<第59話> お嬢様、蔵書室で"言語"に思い悩みます。
部屋の至る場所に敷き詰められた本、本、本。
もはや図書室の様な「本を読んでね!その為のお部屋だよ!」なんて印象すらない。
大量の本が押し込められている部屋。
そんな印象の方が正しい。そうだと圧さえ感じる。
「さぁさぁお嬢様、御遠慮なさらず」
「えぇ、そうね…?」
その圧に気後れしている私の背を、カミラが優しく押す。
…この中から目当てのもの、本当に見つかるのかしら?
注意深く見ていけば、この部屋には特徴があった。
図書館ほど丁寧ではないものの、大きく区分されて本が置かれている。
私の世界、日本での図書館では、NDCに基づき、本が置かれていた。
本棚に書いてある数字と、貸出用図書に振られている数字だ。
その区分ほど明確ではないが、同じ棚にある本はどれも内容が似通ったものである様子。
それは背表紙に書かれているタイトルから推察可能な程。
きっとこの部屋を使う人は、ある程度の分類分けこそするけれど、詳細には要らないのでしょう。
ある程度、本の置き場所が区分分けされているとなれば、多少は色々と探しやすいだろう。
そして、少しだけ心配していた事。
それは『この世界の文字が読めるか』というもの。
この世界で目覚めた時から、会話は成立していたが、読み書きとなればどうか…?
結果を端的に言うと、この私の予想は的中した。
本はどれも、日本語ではない文字が並んでいる。
しかしそれらには類似性を感じる並び、言語として成立しているのだと推測出来る。
…フッフッフ、舐めないで頂戴。
私は元の世界では、日本語の他に英語、北京(中国)語、スペイン語を扱えた。
所謂 多言語話者である。
一大企業の一人娘として多くの教養を身に付けてきたのだから、侮らないで頂きたい。
まどプリ世界の言語についてだが、設定本で解説を読み漁った記憶がある。
とはいってもその解説も多くはなく、建国神話の別言語版と日本語訳版みたいなものがほとんどだった。
しかしそれらから、基礎的な文字や文法については読み解く事が出来た。
適当な架空言語ではなく、独立した言語として成立していると、感動を覚えた記憶さえある。
これは多言語を学んだ結果によるもの、前世での努力は今世でも活きそうだ。
但し、難点を上げるとするならば…
「カミラ、"単語帳"の類はないかしら?」
…そう!独自言語・専門用語にまでなると分からない!
この世界独自の言葉となると、設定本にあった知識しかないのだ。
魔導靴なんかがその例に値する。
文字自体は読めたとしても、意味が分からなくては意味がない。
「単語帳…こちらのお部屋ですと、辞典の類であれば蔵書されていたかと思います」
カミラはそう答えると、私に一つの書棚を差し示した。
「あちらの蔵書、全てがそれに値します。最新のものは右奥で御座いましょう」
「ありがとう、助かるわ」
辞典があるとは、これは助かった。
きっと字引きから解説まで付いているものだろう。
そう期待して私はその書棚を見た、のだが。
「これ…全部?」
「えぇ、左様で御座います」
その書棚は、分厚い本がギチギチに詰まっていた。
国語の授業なんかで使う辞典を、大判にしてさらに厚さを数割増し…にした感じ。
なんか、こう、右に行くに連れてその分厚さも増しているのだけれど。
気のせいかしら?
「一番右が最新ってことは…左側は、改訂前のものかしら」
「流石はお嬢様、仰る通りです。一番左手から初版、右隣に移るに連れ、より新しく改訂されたものとなっております」
十数冊は軽くある…。
その様子からだけでも、この世界の歴史を体感する程に。
あわよくば単語帳を借りて、日頃持ち歩いて…なんて考えていたのだけれど、それは甘い考えだったと言わざるを得ない。
最新版なんて、とてもじゃないが持ち運べるようには見えない。
いやどれも大きい上に重そうだけれど。
貸し出してもらえそうなら、部屋で自主学習に使うのが限界に思える。
「この辞典をお借りしたいのだけれど、構わないかしら」
「そうですね…最新版は旦那様がお使いになられるやもしれませんので、難しいでしょう」
「それは、仕方ないわね…」
ううむ、そればかりは諦めるしかないか…。
お父様に叱られる事を進んでしたくはないし、何より困らせたくない。
ついでにバトラーまで叱られかねない。
気に食わないところはあれど、この部屋を使う事を許可してくれたのだ。
それによって被害を生むのは、話が違う。
不甲斐ないというか、申し訳ないだけだ。
思い悩む私に、カミラは言葉を続ける。
「しかしその改訂前の旧版であれば、問題は無いでしょう。お勉強の程度でしたら、一世代では大差の無い内容であったと記憶しております」
「…本当!?それは助かるわ!」
正に渡りに船。
単語への解釈が変わっていたりはするかもしれないが、全てがそうではないだろう。
その単語の存在を知ることが出来るだけでも、大きな収穫だ。
「難しい御本ですのに。借りるまでするとは、お嬢様は勉学に前向きで御座いますね」
「えぇ。私、たくさんのことを知りたいもの!」
「それにはきっとお役に立つ御本でしょう。それでも分からなければ、私共にお聞き下さいませね」
「ありがとう。きっとその気持ち含めて、役に立てるわ」
あとは文法に沿って、この辞典を引いていけば、最低限は読めるだろう。
海外の書籍を読む時にもそうしていたから、これでなんとかなりそうだ。
そして何より"異世界の辞典"!!
しかも私の好きな世界、心躍らないわけがない。
読書がこんなに楽しいものだなんて、私はこの感動をしばらく忘れていた気がする。
「カミラ、待たせてしまうけれど…あと数冊見繕っても構わないかしら?」
「えぇ、構いませんよ」
私は彼女に許可を得て、さらに蔵書室を注意深く見渡す。
急に小難しい本を読むのは向かないだろう。
まずは少しでも理解しやすいものから取り掛かりたい。
何かタイトルだけでも、今の私が理解出来るものはないだろうか。




