<第62話> お嬢様、その手札が欲しいのです。
闇属性との歴史的因縁を語る本。
その発行元は、ニマ=メトゥリステ神殿。
この世界で最も信仰されている宗教、女神ニマを祀る神殿の名だ。
そう多くのことは知らないけれど、神殿に努めるのはエリートに分類される方々で、名誉あるお仕事らしい。
そして貴族や庶民の生活基盤も担っている点があるのだったか。
その役割として、この本も出されたのだろう。
しかし一つ、本の内容で気になることがある。
何故かそれに対する言及が見当たらなかった。
…私が読めていないだけだろうか?
とまぁそんなところで、考え事を始めたかったのだけれど。
もうお昼なんてすっかり過ぎて、夜になりかけていた。
自室の扉をノックされて、返事を返すと、そこには「準備万端です」と言わんばかりのメイド三人衆の姿があった。
そう、湯浴みの時間になってしまっていたのだ。
待たせるわけにもいかないし、考え事なら湯浴みの最中でも出来る。
そんな考えで彼女達に為されるがままだったのだが、残念ながら考え事の結論は出なかった。
彼女達の仕事は早いもので、あっという間に夕食の準備までされていた。
私の髪をローラが乾かしている間に、いつの間にと驚いた。
しかし丁度お腹が鳴りそうだったもので、普通にありがたいことではある。
食事は健康の基本だ、しっかり食べねば。
家族の食卓に呼ばれたのは、初めてバトラーと会った時以来無い。
茶会の時にこそっと、アベルに駄々をこねてお父様とお母様を困らせてはいけないと伝えてあるのも、呼ばれなくなった理由の一因かもしれない。
私はロベリア様のご両親と和解して、ご迷惑でない形で食卓に呼ばれたい。
困らせてしまう様では逆効果、なので今直ぐには呼ばれずとも構わない。
メイド達とのお食事会も出来なくなってしまうしね。
案外楽しいの、こういうのを女子会って言うのかしら?
そんなわけで、今晩もメイド達と食事を共にする。
私からは「誰か1人でも一緒だと嬉しい」と伝えているのだけれど、彼女達は大抵3人揃って食事を共にしてくれる。
ローラ曰く、私と一緒だと食事が少し豪勢になって嬉しかったのだとか。
でもそれは最初の頃で、今は食事中のお話の方が楽しみだと言ってくれた。
その言葉に違わず、ローラは私に色々な話を聞かせてくれる。
今はこんなお洋服が流行っているだとか、どこそこの使用人の恋のお話だとか。
私は前世で洋服に対してはTPOに合えばいい、くらいのことしか思ってこなかったものだから、ロベリア様には何がお似合いになるのかを考える今が楽しい。
恋もたぶんしたことがない、ローラの話のように情熱的な気持ちになったことはないもの。
でもまどプリに登場する子達はそんな想いを抱えていたのかな、と思うと、これまた楽しい。
ジェシーやカミラは、話を聞いている側なのがほとんど。
でもただ聞くだけではなくて、時折彼女達から違った視野の話もしてくれて、とっても嬉しい。
ジェシーなんて、今も吃ったり、会話は控えめだけれど、お食事を本当に美味しそうな顔で食べるものだから、それを見ているだけでも楽しいの。
みんな笑顔で食卓に来てくれるから、提案して良かったと私は思う。
ロベリア様の良さを、もっとみんなに知ってほしいもの。
そんな会話の中で、今日の話が登場する。
「お嬢様が蔵書室に行かれたのでしょう?でもカミラ様がご一緒でしたのなら、きっと問題ありませんでしたのよね?」
「えぇ。お嬢様は夕刻までお読みになっていた本をお借りになられました」
「一体どんな本ですの?」
「それは…」
私は本の内容を、掻い摘んで伝える。
あまり明るいお話じゃないけれど、大丈夫だろうか。
「そんな酷い、歴史が…?」
「あら、ジェシーはご存知ありませんでしたのね」
「はい、わたし…学校とか、そういう機会には恵まれなかった、ので…初めて聞いて、びっくりしちゃった、と言いますか…」
「無理も御座いません。昔のお話ですし、若い子には授業くらいでしか聞かなかったりするでしょう。爺婆ともなると、その歴史を体験した者も居るのですが」
「カミラ様はその例に入るのですか?」
ローラ、それはカミラが「爺婆に該当する」と言っている様なものでは…
「ええ、まぁ。知人が悪魔狩りに…」
「えぇ!?」
「そ、そんな!!」
まさかの回答に、私とジェシーは声を上げる。
悪魔化した、ではなく、悪魔狩り。
…ということは、何の罪も無く、か。なんと酷い。
しかし気を動転させる私たちと違い、カミラは穏やかに言葉を続ける。
