<第52話> お嬢様、義兄を断固拒否されました。
「…アベル、なんですって?」
ダリア公爵夫人は、尋ねるようにしてアベルを見る。
アベルはさらに姿勢を正し、さらに大きな声で言う。
「ノワゼットさまがおにいさまは、イヤです!!」
母達は途端、頭を抱えていた。
嫌だとお断りされたノワゼットはというと、笑顔のまま硬直していた。
私はといえば…
同じく、笑顔のまま硬直していた。
内心は複雑を極めていたが。
いや、まさかね。
私がフラグを折る前に、弟に折られるだなんて。
これも知らない展開。
予想の範疇を超え、眼前に宇宙が広がっている様にすら感じる。
呆然とする私達の前で、アベルは自信に満ちた様子で語り始める。
「ケッコンはね、ぼく知ってるよ。王子様とお姫様がするんだ」
「そ、そうよねぇ!ノワゼットは本物の王子様だし、ロベリア嬢はお姫様だわ〜!!」
「…ゴホン。そうですわね、お姉様」
「でも白馬の王子様じゃないよ!!」
「えっと、アベル…ノワゼット殿下も馬に乗るくらいは出来るわ」
「そうよねダリア!ノワゼットは何でも出来るしぃ… そうだわ!白いお馬さんを買いましょう!!」
「えぇ〜?リコーダーはできなかったよ?」
「「う〜ん…」」
その場の空気はすっかりアベルのもの。
王妃殿下もお母様も、すっかり振り回されてしまっている。
王族や親相手でも引けを取らない大胆さ… 見ていて恐ろしいまである。
「アベルちゃんはどうしたら納得してくれる…?」
「えっと〜」
大人2人が、幼児の返答に固唾を飲んでいる。
なんという光景だろう。
「優しくて〜」
「「うんうん」」
「カッコよくて〜」
「「そうね」」
「守ってくれて〜」
「「はいはい」」
「「おねえさまが好きで〜」」
「「…」」
「ゼッタイおねえさまを悪魔って呼ばない人」
「「………」」
お、王妃殿下!!お母様!!!
だっ、黙らないで!!!!!
なんということだろう、アベルに軍配が上がってしまった。
妙な間まで生まれてしまっている。
おかげで雰囲気がかなり気まずい。本当に。
当の私は話題の中心故に、発言しづらいことこの上ない。
誰か…助け舟を出して…。
「私としては、アベルに納得してほしいのだけれど…」
「イヤです!!!むりやり決めるなら、おかあさまたち嫌いです!!!!!」
「「そっかぁ……」」
取り付く島もない、とはこのことだろう。
アベルは何を根拠としているのやら、母達をバッサリ切り捨てる。
嫌いとまで言われ、王妃殿下まで頭を抱えてしまった。
お母様はアベルを溺愛していらしたし、これはかなり効いているご様子。
王族の義兄を持ったとして、不仲だと噂されれば、アベルの将来に支障が出かねない。
最悪"不敬罪"にも問われかねない。
お母様はそれと、嫌われることも避けたいのだろう。
私としてもアベルに今後、ノワゼットと母とは良好な関係であってほしいので、どうにかこの状況を打開してほしいところ。
かといって、聖女と国難への対応をしないわけにもいかない。
王侯貴族として、避けられない道だ。
…つまるところ、なんとか納得させるしかないのである。
なんとも微妙な空気の中、お母様が打って出る。
「婚約とは言っても、本物の聖女様が現れるまでよ。聖女様が現れたら、そちらと婚約を」
「おねえさまを捨てるんですか!?おかあさまヒドイ!!!」
「ウッ…」
お母様、鋭いカウンターアタックで撃沈寸前。
おそらく私の意見は全く気にするつもりはないのだろうが、少なくとも今の私はお母様を応援している。
どうにか説き伏せてください…!
