<第61話> お嬢様、闇属性と悪魔の因縁の歴史。
「ふぅ…やっと着いたわ」
辞典と一冊の本を幾度も抱え直しながら、なんとか自室に帰ってきた。
これが思っていたよりも重い本で、持ち帰るにも案外苦労してしまった。
最初は蔵書室で読むつもりだったけれど、この本『闇属性と悪魔史』は時間を気にせずに読みたかったので、自室までお借りしてきた。
同行してくれたカミラに運んで貰うのも手だったが、彼女に重いものを持たせるのも気が引けた。
カミラにはその前に「お茶を」と提案されていたので、そちらの準備を任せる形で、途中解散のような形で部屋に戻ってきた。
他のメイド達も、今は私の部屋には居ないようだ。
そんなわけで、私は適当な椅子に腰掛ける。
机に辞典を置き、すぐに単語を調べられるようにしておく。
手元の方には、これから読む本を置く。
これで読書の準備は万全。
開いた窓から吹き込んでくる風も心地良い、絶好の読書日和というやつだ。
不穏なタイトルの本なのは言わずもがな…
この穏やかな空気が中和してくれることを祈るばかり。
『闇属性と悪魔史 ****』
うん?よくよく見れば、隅っこに何か書いてある…?
これは、えっと…
私はすかさず、辞典を引く。
『闇属性と悪魔史 検閲済み』
検閲…?内容が過激だったのかな?
それとも、時間が経って、歴史の見方が変わったとか?
いや、どちらにせよ不穏さが増した。
どこが検閲した、とかもパッと見では記述がないし。
余計に読まなくてはならない気がしてきた。
私がページを捲ると、1ページ目にあった文章は一文だけ。
内容は
『これは忌むべき歴史、過ちを繰り返してはならない』
そんなニュアンスみたい。
どうやらその文章と用紙を見た感じだと、印刷されたものではなさそうに見える。
辞典の文字は活版印刷のように、文字が整列させられていた。
気になって他のページと見比べてみても、それらは辞典と同様だった。
それらとは違い、その文章が手書きに思えた私は、用紙の裏を見てみると、若干インクが滲んでいた。
何らかの意図で、後から追記されたのだろうか。
製本までの過程を考えても、一部だけ手書きだなんて、そうそうしないように思う。
手書き風の印刷だって、一文だけならそう難しくはなさそうだし。
最初から手書き前提なんて、それはサイン本くらいではないだろうか?
そんなところから考えるのであれば、これはきっと重要なメッセージなのだろう。
わざわざ書き足す程度には。
私はそのまま、本を読み進める。
途中でカミラが淹れてくれたお茶を飲みながら、黙々と。
この本に書かれていた内容の概要は、それらしいものが分かった。
辞典を引きながらだから、概要に関してはそう間違っていないと思う。
この本は、"闇属性の適性者が減少した歴史的背景:悪魔狩り"について記されたものだった。
災厄の悪魔が訪れた後の時代。
まだ五大魔導属性という概念があった時代のこと。
その頃の王国民の中には、悪魔が紛れているという伝承があったのだという。
災厄の悪魔は、己を『悪魔である』と自称し、災厄をもたらした。
それにより、王国民は似た存在を悪魔だと認識した。
そしてそれと同時に、『お前らの中にも悪魔はいる』と言ったのだとか。
その解釈は様々。
人の心に住む悪意だと捉える者もいれば、言葉通りに悪魔という存在が人間社会に紛れ込んでいる者も居ると考える者もいた。
悪魔の言葉に惑わされるなど馬鹿馬鹿しい、そう言う者もいた。
しかし被害の大きかった地域の人々は、悪魔という存在を特に恐れた。
解釈次第とは言え、自分達の輪の中に、それが居るかもしれないと。
次第に災厄の悪魔の言葉は、人間の中に悪魔が紛れているという解釈で広がりを見せた。
地方の村々から始まり、やがて王都にまで伝わった。
そして事件は起こった。
悪魔と同じ黒色の瞳を持つ者が、村の家々を破壊したのだと言う。
つまるところ、闇属性の適性持ちの者が。
それは1件だけではなく、王国の各地で発生した。
頻発する事例に、王国は混乱に陥った。
遂には人的被害も広がり、王国民は対処を求められた。
まるで悪魔のように暴走し、理性をも失った人だった者らに起こった現象は、『悪魔化』と呼ばれた。
そして悪魔化すれば最後、正気に戻ることすらなく、暴虐を尽くすのみ。
行える対処は、その者らの討伐だけだった。
しかし、事態はそう簡単に沈静化しなかった。
王侯貴族は被害の補填や脅威の対抗に追われ。
神殿は災厄の悪魔により疲弊し、民の心を癒そうと説き。
それでも一向に収まる気配を見せない事態に、王国民は業を煮やした。
そうして事態は、過激化していった。
誰かが言ったのだ。
「闇属性が悪魔化するのだ、では悪魔化する前に殺せば良い」と。
その言葉で始まったのが、闇属性適性者の大量虐殺。
それが『悪魔狩り』だ。
私の世界で言う魔女狩りよりも過激だと言えるかもしれない、瞳の色だけで生を奪われるのだから。
さらに人々は、紫紺の髪を持つ者からも生を奪った。
闇系統魔導を少し使える、それだけの理由すら許さなかった。
悪魔化による事態はいつしか、沈静化していた。
民に残されたのは、大量の人だった者の山だった。
気が付けば人々は、悪魔化した者よりも、己で奪った命の方が多くなっていた。
それに伴い、闇属性適性者も激減した。
その結果、五大魔導属性から闇属性が欠け、四大魔導属性となった。
教皇聖下は仰った。
「闇属性は一属性に過ぎない」
「我々は自身の手で同胞を屠ったに過ぎない」
「それこそ、人の心に住む"悪魔"の存在の証明だ」
人々は自分達の行いの結果を考え、教皇聖下の言葉を聞き、これを忘れてはならない歴史だと認識した。
それを後世に伝えるのが、この書の役割である。
…以上が、本に書かれていた大まかな内容だ。
闇属性は単なるレア属性ではなく、こんな歴史があったとは。
設定本にも載っていなかった、悲しい歴史。
誰が悪いとさえ言えない、未だ消えない因縁。
今まで私は、インターネットでの
「ヒロインとの対比なら光と闇だよね」
「光闇がレア属性なのはお決まり」
だという意見を鵜呑みにしていた。
他にゲームをやる機会もないものだから、そういうものだとばかり。
「忌むべき歴史」だと言いつつも、きっとこの風習は完全には解消されていない。
ロベリア様に対する、周囲の態度からそう感じる。
私はそっと、最後のページを捲る。
そこにはこの本の作成元として、"ニマ=メトゥリステ神殿" と書かれていた。




