<第49話> お嬢様、前世企業令嬢の腕前をお魅せします。
「でも兄様、僕がその…フルート?を演奏しようとするの、なんで止めなかったの?」
「だって、ノワゼットなら出来るかなって思ったから…」
「兄様が練習してやっと出来たものなのに!?」
「ノワゼットって大体なんでも出来たから、今回もそうなのかなって」
「いや無茶苦茶ですって兄様!僕を何だと思ってるの!?おかげで…そうだロベリア嬢とアベルの前で恥を!!」
「わ、悪かったよ…今度から気を付けるって…」
すっかり二人の様子は変わった。
雰囲気が軽く、明るいものになった。
このまま仲が良くなってくれるといいけれど。
…さて。
演奏をしろと吹っ掛けた私が、このまま黙っている訳にもいくまい。
「ノワゼット様。先程は無理強いをしたようで、申し訳ございませんでした」
私は挨拶よりも、深く礼をする。
「おま…ロベリア嬢。全く、君と兄様のおかげで、赤っ恥だよ」
「ウフフ。ノワゼット様が自信満々でしたもので、つい」
「それは…否定出来ないけど」
そう言って顔を逸らす彼は、ちょっと王子様っぽくない。
あくまで良い意味だ。年相応の子供らしい。
そうさせてくれたのは、その背に座る兄だろう。
「それでは宜しければ、私にも演奏させては頂けませんか?」
「「…へ?」」
私の言葉に、ノワゼットとローレンスは呆けた声を上げる。
その顔もまるで「何を言っているんだ」とでも言いたげ。
そんな中で喜ぶのは、アベルだけ。
「おねえさまが?やったぁ!!」
無邪気に嬉しそうな声を上げて、期待の目で私達を見ている。
それを受け、さらに王子2人は困惑する。
「その、ロベリア嬢は経験が?」
「いやですわノワゼット様。私のような者が、そのような代物、頂いたこともお借りしたこともありませんわ」
転生してからは、ね。
「ロ、ベリア嬢…確かに、君は、フルートを知ってはいた、けど…」
「夢によく出ますの。きっとご縁があるのでしょうね」
夢みたいな話、"私の前世"では縁があった。
「…ハッ。僕みたいに恥をかくだけだよ。やめておいたらどうかな?」
「お詫びになるかは分かりませんが、それに近いものとお考え頂ければと存じますわ」
「別に詫びろとまでは思ってないけど…レディに恥をかかせるのは紳士の恥でもあるからね」
「そう言わず、お願いしますわノワゼット様!我が家にもございませんし、今後触れられる機会があるかも分かりませんもの…」
「ふむ、確かに機会はないかもしれないな。どう思う、兄様?」
「えぇ!?僕かい!?」
突然話を振られたローレンスは、慌てふためく。
「その、特別高価ってほどじゃないけど…まだ、あまり流通はしてない、かな。これからするかも、分からないね…」
「…なるほど。これは考え方を変えれば、"貴重な経験"みたいだね」
「でしょう!?ローレンス様さえ宜しければ、お貸しくださりませんこと…?」
うるうるの目で、上目遣いに頼み込む。
「よし、お貸ししましょう」
「兄様!?判断早すぎないかな!??!?」
「持ち方は教えた方が良いかな?」
「問題ありませんわ、夢でよく見たから分かりますの!」
「兄様!!話が進むの早いって!!!ねえ!?」
「仕方ないだろうノワゼット、ロベリア嬢たってのお願いだ」
「いや…もう少し考え……なんかもういいです」
「そうかい。なら何も問題ないね」
「はぁ…?」
「それでは、どうぞ」
ローレンスは膝を地に着き、フルートを私へと差し出す。
まるで騎士の剣叙勲とか…そんなシーンみたい。
この世界に剣とかは無いみたいだけどね。
「ありがとうございます、ローレンス様」
私はそれを、優しく受け取る。
少しばかり冷たく、幼い体にはやや大きい横笛。
改めて自分の手にあるフルートを見て、少しばかり物思いに耽ってしまう。
…この世界でもまた会えるなんて。久しぶりね。
お稽古で何年続けたかしら。
たしか、ヴァイオリンの次には長かったと思う。
もう会えないと思っていたわ。
ちょっぴり古めかしいけれど、そんなアナタも好きよ。
そうしてフルートを見つめていると、背後から声が掛かった。
「こちらをどうぞ」
王宮勤めの使用人のようで、私にクロスを差し出していた。
