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<第6話> お嬢様、弟と相対致します。

まどプリの舞台となる王国には、王族と大公家の他に、三大公爵家と呼ばれる家門がある。

魔導三分野に大きく貢献した、由緒正しい歴史を持つ名家だ。


魔法に優れる『クロートー公爵家』

魔術に優れる『ラケシス公爵家』

契約魔術に優れる『アトロポス公爵家』


クロートー公爵家は、ロベリアの生家であり、彼女を含め子供が2人いた。

そしてそのもう1人の子供こそが、アベルだ。




突然目の前に現れたアベルに、つい反応が遅れてしまう。

彼はロベリアの2歳年下で、ゲーム本編ではショタ系攻略対象として登場するのだ。

本編ではもっとロベリアを知ることが出来るかもと、何度彼のルートをプレイしたか数えきれない。

そんな彼が、幼年期の姿で目の前にいるなんて…!



「…おねーさま?」


思わずフリーズしてしまった私に、アベルが声をかけてくる。

コテンと首を横に傾げて、不思議そうにしながら。


「な、なんでもないのよ?何かお姉様にご用事?」


…あ、危ないところだった。

断じてその手の趣味はないのだが、あまりにも可愛すぎる。

可愛いは正義ではないのか?これはもはや罪では??


冷や汗をかきながら、心の中で言い訳やらを高速詠唱する私とは反して、アベルは嬉しそうに、花咲くように笑う。


「おねーさま、アベルのごよーじ、一緒にしてくれるの?」


屈託のない笑顔でそう言われたものの、その言い方に少し違和感を感じた。


「…私はいいけれど、アベルは嫌じゃないの?」


すると、アベルは首を勢いよく横に振る。

まるで取れてしまわないかと、心配するような勢いで。


「ぼく、おねーさま好きだもん!いやじゃないよ!」


それなら何故…


()()()おねーさまと一緒!やったぁ!」


そう言いながら、アベルはジャンプしながら、ロベリア…私の部屋の戸口から室内へと駆けていく。


迂闊だった…。

そうだ、ロベリアは弟のことも遠ざけていたんだ。

それに遠ざけようにも、なかなか遠ざかろうとしてくれなかったのが、彼アベルだ。

一番遠ざけるのを苦労していた相手に、「用事を一緒にする」と約束してしまった。

これは一本取られたと言わざるを得ない。


諦めて室内へ振り向くと、アベルは抱えていたうさぎのぬいぐるみの手を取り、はしゃぎ回っていた。

なんと無邪気なことだろう。

この様子では、今更断るというわけにもいくまい。


「それで、アベル?ご用事は?」


そう声を掛けると、アベルはくるりと振り向き、自信に満ちた顔をする。


「ふっふっふ…それはね……ナイショだよ」


そうやけに勿体ぶって言う。

その顔には悪い顔を浮かべ、口の前で人差し指を立てている。

小悪魔だろうか。

いやいや、そういうことじゃない。

ナイショでは、本当にどうしたらいいのか分からないだけだ。

仕方ない、これは卑怯かもしれないが…


「アベルが言ってくれないと、お姉様困ってしまうかも…」


私は頬杖をつき、いかにも困ったという顔で言ってみせた。

これで言ってくれないのなら、正直今の私には、他に打つ手はない!

頼む、アベル…!


「えっと、おねーさまが困っちゃうのは、かなしいから…あのね、ぼくおねーさまと一緒に、おにわのお花を見にいきたいの…」


アベルは少ししょげた様子で、指をいじりながら、そう打ち明けた。

なんて素直なんだ、やはり天使だろうか?


