<第58話> お嬢様、勝利に必要なのは"知る事"です。
当面の目標は『両王子のお人柄を知る』こと。
親睦を深めてから、ロベリア様に相応しい婚約者を決めるのだ。
ーそう息巻いたまでは、良かったのだが。
冷静に考えてみると、その方法までは思い至っていなかった。
なんなら私自身というか、ロベリア様についても、まだまだ知らないことが多い。
…これではまた、「キミは本当にロベリアか」と詰められても仕方がない。
それはまずい。非常に宜しくない。
『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
これは孫氏の言葉だったか。
相手を研究し、自分の得手不得手を理解すれば、どんな戦にも勝てる
… みたいな意味だったと思う。
私はこれまで、相手の事ばかり知ろうとしてきた。
あまり自分自身、ロベリア様ご自身にフォーカスしてこなかった気がする。
たぶん知ったつもりになってる部分が、少なからずある。そりゃ推しですし。
ファンディスクも設定本もどれだけ見たことか、分からない。
その知識が少し欠けているらしいのが、ちょっと問題なのだけれど。
そんな訳で。
先ずはロベリア様について、知りましょう!!
「ねぇバトラー?どうしても通してくださらないの?」
「うっす。いくら来ても駄目、お嬢は1階の隅っこがお似合いなんすわ」
私は屋敷内の蔵書室だという場所に訪れていた。
そこは屋敷の2階。
以前と変わらず、「お前は2階に来るな」とバトラーに妨害を受けている次第だ。
しかし今日の私は、前回の私とは違う。
「そう、諦めるしかないのかしら」
「あーそうっすよ、だから早く帰って」
「だそうよ。困ってしまうわね、カミラ」
「左様で御座いますね、お嬢様」
「…はァ?」
私の背後から、カミラがゆったりと歩み出る。
バトラーはカミラの声を聞いた瞬間には、呆けた顔を浮かべていた。
フッフッフ。私も何度も無策で挑むだなんて、そんな阿呆ではないわ。
今日は頼れる味方、カミラを連れてきたのだ!
これまでは仕事の邪魔をしてはと遠慮してきたが、今日は思い切って同行をお願いしてみた。
そんな私に彼女は「その程度でお役に立てるなら」と、その願いを快諾してくれた。
私の見立てでは、これで勝てるに違いないと踏んでいる。
「はて、どう致しましょう。蔵書室が使えませんとは」
「ババッ……カミラ、ソイツと何しに来た」
「何を?御本を読みに来た以外に、何があると言うのです?」
「いや、なんでソイツと…」
「お嬢様は、将来的に王子殿下の婚約者となられるのですよ?教養も必要でしょう?」
「そ、れは…」
「まさか、バトラー殿がご存知ない訳では御座いませんでしょう?」
「…チッ、仕方ないっすね。分かりました、蔵書室に関しては認めます」
「あらまぁ、バトラー殿は物分かりが宜しくて助かりますわ」
「但し部屋ん中は散らかさないでほしいっすね、ソイツの後片付けなんか御免なんで」
「えぇ、そちらはこのカミラめが致します故」
「ケッ、そいつぁ何よりで」
バトラーはその勢いのまま、踵を返し、何処かへと向かって行く。
その場に残されたのは、私とカミラのみ。
他には使用人の姿もない、非常に静かな空間となった。
ーフッ、正に計画通りというもの。
バトラーにはカミラをぶつければ勝てる…
この算段は間違っていなかったようだ。
カミラに伝えたのは「勉学の為に本を読みたい」程度のこと。
その他には特段何も伝えていなかったのだが、バトラーの対応から私の意図を汲み取ってくれたようだ。
その点で既に優秀なのだが、推測するに、カミラはこのお屋敷でかなりの古株。
そんな彼女を無碍には出来ないだろう、そう強気に出られないだろうと踏んだのだが、これは効果覿面といった様子。
というか思いの外、効いたというか…
結果はカミラの完全勝利で終わった。
バトラーはカミラの存在に気付いてからというもの、そちらを見て、呆気に取られていた。
もはや彼の眼中にも居なかった私は、後方腕組みしつつ、会話が終わるのを待っていただけで、勝利を獲得した。
これが相手を知り、己を知るということ…。
なるほど。
この調子で進めば、悪い作戦ではなさそうだ。
この功績をもたらした彼女には、しっかり感謝せねば。
お茶会のお菓子もバレない程度に融通しよう。きっとそうしよう。
「カミラ、ありがとう。貴女のおかげで本が読めるわ」
私の言葉に、彼女はなんでもないという風に返す。
「いえいえ、私はお嬢様に感謝される程の事は何も。至極当然の事を、バトラー殿にお伝えしただけに過ぎませんよ。彼は物分かりが良い方ですから、伝わるのも当然です」
「謙遜だわ」
「フフ、そんな事は。婆を褒めたとて何も出ませぬよ」
彼女は朗らかに笑う。
言葉遣いこそ仰々しい時もあるが、彼女はいつだって朗らかに笑う。
今もその笑顔に、少し気持ちを落ち着かされている自分がいる。
…自分の味方が居るって、ありがたくって、暖かいことなのだなぁと思う。
「それでは許可も貰ったことだし、早速蔵書室にお邪魔しましょう!」
「えぇ、それが良いでしょう。このお屋敷の多くの知識が収められているお部屋に御座います、きっとお探しのものも御座いますよ」
「えっと…お探しのものって、私何かを探しているって言ったかしら」
「いいえ。それでも減額を求められたお嬢様のお眼鏡に叶う、そんなお部屋だと思いましたもので」
「そうなのね、どんな本があるかしら…楽しみだわ」
私はこのお屋敷の知識の宝庫、蔵書室の扉を引く。
その扉の先には図書室とも言い難い、ただひたすらに、多くの書物が積み置かれている様子があった。
天井まである本棚は満席。
床からも分厚い本が積み上がっており、一部には埃を被っているものまで見受けられる。
…私が入る前から、ちょっと散らかってないかしら?