…あぁ。ずっと見つめているばかりだったから、何か気にしているものだと思われたのね。
フルートは、吹き込み口に直接口を付けこそしないけれど、息と共に唾も飛ぶ。
この子のためにも、その辺りはちゃんとお手入れしてあげなくっちゃね。
差し出されたクロスを受け取る。
楽器には楽器専用の布を使ってあげないと傷んでしまう、この人は気が利く方みたいだ。
「どうもありがとう」
「恐縮です」
短く言葉を交わし、楽器を軽く磨いてあげる。
先程ノワゼットが持っていた箇所も、軽く拭いてあげた方が良いだろう。
手指の皮脂や汚れで傷んでしまっては可哀想だから。
…けしかけたのも私だし。そのくらいはしないとね。
そうしてある程度、磨き終えた所で3人に向き直る。
「お待たせ致しましたわ」
「全然待ってないさ、問題ないよ」
「そうだよ!ノワゼットさまより早かった!」
「なっ…!アベル…!?」
「そうですか?ウフフ」
「ロベリア嬢まで…!もう!!」
「ごめんってばノワゼット…」
「まぁ?これで僕のおかげで、ロベリア嬢が失敗してもさほど恥にはならないよね?」
「音も出なかったもんね〜」
「アベル!これ以上は言わないでやってくれないか…?」
「もう今更いいですよ兄様…」
「あはは〜」
何度か深呼吸をする。
背筋は伸ばしすぎず、リラックスさせ。
右手人差し指の付け根、右手親指で支え、吹き込み口を唇の辺りに寄せるように持ち上げる。
残りの指を軽く曲げて、キーの上に置く。
そうして私が構え終わった頃には、それまで騒がしかった3人は静かになっていた。
フルートの演奏には、それなりの肺活量がいる。
大丈夫だろうか。不足ないだろうか。
でもどうしてだろう。何故だろう。
初めて手にしたという異物感は感じない。
前世の私が、魂が、覚えてるのかな。
…なんてね。
少し、緊張がほぐれた。
コンクールとかでもない、ただのお遊びなんだ。
失敗に臆する必要なんてない。
私はただ、胸を張っていればいいだけ。
胸いっぱいに、お腹の底まで貯まるように、息を吸い込む。
そしてその息を、吹き込む。
フルートの音色が、その場に響き渡る。
それを聞いた者たちの反応は三者三様。
驚くもの、感激するもの、喜ぶもの。
私はそのまま、指を運ぶ。
折角音が出たなら、演奏したい。
前世で好きだった、あの曲とか。
私が奏でたのは、Amazing Grace。
イギリスの牧師による讃美歌だったと記憶している。
Amazing grace!
(how sweet the sound)
That saved a wretch like me!
I once was lost but now I am found
Was blind, but now I see.
『感動をもたらす恩寵』だとか『素晴らしき神の恵み』なんて意味だったか。
この世界では私以外、誰も知らない曲。
…そう、夢で見聞きした曲。
これはロベリア様ではない、私が持つ武器。
やがて、長くはない演奏を終える。
「…ご清聴ありがとうございました」
そう言うと、それまで呆然としていた3人がまばらに拍手を返してくれる。
「凄いよロベリア嬢!才能あるんじゃないかな!?」
「おねえさま、さっすがぁ〜!」
「まるで魅惑術のようだよ」
「本当にそうだ、つい聞き惚れちゃったからね…僕より上手いんじゃないかな…」
「買い被りすぎですわ、ローレンス様」
私はフルートをクロスで軽く拭いてから、彼に楽器を返す。
「少しはお詫びになりましたでしょうか?」
「…まぁ、いいんじゃないかな。知らない曲?だったけど、綺麗な調べだった。悔しいけど、文句の一つも浮かばないよ」
「うんうん!とっても綺麗!」
「ロベリア嬢、その、機会があったら…良かったら、なんだけど…先程の曲を教えてもらってもいいかな?僕もあの曲が好きみたいだ」
「あらまぁ。ではまた機会がございましたら、皆で練習などはいかがです?」
「たのしそ〜!!」
「む、僕も次は引けを取らないぞ…そのうち宮廷音楽家だって唸らせてやるさ」
「そうだね、良かったら教えるよ」
穏やかな昼下がり。
どうなるものかと怯えてもいた茶会の時間は、意外にも緩やかに過ぎていった。
…私の前世も、無駄じゃなかったんだわ。