それにしても、一緒に庭園に行くというだけであんなに喜ぶのか。

確かアベルがなかなか離れないのは、姉を相当慕っていたからだったはず。

邪険にされていただろうに、ここまで喜ぶものなのか。

いや、そうだったからこそ、応えてもらったのが嬉しく感じるのだろうか。


私がそうして頭を悩ませていると、下からアベルが不安そうな顔で覗き込んできていた。

その目は微かに潤み、揺れていた。

今度こそ嫌なことがあったのか、そう考えていると、彼は今にも泣き出しそうな様子で口を開いた。


「ぼく、おねーさまにナイショってしたから…いじわるしたから…おねーさま怒っちゃった?もうアベルのこときらい?」


参った、まさか少し考え込んでいただけで、そこまで思わせてしまうとは。

こんなちょっとしたことで泣きそうになるほど、この子は姉を慕っているんだ。

まさか、ここまでだとは…


私はアベルの側に屈み、その頭を撫でる。


「いいえ、お姉様はアベルが大好き。考え事をしていただけで、怒ってもいないのよ?」


アベルは驚きを顔に浮かべ、私の顔を見ている。


「安心して、神に誓って嘘じゃないわ。貴方の幸せだって願っているのだから」


そして、その顔に浮かんだ涙を掬ってやる。


「め、女神さまにちかって、ホントなの…?」


そっか、この王国では『女神信仰』が当たり前なんだった。


「ええ、女神様に誓うわ」


そう言って微笑むと、アベルはまた心底嬉しそうな顔に戻る。


「やったぁ!ぼくもおねーさま大好き!!」


「じゃあアベル、お姉様のためにお庭のご案内を考えておいてくれる?」


「うん!まかせておねーさま!!」


アベルは元気に立ち上がると、窓の方へ駆けていった。

外の景色を指差しては、ああではないこうではないと考えているらしい。

非常に微笑ましい光景、この先も守っていきたい姿がそこにはあった。


さっきアベルに言ったことは、私の本心だ。

こんなにも姉を想う、純粋な良い子。

そんな弟を守る姉でありたいし、そんなロベリア様が見たいという気持ちもある。

弟と仲良く、弟を幸せに。実に良い未来だと思う。

だから、女神にだって誓ってもいいと思ったのだ。



さて、『女神信仰』だったか。

私はアベルが外を見ている間に、目を閉じ、記憶を漁る。


女神信仰は、この国、『ニマ=ティオシス王国』の建国に由来するものだったはず。

その内容は、ゲーム内で教養のテストとして出題もされたし、設定資料本にもあった覚えがある。

私は頭を悩ませ、その内容を絞り出す。



【建国神話:女神の章】


彼の地に王国が築かれる以前、神代の時に、無の土地に女神が降り立った。

女神は不思議な術を使い、燈を灯し、水を生み出し、緑を芽吹かせ、その息でその地にそれらを巡らせた。

やがて糸を紡ぎ、ヒトをお創りになると、その糸を鋏で裁ち切り、大地へと降り立たせた。

病が蔓延すれば使徒を使わせ、たちまちそれを癒し。

食がなければ、黒き獣を与えたもうた。

人は女神に感謝し、それに応えるかのように、女神は人にその術を分け与えた。

以来、この地の人々は女神の術を魔導と呼んだ。



…確かこれが、建国神話における女神にまつわる章。

一般的に『始祖の母:ニマ』と、その女神は呼ばれている。

そして女神が創った人々が支え合い、始祖を中心として国を興したというものだった。

この神話が由来し、この王国の名前は、私が生きていた世界の外国語で『糸紡ぎ』を意味するものを付けられたのだという。

各地に神殿支部も存在していて、神殿の長は始祖と同じく、女神が創った人が務めていたんだったか…。


世界観や設定が好きで良かった、まさか読んでいた内容を転生して活用するとは思わなかったけれど。

今は特に情報が少ないから、少しでも役に立ちそうなゲームの情報は、思い出しておかないといけないかもしれない。



「おねーさま、また考えごと?」


そうしていると、アベルに顔を覗き込まれた。


「ええ。貴方がどんな素敵な場所に連れて行ってくれるのか、考えていたところ。」


そう言って笑い返す。

誤魔化しではあるけれど、全くの嘘というわけではない。

なんといったって、ロベリア様のご生家の園庭に行けるのだ。

