばそれを無碍にするのも、違うというものか。
「ありがとう。それなら有り難く、頂戴するわ」
私の言葉に、二人は「良かった」と言い合いながら、喜ばしいことのように受け取ってくれる。
そんなに嬉しそうにしてもらえるなんて、私は頂戴するだけなのに。
…ん?良縁を願う花?
「アベル、あの時どうしてローレンス様に…」
「あー!ぼくガードナーとローゼのところ行かなきゃあ!!」
「ちょっ、アベル…!」
アベルはあっという間に走り去ってしまった。
「お花さ、あとでお届けばするでなぁ」
そう言って、ガードナーもその背を追って行ってしまった。
もう!そのくらい教えてくれたっていいじゃない!
なんであんなわざとらしく…。
まぁ幼馴染だし、仲良くなって欲しかったのかな。
「お庭、本当に素敵ですわねお嬢様」
その場には庭を純粋に楽しむローラと、ちょっとばかり無念が残る私が取り残されたのだった。




