<第56話> お嬢様、アナタは確かにここに"生きて"います。
別れの挨拶を告げ、帰りの馬車に向かう途中。
その中でも私は、内心気が気ではなかった。
今回の茶会で、物語に大きな変化が起きている。
一旦冷静になる為にも、整理してみよう。
・早すぎる聖女再来の天啓
・ロベリアの婚約へ向けた、アベルの猛反対
・ローレンスによる、ロベリアとの婚約の立候補
・場を収めたのは、宮廷道化師 兼 神殿枢機卿
・神殿側から、ロベリアによる期限付き婚約者選定の要求
ざっと思い返しただけでも、これだけのものがある。
変わっていないものといえば、それは婚約成立の時期程度に思えてしまう。
「なぁ嬢ちゃんは、今回の件をどう思うよ?」
声を掛けられ、ハッとする。
隣を見やれば、私の隣をソリーナムが歩いていた。
「猊下。我々はお言葉に従って、帰路に着いておりますが」
お母様の言葉に、今度はそちらへ顔を向ける。
なかなか忙しい御方だ。
「ダリアったら今日も冷たいなぁ。ボクも途中まで同じ道だってだけだぜ?」
「左様ですか」
「あぁ、そうさ。キミがどれだけ聡明であろうと、ボクはキミに釘を刺す必要もあるしね?」
「何に対して、ですの」
「婚約者選定は、あくまでロベリア嬢の意思で行うこと。これは聖下のご要望だ」
「私は介入するなという意味かしら」
「さぁね?だが結果を捻じ曲げるような、悪意のある介入は見過ごせないぜ」
「…その娘が我が家の者として、王族と婚姻するのであれば、私にとって不都合はございませんわ。そもそもノワゼット様にも少しくらいは、婚約者を選ばせてあげた方が宜しいものね」
「ハッ。ダリアの方こそよく口が回るぜ」
「褒め言葉として頂戴致しますわ」
「…っと、そろそろお宅の馬車が見えてきたな」
馬車が見えてきた辺りで、彼は駆け足で私たちの進行方向を阻む様に立つ。
「いいか?キミら家族の在り方に干渉はしないぜ。良くも悪くもしない。しかし、こと婚約者選定に支障をきたす事態は見過ごせなくなる。最悪、神殿での保護すら視野に入るだろうな」
「残り2年ちょっと。精々良い結果を目指すことだぜ」
「我らが王国に、幸在らん事を
我らが御神に、謝辞を紡ぎけり」
彼は言葉を放って、仰々しい礼をする。
そして、進行方向とは反対に立ち去っていく。
私の背を通り過ぎる、その時にー
「何かあれば、神殿を頼ると良いぜ」
聞こえるか聞こえないか、
私にだけ聞こえたであろうという声量で、追加の言葉を残した。
私がそれを聞き、振り向いた時には、
どこにも彼の姿は見当たらなかった。
帰りの馬車は、特筆するような事は無かったかなぁ。
王都の中心、王宮を出て、タウンハウスに戻るのみ。
あぁ、そうそう。
あれだけ荘厳で広いお庭のあるお屋敷だけれど、あれは王都内に持つタウンハウスらしかった。
あまりに立派なものだから、カントリーハウスかと思っていた。
茶会までの行きの道、帰り道が長いのでは。
そんなことを出発直前に思ったのだけれど、案外そうでもなかった。
漫画やアニメで見そうな馬車に乗って、中世ヨーロッパのような街並みを眺めながら、大体1時間掛からないくらいだったかな。
この立地からしても、相当良い家を構えているのだな等と思っていた。
アベルを挟むようにして、ちょっとした事を探ってみたりもしたっけ。
例えば、"転移魔法"みたいなの使わないんだ?とか。
アンサーとしては、お察しの通り使わない。
特に子供連れや、多人数ではあまり使わないらしい。
魔法の行使では、より綿密なイメージ力が必要となる。
転移でいえば、座標の正確な情報が必要だそう。
子供にそれは難しいし、多人数だと転移場所が各々微妙にズレてしまうことがあるのだとか。
1人で複数人の転移も可能ではあるものの、そもそも転移自体がかなりの魔力消費があるらしく、一般的ではない。
その代わりに広い王都と各地を繋ぐ、転移術式の施された門が各地にあるのだとか。
そしてちょっと意外な点。
魔法がある世界だけれど、馬車はごく一般的らしい。
他にも空を飛ぶ〜とか、移動用魔道具があるとか、いろいろな方法がありそうなもので、個人的にはちょっと不便では?と、意外に思ったのだ。
しかし"馬"そのものが、この国では特別なものらしい。
私も前世では、乗馬術を嗜んだりした。
ただこの世界の馬は、黒い毛並みの子が多くて、体格も一回りは大きい。
…私が小さいからそう思うのかな?
そんな馬が何故特別視されているのかというと、かつての女神の恩恵だったからだと聞いた。
飢饉の際には食料として、復興の際には労働力として、この王国を支えたという。
その歴史から、特に貴族は馬を重宝しているとの話だった。
丁寧な世話を怠らず、逞しく美しい馬を所有することは、貴族としての箔でもある。
そして馬車の労働力として使い、女神様に感謝するのだと。
…まぁ今日の発見はこんなところかな。
私が疑問に思った事を口にしては、アベルがお母様に「なんで?どうして?」と追撃して得た情報なのだが。
私の発言や反応の類は全て無視されたわけなのだが、お母様としてはアベルが頼ってくれるのが嬉しいのか、楽しそうに話されていたので良しとしておく。
帰りの道もそんな感じで、お母様はアベルとのお話を楽しまれている。
アベルも新しい知識を嬉しそうに聞き入れている。
私も私で、それを聞いていたり、街並みを見ているだけでも楽しいので問題ない。
『もしかしたら、あのお店ゲームに出てきた…?』みたいな事を考えたり、
『ロベリア様や他の方々も、どんなお店がお好きか』だとか、
『メイド達が訪れたお店は、この街並みの中にあるだろうか』だったり。
なんせ、ここは唯一の生き甲斐だったゲームの世界。
見ていて楽しくないわけがない。
飽きるなんてこともない。
そのうち私も、街中を歩いてみたい。
馬車も良いけれど、自分の足で歩くのもまた、違った楽しみがあると思うから。
何処を見ても、美しく心躍る街並み。
それを見ていて、忙しかった心も少しは落ち着いた。
私はこの王国に生きていて、この街並みが好きだ。
今や守りたいとさえ思える。
ゲームで見た、滅びゆく王都の光景には、そこまでの想いは抱かなかったのにね。
不思議なもので、こうして実際にその存在を体感すると、様々な思いが巡り始める。
…決して、バッドエンドで街を崩壊させたりなんてしない。
ロベリア様の未来も、この街並みも、きっと私が守ってみせる。