楽しみでない、考えていないという方が嘘になる。


「そっか!じゃあきっと、おねーさまがステキだって思うばしょに行くからね!!」


そう言って、アベルは自信いっぱいの笑顔を浮かべる。

どうやら私はこの笑顔に弱いらしい、到底遠ざけることはできない。

いよいよ本当に、この子とは仲良くやっていくしかないだろう。


まずは、彼の自信に溢れたお散歩に連れて行ってもらうとしよう。



「アベル、お姉様の手を繋いで、エスコートしてくれる?」


そう言って手を差し出すと、満面の笑顔で手を握られる。

小さな手で、精一杯。


「うん、えすこーとがんばるよ!」


そう言って、私を部屋の外へと導いていく。


アベルが来るまでは、この部屋の外に出るかすら、私は迷っていた。

しかしこの小さくも信頼出来る手に引かれ、今は外に出ることが楽しみで仕方ない。

まるで小さな騎士様だ。


私がそうクスッと笑った時だった。

アベルが明るい声で、その口を開いた。


「今日はね、おねーさまが好きなお花を見にいくよ!」


「私が好きなお花?」


ロベリア様が好きなお花。

彼女はどんな花でも似合うだろうけれど、幼少期にお好きなのはどんな花なのだろう。


アベルは自信満々に


「そうだよ、バラのお花!」


そう告げる。



薔薇の花。

それを思い浮かべた時だった。

突如として、脳裏に映像のような、記憶のような物がなだれ込んできた。




今よりも幼いロベリア様が、薔薇を見て微笑んでいる。

頬を朱く染めて、薔薇に何かを話しかけている。

恋?好きな、人が…心が、暖かい。

雪崩のようなそれは、瞬く間に場面を変えていく。


今度は、今より少し後くらいだろうか、少し成長したロベリア様。

また朱い頬で薔薇を見つめ、ジャンプしたかと思えば、抱きしめるようにしている。

婚約が決まって、絶対幸せ…待って今何と仰って。

場面はまた変わる。


これは…本編で見た、学院の制服を着たロベリア様だ。

あれ?さっきまでと違って、どうして、悲しいの?

でも薔薇は美しくって、そう思う気持ちは変えられなくって。

どうして、まだ場面は移り行く。


この、ロベリア様は…悪魔になった、黒い衣の、ロベリア様だ。

薔薇が愛おしくて、でもそれが、悲しくて、どうしようもなくて。

あっ、ダメです、それは。

ロベリア様はついに、泣き腫らして真っ赤なお顔で、薔薇を、引き千切ってしまった。

どうして、どうしてこんなことをしなきゃいけないの?

私はただ、慕っていただけなのに、それだけでもよかった。ねえなんで?どうしてなの?




「…さま、おねーさま!!」


私はアベルの声で、ハッと我に帰る。

握られた手に込められる力が、強くなっていた。


「おねーさま、きゅうに歩くのやめちゃったと思ったら、泣いちゃってたから…どうしようと思って…」


不安そうな顔で、アベルはこちらを見つめている。

相当な不安だったのか、自信のあった声がまるで鳴りを潜めていた。


「大丈夫よ、アベル。私は泣いてなんて…」


頬を拭った指には、水滴と異様に暖かい肌の感触があった。


「あれ…?どうして」


どうしてだろう、脳裏に浮かんだ光景のせいだろうか。

しかしあれは…一体なんだったのか。


「…おねーさま?」


まだ不安そうなアベルに、言葉を返す。


「貴方が素敵なお花を見せてくれるというものだから、感動してしまったの。心配かけてごめんなさい、アベル。」


「ううん!おねーさまが大丈夫ならいいの!」


「それでは行きましょうか、楽しみね」


「わかった!とってもキレイだから、元気になってもらえるとうれしいな!」


そう言うアベルは、また元気に私の手を引いていく。




あれがなんだったのかは、分からない。

けれど、『薔薇』という単語を聞いた瞬間のことだったのは覚えている。

…もしかしたら、園庭で実際に目にすれば、何か分かるかもしれない。

私が言っても言わなくても、アベルは薔薇を見せるつもりだろう。

この手が引かれ行く先には、一体何があるのか。

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