<第54話> お嬢様、思いもよらぬ闖入者です。
「いいよな、ヴァイオラ?」
声の主は、王妃殿下に語りかけているようだ。
一体誰だ? 頭を下げている私には、その主が見えない。
いやしかし、その声の掛け方は…
「何方か存じ上げませんが、無礼ではございませんか」
思わず声を上げた私に、少年の声が返ってくる。
「こりゃ驚いたぜ!面白いな、顔を上げなよ嬢ちゃん」
「しかし…」
何を言っているのかも、てんで分からない。
躊躇う私に、王妃殿下は言葉を投げる。
「私は構わないわよぉ、顔をお上げなさいな」
「…はい」
顔を上げた私の眼前。
私を上から見下ろすようにして、道化師姿の少年?が立っていた。
「女子会に忍び入るとは、良いお趣味ですわねぇ。ソリーナム?」
「子供達も居るのにかい?ボクだって見ての通り、少年なんだけどなぁ?」
「相変わらず、よくお口が回りますこと」
「久しぶりだね、ダリア。今日のキミもクールで素敵だぜ」
…話の筋こそ見えないが、明確に体感出来るものがある。
彼の登場で、場の空気が一変した。
王妃殿下と公爵夫人を相手に、この不遜な態度。
そして会話の内容から、互いに既知の関係だと推測出来る。
胸元のボタンには、裁ち鋏に紬糸とアヤメの花の紋章。
この内容とこのお姿…
ソリーナムと呼ばれた彼を、私は少しだけ知っている。
道化師を思わせる、奇抜な風体の少年。
帽子から僅かに覗く髪の色は、正に漆黒。
顔の上半分を仮面で覆い、その瞳と表情は窺い知れない。
その名は、ソリーナム・ニグラム。
なんでも "宮廷道化師 兼 枢機卿" という、王宮内・神殿内共に高い地位を持つ者らしい。
ゲーム本編での登場は映り込み程度のもの。
設定本での言及があり、私が持つ知識はほとんどその本の内容だ。
彼の胸元のボタンの紋章は、神殿のごく一部の者にしか使用が許されないものだ。
彼は元々、教皇聖下の厚い信仰心に応え、女神によって遣わされ、教皇聖下へ与えられた存在だと伝わっている。
なので正確には人間ではない、どちらかというと精霊に近いのだとか。
そんな経緯故に、教皇の右腕として枢機卿の地位を与えられているという。
それに加えて、王妃殿下に不遜な態度を取れるのは、宮廷道化師という特殊な地位によるものでもある。
その立場は自由なものであり、単なる曲芸師ではない。
真の役目は、己の立場を利用し、権力者達に過ちを気付かせるものだと聞く。
神殿での地位や経緯もあり、逆らえるものはそう居ないだろう。
彼の服装と態度は、その地位を正しく表している。
…しかし彼の情報は、謎が多い。
設定本にも、それ以上の詳細な記載はなかった。
一体何をしに、何故ここへ来たのか。
それすら推し量ることが難しい人物である。
ソリーナムは、楽しそうに語り始める。
「それで?嬢ちゃんの婚約者様は決まりそうかな?俺の気のせいじゃなきゃ、決まらなそうな雰囲気に見えるんだぜ」
「…もう少しで決まるところでしたわ」
「ダリアさぁ、何を根拠にそう言ってんのかな?キミ達が推し黙ってたのを、俺はしっかりこの目で見たんだぜ?あーそれとも、キミらのことだから、強引に進めようとしたってことかな?でもそんなの、ダリアの愛する坊ちゃんが黙ってるかなぁ?」
「それは…」
「まあお貴族様の義務だものな?仕方のないことだよな?」
「そ、そうよ。義務だもの、果たさないわけには…」
「そんでも、強行して王族と公爵家の間に軋轢が生まれんのは頂けねえなあ?そこんとこどーなん?嬢ちゃんはそれを分かっての言葉だぜ?アンタらが分からねえとは言えないよなぁ?」
「…何を仰いたいのです、猊下」
「いやぁ〜別に?ただこのままじゃ、話は平行線ってだけだぜ」
「そういうわけにはいきませんのよぉ」
「あ〜。ヴァイオラの気持ちも分かる、分かってるぜ?そりゃあもう、分かりすぎて痛いってくらいさ」
「でしたらぁ…」
「でもこのまんま、丸く収められんの?無理だろ?アッハハ!!」
彼はケタケタと笑いながら、何処からか椅子を出し、場の中心に座する。
