<第42.5話> 閑話休題、メイドのお暇。
まだ日が落ちる前、昼下がりの休憩室。
今日の客人は、ジェシー、ローラ、カミラの3人。
「お嬢様にお茶菓子を頂きましたし、お紅茶も淹れましょうか」
「折角ですもの、それがよろしいですわ!」
「で、ではお支度を…」
「お砂糖とミルクはお入り用ですの?」
「私は不要で御座いますよ」
「あ、えと、それでは両方とも…」
「かしこまりましたわ」
ジェシーは湯を沸かし、ティーポットに茶葉とそれをいれ、カップに紅茶を注ぐ。
ローラは戸棚から、砂糖瓶とミルクを出す。
カミラは頂き物のお茶菓子を、丁寧に皿へと移動させる。
「こうして3人でお茶をするのは、初めてですわね」
「は、はい!普段は、順番に休憩…ですから」
「本日はティータイムのお時間は、バトラー殿とお話しされるとのことでしたからね。揃って休んでいて良いとは、お嬢様の気配りのお陰様で御座いますね」
「用意してしまったお茶菓子も無駄にされるのはと、私達に下さいましたものね」
「お屋敷のお菓子、とっっても美味しいので…嬉しいです…」
「庶民には贅沢品ですものねぇ」
「ええ。お砂糖が贅沢に使われた高級品、あまり頻繁には口に出来ないのが本来の形」
「お、お嬢様のおかげで、毎日頂けて…お得な気持ちです…」
「本当にそうですわ。お嬢様の側仕えとなってからというもの、待遇には驚きますもの!」
「食べ過ぎて、体調を崩さぬ様にするのですよ」
「問題ありませんわ!ちょ、ちょ〜っとお洋服のサイズ感が気になる程度ですもの…」
「あら、もう少し仕事量を増やしましょうかねぇ」
「す、少しだけでお願いしますわ…」
「わたしも、少しだけで…」
そうして軽口を話しては、お互いの顔を見、笑う。
その場はまるで女子会のよう。
「お嬢様付きを担うまでは、この3人でお茶をするなんて思ってもいませんでしたわね」
「そう、です!ましてや、お嬢様も一緒に、お茶なんて…」
「御縁とは、どの様に巡ってくるものか分からないものですね」
一度カップを皿に置き、ローラは頬杖をつく。
ティースプーンを遊ばせながら、言葉を放る。
「元々私のお仕事は清掃や雑務ばかり。でも今は、お嬢様を着飾ったり、その為のお洋服を見繕ったり…。自分自身ではありませんけれど、オシャレが出来て、毎日が楽しいですわ」
「ローラさんは、まだ、お屋敷に来て短い…でしたか?」
「まだ5年と経ちませんわ。元は他のお家にお仕えしておりましたけれど…」
「けれど、ですか?」
「待遇もお給料も良くなかったのです!折角オシャレをしたいと王都まで出て来たのに、忙しいばかりでお金も貯まらず。手が荒れてしまう一方でしたわよ?」
「ハンドクリームをしても、ですか?」
「ジェシー、他のお屋敷では支給されない事の方が多いので御座いますよ?」
「そう、そうなんですの!使用人にケチくさい、人数も居ない。それに加えて、そういったお手当の品も無かったのです!」
「じゃ、じゃあお洗濯も1人でたくさん…?」
「そうですわ。それで余計に荒れてしまって、酷い時は痛みまであるんですから。その治療も自費ですもの、待遇が良いとは言えませんわね〜」
「そ、それは大変です…!」
「クロートー家は使用人も多く居りますし、家主が気遣って下さいますからね。お給料の他に、休息の為のお品まで頂けるので重宝してしまいます」
「同意ですわ。使用人を使い捨てではなく、お家に相応しくあるよう、気遣い、育ててくれるんですもの。お給料も申し分ありませんし、一人当たりの仕事量も減り。一日中働きっぱなしでもなく、合間の休憩を頂けるのも嬉しいですわね」
「お嬢様がおっしゃっていた、フクリコーセイってやつ、ですかね…?」
「仰っていらっしゃいましたね。『1日8時間労働』『休日を持つ事』『合間には休憩を』『お仕事上、必要な物品は経費で支給』だったでしょうか。貴族の方々こそお忙しいというのに、使用人にそのような待遇が許されるのかと思ったものでございます」
「そうおっしゃってましたわね。その時は驚いたものですわ!ここまで労わって頂いているんですもの、もうこのお仕事は辞められませんわね」
「フフ、そうですね。お仕事の時間が短い分、お仕事の質も上がり…。お嬢様の仰る通り、とても効率的な発想であったと感じておりますよ」
「お嬢様の側仕えに立候補しなかった方達には悪いですけれど、もうこのお仕事は譲れませんわね〜。公私共に充実してますもの」
「ですです…お嬢様も丸くなられましたし、いいことばっかりで…」
「そういえばジェシー様は、元からお嬢様のお世話をと言われていたのかしら?」
「そ、そうです…」
ジェシーは新しくお茶を注ぐ。
穏やかな表情で、その中へと砂糖とミルクを放る。
「…とは言っても、前とは全然、違うんです」
「まぁ悪い噂がありましたものね。何年ほどになりますの?」
