<第63話> お嬢様、文をしたためます。
食事の片付けと寝支度を一通り済ませ、私はメイド三人衆と別れを告げる。
私の手元には、ジェシーが持ってきてくれた、レターセットだという小箱がある。
どうやらペンや封蝋用のロウソク等も入っているものだそうで、ちょっとした工具箱程の大きさをしているのだ。
さ〜て、書きましょうお手紙を!!
というわけで、ルリに聞いたまでは良いのだが。
「ルリってば、本当に言ってる…?」
(何よ、わたしが悪いことしたみたいに言うじゃない)
「だって、手伝ってくれないなんて…」
私はルリにこの世界の作法を聴きながら、神殿に先触れのお手紙を書こうとした。
だけれど、どうにも彼女は協力的ではないご様子なのだ。
ゲームでも教養あるご令嬢だったから、問題ないとばかり思っていたのに…。
「私だって、前世ではお手紙の作法も知っていましたけれど…。今回はその作法も知らない上に、慣れない言語なんだもの」
(その作法でいいんじゃないの?そもそも幼児からの手紙なんだし、書けてるだけ十分よ)
「もし仮に失礼を働いたらと思うと不安で。そちらをどうにか、手伝っては頂けませんか?」
相手は神殿だ、失礼は絶対に避けたい。
女神信仰の厚い土地で、その最たる場所に失礼だなんて、考えただけで恐ろしい。
しかし私の言葉に、今日の彼女は従ってはくれない。
(嫌よ)
「そんなにお嫌だなんて、どうしてですか?」
(…手紙って、良い思い出がないのよ)
「それはまた、何故…?」
(だってお返事が来た記憶なんてないもの。ノワゼット様ってばお忙しい上に人気があるんだから、わたしのあんな手紙じゃ、お返事を下さらなかったのも道理だわ)
きっとこのご様子から察するに、ノワゼット相手に多くの文を出したのだろう。
ロベリア様からのお手紙に、お返事を出さないですって!?
え?不敬では?有り得なすぎる…真実かも疑う。
というか、ロベリア様はノワゼットに対して甘すぎるんですよ!!!
年頃の女の子からのお手紙を?無視?
なんならご自身の婚約者様ですよ?
は? 許せませんけれど???
お許しになった上で、ご自分の手紙が悪いみたいな、そんなのってないです!!
…これがきっと、友人達の言っていた『激おこ』という状態なのね。
それはもう怒っていますとも。ええ。本当に。
ロベリア様の前ですから、口には出してはいません。
それを褒めて欲しいくらいの憤りですよ?
人間ここまで憤りを覚えるものかと、驚いてもいます。
「ルリ、きっと貴女の書き方の問題ではないと思うのだけれど」
(でもお返事は来なかったのよ?)
「ほら、先程お忙しい方だと言っていたではないですか。きっとそういう理由ですよ」
(じゃあミヤビ、アナタがお手紙を出す相手は?)
「…神殿ね?」
(それも過去の歴史を知っている方、きっと忙しいわよねぇ)
「それは、たぶんそうですね?」
(なら忙しいお相手からお返事をもらえないわたしじゃあ、お役に立てないわね)
「そ、そんなことは…!」
どうにか食い下がりたい、しかしノワゼットの過去が邪魔をする。
もどかしいったらありゃしない。
見てなさいよ、今世ではロベリア様宛てにお返事書かせてやりますからね!?
うーんうーん、と頭を抱える私。
一向に手紙の筆も話も進まず、まさに膠着状態。
…そうしていても仕方がないので、私は自分で筆を進めてみることにした。
先触れのお手紙、つまりアポイントを取るお手紙なわけだから、何を書くべきかしら。
まずはご挨拶からよね。基本だわ。
突然じゃ困るだろうから、複数に日程の指定をして。
向こうが会いたいと思ってくれそうな内容…聖女の天啓だとか、その辺に触れておこうかしら?
聖女様の歴史を知りたい、とか。
そちらと一応、返信期限を。
書かないと、こちらがいつまで神殿に来る心づもりなのかも分からないものね。
え〜っと正しい言葉遣い、は難しいけれど善処しましょ…
(ミヤビ?)
突然私に声が掛かる。
どうしたんだろう、もしかして手伝う方向へ心変わりしてくれたのだろうか。
「どうしたのですか、ルリ」
(それって、文章なの?すっごく複雑な形をたくさん書いてるけど)
「えっ?」
…どうしたことだろう。
私が書いたお手紙の内容は、漏れなく日本語だった。
「前世の母国語、ですね。クセでしょうか…書き直しますね…」
(そうだったのね、それが良いわ)
細やかなお手伝いではありましたが、助かりました。
こんな初歩的なミスをするとは。
言葉遣いじゃなくて言語を間違えるだなんて、疲れてるかもしれない。
それから私は便箋を変え、全て書き直した。
言語こそ変わったけれど、内容的にはあまり差はない。
ただ慣れない言語で書くっていうのは、精神をすり減らすようで、とても疲れた。
便箋と重たい辞典とで反復横跳びもして、腕もしっかり疲れているようだ。
私は椅子に座ったまま、ほとんど机に突っ伏した状態になる。
ペンはしまったけれど、封蝋を取り出して封をする…までの気力はない。
そんな中で、ルリは私へ言葉を投げ掛けてきた。
(ミヤビ。手紙以外ならってことで、1つアドバイスしてあげても良いわよ)
「手紙以外、ですか…?」
(そうよ、ぴったりの手土産を思い付いたのよ)
「そうよ、手土産…!!」
私ってば、色々と忘れすぎじゃないかしら?
前世のしがらみがなくなって気が抜けてる?
もっとちゃんとしなくっちゃ、ただでさえゲーム通りの展開でもないんだから…。
こちらからのお願いで訪ねるのだもの、用意しなくちゃいけないわ。
でも神殿に持っていくものよね、何が手土産として最適かしら?
魔導布は…
いや、貴重な上に、消え物じゃないから手土産には向かなそう。
だとしたら、何が…。
(ミヤビ、明日お庭に行くのよ)
「へ?それが手土産のアドバイス…ですか?」
(そうよ。ガードナーに会ってらっしゃいな)
「庭師の彼、ですよね」
(きっと問題ないと思うわ)
彼はその手のものに詳しいのだろうか?
ロベリア様よりも?
(そう悩まないで、彼に『神殿への手土産を』と言えば良いだけよ)
「そうなんですか…?」
(そうよ。やっぱりわたしの言葉は信じられない?)
「そっ、そんなことは断じて!!あり得ません!!!」
私はつい、勢い任せに椅子を立ってしまう。
…お恥ずかしい。
私は誤魔化せないとも知りつつ、咳払いをして座り直す。
(では決まりね、明日はお庭よ。そのためにも早く寝なさい?)
「は、はい…」
そうして、何が何だかも分からぬまま。
私はルリに押し切られる形で、明日に向けて眠りにつくのでした。