「その、見捨てるのではなく、最初から形だけだから。だから我慢をね…」
「ホントはず〜っといっしょのお約束をですか?そういうの、フセイジツって言うんですよね?おかあさまが前に言ってました。王子様はそんなことしません」
「……」
駄目だ、硬直してしまった。
愛息子に自分の過去の発言で、揚げ足を取られた母のHPは残っていなそうだ。
アベルはその難しい言葉やら態度やらを、両親から学んでいるのか…
なんて感心している場合ではない。
本当にどう収集をつけるのよ。これ。
「ね、ねぇアベルちゃん…?」
恐る恐るといった様子で、王妃殿下は声を掛ける。
殿下のターンのようだ、どうか奮戦してほしい。
「なんですか、おうひさま」
「うちのノワゼットは、優しくて、格好良くて、守れるだけの力もあると思うのよ〜?だから…ね?」
「…?」
「うん…?」
「それだけじゃフゴーカクです」
「なんでよぉ〜!アベルちゃん厳しいわぁ!!」
「おとーととして、おねえさまといっしょの人はダキョーできません」
「そんなぁ〜」
…我が弟ながら、かなり強火の小舅である。
このまま婚約を押し進めれば、あろうことか王子殿下がイビられる事態にまで発展しそうな勢いを感じる。
クロートーの家門と王家の付き合いは長い、王妃殿下としても不仲になるのは避けたいのだろう。
王妃殿下は未だ、なんとか食らいつこうとする。
「あっ、でもほらぁ〜ノワゼットは悪魔なんて呼ばないし…」
しかしその発言で、アベルの声色が凍る。
「言いました」
「…へっ?」
「呼びましたけど」
「……」
幼いながらも、その短い言葉からは断固とした意思、威圧感すら感じる。
王妃様に向けられたその表情は見えないが、いくらか背筋が寒い。
まるで、あの日の…
セバスに相対していた時していた時のようだ。
その態度の豹変ぶりに、王妃殿下はノワゼットとローレンスの方へと顔を向ける。
2人は頭が取れるのではと言わんばかりの勢いで、首を横に振る。
「…ノワゼットは、言ってないって」
「言いました」
「ど、どうして分かるのかしら〜?」
「ぼくが直接聞いてたので」
再び王妃殿下の目線が向けられるが、今度はローレンスだけが首を振る。
ノワゼットは直立不動、そのまま動かない。
私も見た記憶も含めて思い返すが、彼が言っていた覚えはない。
屋敷に来た日も詰め寄られこそしたが、"悪魔"と呼ばれてはいない。
どうにも私の記憶の中では、思い当たる節はない。
しかしあのアベルがあそこまで断言しているのだ。
事実無根…とも考えにくい。
アベルはどうにも、姉が悪魔と呼ばれることが不快らしい。
両親に呼ばれた昼食の際にも、両親でさえアベルの前では悪魔とは呼ばなかった。
…居ないところで呼ばれた記憶は、ちょっとだけある。
元々避けられているから、ちょっとだけね。
考えてもみれば、姉が悪魔であれば、弟も悪魔ではないかとも思い至ることがあるだろう。
自分に原因は無いのに、それはさぞ不愉快なことだろう。
未来の兄に「悪魔の弟」と呼ばれるのを嫌がるのも、それも道理か。
「アベルちゃん、欲しいものとかなぁい?」
「そ、そうね。きっとお母様が用意するから…」
「おねえさまにセイジツなコンヤクをする人」
「「………」」
残念なことに、王妃殿下とお母様はアベルに敗北を喫してしまった。
今は何か交渉材料はないものかと、あれこれ聞いているが、アベルが折れそうな気配はない。
そんな中、ローレンスが声を上げる。
「お母様、公爵夫人、アベル子息。ごっ、ご提案があります…!」
3人の目線は、一斉に彼へと向けられる。
彼は一瞬怯んだ様子を見せるも、再度姿勢を正し、返答を待っていた。
「いいわよぉ、ローレンス。聞くだけ聞いてあげるわ」
「えっと、あのっ…!僕、あっ、いいえ……」
やっと助け舟が出されるのだろうか。
これでやっと話に決着が
「その…アベルの意見だと、ロベリア嬢に、ご意見を頂くのが最適かと…」
…ん?
ちょっと待って、こんな時に話の流れが私に来ようとしてない?
え?今?すっごくタイミングが…
「そうだぁ!おねえさま、ご意見聞かせて!!」
アベルはキラキラとした目線を、私へと向けてくる。
私に何を期待しているのだろう…。
一方そんなアベルの背後。
王妃殿下とお母様が私へと向ける、刺すような視線との温度差が恐ろしい。
…言われずとも、その瞳だけで意図は分かる。
その3人の目線を、私は裏切ることが出来ないだろう。
こんな展開は一切知らない。
しかしどうにかせねばなるまい… 私の最推し、ロベリア様の為に!!