「元は、雑用だったのですが…。4年ほど前から、お嬢様のお世話を」
「赤子が1人で立ち、話す様になった頃で御座いましょうか」
「そうです…もっと小さい頃は、いろんなことがありました」
「どんなことがあったのです?ぜひお聞かせくださいまし」
「…本当に小さい頃は、泣き虫でいらっしゃいました」
「あのお嬢様がですか?」
「あの、とは失礼でしょう」
「これは失礼致しましたわ…。今は大人びておりますし、もしくはもっと粗雑だったのかと思ったのですわ」
「乱暴な時期は、確かにありました。『私の闇魔法で怪我するぞ』って、使用人の前で物を壊したり…それでわたし以外は、辞めてしまったというか。でも、怪我した人は、居なかったんです。わたしは、お仕事を辞めるわけにはいかなくって、今もお仕えしてるんですが…」
「やはりお嬢様は、ご自身の魔法を重く感じて居られそうで御座いますね」
「忌むべき歴史のせいで、今や稀有な属性だというだけ。特別危険ではないのですけれど…お優しい方ですわ」
「それがあったのが、3歳より後だったんじゃないかなと…。その前は、旦那様、奥様をと、おひとりが寂しいと泣いてらっしゃったんです」
「そちらは…えぇ。御二人共、お嬢様を遠ざけていらっしゃいましたからね。さぞお寂しかった事でしょう。このカミラ、胸が痛む思いです…」
「幼子が父母を求めるのは当然ですのにね。お気持ちが分からないとは申しませんが、今となっては、居た堪れませんわ」
「はい…同感です。でもそれからのお嬢様は、すっごくお静かで…わたしも他のお仕事もあって、あまりお近くには居なかったんですが、他の者は近寄りもしなくなっていた時期だと思います」
「…そう聞くと、やはりおひとりになるために、それ以前があったように思えますわね」
「旦那様方やアベル様の事も御座いましたからね…。御一人が宜しいとお考えになって、その後は問題を起こして迷惑を掛けぬ様にしていたのやもしれません」
「誰の迷惑にもならないために、でしょうか」
「健気ですけれど、やはり物寂しいですわね。その歳でそうしているのが、どれだけ利口なことかも分かりませんのに」
「利口にしていれば、旦那様方も或いは…そうお考えであったのかもしれません。私共には御心を推し量るのも難しい事で御座いますが」
「思ったのですけれど、ジェシーは幼い頃のお嬢様をご存知で。カミラ様はさらにお仕えして長いのですから、旦那様のことはご存知なのですか?」
カミラはそっと、目を細める。
懐かしむ様に、思い出を話題へと放る。
「えぇ。旦那様の事はよく知っております…。というのも、乳母と共にお世話をさせて頂いた程で御座いますから」
「そんなに幼い頃から…では、あの件の時も?」
「左様で御座います。近年最大規模と言われた魔物の大量発生。あの際の気持ちは、どう表現したら良いのやら…」
「魔物の大量発生、ですか?」
「あぁ。若く貴族でもないのなら、あまり馴染みがないかもしれませんわね。小規模なら数年置きに発生しているのですが、数十年に一度、大規模なものが発生する、魔物災害の一種ですわ」
「先代当主様の時代は、一際大きな被害が出てしまった、史上でもかなり重篤な事態にまでなったのですよ。一時は王都も危ないと言われておりました」
「貴族様のお役目は…つまりその事態の抑止、でしょうか…?」
「仰る通りですわ。私は聞いた話ですけれど、高名な宮廷魔導士や、三大公爵家もお忙しかったと。そして激しい戦いであったと、聞いておりますわ」
「ローラの言う通りです。当時の三大公爵家のご当主様方、そして魔導士達も多く亡くなりました。生き残ったのは僅かな者と、アルダー大公閣下くらい出会ったと記憶しています。本当に、惨いもので御座いました…」
「そんなに、深刻な…」
「ですが貴族が魔物の被害で亡くなるのは、そう珍しいことではないのですわ。我が家も辺境の貴族ですから、そういう者もおりましたもの」
「民を守るのは、貴族の責務。しかしながらその責務で、天寿を全う出来ない御方も決して少なくないのです」
「裕福で、豊かな暮らしをしてって、思ってましたけど…こう聞くと、厳しくって、難しいお役目なんですね…」
「えぇ、その通りで御座います。民の平穏の為、尽力される方々ですから。それを生まれながらに義務付けられ、親類を亡くされる…。旦那様も、悲しんでいたものです」
少しばかりの静寂。
その間に、時計が時間を告げる音を鳴らす。
「さてさて、もうお片付けをして戻りましょう。お話もお済みになった頃合いでしょう」
「そ、そうですね…!お嬢様に寂しい思いを、させないためにも、です!」
「いつかはお嬢様も、同様に貴族のお役目に悲しむかもしれません。けれどその分、今を楽しんで頂かなくてはなりませんわね!」
「は、はい!3人で、頑張りましょう!」
「フフ、良い心掛けで御座います。さぁ、戻りましょう」
「「はい!」」