私達子供は、黙って見守るくらいしか出来ない。
母達を圧倒するこの存在が、あまりにも未知数なのだ。
「このボクが、そこで一枚噛んでやるって言ってんだ。まるで助け舟だぜ。乗らねー手はないと思うんだけど、どうよ?」
王妃殿下とお母様は目線を合わせる。
そして、小さく頷く。
「…聞かせてくれるかしらぁ?」
「そう来なくっちゃなあ?」
王妃殿下の言葉を聞くと、ソリーナムはより楽しそうに言葉を続ける。
「いいか、よく聞けよ?ボクはこの場に居る全員の意図を汲んでやる。そんで、助け舟を出してやるぜ」
「婚約者様は他でもない、嬢ちゃんに選んでもらいな」
「「はぁ!?」」
彼の言葉に、母達が同時に声を上げ、その姿勢を崩す。
「全く、何を言って…」
「そうよぉ、なんでそうなるの?」
彼女達の言葉を、人差し指を立て、口元に寄せる動きで制する。
「頭が硬いんだぜ、お前らさぁ」
すると彼は、椅子の上に立ち上がり、捲し立てるように話し始める。
「嬢ちゃん含め、子供らはだ〜れも婚約に納得なんかしないぜ?誰1人として、な」
「仮に納得しても上っ面だけさ。中身なんて無い。意味あんのかよそれってさあ」
「そもそも王子様が2人も居るってのに、なんで婚約すんのは第二王子って決まってんのさ?」
「王族が婚約すればいいんなら、第一王子でも良くね?」
「その選択権すら無いときた、頭硬い通り越して愚かだぜ?」
「そんじゃまずは、当人らの話を聞いたらどうなワケ?親ってのは勝手なもんだぜ」
彼は一通り話し終えると、私の元へと歩み寄る。
「ロベリア…だったかな?キミは王族と婚約する意思はあんの?」
「それは…クロートー公爵家の娘として、その責務はあるかと思います」
「ノワゼットはどうだい?好きかい?」
「お慕いしてはおりますが、恋慕だとか、そういうものでは…」
慕っているという体にはしておくが、私にはその類の気持ちはない。
しかしその言葉を聞いて、王妃殿下が声を上げる。
「そんなぁ、ずっとノワゼットにベッタリだったじゃなぁい!」
「それは…」
どう言い訳したものか。
そう考えようとしたのも束の間、ソリーナムが口を挟む。
「ヴァイオラ、今キミには何も聞いてないぜ?」
その言葉に、王妃殿下は押し黙る。
…助かった。
どうやら助け舟というのも、案外間違いでもなさそうだ。
次に彼は、ノワゼットとローレンスに向き直る。
「ノワゼット、嬢ちゃんと婚約する意思は?」
「そりゃ、ありますよ。俺は次期王太子なんですから」
「さっきの言葉を聞いてもかい?」
「はい。彼女は聖女様候補には違いありません、同じように僕にも責務があります」
「そっかそっか」
彼は楽しそうに笑う。
「じゃあローレンスは?嬢ちゃんと婚約する意思はあるかな?」
「それは、その…そんなつもりは……僕には、ない…持てない……」
「さっきの言葉を聞いても、だね?」
彼は確認するように、そう言う。
「…それって」
ローレンスは短く言葉を溢すが、それ以上は続かない。
「あれは嘘じゃないぜ。このボクがそれを保証するけど、それでもいいんだな?」
「えっと、その…あの…うーんと……」
ローレンスは、言葉を口にしようとしては、それを引っ込める。
そして一瞬黙ったものかと思うと、確めるように言葉を口にする。
「…僕にもあります。ロベリア嬢と婚約する、意思が」
驚いたのは他の面々だ。
「兄様!?」
「ろ、ローレンス…?」
思い思いに声を上げる。
私も驚いて、彼らと反対に声が出てこない。
それを見聞きしたソリーナムは、腹を抱えて笑い出す。
「な?聞いた方が良かったろ?こいつぁ面白い!!よく言った、傑作だぜ!」
そしてひとしきり笑った後、鋭く言葉を放つ。
「さて、ここからが本題だぜ」
「ここから先の言葉は、宮廷道化師 兼 枢機卿からのものとして聞きな」
声のトーンはこれまでと打って変わり、まるで印象が異なっていた。
重く独特の存在感を放つ彼の言葉に、その場に居る者は皆、息を呑むことしか許されない。




