<第45話> お嬢様、いざ出陣致します。
「ヴァイオラお姉様、ご機嫌麗しゅう」
「嗚呼ダリア!来てくれるのを待っていたわ」
二人の貴婦人が、言葉を交わして抱き合う。
場所は王宮内の庭園。
私達は遂に、お茶会の日を迎えたのだった。
「さぁ、遊んでいらっしゃい」
そう促すのは、ヴァイオラ・アイリーン・ニマ=ティオシス王妃殿下。
燃える様な朱い瞳と髪を持つ、妹共に"社交界の華"と呼ばれた御方。
大公家という高貴な血筋に生まれ、その高い魔法適性は一目見て分かる。
それでいて、庶民にも伝わる"国王陛下のラブロマンス"のヒロインでもある。
なんでも、国王陛下に熱烈な求婚を受け、歳の差を跳ね除けるようにしてご結婚されたのだとか。
そうされたというのも頷ける、情熱的な様相の御方だ。
母であるダリア夫人が寒色系のクール美女だとするなら、苛烈とも言える美女。
相反した二人の美しさは、見ていて眩しいものがある。
「はい!お母様!」
そう元気よく返事を返すのは、ノワゼット第二王子殿下。
ローレンス様はというと、その背に隠れる様にして立っている。
無理もあるまい。
ローレンス第一王子殿下の王位継承権を格下げしたのは、目の前の母なのだろうから。
「…行こう、アベル。ロベリア嬢も」
そのまま、ローレンス様は逃げる様に立ち去る。
私達に声は掛けたものの、返事を待つ素振りはない。
きっと普段も声を掛けていたのだが、返事の類は無かったのだろう。
しかしこのままこの場に残っても致し方ない。
「それでは失礼致します、王妃殿下」
私は礼をし、彼に続く形でその場を後にする。
少し離れた場所から声がした。
「珍しいのね。ノワゼットじゃなく、ローレンスに着いていくだなんて」
「そういう日もあるんじゃない?あんな子の考える事なんて分からないわよ」
母達の声。私は聞かなかった風にした。
茶席から少し離れた辺りで、適当にピクニックシートが敷かれている。
バスケットもそこに置かれており、私達用の飲食物はその中に用意されているのだろう。
少しばかり見渡せば、近くに王宮勤めのメイドの姿もある。
私達子供用の茶席はここ…といったところか。
ローレンスはその端に座り、私もそれに続く。
背後を振り返ってみれば、ノワゼットとアベルは母達に引き止められている様だ。
まだこちらに来る様子はない。
まぁそのうち、こちらに来ることだろう。
「そ、その…ロベリア嬢」
ローレンスから、恐る恐るといった様子の声が掛かる。
私がそちらへ向き直れば、彼は不安そうな顔をしていた。
そういえば、彼は私との会話が苦手だと言っていた。
アベル達が呼び止められているとはいえ、私と二人きりは良くなかったか…。
「あの、ノワゼットのところに、居なくていいのかな?」
「…?ノワゼット様、ですか?」
言葉の意味がよく分からない。
どういうことだろう、やはりまだ向こうに居るべきだったのだろうか。
「だって、君は…ノワゼットと一緒の方が、良いでしょ」
そう言って、彼は顔を逸らす。
…これはアレか。
ローレンスにも、「ノワゼット様が大好きなロベリア嬢!」みたいな印象を持たれているのか。
私も特段嫌いではないが、破滅へのキッカケだし、ロベリア様に酷いことをしたキャラだし…
仲良くしたいのは本音だけれど、それで婚約して破滅ってなると話は変わる。
内心、複雑だという他ない。
「私は、ローレンス様とご一緒するのも楽しいですよ」
これもまた、本音。
彼ら幼馴染と仲良くしたいと思ったキッカケは、ローレンスが庭園で与えてくれた様なもの。
「えっと、その、僕も…」
旋風が吹く。
彼の言葉はそれに遮られ、ほとんど聞こえなかった。
ぎこちなくはにかんで、何かを言っていた。
きっと、社交辞令的なものだろう。
私はそれに、笑顔を返した。
しかし、二人きりの時間をどう過ごしたものか。
会話を交わしたいのは山々だが、どうやらコミュ障?らしい私には、妙案が見つからない。
すると笑顔のまま悩んでいる私に、ローレンスが言葉を掛けてくれた。
「ろ、ロベリア嬢!」
あの初めて庭園であった日を思い出す。
あの人同じで顔は熟れたように真っ赤、素っ頓狂な声で言う。
「今日の服とか色々、その…似合って…あ!えっと!素敵だなぁって!!」
最後の方なんて、ほとんど大声だ。
そんなに私と話をするのが怖いのか、ちょっと申し訳なくなってくる。
それでも、褒めてくれたことは嬉しい。
「ありがとうございます。本日の装いは、私付きのメイドが選んでくれました」
