<第47話> お嬢様、兄弟関係を垣間見ます。
ローレンスは席を立つと、少し離れた位置に居る使用人に声を掛けに行った。
おそらくフルートを取りに行ってもらう為だろう。
彼は不安そうな面持ちで、こちらを見ている。
「横笛くらい、簡単だよ」
「そうですか。ノワゼット様のご演奏、楽しみですわ」
そう語るノワゼットと私。
両者自信満々の笑みを浮かべてはいるが、その想いはきっと裏腹というものである。
「…ノワゼット、大丈夫?」
しばらくして、フルートを抱えたローレンスが戻ってくる。
「兄様、何をそんなに心配しているの?」
ノワゼットには、その不安はまるで伝わっていない様だ。
むしろ、心配する彼を鼻で笑って見せる。
「ハハ、何も問題ないよ。兄様にも出来るんだから」
ローレンスは再び、その視線を私に向ける。
私は笑顔を浮かべ、手で「どうぞ」とジェスチャーを送る。
すると渋々といった様子で、フルートをノワゼットに手渡す。
「無茶はしないでね」
「何をだい?無茶なんてする必要もないし、僕には出来ないって言いたいの?」
ノワゼットの自信に満ちた態度は変わらない。
むしろその態度は、ローレンスという彼の兄に対して、高圧的にも感じる。
「えっと、その、ね…」
「兄様に出来ることは僕にだって出来るんだよ」
そう、軽く言葉を放つ。
なんてことのない、さも当然のように。
ローレンスは少し俯き、暗い面持ちをしていた。
しかし何かを吹っ切ったかの様に、ニカっと笑って顔を上げる。
「…そうだね、ノワゼット。いつも君は、そうだったね」
「ノワゼットなら演奏も出来るよ」
私にはその笑顔が、諦めた様な笑顔に見えた。
何をしても変わらない。
何を言っても変わらない。
そんな、諦め。
「どうかしたの、兄様。今日はなんだかいつもと違うね?」
「別に、そんなこと…ないよ」
ローレンスの表情を覗き込むノワゼット。
なんだろう、ちょっと微妙な空気かも。
ノワゼットは頬に手を当て、暫し考える。
そして「閃いた」とでも言いたげに、口を開く。
「あー、分かっちゃった。横笛が出来るのは自分だけって思いたかったんでしょ!」
「所詮楽器だけどさぁ、特技?が欲しかったの?」
「今日も自慢したかったのかもしれないけど、ごめんね?ロベリア嬢も、兄様より僕の演奏が聴きたいんだって」
ケラケラと、軽く笑う。
しかしそう言われても尚、ローレンスは静かに笑うだけ。
…なんなんだろう、このやり取り。
むず痒さがあるというか、なんというか。
ノワゼットのその自身と、ローレンスの諦めは、どこから…
ー お互いが生まれた時から、か。
魔力保有量が少ないとされる、淡い瞳の第一王子。
魔力保有量が多いとされる、鮮烈な瞳の第二王子。
彼らは生まれた時から、違っていた。
些細な差ではなく、それだけで王位継承権が移動する程には。
魔力保有量は、言ってしまえば"天賦の才"。
生まれ持った才能。
それが叶える魔法は"奇跡"の力。
…諦めの心を持つには、十分過ぎるものかもしれない。
きっとノワゼットからしてみれば、魔法を扱えるのは当然のこと。
国王陛下が魔法に長けるのは勿論、大公家のご令嬢だった王妃殿下も例に漏れない。
幼な子がその環境の中で過ごせば、そう思うのもまた当然かもしれない。
けれど、兄はそうではない。
自分よりも年上でありながら、魔法の才は兄が劣る。
きっとそれが原因で、この兄弟の確執が生まれている。
自分よりも不出来な兄。
王族という高貴な血筋であれば当然出来ることが、兄には出来ない。
自分にとっての当然すら出来ない。
兄のローレンスも、それが分かっている。
分かっているから、弟に言葉を返せない。
痛いほど知っているから、きっとフルートさえも諦めた。
自分の努力よりも、弟の才能が勝ると思ったのだろう。
弟は兄を見下し。
兄はそれを甘んじて受け入れている。
見過ごせない、そう思った。
この際、私の未来は関係ない。彼らの未来が心配だ。
このまま幼馴染と過ごしていくのなら、尚更放ってはおけない。
王族でありながら他者、それも身内を見下すノワゼット。
見下されることを受け入れる、ローレンスも。
…いいでしょう。
その関係、私がぶち壊してやりましょう。
フルートさん、ごめんなさい。そのお力、利用させて頂きます!!
「ノワゼット様のご演奏、楽しみですのに。まだ始めてくださらないの?」
私がそう声を掛けると、ノワゼットはこちらへ向き直る。
「あぁ、ごめんね?今から始めるから…」
彼はフルートを構え、奏で始めようとする。
が。
一向にそれは始まらない。
ノワゼットは、モタモタとフルートと悪戦苦闘している。
「なんだこの横笛…どこを持ったらいいんだ…?」
「ねえノワゼットさまぁ、まだ〜?」
「ちょっとだけ待っていてね、アベル!どうなってるんだこれ、何だ?ボタン…?」
…そりゃそうもなるのよね。
でもまさか、こ〜んなに最初で躓くなんて。
フルートは単純な横笛ではない。
元の楽器はリコーダーとされているが、笛の穴を塞ぐ技巧はより複雑。
ギミックの様になっている。
正確に構えようとするだけでも、その際の手指の配置すら判別が難しい。
演奏をよく見る者ならまだしも、彼はそうではないようで。
そんな初心者には、パッと身で正確に分かる代物ではないだろう。
数分を掛けて、彼は「ああでもない」「こうでもない」とぼやきながらも、それっぽい形で構える。
実際の持ち方と全然違うけれど、そこは黙っておこう。
「さぁノワゼット様、お聞かせくださいな!」
私は満面の笑みで言う。
ノワゼットはひたいに汗を滲ませながらも、笑顔で言葉を返してくる。
「遅くなってすまなかったね、でもこれで出来るはずだから」
彼はスゥッと息を吸い込み、それをフルートに吹き込む。
吹き込む息の音は聞こえる。
しかし、フルートの音色は聞こえてこない。
彼は幾度もその動作を繰り返すが、結果は変わらない。
私は変わらぬ笑みのまま、彼に言葉を投げ掛ける。
「あら、ノワゼット様には不得手でしたのね」




