<第49.5話> 閑話休題、爺やの憂鬱。
これはこれは、ご機嫌よう。
ワタクシ、ローレンス御坊ちゃまの側仕えの執事で御座いまする。
御坊ちゃまはワタクシの事を『爺や』とお呼びでいらっしゃいます。
何卒ご承知おき下さいませ。
ワタクシは、ローレンス御坊ちゃまが生まれた頃よりお側におります。
高貴なお身分の方にこう言うのは失礼かとも存じますが、ワタクシにとって御坊ちゃまは、息子か孫のように御座います。
それはそれはお可愛らしいもので。
きっと目に入れても痛くない事でしょうな。
しかし爺やは、御坊ちゃまの事を思うと、悲しくてなりません。
周囲の者共は『王族なのに魔法が使えない』等と宣うのです。
失礼千万。不敬罪ともなりましょう。
ですが御坊ちゃまは、決して罰されようとは致しませぬ。
むしろ耳にしたとて、聞こえなかったフリまで為されるのです。
ワタクシは以前、御坊ちゃまにそれは何故かと問うた事が御座いました。
御坊ちゃまは答えて下さいました。
「王族の生まれでありながら、魔法適性が低いのは事実だから」
と。
しかし、その様な事は問題では御座いません。
事実であるか以前に、その発言のみで十分に罪に値するのです。
ですが御坊ちゃまのお言葉は、まだ続きがあったのです。
「使用人の皆はここが仕事場だろう?不敬罪を働いておいて、王宮に残れるとは思えない。罰した上に仕事も奪うなんて、その人は今後どう生きていくのか。それを被るのは本人だけじゃない、家族だっているはずだ。事実を口にしただけの人間に、そこまでの仕打ちを、僕はとてもじゃないがしたくはないよ」
優しく聡明な御方です。
仰る通りで、罰した後に王宮には残れないでしょう。
不敬罪で王宮を追い出されたとも知れれば、その後の勤め先も危うい。
その日の暮らしも考えねばならない事も想定出来ます。
それを使用人の家族までお気に掛けるとは、寛大でいらっしゃる。
ご自身が耳にしたとなれば、罰さざるを得なくなるとお考えなのでしょう。
故に聞こえないフリを、聞かなかったフリをされるのです。
無論、ワタクシは魔法が使えぬ等と行った事は御座いません。
そもそもローレンス御坊ちゃまは、完全に魔法が使えないという訳ではないのですから。
適性が低く、不得手だというだけです。
おそらく噂に尾鰭背鰭が付いたのでしょう。
しかしそれでも、御坊ちゃまは噂を否定為されない。
よもや人が良すぎるのではと、ワタクシは心配に御座います。
ローレンス様にはご両親と弟妹がおられます。
しかし、そのご関係もワタクシの憂いの内で御座います。
弟君は生まれてすぐ、兄君であるローレンス御坊ちゃまよりも高い王位継承権を得た事は有名な話かと存じます。
…仕方のない事だったのです。
魔導の国の長が、それを扱えぬという訳にはいかないのがこの国の道理。
長く続く歴史の慣習。
御国を思えばこそ、その判断が成されたので御座います。
酷ですが、仕方のない事なのです。
類似した理由で王位継承権の低い王族の御方は、歴史上に居られました。
ただ、数は多くは無く。
それも僅差の事であったと聞き及んでおります。
御坊ちゃまの御心に影を落とすには、十分で御座いました。
父君であるアシュトン国王陛下は、御坊ちゃまをそれはそれは可愛がっておられました。
それも当然で御座います、愛する妻との初めての御子でしたから。
国王陛下と王妃殿下は、齢が40は離れていらっしゃいます。
天からの授かりものである御子を宿せるかと、陛下はご心配もしておられました。
そんな中で生まれた御子で御座います。
陛下は「元気に生まれてくれただけで良い」と仰っておりました。
このお言葉に嘘偽りはないでしょう。
弟妹が生まれた今でも、陛下は変わらず接して下さっております。
しかし、御坊ちゃまには思うものがあったのでしょう。
父君とお会いになられる際、ワタクシにはそのお顔が曇って見えたのです。
加えていつも「申し訳ありません、お父様」と口にしておられました。
陛下は「そう謝るでない」と優しくしてくださるのですが、それさえも不安そうなのです。
いつしか零しておりました。
「お父様に御恩が返せない」と。
お優しく聡明な御方です、己の魔法適性が憎かったのやもしれません。
それ故に、億劫になってしまっているのかもとさえ思います。
母君であるヴァイオラ王妃殿下は、父君とはご事情が違いました。
生まれて直ぐは大層喜んでおられました。
ですが弟君が生まれてからというもの、御坊ちゃまに関心を失くしてしまったご様子なのです。
お嫌いではない様ですが、まるで弟君に掛かりきりでして。
それまで可愛がられていたご感情も、全て弟君のものとなってしまわれたので御座います。
今では、生まれてそう経たない妹君も可愛がっておいでです。
弟君への愛情は変わらず、御坊ちゃまへと向けたものだけが変わってしまいました。
御坊ちゃまは寂しそうにしておりました。
ですが母君にご無理を言う事は御座いませんでした。
ワタクシに愚痴を溢した覚えもありませぬ。
代わりにと、この爺とよく遊ばれたものです。
弟君は周囲に毒されたのか、兄であるローレンス御坊ちゃまを見下していらっしゃいました。
使用人を諌めなかった事が裏目に出てしまい、ワタクシが対処しておけば良かったものをと悔やんでも悔やみきれませぬ。
直接的に言葉にする事もありました。
態度で示す事も御座いました。
そのうち、己が兄に優っているという事に固執していったかの様に見えました。
いつも御坊ちゃまの真似をされては、「自分の方が出来た」と母君に嬉しそうに仰っておられたのです。
母君もそれを嬉しそうにお聞きになるものですから、幾度となく続いたものです。
御坊ちゃまは、ただ笑顔で在られました。
自慢げな弟君に「そうだね」「すごいよ」とお褒めになるばかりでした。
お一人の時でさえ、「僕の弟はすごい」「自慢の弟だ」と仰っていました。
しかしワタクシは知っております。
本当に誰も居らぬ時、寝静まった夜更けの事でした。
「ノワゼットみたいに生まれたかった」
「羨ましい」
と。ベッドで泣いていらしたのを、偶然見てしまいました。
この胸、傷まぬ筈もなく。
しかしながら、掛けるべき言葉も見当たらず。
あれほど己が歯痒いと思った事は、後にも先にも御座いません。
妹君はまだ幼く、殆どの時間を乳母や王妃殿下とお過ごしになられています。
齢は2歳ほど。まだ目が離せぬ時期ですな。
弟君はよくお会いになられると聞きますが、御坊ちゃまはそうでは御座いません。
むしろ、避けている様で御座いました。
ワタクシにはその避けようとしている相手が、妹君なのか、側にいる母君なのかは分かりませぬ。
しかしあまりお顔をお見せにならないのは確か。
この爺は、きっと妹君こそはと期待もしたものですが…。
どうやら御坊ちゃまには、またも思うものがあるご様子。
ワタクシが口を挟むべきではないでしょう。
ー 本日は。
クロートー家のご夫人、ご子息、ご息女と茶会でしたかな。
御坊ちゃまは、子供達だけで遊ばされていると聞きます。
最年長では御座いますが、弟君のご様子もありますし…
ロベリア嬢も…うーむ……
上がり症なところが治ればとも思うのですが、それはまた難しいですな。
御坊ちゃま、大丈夫でしょうか。
何も起きてはいないでしょうか。
ワタクシ、爺は心配で御座いますぞ…。