白いレースがあしらわれた、上品な印象のドレス。
全体的にはセレストブルーを基調とした、淡く柔らかい水色で彩られている。
あまり華美ではなく、私好みの一品だ。
ドレスの他も、自慢の品々を身に付けてきた。
靴はもちろん魔導靴。
実際に履き続けてみると、足が疲れず、なかなかに快適だった。
髪飾りはルリのバレッタ。
そしてジェシーが選んでくれた、シルバーのチェーンに小さな宝石がついたネックレス。
前世でいうダイヤモンドのようで、基本的には透明に見えるが、角度によっては虹色にも見える。
「ドレスやアクセサリー、靴に至るまで。こんな私によくしてくれるメイド達が、私を想って選んでくれた品々なのです。街に買い付けにまで行って…」
「それをお褒め頂けるとは、私としても大変嬉しいことです」
私の言葉を聞くと、ローレンスは真剣な顔つきになり、こちらをじっと見てくる。
「そのドレス…布地は魔導布だね?」
「驚きました、よくお分かりになりましたね」
そう、このドレスは魔導布で作られたもの。
シルク地なので、着心地もとても快い。
しかし着ている私でも、その他の衣類とは判別が付かない。
強いていうなら、少しばかり心が落ち着くとか、そんな気がするだけだ。
「ロベリア嬢お付きのメイドが買い付けまでして選んだ品、と言われたからね。だからちょっと布地をよく見てみたんだけど、どうやら普通のシルクと織り方が少し違うようだったから。布地のカッティングも、魔導布の素材を活かす形に見えてね。」
「…ご慧眼恐れ入りますわ。私、そこまで気が付きませんでしたもの」
「アハハ、僕が持っている衣類はシルクが多いからね。魔導布の服と、何が違うか見比べてみたことがあったんだ」
「君の適性を考えるなら、手に入れるのも苦労する素材だろうに。良いメイドさん達を持ったんだね」
そう言って、照れくさそうに笑う。
まるで、なんてことのないように。
…彼は王族。
であれば衣類の多くは、魔導布だろうと思っていた。
しかし魔法適性の低い彼には多くは不要、そんな考えがあってのことかもしれない。
区別と言える範囲のことではあるかもしれない。
けれど私は、差別的な意図を感じる。
元より神聖な品、伝統工芸品のような品物なのだ。
王族ともなれば、適正といった機能面よりも、その他の価値が十分に機能するはずなのに。
魔法への防御耐性という機能まであるのに、何故。
グッと、喉元に言葉を飲み込む。
「…ありがとうございます。ローレンス様も、素敵なお召し物ですわ」
「そっ、そう!?」
またもや顔は真っ赤に染まる。
先程まで冷静だった表情は何処へやら。
彼は少し長めの銀髪を緩く束ね、パールホワイトのブラウスを着ていた。
ベストとスラックスは紺鼠色で統一された、モノクロに近いシンプルで整った装い。
真白のシャツの上で輝く銀髪は、実に美しい。
「じ、爺やが選んでくれたんだけど、その、地味じゃ…ないかな…?」
彼はそう言って、目線をノワゼットの方へと向ける。
ノワゼットも似たようなものではあるが、エクルベージュのブラウスにあしらわれたドレープは実に豪奢なもの。
見比べたのなら、どちらがより良い品かは明白だ。
けれど、問題はそこではない。
私はそう思う。
「ローレンス様はフリフリしたお洋服よりも、シンプルなものの方がお似合いですわ。現に、髪がとてもよく映えておりますもの。地味なんかではございませんわ、キラキラして見えますよ?」
「ふぇっ!?そ、そうかい…?キラキラして…お似合い……」
もうそのお顔は真っ赤を飛び越え、沸騰直前のお湯が如く。
…もしかして、照れていらっしゃる?
「おねえさま〜!ローレンスさまぁ〜!」
そうこうしている間に、私の膝下に、アベルが飛び込んで来る。
「あれれ?」
そうして私達二人をキョロキョロと見やる。
アベルまで、どうしたのだろう?
「アベル、何か気になることでも…」
「おねえさまのドレス、ローレンスさまのおめめによく似てる色だね!」
確かに、言われてみれば似ている。
「そうね?それがどうかした…の…」
側からドサッと音がする。
そちらに視線を移してみれば、ローレンスが背中から背後へ向けて倒れている。
「ローレンス様!?」
「ローレンスさまったらぁ、仕方ないなぁ〜」
アベルはクスクスと笑う。
…それもそうか。
苦手な女が自分に瞳とよく似た色のドレスだなんて、少しくらい大袈裟なリアクションもしてしまうことなのだろう。
仕方ない、か。 私はやはり、少し申し訳ないが。