「それだけ混乱した時代だったので御座います。ですから戒めとして、後世では繰り返してはならないものと説かれていますね」
話を聞いていたローラは、重い口調でカミラに詫びる。
「…私の発言が軽率でしたわね、カミラ様申し訳ございませんわ」
それでもカミラは穏やかに語る。
「いいえ、構わないのですよ。後世に伝わらないよりも、余程良いと私は思います。ローラは学校で習っていて、歴史についてはご存知だったのでしょう?」
「仰る通りですわ。私もそのように、歴史の授業として、学校の高等部で習いましたの。ですから実際のお声はあるのかと、つい…」
「このカミラめは気にしておりませんよ。それに、実際の声があった方が、より深く知れるものも思うものもあるでしょう」
「それはその通りね、けどローラは少し気を付けてね?カミラだから良かったけれど、他の人だったらお怒りになっていたかもしれないわ」
「お嬢様、面目ございませんわ…」
ローラを諌める私だったが、話の流れをそれとなくカミラが変える。
「お嬢様は御本をお読みになって、何か感じた事はございましたか」
そう言われてハッとする。
確かに私には、あの本の内容で気に掛かっていたことがある。
「えっと…悪魔化って、つまり何なのかなって思っていたの」
「悪魔化、で御座いますか」
「難しい本だから読めなかっただけかもしれないのだけれど、誰か分かったりする?」
メイド達は顔を見合わせ、やがてカミラが口を開く。
「…どうやら私共は存じ上げない様です」
その言葉に合わせて、ジェシーとローラも頷く。
「えと、わたしは…歴史とか、疎くって…」
「授業でも習いませんでしたわね?言われてみれば何かしら?」
「皆混乱しておりましたからね…事態の収束で満足し、一部の者以外は追求しなかったのやもしれません」
彼女達は思い思いの感想を述べる。
しかし…
「カミラ、その一部の者以外というのはどういう意味?」
それは追求した者が、一部にはいる、という意味になる。
私にはそれが、気になる。
「あの凄惨な歴史の後の人々を束ねたのは、神殿の者でした。そしてお嬢様がお読みになった歴史書も、神殿から出されたもので御座います。しかし…」
「…しかし?」
彼女にしては珍しく、その言葉の最後を濁らせる。
何かしら引っ掛かることでもあるのだろうか?
暫くの後に、カミラは決心したように言葉を口にする。
「検閲前の事ですが、その際には悪魔化についての記述があった様に記憶しております。その内容までは読む事に億劫でしたもので思い出せませんが、検閲も神殿がしたものだったと記憶しています」
「…悪魔化についての記述を神殿が消した、神殿なら知ってるってこと?」
「可能性の域は出ません。そもそもあの歴史の描写自体が残酷ですから、何処かのお貴族様の気に触っただけかもしれません。しかし記したのは神殿のお方、ご存知ではあるのではと思います」
「そう、ありがとう」
神殿が悪魔化の記述を検閲で削除した?
となれば検閲前の内容を覚えているか、神殿の者かでないと知らない…。
"悪魔化"という単語は、些か思うものがある。
私の推しであり、今の私でもある、ロベリア様には悪魔化する未来があるから。
それを未然に防ぐ策になるかもしれない。
この情報は、今後の私の手札に必須だ。
『何かあれば、神殿を頼ると良いぜ』
…そうだわ、ソリーナムがそう言っていた。
「決めたわ」
「「「お嬢様?」」」
「私、神殿に行くわ。そして神殿のお方に聞いてみる」
ソリーナムは枢機卿、神殿で教皇聖下に次ぐ地位を持っていたはず。
彼に聞けば、きっとこの答えが出ると思うの。
「でしたらお嬢様」
「ん?なぁに、ローラ」
「文を書かれませんと」
「…あっ」
「そうで御座いますよお嬢様。先触れを出さねば無礼な上、お尋ねに答えられるお方も不在やもしれません」
「わっ、わたし、お食事が終わったので、レターセットをお持ちしますね…っ!!」
「は、はい…そうするわ、みんなありがとう…」
ちょっとばかり圧が強いけれど、助かった。
私としたことが、危ない危ない。
アポイントメント無しで伺ってしまうところでした。
これは前世でも当然のマナーなのに、少し気が急いていたかしら。
でも、何としたためたら良いのかしら?
どんなお手紙が正しいのか、うーん…?
まぁ何とかなるでしょう!
書かないよりはマシだわ。
そうよ、今晩はルリに頼んで一緒に書いてもらいましょうっと。




